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50 初めての小旅行と決意のバスケット(1/3パート)

 本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。この列車は当駅が終点となります。到着いたしました列車は車庫に入ります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。

 ―― なお、貸切馬車の手配をご希望の方は、駅係員までお問い合わせ下さい。


 秋分の日も過ぎ、ハーパータウン一帯にも涼やかな風が流れるようになってきた。

 ここ最近は駅を利用するお客様もますます増え、それに連れて併設する喫茶店『ツバメ』もいっそうの賑わいを見せている。


 そんなある日のこと。

 二番列車が到着したハーパータウン駅では、いつものように『ツバメ』の扉のベルがカランカランカラーンと鳴り響いた。

 そこに入ってきたのは定期的にこの店を訪れる常連のお客様であり、この店にとって大切なパートナーである一人の女性。

 ホールにいたニャーチは、彼女の姿を見つけるや否や満面の笑みで出迎えた。


「あ! ソフィアさんいらっしゃいませなのなーっ! お久しぶりなのにゃっ!」


「ニャーチちゃん、こんにちわ。今日も相変わらず元気ねぇ」


「ニャーチはいつも元気なのなっ! ニャーチから元気を取ったら何にも残らないのにゃっ!」


「そんなことはないと思うわよ。えっと、席は空いてるかしら?」


「大丈夫なのなっ! それではどうぞこちらへなのにゃっ」


 ニャーチはぴょこっと頭を下げてから、カウンターに近い席へとソフィアを案内する。

 席に着いたソフィアは、ふぅと一息つくと辺りをぐるりと見渡した。


「そういえば、一階の席でのんびりさせてもらうのも久しぶりね」


「言われてみればそうかもなのなっ。リベルトさんといっしょの時は二階のおへやばっかりだったのにゃっ。二階のおへやのほうが二人きりになれるからいいのなよねっ?」


 耳をくるんと動かしながら、ニャーチがのぞき込む。

 案の定、ソフィアの頬はほんのりと紅く染まっていた。


「もーっ、ニャーチちゃんったらぁ。 でも、そういえばもうすぐ一年になるのよねぇ」

「もうそんなになるのなっ? 一年はあっという間なのにゃっ!」


 ソフィアとリベルトがこの店で逢瀬を楽しむようになったのは、ちょうど今頃の季節からであった。

 少々強引なリベルトの態度に最初こそ戸惑いを覚えていたソフィアであったが、今となってはその強引さも力強く見える。

 互いに忙しい身であるがゆえに普段は仕事以外で会うことは難しいものの、それでもこの『ふた月に一度の逢瀬』は、今のソフィアにとってなによりも楽しいものであった。


 とはいえ、年頃のソフィアにとって、ゆっくりとしか関係が進展していかない二人の仲にもどかしさを感じないといえば嘘になる。

 それぞれの立場を考えるとやむを得ないことだと自分自身に言い聞かせようとするものの、それでもなかなか眠りにつけない日があるのもまた一度や二度ではなかった。


 ソフィアがついぼーっと考えにふけていると、横から不意に声をかけられた。


「えーっと、ご注文はどうしましょうかのな?」


「あ、そう、そうね。注文ね。えーっと、そうしたら……そうね、久しぶりにパト(パスタ)のランチを頂けるかしら? あと、食後にシナモン・コーヒーもお願いね」


「かしこまりなのなっ! パトのランチをお一つ、食後にシナモンコーヒーで承りましたのなっ! それでは、少々お待ちくださいませなのなーっ」


 注文を繰り返すと、ニャーチはぴょこんと頭を下げてからすぐさまキッチンへと向かっていく。

 猫耳をピクピクとさせながら弾むように立ち去るニャーチの後ろ姿を、ソフィアは目を細めて眺めていた。




―――――




「お待たせしました。本日のパトのランチ、“鉄板イタリアン”です。付け合わせのサラダとスープはこちらに置いておきますね」


 注文の品を運んできたのはタクミであった。

 いつものように一礼をしてから料理をテーブルに並べるタクミに、ソフィアが声をかける。


「あら、タクミさんが運んできてくださったのね」


「先ほどニャーチからお越しになっていると聞きまして、ご挨拶がてらと。ちょうど手も空いていてよかったです」


「それはどうもありがとうですわ。ところで、今日はまた変わったお皿に載せていらっしゃるのね。でも、以前に頂いたパトパエージャ(パスタパエリア)とはまた違う感じに見えるけど……」


 黒い鋳物の鉄皿の上には黄色い卵が敷かれ、その上では赤く染まったパトが白い湯気を立ち昇らせている。

 いかにも食欲をそそるその姿に胸を躍らせながら,ソフィアは上目遣いでタクミに視線を送った。


「これは私が以前に暮らしていたところで定番だったスパゲッティ……パトですね。パエージャとは違い上に載っているのは長いままのパトとなっております。お好みで、こちらのケッソ(ハードチーズ)カイエナ(唐辛子)をかけてお召し上がりください」


「ホント、タクミさんの故郷ってなんでもあるのねぇ。じゃあ、せっかくなので温かいうちに頂きますわ」


「それでは、どうぞごゆっくり」


 ニャーチと同じように、タクミもまた一礼をしてから席を去る。

 その後ろ姿を見送りつつ、ソフィアは早速〝鉄板イタリアン”にフォークを伸ばした。

(んー! やっぱりタクミさんの料理は美味しいわねぇ……)


 フォークでくるりと巻いたパトを口の中へと放り込むと、うっとりとした表情となる。 タクミが“ケチャップ”と呼ぶトマトをふんだんに使ったソースで赤く染まったパトは、少し濃いめの味わいながらもたっぷりと旨みをまとわせていた。


 ややもすると単調になりがちなところに、一緒に炒められたセボーリャ(玉ねぎ)ピミエント(ピーマン)が加わることで、さっぱりとした味わいとシャキシャキとした楽しい歯ごたえが良いアクセントとなる。

 細長く刻まれたブルスト(ソーセージ)の塩味を含んだ旨みも、“ケチャップ”の味わいと相まって絶妙だ。

 彩りに入れられたと思われるギサンテ(グリンピース)の粒も、コロコロと口の中を楽しませてくれる。


(それで、この一番下の卵、これがまたいいわね。卵だけでは何の変哲もない味わいだけど、これがあると無いとではきっと大違いだわ)


 下に敷かれた卵焼き、これ自身には全く味付けがされておらず、卵そのもののシンプルな味わいである。

 しかし、この卵が上に載せられた濃い目の味わいのパトと合わさることで、不思議と面白い味わいとなっていたのだ。

 そのまま食べてもさっぱりとした味わいで舌休めとなるし、パトとともに巻いて食べても固焼きになった卵と、パトのプチプチとした歯触りが何とも言えない妙なる味わいを生み出している。


 途中でケッソやカイエナの粉を振って味わいを変化させながら、“鉄板イタリアン”の味わいを堪能するソフィア。

 最後に残しておいたスープを一口飲むと、くちくなったお腹をさすりながら幸せな余韻に浸っていた。




―――――




「お待たせしましたのなっ。食後のシナモン・コーヒーなのなっ!」


 一服していたソフィアの下に、再びニャーチが銀色のトレイを手にやってきた。

 その後ろにはタクミの姿。

 相変わらず仲睦まじい二人の様子に、ソフィアの頬も思わずゆるむ。


「タクミさん、ごちそうさまでした。今日も大変おいしかったですわ。そうそう、この“イタリアン”、今日はさっぱりと感じたのですけど、前とは少し味付けを変えてらっしゃるのかしら?」


 ニャーチから受け取ったシナモン・コーヒーの香りを楽しみながら尋ねるソフィア。

 それに対し、タクミはゆっくりと頷いて肯定の意を示した。


「確かに仰る通りです。以前はシンプルにトマトケチャップを基本に味付けをしていましたが、今は、それに加えてピメントン(パプリカパウダー)や熟成させたビネガー(バルサミコ酢)などを加えて味を調えています。それに、さっぱり感と甘みを加えるのに、ナランハの絞り汁(オレンジジュース)も入れております」


「なるほど、それで風味が軽くなってたってわけね。でも、よくナランハを合わせようと思ったわねぇ」


「あのねあのねっ、それはねっ、ごっしゅじんのうっかりさん……うにゃぁぁぁ」


 言葉を先読みしたタクミが、ニャーチの首根っこをつかんでぶら下げる。

 いつもならここで大人しくうなだれるニャーチだが、どうやら今日は不服のようだ。


「にゃーっ! まけないのなーっ! だって、じじつはいつもひとつなのなーっ!」


「それを言うなら真実は、でしょ? というか、そこまでネタをばらさなくてもいいんです」


「はいはい、ごちそうさまですわ」


 二人のやりとりを静かに見守っていたソフィアが、長くなりそうな気配を察して声を挟む。

 すると、はっと我に返ったタクミが、ニャーチの手を離してコホンと一つ小さな咳払いをしてから、ソフィアに頭を下げた。


「っと、失礼しました。まぁ、細かい事情は企業秘密ということでお願いします」


「はいはい、そこはお二人だけのナイショってことにしておきますわ。でも、相変わらず仲のよろしいことで……、少々妬けてしまいますわ」


「なんだ、私よりもタクミ殿の方が良いというのか?」


「えっ!?」


 予想もしない方向から声をかけられたソフィアが、声を裏返しながら慌てて振り向く。

 声の主はリベルト・デ・ラウレンティス、テネシー共和国からやってきた特命全権大使であり、関係を深めつつある『ふた月に一度の逢瀬』の相手であった。


 驚きの余り口をパクパクとさせているソフィアを見つめながら、リベルトは何とも楽しげな表情で言葉をかける。


「まぁ、タクミ殿も素晴らしい御仁だから惹かれるのも無理ならぬこと。しかし、私というものがありながら他に目を向けられてしまうのは、私も少々妬けてしまうな」


「い、いえ、それは言葉のあやというものでして……」


「ふむ、それにしては随分と熱を帯びた視線だったようにも思うが?」


 ニマニマとしながら畳み掛けるリベルト。

 一方、不意打ちされたソフィアは防戦一方と言った様子だ。

 すると、何とも言葉の継げず顔を真っ赤に染めるばかりのソフィアに、思わぬところから援軍が入った。


「リベルトさんは、ソフィアさんをあんまりからかっちゃだめなのなっ! 好きな子にちょっかいかけるのは楽しいけど、これ以上はめっ!なのなっ!」


「おおう、これは失礼した。確かにニャーチ殿の言う通りだな。でもそうして顔を真っ赤に染めている姿も、うん、なかなか可愛らしいと思うぞ」


「もーっ、リベルト様ったらっ! 知りませんわっ!」


 ニャーチが間に入ったことで、ようやく少しだけ調子を取り戻したソフィアが頬を膨らませてぷいっと顔をそむける。

 しかし、その表情はどこか嬉しそうにも見えた。


「ところでリベルト様、今日は何かご用件でしたでしょうか? 今回のご予約は確か明後日のお昼とお伺いしておりましたが……」


「っとそうそう、肝心な話を忘れておった。実はその件で頼みたいことがあったのだが……」


「あら、何かございまして?」


 リベルトの言葉に、タクミよりも先にソフィアが反応する。

 するとリベルトは、ソフィアの顔をじっと見つめてから、改めて口を開いた。


「ソフィア殿、今回の会食の日は確か一日予定が空いていると言っておったが、それは変わってはおらぬか?」


「え、ええ。会食の前も予定は入れておりませんし、終わった後も列車に乗って帰るだけの予定にしておりますが……」


「ならよかった。では、その一日の時間をぜひ私に頂きたいのだが、構わぬか?」


「そ、それは構いませんが……」


 リベルトと共に過ごせるのであれば、ソフィアとしても願ったりかなったりのことではある。

 しかし、まるではじめて誘いを受けた時のような、力強さとはまた違った強引さを感じさせるリベルトの態度に、ソフィアはどこか戸惑いを感じてしまうのであった。


※第2パートへと続きます

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