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48 困った老人と身体を整える料理(1/2パート)

 本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。ただいま到着した列車はこのあと車庫に入ります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。

 ―― なお、駅舎内及び駅前広場では許可なく露店営業を行わないよう、くれぐれもお願い申し上げます。


※今話の更新スケジュールは変則的な形となります。 後書き及び活動報告をご確認ください。

「長らくのご乗車お疲れ様です。改札は順番に行っておりますのでどうぞこちらにお並びくださーい」


 ある日の午後下がり、二番列車が到着したハーパータウン駅ではいつものようにテオが集札業務を行っていた。

 今年は例年になく暑さが続いており、列車を降りた乗客たちは額の汗をぬぐったり、ふぅとため息をついたりするなど、どこかに疲れた様子を見せている。

 テオは集札を続けながら、体調を崩し手いる人はいないか、顔色の悪い人はいないかと乗客の一人ひとりにしっかりと目配せをしていた。


「はい、ありがとうございました。またのご利用お待ちしています」

 

 全ての乗客の改札を終えたテオが、ふぅと息をついてからうーんと背を反らす。

 そして、プラットホームの点検に向かおうと改札口から出ようとしたそのとき、ふと駅前の広場に人だかりができているのを見つけた。


 目を凝らしてみてみると、その人だかりの真ん中で誰かが倒れているようにも見える。

 何かあっては一大事。

 テオは改札口から飛び出ると、すぐさまその人だかりへと駆けつけた。


「すいません、通りまーすっ。失礼しまーっす」


 人だかりをかき分けるようにしてテオが潜り込むと、そこには一人の老人が地面にへたり込んでいた。

 老人は大きな行李にもたれかかるようにして横たわり、ぜーぜーと息を立てている。

 その見覚えのある行李は、先ほど列車から降りてきた乗客の一人が抱えていたものだ。

 体調がすぐれない乗客を見落としてしまったのかと内心で焦りながらも、テオは駅員としての対応をすぐさま始める。


「おじいさん、大丈夫ですかーっ? 声は聞こえますかーっ?」


 老人の耳元で、大きな声でゆっくりと話かけるテオ。

 そして、タクミに以前教わった通り、軽くトントンと肩を叩く。

 すると老人は、ゆっくりと目を開きながら、小声で何かつぶやき始めた。


「か……籠の……」


「籠ですか? 何か必要ですか?」


「中の……缶箱を……」


「缶箱が必要なんですね。では、少し失礼しますー」


 老人の口元に耳を近づけて何とか話を聞きとったテオは、老人がもたれ掛かる行李を開け、中に入っていた缶箱を取り出した。


「そ、それを開けて、中の粒を……」


「缶を開けて、中の粒がいるんですね!」


 苦しそうにうめく老人を落ち着かせつつ、テオは必死に対応する。

 缶箱の中には、しっかりと押し固められた10ペスタ銅貨ほどの大きさの茶色く色づいた平たい塊がたくさん入っていた。

 粉を押し固めたようなその塊からは、やや独特の臭気が感じられる。


「これでとれますか?」


 蓋を開けた缶箱を差し出しながら声をかけると、老人はぷるぷると震える手で缶箱の中から粒というのは大きい塊を三つ取り出し、口の中へと放り込んだ。

 テオはもちろん、周りで様子を見ていた乗客たちも固唾を呑んで見守っている。

 すると老人は、しばらく口をもぐもぐさせ、やがてぼりぼりと音を立てながらその塊を噛み始めた。

 

「えっ?」


 缶の中の錠剤は、傍目からみてもかなり硬そうに見える。

 しかし老人は、しっかりとした顎使いそれをあっさりと噛み砕くと、ごくりと飲み干した。

 そしてふぅと一息ついてからすくっと立ち上がり、大きく胸を張って背を伸ばす。

 先ほどまでの苦しそうな様子からは全くもって想像がつかない老人の行動に、テオはあっけにとられていた。


 目を点にするテオに、老人が話しかける


「お主がコレを取り出してくれて助かったぞい。いやー、やっぱりコイツは良く効くのぉ」


 テオに話しかけるというよりは、周りを取り囲む人たちにあえて聞こえるように大仰に話す老人。

 すると、取り囲んでいた人たちの一人から、声が上がった。


「おい、じいさん。元気になったのは良いけどよ、そりゃいったいなんだい?」


「ああ、これか? これはじゃな、遠くはウーリャンの地に伝わる幻の粒薬、その名も『バイ・カオ』じゃ。滋養に満ち、しかも優れた強壮効果を持つ『バイ・カオ』があれば、どれだけ疲れがあっても、ほれ、たちまちこの通りじゃ」


 そう言いながら老人が腕まくりをすると、ぐいっとひじを曲げる。

 すると、その二の腕には、およそ老人の者とは思えないほどしっかりと筋張った力こぶが現れた。


 ポカンと口を開けるテオを置き去りにして、周りを囲んでいた人たちから拍手が沸き上がる。

 そして再び、野太い男性の声で声がかけられた。


「へーっ、そんないいものがあるんだなぁ。でも、それって幻のって言うぐらいなんだから、なかなか手に入らねぇんだろ?」


「まぁ、そうじゃな。しかし安心召されよ。わしは旅の薬売りでの。この『バイ・カオ』、今なら分けて差し上げることが可能じゃ」


「おお、そりゃすげえ! でも、高いんじゃねえのか?」


「いやいや、わしは儲けなど気にしておらん。とりあえず一回三錠、それを三回分で、今日は特別に148ペスタでお譲りさせていただきますぞ」


「ということは1回50ペスタってことか、効果からすれば十分お買い得だな! よし買った! じいさん、早速俺に一つ分けてくれ!」


「ほいほい、他にも欲しい者がいれば言ってくだされ。これも何かのご縁、商品はまだまだございますぞ」


 老人と男の掛け合いをきっかけに、周りを囲んでいた者たちがわっと押し寄せる。

 老人は次々と金を受け取ると、先ほどの茶色い塊を袋詰めにて配っていった。

 あまりの展開に、あっけにとられたまま口をポカンと開けるテオ。

 すると、後ろから、ポンと肩が叩かれた。


「テオさん、ぼーっと見てる場合じゃないんじゃないです? あれ、体のいい露店ですよね?」


 声の主はフィデル、どうやら先ほどまでの騒動を見かねて売店から駆けつけたようだ。

 年下の指摘に、テオはようやく我に返る。


「ってそうじゃん! 皆さん、ちょ、ちょっとまってくださーい!」


 慌てて大声を上げながら、テオは再び輪の中に潜り込んでいった。




----- 




「いやー、すまんのぉ。広場は往来と一緒じゃから良いと思っとったんじゃよ」


 その後、何とか騒ぎを収めたテオに連れられて駅務室へとやってきた老人が、頭をポリポリと掻きながらテオに頭を下げる。

 しかし、目を細めたその表情は、してやったりという趣だ。


「ったく、まんまとやられましたよ。もう、これからはダメですからね」


「いやはや、あんたさんが上手く介抱してくれたおかげで、乗客たちの目を見事にひきつけることが出来た。おかげで商売繁盛じゃったよ」


「全然反省していないじゃないですか! まったくもう……」


 一行に反省する様子を見せない老人に、テオは思わず苛立ちを見せる。

 すると、フィデルから事情を聞いて駅務室に駆けつけていたタクミが口を開いた。


「ご商売熱心なことは分かりますが、今後はお控え頂きますようよろしくお願い申し上げます」


「分かっておるって。どっちにせよ、こんな手を使えるのは新しい街に来た時の一度きりじゃて、心配するでない」


「そうですか、ではお連れ様(・・・・・)にもくれぐれもよろしくお伝えください」


「え? お連れ様?」


 タクミの言葉に、テオがはっと振り向く。

 確かこの老人は一人だったはず。

 他は駅舎を出た乗客たちが取り巻いているばかりだと思っていた。

 

 一方、その言葉に苦い表情を見せるのは老人。

 しばらくの間むぅと口を曲げた後、重い口を開いた。


「……バレておったのか?」


「ええ、古典的なサクラの手口ですよね。お知り合いの方ですか?」


「いや、先ほど列車の中で知り合ったばかりのものじゃ。しかし、アレを見抜かれたとなってはこの場所での商いは避けた方が良さそうじゃな」


「ご理解頂けますよう、くれぐれもよろしくお願い申し上げます」


 まだポカンとしているテオを横目に、タクミが静かに、しかしはっきりと告げる。

 有無を言わさぬ力強さに、老人もただ黙って頷くしかなかった。


「さてと、それではワシはそろそろ(いとま)するかの。よっこらせっと……、ととと」


 話しを終えた老人が席を立ち上がったものの、身体を支えきれずによろけてしまう。

 するとテオは、老人が倒れる前にそっと肩を支えると、もう一度席に座らせた。


「だ、大丈夫っすか?」


「ああ、すまんの。ちょっと立ちくらみがしただけじゃ」


「でも、さっき、元気になるやつ飲んでたじゃないですか。あれ、ホントは効かないんです?」


 もしそうであれば目の前で詐欺が行われたことになるし、自分もその一端をかついでしまったことになる。

 たまらず不安そうな表情を見せるテオ。

 しかし、その様子から気持ちを察した老人が、苦笑いを浮かべながらテオを励ました。


「心配なさるな、あれはちゃんとした薬じゃよ。滋養強壮や健胃に効くという薬草や生薬と、体力回復に即効性のある粉糖を混ぜて固めたものじゃ。まぁ、効果については少々演出をさせてもらったがの」


「そうですか。それならいいんですけど……」


 老人の言葉に、ほっと一息をつくテオ。

 しかし、タクミは浮かない表情のままだ。


「つかぬ事をお伺いしますが、食事はきちんととられていますか?」


「いやぁ。さすがにこの暑さでは食が細くなってのぉ。さっぱりとしたもので済ませることが多いのぉ。それこそ、この薬が頼りってところじゃ」


「そうですか……。ちょっと失礼しますね」


 タクミはそう言うと、椅子に座った老人の膝下あたりをコンコンコンと叩く。

 それを何度か繰り返しながら、タクミが引き続き老人に尋ねた。


「最近、足がしびれやすかったりたり、肩が重かったりしませんか?」


「あ、ああ、確かに……しかし、いったいどうしてそれが?」


 タクミの不思議な行動と言葉に、老人が疑問を挟む。

 しかし、タクミはそれに応えず、真剣な表情でテオに指示を出した。


「テオはすぐに病院に向かってください。医師の手配をお願いします」


※第2パートに続きます。更新は9/3(土)22時頃の予定です。

※書籍版の書影が公開されました。更新スケジュールと合わせて活動報告にてご紹介しておりますので、ぜひご覧頂ければ幸いです。


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