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49 秋を迎える祭典と女神に捧げる水菓子(1/3パート)

 本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。本日の営業は終了いたしました。明日も通常通り九時に第一便の出発を予定しております。喫茶店『ツバメ』は八時より営業しておりますので、どうぞお誘いあわせの上ご利用ください。

 ―― なお、当駅売店『メアウカ』では大口のご注文も承っております。お気軽にスタッフまでご相談ください。

「ただいまですーっ。すっかり遅くなっちゃいましたっ」


 ある日の夕方のこと、私学校から帰ってきたルナが喫茶店『ツバメ』のキッチンへと駆け込んできた。

 夏から秋へと季節が移ろうこの時期は日が落ちるのも徐々に早くなってきており、裏口からは赤い夕陽が差し込んでくる。

 キッチンにいたロランドとフィデルは、普段より遅くに帰ってきた少女にそろって声をかけた。


「おー、ルナちゃんおかえりっすー。今日もお疲れ様っすよー」


「今日はまた一段と遅かったねー。フェスタの練習、結構大変?」


「なかなか慣れなくてちょっぴり大変ですっ。でも、みんなで力を合わせて、一生懸命練習してますっ」


 ルナの帰りが遅くなっている理由、それは間もなく迎える初秋の祭り“ラ・フィエスタ・エニーサ”に向けた準備を行っているからであった。

 “ラ・フィエスタ・エニーサ”は、タクミ流に言えば“秋分の日”のこと。

 ハーパータウン駅のあるこの地域一帯では、秋分の日を『昼の“太陽”が支配する半年が終わり、夜の“月”が支配する半年を迎える日』と位置付け、月の女神エニーサを讃える祝祭 ―― “ラ・フィエスタ・エニーサ”が行われることが習わしとなっていた。

 

 “ラ・フィエスタ・エニーサ”は街ぐるみの大掛かりな祭りではなく、集落や地域ごとに小さなイベントが行われる。

 ルナの通う私学校でも、教会でのミサが終わった後に舞踏会が開かれるとのことで、学校での勉強が終わった後に子供たちが集まって練習に励んでいた。

 

「でも、あんまり根詰め過ぎちゃダメっすよ?」


「それに、日が落ちるのも早くなってきたし、程々にね」


 一生懸命頑張るルナを応援したい気持ちはあるものの、ロランドもフィデルもついつい先に心配が口にでてしまう。

 そんな二人の心配に、ルナはにこっと微笑みを見せて応えた。


「大丈夫ですっ。 私学校からここまではそんなに遠くないですし、それに、日が落ちる前にはちゃんと帰ってくる約束ですから安心してくださいっ。……って、そう言えば、タクミさんはいらっしゃいません?」


「師匠なら駅務室の方に行ってるっすけど……、何か用事でもあったっすか?」


「えっと、実は私学校のことでちょっとお願いしたいことがあって……」


「へー、ルナちゃんからお願いごと何て珍しいじゃん、どんな話?」


 いつものように軽い調子で尋ねるフィデル。

 それに対し、ルナは少し考え込む様子を見せてから、再び口を開いた。


「んと、今日の練習している時にみんなで話して、舞踏会の後でパーティーをしようってことになったんです。先生やシスターさんたちも賛成してくれたんですけど、舞踏会の準備で手一杯でどうしようかって話になって……」


「なるほど、それでタクミさんにお願いしたいって話っすか。それなら大丈夫、なぁ?」

 ルナの話にロランドがにこっと微笑むと、今度はフィデルへと視線を送る。

 その視線に、フィデルもまた大きく頷くと、自信に満ちた表情でルナに言葉を返した。

「その話、良かったら『メアウカ』で受けさせてもらえないかな? ぜひルナちゃんの力になりたいしね」


「その様子だと随分と自信がありそうですね。そうしたら二人で力を合わせてやってみますか?」


「わっ、師匠!」「い、いつのまにっ!」


 いつの間にかキッチンに戻っていたタクミの声に、少年二人が慌てて振り向く。

 タクミは、いつものように穏やかな笑みを浮かべながら、ルナにも話しかけた。


「学校の先生方には私の方からもお話します。どうでしょう? ロランドとフィデルの二人に任せてはもらえませんか?」


「もちろんですっ! お二人なら、きっと楽しいパーティーにしてくれると思いますっ。ロランドお兄ちゃん、それにフィデルさん、よろしくお願いしますっ」


「おう、任せるっす!」


「思い出に残る、最高のフィエスタにするからね!」


 ペコリと頭を下げるルナに対し、二人の少年もまた力強い言葉を返す。

 すると、タクミの背後からニャーチがぴょこっと顔を出した。


「失敗したらルナちゃん泣いちゃうかもなのなーっ?」


「わっ!! びっくりしたっすよ……」


「もー、ニャーチさーん。脅かさないで下さいよー」


「にゃははなのなっ。でも、ルナちゃんをがっかりさせないように、本当にいっぱいがんばるのなよっ! ということで、試食ならいつでも付き合うからニャーチにも声かけるのなっ」


「はいはい、やっぱりそれ目当てなのですね……」


 ゆるゆると首を横に振りながら、タクミがニャーチの背中をつまみ上げる。

 すっかり見慣れた日常の光景に、キッチンは暖かな笑い声で包まれた。




―――――




「では、メインのメニューはサンドイッチやロールサンドのような食べやすいもので、そのほかにつまめるものを2~3品ご用意するという形にさせていただきますね」


 翌日のお昼過ぎ、売店の営業をニャーチに頼んで私学校へとやってきたフィデルは、早速責任者である校長兼シスター長のマルシアと具体的な段取りについて打ち合わせを進めていた。

 子供たちの好みを聞き取りながらテキパキとメニューを組み立てるフィデルに、マルシアが頭を下げる。


「何分予算も少なくご無理を申し上げますが、よろしくお願い申し上げます」


「いえいえ、こちらこそいつもルナちゃんがお世話になっていますし、精いっぱいのことはさせていただきますよ。タクミさんからもしっかりやるように言われてますしね。えっと、あと他には何かリクエストありませんか?」


「うーん、そうですねぇ……」


 フィデルの問いかけに、顎に手を当てて視線を上へとむけるマルシア。

 すると、部屋の扉の向こうからにぎやかな声とともにパタパタと足音が近づいてきた。

「せんせー! いいもの持ってきたよーっ!」


「ま、まちなさーい! 先生は、いまお客様とお話してるから、邪魔しちゃだめーっ」


 バタバタと駆け込んできたのは小さな子供たち、それから一歩遅れてルナが入ってきた。

 子供たちが抱えている大きな籠には、たくさんの果物がうず高く積まれている。

 部屋の中に甘酸っぱい香りが広がる中、一人の少女が自慢げな表情で話しかけてきた。

「あのねあのねっ! みんなでいっぱい採ってきたんだよっ!」


「エニーサのお祭りってったら、これだよねっ!」


「ねぇねぇお兄ちゃん、これでおいしいお菓子作れるーっ?」


 子供たちは天真爛漫といった様子でマルシアやフィデルに話しかける。

 それをなんとか落ち着かせようとするルナだが、さすがに元気な子供たちの前に抗しきれないようだ。


「先生、フィデルさん、お話し中ごめんなさいっ! 私じゃ止めきれなくて……」


「いえいえ、大丈夫ですよ。そうですわね、確かに“ラ・フィエスタ・エニーサ”にはこのグラナダ(ざくろ)が欠かせませんわね」


 ルナをなだめるように目を細めて声をかけるマルシア。

 そしてグラナダを一つ手にすると、穏やかな笑みを浮かべてうんうんと頷いた。


 月の女神エニーサは、その実の中に赤い粒をたっぷりと秘めたグラナダをこよなく愛している ―― この辺りでは子供たちでも知っているような伝承である。

 この伝承に基づき、“ラ・フィエスタ・エニーサ”では豊穣と子孫繁栄の象徴としてグラナダをエニーサ捧げ、そして皆で分かち合うというのが一つの定番となっていた。


 もちろん、そうした伝承があることはフィデルもよく知っている。

 マルシアの言葉にうんうんと何度も頷きながら口を開いた。


「そうっすよね。じゃあ、せっかくなのでこのグラナダ、少し分けてもらっていいですか? うちの料理人とどんなものが出来そうか、ちょっと考えてみます」


「ええ、グラナダで良ければ学校の裏の林でまだまだたくさん採れますので、どうぞお好きなだけお持ちください。ほら、あなたたち、お兄さんに分けてあげてください」


「はーーいっ!」「これ、どーぞっ!」「こっちのほうが大きいよー!」


 マルシアの言葉に元気よく返事をした子供たちは、我先にとばかりにフィデルに渡そうとする。


「ちょ、ちょっと、こんな全部は持ちきれないよ。じゃあ、これとこれと、それからこれをもらおうかな」


「美味しいの、作ってねっ!」


「任せときっ、お兄さんがとっておきのを持ってきてあげるからねーっ」


 グラナダを受け取りながら、フィデルは子供たちの頭を一人ずつ撫でていく。

 お祭りを前にはしゃぐ子供たちの様子を、ルナはどこか遠くを眺めるように目を細めながら見つめていた。


※第2パートへと続きます。

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