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51 修行に来た少女と秋の味覚(1/2パート)

 本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございました。本日の営業は終了いたしました。明日のウッドフォード行き一番列車は、朝9時の出発予定です。改札は、出発の10分前を予定しております。

―― なお、喫茶店『ツバメ』及び売店『メアウカ』では、秋の味覚フェアを開催中です。ぜひこの機会にお立ち寄りください。


「こんにちわーっ。お久しぶりですーっ」


 すっかり涼しくなり、肌寒さも覚えるようになったある日の夕方のこと。

 ランプの灯りが揺らめく喫茶店『ツバメ』に、大きな荷物を抱えた一人の少女がやってきた。

 その声を聞きつけたニャーチが、すぐさま振り向いて少女に駆け寄っていく。


「いらっしゃいませなのなーっ! ナトルちゃん、おっひさしぶりなのにゃーっ!」


「きゃっ! ニャーチさんっ、相変わらずお元気そうで何よりですっ」


 勢いよく飛びついて来たニャーチに少し驚きつつも、ナトルが満面の笑顔で再会を喜ぶ。

 『ツバメ』の入り口で二人がはしゃいでいると、その様子を聴きつけたのか、タクミもキッチンから顔を出した。


「ナトルさん、お久しぶりです。長旅で疲れていませんか?」


「あっ、今日は大丈夫ですっ! 列車の中で少しうとうとしていましたから、この通り、元気ピンピンですっ」


「ここは終点だから、列車の中でぐーぐーしててもだいじょうぶのなっ!」


「もー、ニャーチさーん、それは言いっこなしですよーっ」


 初めてこの地を訪れた時のことを持ち出され、ナトルが頬を赤く染める。

 しかし、今となってはそれも懐かしい思い出話だ。

 ナトルはあの時のことを思い出しながら、不思議な縁の巡り合せに改めて思いを馳せる。


「さて、立ち話も何ですのでどうぞお席の方へ」


「ありがとうございますっ。あっ、でも、その前に荷物取って来なきゃっ!」


「ふにゃっ? これ以外にも荷物があるのなっ?」


 胸元に抱えられた大きなトランクバックを指さしながら、ニャーチが首をかしげる。

 するとナトルは、再び満面の笑みを浮かべてコクコクと頷いた。


「ええっ。今日はソフィア様の計らいで、いーっぱい『秋の食材』をお土産に持ってきたんですっ! さすがに一人では運びきらなかったので、小荷物扱いにしてもらって一緒に運んできましたっ!」


「へー、それは楽しみですね。でも、小荷物にするくらいということは、結構な量ですよね。お手伝いいたしましょうか?」


「そうしてもらえると助かるんですけど……、お仕事のお邪魔になっちゃいませんか?」


 心配そうに覗きこむナトルだが、タクミはいつものように優しい笑顔で応えた。


「今ならこの通り客足も落ち着いていますので大丈夫です。では、一緒に参りましょう。ニャーチ、ホールの方はお願いね。あと、これはナトルさんのお部屋まで」


 タクミは自然な仕草でナトルのトランクを手に取ると、そのままニャーチへと渡す。

 ニャーチもまた、そうするのが当然とばかりに自然に受け取ると、元気よく声を返した。


「あいあいさーなのなっ! ニャーチお荷物運び部隊出動なのにゃっ!」


 息ぴったりの二人の様子に温かさを感じながら、ナトルが頭を下げる。


「ありがとうございますっ。では、お言葉に甘えちゃいますっ」


「いえいえ。さぁ、参りましょうか」


 タクミは微笑みながら声をかけると、ナトルを連れて駅務室へと向かっていった。




-----




「っと、これで最後でーす。よいしょっと」


 大きな木箱を抱えてキッチンの裏口に入ってきたのはテオであった。

 駅務室に届けられていたのは、小荷物と呼ぶには大きな木箱が3つ。

 それを見たタクミは、その場にいたテオに命じて『ツバメ』に運び入れるのを手伝うよう指示を出していた。


 あれよあれよという間に荷物を運んでもらったナトルが、恐縮した様子でペコペコと頭を下げる。


「ありがとうございますっ。お仕事中に手を止めさせてしまって……」


「いやいや、全然問題ないっすよー。これも仕事のうちですし、何より“駅長代理”の指示ですからね。ですよね、タクミさん?」


 テオから声をかけられたタクミもまた、静かにゆっくりと頷く。


 キッチンでは、ロランドとルナが手分けをして片づけを行っており、その横ではフィデルが今日の売上げ集計を行っていた。

 荷物を運んできたテオもこの場にいる。

 ホールにいるニャーチを除けば、ちょうど“駅舎”のメンバーが勢ぞろいしている格好だ。


 それに気づいたタクミが、キッチンにいる全員に声をかける。


「今ならちょうど全員そろっていますね。じゃあ、ちょっと集まってもらっていいですか?」


「「「「「はーいっ!」」」」


 “駅長代理兼マスター”からの呼びかけに、全員が作業の手を止めて集まってくる。

 するとタクミは、ナトルにちらっと視線を送ってから口を開いた。


「今朝もお話ししていますが、明日からしばらくの間この『ツバメ』で一緒に働くこととなりましたナトルさんです。さ、どうぞ自己紹介を」


「は、はいっ。 えっと、ナトル・グラードと言いますっ。しばらくご厄介になりますがっ、精一杯頑張りますので、よろしくお願いしますっ」


「ナトルさーん、久しぶりっすー!」


「あ、確かロランドさんでしたよねっ! お久しぶりですっ。もちろん覚えていますよーっ。またお世話になりますので、よろしくお願いしますね」


「もちろんっす! えっと、それとこの子が……」


「ルナっていいますっ。ちょうど一年くらい前から、タクミさんやニャーチさんのお世話になってます。よろしくお願いしますっ」


「ルナさんですねっ。こちらこそよろしくお願いしますっ」


 ぴょこんと頭を下げる少女に、ナトルも少しかがんで視線を合わせながら笑顔を見せる。


「えーっと、さっきご挨拶させていただきましたけど改めて。駅務を担当しているテオです。どうぞよろしく」


「テオさん、先ほどはありがとうございましたっ。おかげさまで助かっちゃいましたっ! 本当にありがとうございますっ」


 テオがすっと差し出した右手を両手で包みこんだナトルが、何度も上下に揺らす。

 思ってもみなかった好意的な反応に、テオは顔を真っ赤に染めた。


「い、いや、別に……。仕事ですから……」


「カッコつけようとして、なにドギマギしてるんですかー。テオさん、ここはビシって決めるところですよー。 ということで、自分は……」


「これがチビキツネっす。あ、コイツは無視してもらって構わないんでー」


「くぉら! デカウサギ! なんつー言いぐさだ!」


「チビギツネだから仕方が無い。あ、ナトルさん、コイツに近づくとろくなことが無いんで気を付けてくださいねー」


「何だとテメェ!やる気かぁ!?」


「はいはい、そこまでですーっ。二人とも、最初からこんな調子じゃナトルさんに笑われちゃいますよっ?」


 一触即発の雰囲気になったところに割って入ったのはルナであった。

 最年少の少女からたしなめられた二人は、シュンと耳を倒す。

 その様子をクスクスと見守っていたナトルが、目尻に浮かんだ涙を拭きながらフィデルにも声をかけた。


「お二方はやっぱり相変わらずなんですねっ。確かフィデルさんでしたよね? 前にこちらにお邪魔した時に何度かお見かけしていました」


「おお、覚えて頂いていて何よりです。今はこの駅の売店『メアウカ』を任されるようになりました! ということで、改めて駅舎の一員として、よろしくお願いします」


「はいっ! 改めて皆様、しばらくお世話になりますが、どうかよろしくお願いしますっ」


 ナトルが大きく頭を下げると、かぶっていたベレー帽がポトリと床に落ちた。

 慌ててそれを拾い上げると、帽子で口元を隠すようにしながら、恥ずかしそうに全員の様子を覗き込む。

 一拍の間の後、誰からともなく朗らかな笑い声がキッチンにこだました。


 ひとしきり笑い合ったところで、タクミが再び口を開く。


「じゃあ今朝お話していた通り、今日の夜はナトルさんの歓迎会をしますので、それぞれ仕事が終わり次第ホールに集まってください。じゃ、もうひと頑張りお願いします」


「「「「はーい」」」っすっ!」


 タクミの指示に、それぞれ元気よく返事しながら持ち場へと戻っていった。

 続いてタクミは、ナトルにも声をかける。


「ナトルさんは後ほどニャーチに案内させますので、お部屋で一服してくださいね」


「ありがとうございますっ! あっ、でも、その前にこれを片付けないと……」


 頷きながら、木箱へと視線を送るナトル。

 タクミもまた、テオが運び込んだ木箱を見ながら、ふむと顎に手を当てた。


「そういえば、食材を持って来て頂いたというお話でしたね。ええと、そうしたら中を見せてもらっても良いでしょうか?」


「もちろんですっ」


「わーいっ! じゃあ、ニャーチが開けるのなーっ!!」


「わっ! ニャーチさーん! いつのまにー?」


「ニャーチはいつもしんしゅつきぼつなのなっ! ねぇ?開けて良い?開けていいのなっ?」


「はいはい、じゃああちらに運ぶの手伝ってください」


「あ、そうしたら俺も手伝うっすよー!」


 タクミはやれやれと言った様子でニャーチの頭をポンとはたくと、木箱を一つ抱えてキッチンテーブルの近くまで運んでいった。

 もう一つの木箱はロランドが、最後の一つはニャーチとナトルが運ぶ。


 ずっしりと重たい木箱の蓋をそれぞれ開くと、中には秋の味覚がたくさん詰め込まれていた。

 そのあまりの量に、ロランドが思わず感嘆を漏らす。


「これ、ひと箱全部カスターニャ()っすか。これだけあるとすごいっすねー」


「カスターニャは私の生まれ故郷の名産品なんですっ。せっかくだから実家にも手紙を書いていっぱい送ってもらいましたっ。ほら、この瓶詰めも、カスターニャのシロップ漬けなんですよっ」


「こっちの箱は、きのこさんや果物さんがいっぱいなのなっ! あと、こっちは……なんだろうにゃっ?」


 最後の一箱をしげしげと覗くニャーチ。

 そして中から瓶を取り出すと、何か思いあたったものがあったのか、にまーっと嬉しそうに笑みを浮かべた。


「あ、それはソフィア様からの贈り物です。今年新しく樽から下したワインって言っていました。タクミさんとニャーチさんでお楽しみくださいだそうですっ!」


「おお、これはまた嬉しいですねぇ。では、有り難く頂きます。しかし、こんなにもたくさん頂いてしまって本当によろしいのですか?」


「もちろんですっ! というか、もう持ってきちゃってますし……」


 そう言いながら舌をペロッと出すナトル。

 その仕草は、はじめてこの駅にやって来た時の彼女とは異なり、どこか芯の強さを感じさせるものであった。

 ソフィアの下で働いている間に成長したナトルの様子に、タクミは目を細めながら大きく頷いた。

 

「それもそうですね。では、ありがたく頂戴いたします。そうだ、せっかくなのでこれらを使って何か作らせてもらいましょうか? 何がいいですかねぇ……」


「あ、そしたら、それは是非私に作らせてくださいっ!」


 タクミの言葉に、ナトルがすかさず手を上げて声を上げる。


「え? でもお疲れでは……?」


「大丈夫ですっ。それに、今日はぜひご挨拶代わりに私の料理を食べて欲しいと思ってたんです。ご迷惑でなければキッチンをお借りしてもよろしいでしょうか?」


 目をキラキラとさせながら話すナトル。

 どうやら彼女は最初からそのつもりだったようだ。

 その意を組んだタクミは、コクリと頷いて許可を出す。


「ええ、それはもちろん構いませんよ。ロランド、ナトルさんの料理、手伝ってあげてください」


「了解っすー! ナトルさん、何でも言ってくださいっす!」


「わーいっ! ナトルさんのご飯なのなーっ! ごっはんっー、ごっはんーっ、おいしいごっはんーっ」


 ニャーチが猫耳をくるくると回しながら喜びを全身で表す。

 その姿に、キッチンは暖かな笑い声で包まれるのであった。


※第2パートに続きます。 第2パートは10/28(金)22時頃の更新予定です

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