49 秋を迎える祭典と女神に捧げる水菓子(2/3パート)
※第1パートからの続きです
その日の夕方、『ツバメ』のキッチンでは持ち帰ったグラナダを前に、ロランドとフィデルによる作戦会議が始まっていた。
「おー、これはずいぶんいいグラナダじゃねーか! よく熟してるし、香りも抜群だなっ」
「だろ? 秋のフィエスタといえばグラナダだけど、生だとちょーっと酸っぱいんだよねー。だからさ、なんか子供たちをあっと驚かせるような菓子でもつくってやりたいわけよ」
「そうだな。チビギツネの割には気が利いた事思い付きじゃねーか」
「うっせぇデカウサギ! お前こそ、せっかくのいい素材、台無しにすんじゃねーぞ」
いつものようにやいのやいのと掛け合う少年二人。
その様子をしばらく遠くから眺めていたルナは、そっと静かにキッチンを後にしようとする。
するとそれに気づいたフィデルが、努めて明るく声をかけた。
「ルナちゃんちょーっと待ったー。お兄さんになんかお話ししたいことがあるんじゃないのかなー?」
「えっ? どうしたんだ?」
普段とは違う様子を見せるフィデルを、ロランドが思わずのぞき込む。
軽い言葉とは裏腹に、フィデルはいつになく真剣な表情を見せていた。
キッチンを出かかったところで歩みを止めるルナ。
そしてゆっくりと振り返ると、ドギマギとしながら口を開いた。
「な、なんにもないですよっ? グラナダのお菓子、き、きっとみんな喜んでくれますっ!」
「うん、あの調子ならあそこの子供たちは喜んでもらえると思うんだっ。でも、肝心のルナちゃんはどうなのかな?」
フィデルは首を傾げ、のぞき込むような形でルナへと視線を送る。
ロランドはいったい何のことかわからず、二人の顔を見比べるばかりだ。
ルナは二人の方へと振り返りつつも、視線を合わせることなく答える。
「べ、べつに大丈夫ですっ。わぁい、グラナダのお菓子、どんなのか楽しみだなーっ」
「ほーら、声震えてるじゃん。それに、いつものルナちゃんなら『私も一緒に作らせてくださいっ』って言ってるところじゃないかなぁ?」
「確かに言われてみれば。ルナちゃん、もしかしてグラナダ嫌い?」
ここまで来て普段と違うルナの様子に気付いたロランド、心配そうにのぞき込む。
「えっと、その、あのっ……」
二人から注目を集め、ルナはいよいよオロオロとし始めた。
今にも泣き出しそうな様子の少女を、フィデルとロランドが見つめる。
するとその時、二人は背後からペシンパシーンと頭をひっぱたかれた。
「ルナちゃんをいぢめちゃダメなのなっ! めっなのなよーっ!」
「ったた……。いや、べつにいじめてはないっすけど……」
「ニャーチさーん、ちょっとは手加減してくださいよー。ってぇ……」
少年二人はそろって耳をペタンと倒し、頭を押さえる。
その後ろから、ニャーチとともにキッチンに戻ってきたタクミがルナへと近づき、視線を合わせるようにそっとかがみながら声をかけた。
「もしかして、ルナちゃんにとってグラナダは何か特別なものなのでしょうか? もし話していただけるなら、お話、聞かせてもらえませんか?」
優しく微笑みかけながら、頭をポンポンとなでるタクミ。
するとルナは、タクミの胸にしがみつくと、堪えていた感情を溢れさせるかのように大声をあげて泣き始めた。
―――――
その日の夜、ロランドとフィデルは帰りの道をトボトボと歩きながら、先ほどルナから聞いた話を思い出していた。
フィデルの予想通り、ルナの本心は「グラナダを食べたくない」というもの、それも「一生食べたくない」という強烈なものであった。
しかし、それは好き嫌いという単純な話ではない。
幼きルナに降りかかった悲しい過去、そしてこの地に伝わる伝承が結びつき、彼女をグラナダから遠ざけていたのだ。
この地で古くから信じられている伝承の一つに、『グラナダには月の女神の加護が宿る』というものがある。
“夜”を司る月の女神がもたらすのは、癒しと安らぎ。
女神が夜の帳を下ろせば、全ての苦しみや悲しみは覆い隠され、深い闇の中へと溶け込んでいく。
人々が夜に穏やかな“眠り”につくことができるのも、月の女神の加護の一つであると信じられてきた。
そしてグラナダに宿る月の女神の加護もまた、癒しと安らぎをもたらすものと言われている。
グラナダを食べることで、苦しみや悲しみの“元”となっている苦い記憶を忘れることができるというのが、この地に伝わる伝承だ。
「でもさ、記憶というのは苦しみや悲しみとだけ結びついているわけじゃないもんな……」
フィデルがポツリとつぶやいた言葉に、ロランドも首を縦に振る。
「そうだよな。特にルナちゃんにとっては、もう二度と会えないお父さんやお母さんの記憶ってことになるもんなぁ……。もちろん、あんなのはおとぎ話だって分かって入るんだろうけどさ、でも万が一って思うと……なぁ」
「ああ、これは俺たちがどうのこうのするって話じゃないよな……」
ふぅと大きく息をついて、二人の少年が眉をひそめたままトボトボと歩き続ける。
しばらくの沈黙の後、再び口を開いたのはロランドであった。
「……やっぱ、グラナダ使うの、やめるか?」
「うーん、ルナちゃんだけならそれでもいいと思うんだけど、他の子たちはものすごく楽しみしちゃってるからなぁ……」
フィデルが思い出していたのは、半日ほど前に会った子供たちの笑顔。
目を輝かせてグラナダを渡してきた子供たちは、本当に心の底から“グラナダのお菓子”を楽しみにしていたようだ。
その様子を直接目にしたフィデルにとっては、ルナのことだけを考えてあの子たちの期待に応えないというのも、またできない選択と言えた。
「じゃあどうするよ? グラナダを出せばルナちゃんが悲しむし、出さなかったら子供たちが残念がる……、これじゃあどっちもどっちだぜ?」
「分かってるって! だから、それを何とかしたいと考えてるんじゃねーか! お前こそ料理でなんとかする方法思いつかねーのかよ!」
「それがあったら苦労してねーっての! だいたい、材料を使うか使わないかなんてどっちか一つしか選びようが無いじゃねーか!!」
「それを何とかするのがお前の役割だろ!?」
「無茶言うなって! そこまで言うなら、お前が何かアイデア出してみやがれってんだ!」
「何を偉そうに! だいたい、最近タクミさんにいろいろ任され始めたからって生意気なんだよぉ!」
「テメェこそうっせぇぞ! オレが作った商品がなきゃ売るモノが他にねーだろ! 多少は感謝しやがれってんだ!」
「何だとデカウサギーっ!」「なんだ、やるのかチビギツネーっ!」
議論をヒートアップさせた二人は、道端で睨みあう。
いつもであればここで取っ組み合いでも始めそうなものだ。
しかし今日は、二人揃って耳をペタンと倒し、シュンとうなだれる。
先に詫びの言葉を口にしたのはフィデルであった。
「……わりぃ、ついカッとなっちまった」
「こっちこそ悪かったさ。俺たちが言い争っていても、何もなりゃしねぇもんな」
「そうだな……。まぁ、とりあえず一晩考えてみようぜ」
「分かった。じゃあ、明日、ルナちゃんが帰って来る前にもう一度話をするか」
ロランドの言葉に、フィデルも首肯して同意を示す。
そして二人は、再び帰り道を進み始めるのであった。
―――――
翌日、普段よりも少し早めに休憩をとったフィデルは、ランチのピークも落ち着いた『ツバメ』のキッチンで本日の賄い ―― フーディア入りスパイシーミートソースのパト ―― をとっていた。
フォークでくるくるっとパトを巻きながら、大量に積まれた皿と格闘しているロランドに話しかける。
「で、なんかいいアイデア出た?」
「いや。せいぜいルナちゃん用に何か別のものを作るってぐらいだなぁ」
「そうだよなぁ。好き嫌いじゃないから何かに隠してグラナダを食べさせるってわけにもいかないし、結局そうなっちまうよなぁ」
「でもよ、見た目があんまり違うと、他の子たちが騒ぐんじゃねーのか?」
洗い物の手を止めて、ロランドが振り返る。
フィデルもフォークを止め、腕組みをしながら答えた。
「そうなんだよなぁ。そうなると『あれぇ? ルナおねーちゃんのにはグラナダ入ってないよー。私のを分けてあげるー』ってなりそうなんだよ。そしたらルナちゃんの性格からして、断れないんじゃないか?」
「やっぱりそうかー。うーん、そうすると、せめて見た目だけでも揃える必要はあるってことか」
ロランドの意見に、フィデルが首を縦に振る。
「それに、見た目だけじゃなくて、出来るだけ『同じお菓子』にしてあげたいとは思うんだ。グラナダの代わりに何かを入れるとしても、ちゃんと“分かち合う”ってところはやってあげたいよな」
「そうなると、最後の仕上げでグラナダを盛り付けるような形か……。でも、あのグラナダと似たものなんてそうそうあるかなぁ」
うーんと考え込むロランド。
グラナダの美味しさがいっぱい詰まった真っ赤な粒は、見た目からしても特徴的である。
見た目も味もそれに代わるものとなると、なかなか思いつかないというのが正直なところであった。
妙案が出ず二人の少年が考え込んでいると、キッチンの裏口がガチャリと開く。
その物音に振り向くと、駅務に向かっていたタクミが小脇に籠を抱えて帰ってきていた。
「あ、師匠お疲れ様ーっす。っていけねっ。洗い物やっちゃうっす!」
「っと、もうこんな時間っすか。急いで食べて売店に戻らなきゃ」
すっかり考えることに夢中になって二人が、慌てて手やフォークを動かし始める。
そんな二人の様子に、タクミは優しく声をかけた。
「いえいえ、慌てなくて大丈夫ですよ。ところで、先ほどこんなものを頂いたのですが、皆さんも召し上がりますか?」
「ん? 頂きものですか?」
タクミがテーブルの上に置いた籠をフィデルが興味深そうにのぞき込む。
籠の中に入っていたのは色とりどりの秋の果物だ。
「へー、これはまたおいしそうっすねー。ん? これって……?」
洗い場から一生懸命首を伸ばしていたロランドが、籠の中のあるものを見て視線を止める。
そこにあったのは、赤い小さな粒の果物だ。
そろそろ旬の終わりを迎えるその果物に、フィデルもまた視線をくぎ付けにする。
「「こ、これだーっ!!!」」
二人の口からそろって大きな声がこだまするのは、それからほんの数秒後のことであった。
※第3パートへと続きます