Coffee Break ~ オジサンたちの昼下がり
本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。ローゼスシティ行き始発列車は、明日9時の出発予定です。改札は、出発の10分前を予定しておりますの。ご乗車のお客様は、改札口横にあります待合スペースにてお待ちください。
―― なお、鉄道をご利用で無い方も、喫茶店『ツバメ』及び売店『メアウカ』はご利用頂けます。どうぞお気軽にお立ち寄りください。
「良し、これでいいかなっと……。うぃーっす、終わったぞー」
とある日の昼下がり、ハーパータウンにある一軒のベーカリーにグスタフの姿があった。
ブレッドを焼くのに欠かせない窯や器械の定期点検と修繕を終えたグスタフは、額の汗をグイッと拭いながら店の主に声をかける。
「……いつも助かる」
「ったく、お前は相変わらず無愛想だなぁ。ほら、もうちょっと笑顔の一つでもできんのかい」
「……これでも精一杯笑顔のつもりだが?」
重々しく口を開くサルバドール。
しかし、その言葉とは裏腹に、強面の店主の口角はほんのわずかにも持ち上がっているように見えなかった。
先ほどはからかうように話したグスタフだが、その辺りは十分承知である。
「とはいえ、お前がいきなり満面の笑顔で『いらっしゃいませーっ』ってやってても、気持ち悪いだけか」
「……確かに、それはないな」
サルバドールがゆっくりと首を縦に振り下ろした。
そんなたわいもない会話を繰り広げていると、店の扉がガチャリと開く。
入ってきたのは、サルバドールやグスタフにとって、顔なじみの相手だった。
「ごめんよー。ちーと遅くなっちまった……、ってグスタフも来とったのか?」
「いつもの定期点検さ。それよりガルド、こんな昼下がりに配達か?」
「ああ、今朝方サルバドールのヤツから追加注文があったからな。これで良かったか?」
「……」
ガルドが運んできた大きな箱を黙って覗き込んだサルバドールは、その中身を一つ手に取る。
表面が赤く色づき、ラグビーボールのように丸々と太ったそれは、いよいよ旬を迎えた秋を代表する食材の一つであった。
そのあまりの立派さに、グスタフが思わず口を挟む。
「へー、随分立派なカモテじゃねえか」
「おかげさまで今年は豊作でな。こんなでっかいのが畑にゴロゴロしてるぜ。な、いい芋だろ?」
「……ああ」
カモテの出来栄えをじっくりと見定めていたサルバトールがわずかに口を開き、そしてゆっくりと頷く。
ほとんど表情を変えないサルバドールだが、長い付き合いである二人はその目尻がわずかに下がったのを見逃さなかった。
「どうやら良さそうだな」
「ったく、分かりにくいんだよお前は。しかし、カモテなんかどうするんだ? ブレッドに混ぜて焼くって感じか?」
「……これは試作用だ。時間があるなら食べていくか?」
今度はギロッと鋭く眼光を飛ばしながら、サルバドールが顔を上げる。
真っ先に反応したのはグスタフだ。
「を、その感じは相当自信ありげとみたぜ? この後はもう予定ねえから、ぜひ食わしてくれや。そっちはどうする?」
「俺も問題ない。うちのカモテで何を作ってくれるか、ぜひ見せてもらおうじゃねえか」
「……なら、そっちで待つがいい」
売り場を指さすサルバドールに、二人は黙って頷いた。
―――――
厨房に入ったサルバドールは、いつものように白衣を纏う。
するとそこに、階段から降りてきた一人の女の子が声をかけた。
「とうちゃーん、私も手伝うよー!」
ほほにちょっぴりそばかすを残した彼女の名はアレクサンドラ、サルバドールの一人娘だ。
三つ編みにまとめた父親譲りの金髪を揺らしながら、彼女は赤と白のチェック柄のエプロンをさっと身に纏う。
するとサルバドールは、チラッとそちらに目をやると、静かに口を開いた。
「……先に飲み物を出してやれ」
「あいよっ、とーちゃん。折角だし、テーでいいかな?」
「……任せる」
「んじゃ、こないだ頂いたやつにするねー」
言葉少なに語る父親にも、アレクサンドラは陽気に答える。
彼女はパン焼き用の大きなオーブン窯の中から種火を取り出すと、それをロケットストーブに移して火をつけた。
続いて手ごろな大きさの片手鍋に水を張ってロケットストーブの上に置くと、棚の中から一つの缶を取り出す。
缶の蓋を開くと、芳醇な香りがアレクサンドラの鼻孔をくすぐった。
「んーっ! いい香りっ!」
「……静かにやれ」
「えー、別にいいじゃーん。 さて、そろそろお湯が沸いたかなー」
黙々と作業を続けるサルバドールからたしなめられても、娘は陽気な様子は崩さない。
ロケットストーブの強い炎により、鍋の中の水はあっという間にプクプクと泡を立てはじめた。
するとアレクサンドラは、缶の中に入っていた小さなスプーンで、中の茶葉をすくい入れる。
そしてすぐに鍋を火からおろし、木製の作業台の上へと移した。
続けて彼女は、棚からカップを二つ取り出すと、その中に牛乳を少しずつ入れる。
そして網の細かい茶こしで茶葉を受け止めながら、紅色に美しく染まった液体をカップの中に注いでいった。
「とーちゃんの方はあとどれくらい?」
「……下ごしらえは済んだ。後で呼ぶ」
「あいよっ! じゃ、これは先に持ってくねー」
アレクサンドラは木製の四角いトレイの上に先ほど入れた牛乳入りのテーを載せると、三つ編みのおさげをぴょこぴょこと弾ませながら売り場へと向かっていった。
―――――
「はーい、先に飲み物持って来たよー」
アレクサンドラが、売り場のテーブルに腰を落ち着けていたガルドとグスタフに声をかける。
木製のトレイを両手で抱えた年頃の看板娘に目を細めながら、ガルドが手を差し出す。
「ありがとう。っと、これはコッチでもらおうかの」
「なんだ、姿が見えんからてっきりどこかに出掛けてたかと思ったら、家におったんか」
「うん、部屋でちょっと横になってた。最近、めちゃくちゃ忙しくてさー。ほら、この時間にもう完売だよー?」
グスタフの言葉に応えながら、アレクサンドラが辺りを指し示すようにぐるっと手を回す。
壁に沿って並べられた商品棚の上は、昼下がりの早い時間にも関わらずすっかり空っぽであった。
「いいじゃねぇか。商売繁盛で何よりなこった」
「ガルドおじちゃんの言葉ももっともなんだけどねー。でもさ、早い時なんかだと昼前に売り切れちゃうんだよ。折角来てくれたお客さんががっかりして帰るのは忍びなくてさー。とうちゃんも、もうちょっとだけでもいいからたくさんブレッド焼いてくれればいいのにー」
アレクサンドラが愚痴をこぼしながら、ついつい口をとがらせる。
しかし、その望みがかなわない物であることは、彼女を含めここにいる全員が理解していることであった。
心情を察しつつも、グスタフが代弁する。
「まぁ、サルバドールのやつもガチガチの職人だからなぁ。商品の質を落としてまで量を増やそうとは思わんのだろうなぁ」
「もちろんそれはわかってるけどさー。そうだ、グスタフおじちゃん、ぱぱっと手早くブレッドを焼けるような器械つくってよ!」
「無理いうなって。サルバドールのブレッドはそれこそ職人芸、あれを再現できるようなか器械なんてそうそう作れっこねえぞ」
「だよねー。はーっ、こんなことなら私もちゃんと父ちゃんを見習ってブレッドづくりの修行しておけばよかったー」
眉間にしわを寄せながら地団太を踏むアレクサンドラ。
そんな彼女を今度はガルドがなだめはじめた。
「サルバドールがその気になれば、弟子の一人でもとるだろうよ。なんなら、お前さんが弟子になりそうな相手を捕まえてくるというのもあるんじゃねえか?」
「ちょっと、やめてよー! そんなことしたら、うちのとーちゃん、そいつを丸めて窯ん中に放り込んじゃうって!!」
ガルドの言葉に慌てたアレクサンドラが、ガタガタと肩を震わせながら激しく首を振る。
そしてはっはっはと笑い声が売り場に響いた後、再びガルドが口を開いた。
「でも、お前さんもボチボチいい年頃だろ? 家の手伝いは感心だが、もうちょっと街場で遊ぶなり何なりした方がいいんじゃねえか?」
「うーん、学校の頃の友達とかにもおんなじこと言われるんだけどさぁ、でも、正直今はお店のことやってる方が楽しいんだよねー。それに、たまに友達とかと街へ遊びに行っても、うちのとーちゃんよりカッコイイ男の人って会ったことないんだよねぇ。なんかこー、みんな軽く見えちゃう?的な? あ、もちろんオジちゃんたちは別だからねっ! ガルドおじちゃんもグスタフおじちゃんも、とーちゃんの次にはかっこいいから!」
「「お、おう……」」
テンション高く話すアレクサンドラの様子に、ガルドもグスタフも困惑の色を隠せない。
父娘が仲睦まじいのは良いことであるが、アレクサンドラの父に対する想いは少々大きすぎる気がしてならなかった。
微妙な間が開いた後、厨房の方からザッザと足音が聞こえてきた。
三人が振り向くと、そこにはサルバドールの姿。
白衣に身を固めた彼は、湯気が立ち上る籠をドンとテーブルの上に置き、そしてゆっくりと口を開く。
「……出来たぞ。食ってみろ」
「ほー、コイツは……?」
サルバドールに言われるがまま、籠の中のものへと手を伸ばすグスタフ。
まだ湯気を立てるほど温かいそれは、白いしっとりとした生地の中に、やや大きめの角切りにされたカモテがたくさん入っている。
ややずっしりとした重みを感じる手のひらサイズのそれを二つに割ってみると、ふんわりと仕上がった中から甘い香りが立ち上った。
「ふーむ、さしずめカモテの蒸しブレッドといったところか。じゃ、遠慮なく……」
ガルドがそう言いながら、半分に割った蒸しブレッドをガブッと一口頬張る。
生地は思った以上にモチモチプリプリとしており、歯ごたえが何とも楽しい。
砂糖が入っているのか、甘めの仕上がりだ。
そして、その甘味と生地の中にたっぷりと入っているカモテの甘味が合わさり、一層美味しさを高めている。
初めて食べるにも関わらずどこか懐かしさを感じさせる、そんな素朴な味わいであった。
「まるでカモテがカスターニャみてぇだな。酒のつまみにはならねぇが、うん、甘いものが好きな奴にはちょうどいいんじゃねえか?」
同じように食していたグスタフの感想も、またガルドと同じであったようだ。
二人は、あっという間に胃袋に納めると、残しておいたテーで口を漱ぐ。
「結構ずしっと腹にたまるな。いや、上手かった。ご馳走さん」
「うちのカモテも、こんなに美味しくしてくれて、喜んでいるよ。これは、お前さんのオリジナルか?」
「……いや。これは『ツバメ』のマスターから頂いたレシピで作ったものだ」
「あ、これがこの間言ってたやつ。なんだっけ? 『オニマンジュウ』とかいったっけ?」
いつの間にかオニマンジュウを手にしていたアレクサンドラが、三人の会話に割って入ってくる。
「へー、『オニマンジュウ』か。ちーとばかし変わった名前だが、いや、これは良いぞ」
「あー、グスタフおじちゃんもう三つ目じゃーん。私の分も残しておいてよー」
金髪のおさげ髪を揺らしながら、アレクサンドラが抗議の声を上げる。
そんな娘を視線で嗜めながら、サルバドールが声をかける。
「……もう少し手を加えれば、うちの味になるだろう。それにこれなら窯を使わなくてもできる」
「え? それって? もしかして……?」
「……いずれ商品として加えるつもりだ」
「まじでーっ! さすがとうちゃん!!」
サルバドールが、商品の量を増やせない一つの大きな原因が『オーブン窯』にあった。
この店にあるオーブン窯は相当大型だが、それでも現在の売れ行きからすると容量オーバーとなっている。
これ以上焼き上げペースを上げてしまうと窯の温度が下がって生焼けになってしまうし、良く焼けるようにこれ以上火力を強めたとしても、今度は中まで火が入る前に焦げてしまう状況だ。
しかし、この『オニマンジュウ』はカモテ入りの生地を蒸し上げて作るため、『オーブン窯』は使わない。
配合さえ気をつければ、手間もそこまでかかるわけではなく、作りやすい商品ともいえた。
二人のやりとりを見ていたガルドもまた、うんうんと頷く。
「なるほど、そう言う訳だったか。じゃあ、うちも気合入れて良いカモテを卸さんとな」
「しっかし、相変わらず娘には甘いなぁ。こんなことだからせっかくの年頃なのにいい男の一人もできやしねえんだぜ?」
からかうように話すグスタフ。
するとサルバドールが、ギロッと鋭い眼光を飛ばしながら口を開いた。
「……そういう男が出来たならいつでも連れて来るがいい。俺が美味しく丸めて……」
「焼き上げてやる! でしょ? もー、分かってるって! 大丈夫、今はまだとーちゃんが一番だからさっ」
アレクサンドラはそう言うと、サルバドールの太く逞しい腕に飛びついた。
その可愛らしい仕草に、強面のサルバドールも思わず表情を崩す。
「大丈夫かね、この父娘?」
「ま、今はいいんじゃねえの? でも、いずれアレクサンドラちゃんにいい相手が出来たら、そんときゃ俺たちで盛大にからか……慰めてやろうぜ?」
「それもそうだな」
口角を持ち上げながら声を潜めるグスタフに対し、ガルドもまたニヤリと微笑み返すのであった。
お読みいただきましてありがとうございました。
今回はオジサン三人+娘一人の番外編的小話でした。
そろそろお芋の美味しい季節、ということで地元名古屋で愛される和菓子?的なサムシングをご初回させて頂きました。
次回は10/18(火)の更新予定。
それでは、引き続きご愛読いただけますようよろしくお願い申し上げます。