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50 初めての小旅行と決意のバスケット(2/3パート)

※第1パートの続きです

「ごっしゅじーん、それで、何を作るか決めたのなっ?」


 その日の夜遅く、一日の営業を終えた『ツバメ』のキッチンにニャーチの声が響く。

 夕食を終えたのち、ルナを先に寝かしつけたタクミとニャーチの二人は、リベルトからの『依頼』に対する料理の検討を始めていた。

 ランプの明かりが辺りを静かに照らす中、タクミはあごに手を当てながら、リベルトから預かった食材に目を落とす。


「うーん、料理自体はいくつか思いついてはいるんだけど……」


「にゃ? なんか気になることでもあるのなっ?」


「いや、なんで“コレ”なんだろうなって思ってさ」


 タクミが見つめるのはテーブルの上に置かれた箱の中。

 そこに入っていたのは、銀色の鱗が美しい大きな一匹の魚 ―― サルモン()であった。

 

 タクミにとっては馴染み深い魚であるサルモンだが、“こちらの世界”に来てからこのような丸ごとのサルモンを見るのは初めてであった。

 サルモンは北方の寒い地域で採れる魚であり、暖かな気候であるハーパータウン一帯で水揚げされることはない。

 このため、この辺りではサルモンは親しまれておらず、見かけたとしても瓶詰や缶詰のような加工品として見かける程度であった。

 

 一方、リベルトの話によると、彼の故郷であるテネシー共和国ではサルモンが日常的に食されており、秋から冬に欠かせない食材の一つとのことである。

 このサルモンも、故郷の伝手を辿って四方八方手をつくし、今年の“初物”をわざわざ取り寄せたものだと、リベルトは自慢げに話していた。


 一方、裏を返せば、例えリベルトといえどもサルモンを手に入れるためには相当に無理を重ねなければならなったということでもある。

 そこまでしてでもサルモンを取り寄せたということは、そこに何か深い理由が隠されているのではないか、タクミはそう感じていた。


 サルモンを見つめたままじっと腕組みをするタクミ。

 そんなタクミに、ニャーチはのんびりと声をかける。


「きっとリベルトさんはソフィアさんにおいしいをいっぱい食べさせたいと思ったのな!」


「いや、まぁ、それは間違いないと思うんだけどね……」


「それならそれで大丈夫なのなっ! ごしゅじんは、このおさかなをもっともっといっぱいおいしいにすればいいのなっ!」


 能天気なニャーチの言葉に、タクミは思わず苦笑いを浮かべる。

 しかし、よくよく考えてみると、このニャーチの言葉こそ正しいのではないのだろうか ―― タクミは改めて考えを巡らせた。


 リベルトがわざわざ無理を重ねて取り寄せたサルモンなのだから、これが彼にとって何かしらの大きな意味を持ったものであることは間違いないであろう。

 その意味を理解しなければリベルトの意に沿う料理とならないと考えていたタクミであったが、ニャーチの言葉に、その貴重さゆえに深入りしすぎているのではないかと感じさせられていた。


 リベルトの期待に応えるためには、リベルトの気持ちを詮索するのではなく、サルモンの美味しさを存分に引き出すことに集中すべきであろう。

 そのことに改めて気づかされたタクミは、ニャーチの頭をポンポンと撫でながら、にっこりと微笑んだ。


「そうだね、ニャーチの言う通りだよ。ありがとう」


「ニャーチ良いこといったのなっ! そのお礼は形でしめすのなっ!」


 タクミに褒められたニャーチがえっへんと、胸を張る。

 しかし、その視線の先はサルモンにくぎ付けだ。

 まるで獲物を狙っているかのように眼をギラギラとさせるニャーチをタクミがたしなめる。

 

「せっかく良いこと言ったのに……。ほーら、これはリベルトさんとソフィアさんのだから、だーめっ」


「むぅ、それは分かってるのなっ! でも、試食は必要なのなっ! あーん、で食べさせるのなっ!」


「はいはい、でも貴重なものだからいっぱいはダメだからね」


「はーいにゃーっ!」


 これで目的のものにありつけそうだと、ニャーチがニマニマと笑顔を浮かべる。

 いつもの調子にあきれつつも、タクミもまた顔を綻ばせていた。




―――――




「さてと、じゃあ取り掛かりますか」


 いつも仕事中に纏っているカフェエプロンを改めて締め直したタクミは、必要な道具を用意していく。

 店に置いてあるなかでも一番大きなまな板に、これも一番大きな木の桶、それに愛用の包丁セットがキッチンテーブルに並べられた。

 ニャーチはキッチン脇の小テーブルに陣取ると、タクミに声援を送る。


「ごっしゅじーん、がんばるのなーっ!」


「はいはい。じゃ、そこで大人しく待っててねー」


 準備を終えたタクミは、ニャーチに声をかけると、ふっと小さく息を吐いて真剣な眼差しを見せた。作業開始だ。

 箱の中に手を入れたタクミは、大きな桶に汲んでおいた水の中に取り出したサルモンを丸ごと入れる。

 そして桶の中でザブザブとさせながら、サルモンの身にまぶされている大量の塩を落としていった。

 同じように内蔵が取り払われている腹の中もきれいに洗うと、桶から取り出して白布で表面の水気をきれいに拭い取る。

 そして古新聞を載せたまな板の上に水気を切ったサルモンを置くと、包丁を手にして背びれや胸びれを切り落としていった。


 続いてタクミは、顎側から包丁を入れて頭の先に切り込みを入れると、その切込みから背骨に沿って包丁を入れていく。

 背骨の上を滑らせるように切り開くと、内側からサルモン特有の淡い紅色をした身が現れた。


 “こちらの世界”のサルモンの身も、タクミにとって馴染み深い“サーモンピンク”。

 少し離れた場所で見守っていたニャーチも、その美しい身の色にぐいっと身を乗り出す。


「うにゃー! とっても美味しそうなのにゃーっ!、ねーねー、ちょっとだけ、ちょっとだけつまんじゃダメなのなっ?」


「だーめっ。さすがにお刺身では食べれないと思うよ。後でちゃんと試食させてあげるから、もうちょっと待っててね」


「にゅー、わかったのなっ! じゃあ、もうちょっとだけまってるのなっ!」


 ニャーチが大人しく席に戻ったのを確認したタクミは、二枚に下したサルモンの半身からエラに沿って包丁を入れ、頭を切り落とす。

 そして、もう一方の身にも背骨に沿って包丁を入れ、同じように頭を切り落とした。

 最後に縁の部分を切り落として形を整えると、サルモンは大きな二枚の半身(フィレ)にその姿を変えた。


「おーっ! すごいのにゃっ! ごしゅじんさすがなのなっ! ところで、こっちはどうするのなっ?」


 いつの間にか近寄ってきていたニャーチが、テーブルの上のバットを指さす。

 そこには三枚におろした結果として出たサルモンのアラがうず高く積まれていた。


「そうだねぇ、捨てるのはもったいないし、せっかくだから出汁をとってスープにでもしようかな。シチュー仕立てにしてまかないで食べるのもイイかもね」


「うーん、想像するだけでおいしそうなのなっ! おなかぺこぺこさんになっちゃうのな! 早く食べさせるのにゃー!」


「はいはい、でも、スープはもうちょっと待ってね。先にこれをしなきゃ」


 タクミはアラの中から身が多めについている部分を探しだし、二切れ分取り分ける。

 そして、ロケットストーブに火を入れ、フライパンを温め始めた。


「そっか! 味見が先なのなっ!」


「そゆこと。もうちょっとだから待っててねー」


 ニャーチに声をかけながら、フライパンにコルザ(菜種)油を垂らす。

 そして、油が適度に温まったところで、先ほど取り分けておいたサルモンのアラをそのまま載せると、ジュワーっという音と共に香ばしい香りがたちまち辺りに広がった。


 焦げ付きを防ぐコルザ油以外は、塩こしょうを含め味付けを一切行っていない。

 素材そのままの味を確認するためだ。

 ほどなくしてこんがりと焼き上がったサルモンを小皿にのせると、タクミはニャーチを手招きで呼び寄せる。


「はい、じゃあこれで味見よろしく。熱いから気をつけてね」


「待ってましたのなーっ! いっただっきまーすなーのなーっ!」


 焼き上がったサルモンの切れ端の一つを渡されたニャーチは、ふーっふーっと息を吹きかけて少し熱を冷ましてから口の中に放り込んだ。

 そして、しばらくもぐもぐと咀嚼すると、うんうん、と何度も頷きながら満面の笑みとなる


「うにゅっ! ちょっとだけしょっぱいけど、とーってもおいしいのなっ! ほろほろじゅわーなのなよっ!」


 その言葉と表情にタクミはうんうんと頷くと、ニャーチと同じようにサルモンの切れ端を口にした。


「脂乗りもいいし、身の甘みも申し分ないね。結構身がしっかりしてるのは塩漬けにされてたからかな? 運んでいる間にもっと塩気が染みているかと思ったけど、身の味が強くて全然負けてないね」


「とーってもおいしいのなっ! ねぇ、ごっしゅじーん……」


 じーっと上目づかいでタクミを見つめるニャーチ。

 しかし、タクミはにこっと微笑みながらたしなめる。


「……そんな眼で見ても、これ以上はダメだからね。無くなっちゃうでしょ?」


「にゅー、残念なのな……」


 ニャーチが猫耳をペタン倒してしゅんとうなだれていると、そのおでこをタクミがツンとつついた。


「そんな顔をしないの。まだこれからが本番だし、明日は完成品の試食もあるって」


「にゃっ! そうだったのなっ! ごっしゅじん、早くがんばるのなーっ!」


「はいはい、分かりましたよっと。あと、スープの仕込みもやっちゃわなないとね」


 たった一言でパッと明るい表情に戻ったニャーチに苦笑いを浮かべながらも、キッチンテーブルへと戻るタクミはどこか楽しげであった。


※第3パートへと続きます

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