49 秋を迎える祭典と女神に捧げる水菓子(3/3パート)
※第2パートからの続きです
それから数日後、“ラ・フィエスタ・エニーサ”の当日を迎え、フィデルとロランドは私学校へとやってきていた。
聖堂を兼ねたホールからは、舞踏会で演奏されている陽気な音色と、それを楽しむ子供たちの歓声が聞こえてくる。
そんな中、二人は教室の一角を借りて、この後行われるミニパーティーの準備を進めていた。
今日のパーティーのために用意した料理は、いろいろな具材を巻き込んだロールサンドに、骨付きの手羽元を使った大ぶりの唐揚げ、それに焼いたブルストやカマロンをトマトやテーゼと一緒にそれぞれ串に差したものなど。
どれも『子供たちが手でつまんで食べられるように』と二人が工夫して作った逸品だ。
「よっしゃ、こっちのこんなもんだろ。そっちはどうだ?」
予め作ってきたのを私学校で借りた大きな皿に盛りつけていたロランドが、テーブルセッティングや飾り付けをしていたフィデルに声をかける。
「こっちも完了だ! あとは、例のヤツだな」
「そうだな。器は借りてきたんだよな?」
「おう! こんなすごいの貸してくれちゃったよ」
フィデルはそういうと、テーブルの上に置いてあった布包みをほどく。
その中から現れたのは、両手で抱えるほど大きなグラスのボウルであった。
厚手のグラスの表面には透明な細工が細かく施されており、窓から差し込む光によってまるで宝石のようにキラキラと輝いている。
その素晴らしい器を目の当たりにしたロランドが、思わず喉を鳴らす。
「……なぁ、ちょっとすごすぎないか?」
「……実は俺もそう思った。でも、ちょうどいい大きさの器はこれしかないらしいんだよ。マルシア先生も『子供たちのためにぜひ使ってください』って言ってくれてたから、いいんじゃねーか?」
「了解。じゃあ、有り難く使わせてもらおう。えーっと、そうしたらレードルはコッチの方がいいな」
ロランドは荷物を入れてきた鞄の中から、大きな木の匙を取り出す。
普段使っている金属製のレードルも用意はしてきたが、この素晴らしいグラスボウルに万が一でも傷をつけてはならないと、より柔らかい木の匙を選ぶことにしたのだ。
「そうだな。じゃあ、果物のカットは任せたから。俺はあっちの水場でさっき頂いたグラナダの方をやっておくわ」
「落としたりして無駄にすんじゃねぇぞー」
「うっせぇ! そっちこそ皮を厚く剥きすぎて食べるところちっちゃーいってことにするんじゃねえからな!」
憎まれ口をぶつけ合いながら、グラナダ手にして部屋を後にするフィデル。
教室に一人残ったロランドは、食材や料理を入れてきた箱を手元に手繰り寄せると、その中から果物を取り出した。
最初に取り出したのはウーバ。
ロランドは、房から黄緑色の大きな粒を一つ一つ外していくと、丁寧にザッと洗ってから半分に切って種を取り出し、『ツバメ』から運んできた大きな金属のボウルに入れていく。
ウーバの次に用意したナランハは、表皮はもちろん、中の薄皮も丁寧に剥き、これも同じようにボウルの中に納めた。
慣れた様子で作業を終えると、今度は瓶を一つ取り出して蓋を開く。
瓶の中身は、シロップ漬けにされたピーニャだ。
ロランドは、一口サイズにカットされた黄色い果実を一つずつ丁寧に取り出すと、ボウルの中に合わせていく。
そしてさらに、別の瓶に入れてあったシロップ漬けのメロコトンをまな板の上で一口大にカットして、やはりこれもボウルに入れた。
「戻ったぞー。こんなもんで良かったよな?」
ちょうど果物の準備を終えたところに戻ってきたフィデルが、ロランドに器の中のものを見せる。
その中には、深い紅色に熟したグラナダの粒がたっぷりと敷き詰められていた。
「ああ、十分十分。じゃ、あっちの用意もよろしくな」
「あいよっ」
フィデルの軽妙な返事を聞きながら、器を受け取るロランド。
グラナダの粒を一すくい程薄手の白い布で包むと、それを新しいボウルの上で絞った。
ギュッギュッと力が込められるたびに、深紅の雫がしたたり落ちる。
しっかりと果汁を搾り取ると、そこに先ほどのピーニャやメロコトンを漬け込んでおいたシロップを加え、ざっとかき混ぜてから残しておいたグラナダの粒にまぶした。
ロランドはいっそう輝きを増すグラナダの粒を一つ摘まみ、味を確認する。
グラナダ特有の強い酸味がシロップで抑えられるとともに、いっそう良い香りが口の中から鼻孔をくすぐった。
その出来栄えに満足そうに頷いていると、フィデルから声がかかる。
「こっちはこんなもんでいいか?」
フィデルが手にしていたボウルには、先ほどロランドが用意していたものと同じほどの大きさの、やはり深いルビー色をした果物の粒が用意されていた。
若干色合いや形は異なるものの、表面に赤いシロップをまとったその姿は、傍目にはグラナダの粒と見分けがつかない。
ロランドは、そちらもひょいっと一つ摘まんで味を確認すると、うんうんと頷く。
「うん、いいんじゃねーかな。てか、こっちの方が甘めで小さい子向き向きかもなー」
「じゃあ、酸っぱそうにしている子がいたら、グラナダをちょこっとにして、こっちを多めに入れてあげればいいね」
「そーだな。さて、これで準備はよさそうだな。じゃあ、後は頼むぜ?」
「ああ、ばっちりビシッと決めるさ!」
ランチの営業を控えるロランドは、子供たちのパーティーを見届けることなく『ツバメ』へと戻らなければならなかった。
後ろ髪を引かれる思いをしつつも戻り仕度を始めるロランド。
そして後を託す“相棒”とポンとハイタッチをすると、さっと部屋を後にした。
―――――
舞踏会の興奮も冷めやらぬままに始まったパーティー。
そこでは、子供たちが目をキラキラと輝かせながら思い思いに料理を手にしては口いっぱいに頬張っていた。
たくさん用意しておいたロールサンドや料理もあっという間にその高さを低くしていく。
そして、フィデルの前にも子供たちがずらっと行列を作っていた。
お目当てはもちろん特製のデザート、“グラナダ入りのフルーツポンチ”だ。
フィデルは、子供たちからカップを受け取ると、大きなグラスボウルの中に入ったフルーツポンチを木匙ですくい入れる。
そして、その上にグラナダの粒ともう一つの果物の粒を載せれば完成だ。
深紅の粒がシロップ入りの炭酸水をほんのりと赤く染め、その中で泳ぐ果物やシュワシュワと弾ける泡をいっそうキラキラと輝かせる。
子供たちは、先ずはその美しさに驚き、そして口の中に含んでまた顔を綻ばせていた。
フルーツポンチを待つ子供たちの行列が途切れ、楽しそうにはしゃぐ子供たちの姿にフィデルが嬉しさをかみしめていると、一人の少女が声をかけてきた。
「フィデルさんっ! 今日は本当にありがとうございますっ! おかげでみんな大喜びですっ!」
「いやいや。どうやらみんな喜んでくれるみたいで良かったよ。それにしても、今日はまた一段と見違えるねぇ」
いつもより少しだけおめかしをして、ほんのりと唇に紅をさしたルナの姿は、普段よりも少しだけ大人びて見える。
そんなルナの姿に、フィデルは思わず目を奪われていた。
「そんなに見られたら恥ずかしいですよーっ。でも、今日はお手伝いもせずにごめんなさいっ。今からでも何か手伝えることは無いですかっ?」
「いやいや、せっかくのパーティなんだから、ルナちゃんはいっぱい楽しみなよ! こういう時はおにーちゃんに任せておくんだって。 そうだ、ルナちゃんもこれ食べてみてよっ!」
フィデルはそう言いながら、手元のカップにフルーツポンチを入れ、その上に赤い粒を一種類だけ載せる。
するとルナは、どこか困ったような笑顔を見せながら口を開いた。
「ありがとうございますっ。でもこれって……」
「グラナダが入ってるように見えるでしょー? 大丈夫。よーく見てご覧?」
フィデルの言葉に首をかしげながらルナがカップの中身を見つめる。
すると、中に入ってるものに気づいたのか、目を大きく見開いて、ぱっと顔を上げた。
「これって……!」
「そ、それはルナちゃん用の特製バージョン。これなら大丈夫でしょ?」
「は、はいっ!」
コクコクと何度も首を縦に振るルナ。
ルナのカップに入れられた赤い粒の正体、それはフランブエサであった。
もちろん、落ち着いてみれば細かな粒が集まっているフランブエサと、一粒ずつが切り離されたグラナダの違いは分かる。
しかし、このフルーツポンチに入れられたフランブエサは、グラナダの粒と同じ大きさに刻まれているうえ、表面に何か赤いシロップを纏っているため、グラナダだと思い込んでみれば、そう見えてもおかしくないほどであった。
器の中とフィデルの顔を何度も何度も見比べるルナ。
そんな彼女に、フィデルはコクリと一つ頷いてからスプーンを差し出した。
「……おいっしーっ! 甘酸っぱくて、ちょっとシュワシュワっとしてて、これ、本当に美味しいですっ!!」
安心してフルーツポンチを口にしたルナが喜びをあふれさせる。
赤いシロップが和えられたフランブエサは、果物特有と甘さと酸味が抜群だ。
フルーツポンチ全体にもそのおいしさが広がっており、シュワシュワの炭酸と相まって爽やかな味わいに仕上がっている。
先ほどまでの舞踏会で少し疲れを感じていた身体に、染み渡るような美味しさだ。
果物の甘味と酸味が一杯に広がった炭酸水を堪能しつつ、中の果物をおいしそうに頬張るルナの様子を見て、フィデルもほっと一息をつく。
「よかったよかった。フランブエサだけだとちょっと味の強さがなかったから、グロゼイユの実を漬けたシロップで和えてみたんだ。そしたら、うまいこと色もきれいになったんだよねー」
「そっか! 周りの赤いシロップはグロゼイユだったんですねっ」
「そそ、グラナダに負けない感じにしたかったんだよねー。ね、これなら“みんなと一緒”でしょ?」
「あ、それでわざわざこんな風に……!」
この“デザート”の真意を知ったルナが、思わずうるっと涙ぐむ。
そして、声を震わせながら、フィデルに対して深々と頭を下げた。
「フィデルさん、こんなに素晴らしいデザートをありがとうございます!! わたし、とっても幸せですっ!」
感情を爆発させたルナが、涙を浮かべながらも満面の笑みを見せる。
そのあまりに眩しい姿に、フィデルは思わず視線をそらしながら頭をかいた。
「ま、まぁ、形作ったのはロランドだからさ。その言葉は帰ってからアイツに伝えてやってよ。それより、まだまだパーティーは終わんないでしょ? みんなと一緒に楽しんでおいで」
「はーいっ! 本当に、本当にありがとうございますっ!!」
ルナはそういうと、もう一度しっかり頭を下げてから友達たちの輪の中へと戻っていく。
その様子をフィデルが目を細めて眺めていると、不意に下から声がかけられた。
「ねーねーっ! おかわりあるーっ?」
「あれーっ? お兄ちゃん、ほっぺたが真っ赤だよー」
「ほんとだーっ! まるでグラナダみたーいっ!」
「あ、わっ! そ、そんなこと、な、ないからねっ。あ、おかわりっ、おかわりねっ! じゃあ、お代わり欲しいひとはこっちに並んでねーっ」
熱くなった自分の頬をペチペチと叩き、何とか動揺を取り繕いながらフィデルが子供たちに優しく声をかける。
その表情は、いつもの営業用のものとは違い、心から喜びにあふれた笑顔となっていた。
お読みいただきましてありがとうございました。
2パート予定が3パートとなり、しかも一日更新が遅れてしまいまして申し訳ございませんでした。
さて、次回は記念すべき「第50話」です。
次回の更新も「8の日」から予定しておりますので、引き続きご笑読いただけますようよろしくお願い申し上げます。
P.S.
書籍版もおかげさまでたくさんの方に読んで頂けているようです!
この場をお借りいたしまして厚く御礼申し上げます。