46 離岸する客船とそれぞれへのお土産(3/3パート)
※第2パートからの続きです
それから数日後、『ヴィオレッタ号』の出港を間近に控えたハーパータウン駅には、この国での旅行を楽しんでいた乗船客が続々と戻ってきていた。
駅舎に列車が到着すると、改札から人がわっと流れてくる。
その外では、フィデルがいつも以上の明るい声で客を呼び込んでいた。
「はーいっ! 本日から発売の新商品、その名も『三色カリント』! 旅のお供に、お土産にもってこいの一品! ほらほら、そこの素敵なお姉さん! どうぞ試食していってくださーいっ!」
その声と笑顔に釣られるように、売店『メアウカ』の前にどっと人が集まってくる。
人々の視線の先には、白・黒・黄色と色分けされた三色の金属の缶、そしてその前に一つの籐籠が並べられていた。
試食用と札がつけられた籐籠には、白い粒のついたもの、黒い色のもの、そして狐色の生地の上に透明な飴がコーティングされたものと三種類のカリントが入っている。
先ほどフィデルに声をかけられた妙齢の女性が、その見慣れない菓子をしげしげと覗きこんだ。
「へーっ、こりゃまた面白い形の菓子だね。 これってガレータとは違うんかい?」
「うーん、ガレータに近くはあるんですけど……。ま、とりあえず食べてみてください」
満面の笑みで籐籠を差し出すフィデル。
すると女性は、小首を傾げながらも白い粒の付いたものを一つ手に取り、そのまま口の中に放りこんだ。
「あんれまっ! こりゃ美味しいねぇ。 甘くて香ばしくて……、でも、確かにお兄ちゃんの言うようにガレータとはちょっと違うさね」
「でしょ? これは、アロース粉を使って作った特製の生地を揚げて作ったお菓子なんですっ! しっかり揚げてますから日持ちもしますし、なにより、ほら、香ばしさがたまんないでしょ? その白いのは周りに粒の大きな砂糖をまぶしたもの。この黒い方は……、っと口で言うより食べてもらった方がいいですね!」
「お兄ちゃん勧め上手だねぇ。じゃあ、遠慮なく……」
フィデルに勧められるがまま黒いカリントを頬張る女性。
すると、コクのある甘みと独特の苦味が口の中に広がり、爽やかな香りが鼻孔をくすぐった。
その美味しさに、女性は表情をうっとりとさせる。
「へーっ! これって珈琲が入ってるんかい?」
「その通りですっ! そこの『ツバメ』での一番の人気商品、シナモン・コーヒーを生地に練り込んだ、コーヒー・カリントです! これさえあれば、どこでも『ツバメ』の味わいが楽しめるって寸法です! さて、ここまできたならもう一つ、こっちも試してやってくださいな!」
フィデルが籐籠の中から狐色の生地のカリントを渡すと、女性はそれを目の前に掲げてしげしげと眺めはじめた。
「これは、最初のやつに白い粒が無いだけにも見えるけど、違うのかい?」
「まぁ、食べてみれば分かりますって。どうぞどうぞ」
フィデルの言葉に促されるように、女性がカリントを口の中に入れる。
しばらく口の中でそれを転がすと、満足そうな笑顔でうんうんと頷いた。
「そうか、これはリモンだったんかい。 さっきの二つとは違って、さっぱりとしてるのがまたいいね。これは後を引きそうだよ」
「ありがとうございますっ! さっきも言ったように、カリカリに揚げてあるので日持ちもしっかり。旅のお供やお土産にはもってこいですっ! 今なら、三つまとめて買っていただければ、好きなものをおまけに一つつけちゃいますよーっ!
「あはは、そりゃいいね! よし、一つずつ……、いや、三つずつ頂こうかね。そしたらおまけで一つずつもらえるってことでいいのかい?」
「もちろんオッケーです! 毎度ありーっす!」
フィデルは親指をぐっと立てて、女性に満面の笑みを見せる。
すると、このやりとりが呼び声になったのか、周りにいた客たちからも次々と買い求める声が上がった。
どうやら出足は上々、むしろ狙い以上の展開ともいえる。
(これだけの売れ行きならアイツも喜ぶだろうなぁ……。ま、礼は言わねぇけどな)
忙しくお客様に対応しながらも、タクミに教わった『かりんとう』を見事な新商品に仕立ててくれたロランドに対し、フィデルは心の中で感謝を送っていた。
―――――
そして数日後、『ヴィオレッタ号』の出港を翌日に控えた喫茶店『ツバメ』の個室では、出港前の最後となる晩餐会が開かれていた。
主賓は『ヴィオレッタ号』の船主一家、もちろんジャンもそのうちの一人である。
他に招かれているのは一等船室に乗船する客たちが中心であり、その中に歌姫シレーナの姿もあった。
『ツバメ』の料理に舌つづみをうち、ジャンのたっての希望でデザートとして供されたニエベ・フロールまでしっかりと堪能し終えた一行は、予め手配されていた馬車に乗り込み、次々と『ヴィオレッタ号』へと戻っていく。
そんな中、シレーナはタクミとテオに声をかけていた。
「タクミさん、テオさん。本当にお世話になりましたわ。お陰様で無事にこの国での公演を務めることができました。あの時は、本当にわがまま言ってごめんなさいっ」
「いえいえ。お元気になられて本当に良かったです」
「シレーナさんの歌、最高でした! もう、一生の思い出になります!」
タクミの横に控えていたテオが、興奮しながらシレーナに言葉を返す。
その様子に、シレーナは思わずクスクスと笑みをこぼした。
「ありがとうですわ。もしまたこの国に来ることがあれば、その時もぜひ聴きに来てくださいね」
「もちろんですっ! あ、そうだ、これをぜひシレーナさんに!」
テオはそう言うと、持っていた包みをシレーナへと渡す。
「先日差し上げたカラメロと、自分が作りました特製のカリントが入ってます。カリントにはミエールとヘンヒブレを入れました。どうぞ、これからも、しっかり喉を労わって、いつまでもその美声でみんなを幸せに包んでくださいっ」
「まぁ! これはぜひ、娘や主人と一緒に楽しませていただきますわ。良いお土産を頂いてありがとうございます」
「あ、は、はいっ……」
うれしそうな表情を見せるシレーナに対し、テオはどことなく引きつったような笑顔を見せていた。
すると、馬車からシレーナを呼ぶ声が聞こえてくる。
どうやら、待ちきれなくなった娘が母シレーナを呼んでいるようだ。
最後にもう一度礼を述べて馬車へと乗り込むシレーナ。
テオは少しさびしげな表情を見せながらも、それでもしっかりと見送っていた。
一方、もう一台の馬車の前では、ジャンが名残惜しそうにルナの手を握りしめていた。
「必ず、必ず立派に成長してこの国に戻ってくる! だから、それまできっとここで待っておるのだぞ!」
「分かりましたっ。では、ジャン様が再びお越しになるのをお待ちしておりますねっ。では、立派な方になっていただくために、私から一つプレゼントですっ」
ジャンと視線を合わせるように少し屈みながら、ルナはきれいな模様が描かれた一つの四角い金属の缶を渡す。
それを受け取ったジャンは、目をキラキラと輝かせながらはっと顔を上げた。
「を、これは何だ!? 開けても良いのかっ?」
「ええ、どうぞご覧くださいっ」
ルナの言葉を合図にジャンが蓋をあけると、そこには色とりどりのカリントが詰められていた。
白、赤、緑、そして黄色と、色とりどりのカリントを見て、ジャンが興奮する。
「これは噂のカリントだな! しかし、ずいぶん色とりどりのようだが……」
「ジャン様のために特別に作りました特製の野菜カリントですっ。白いのはセボーリャ、赤いのはサナオリア、緑のはエピスナーカ、そして黄色のものはカラバッサを練り込みましたっ」
「えっ!? や、野菜っ!?」
ルナの説明を聞いたジャンが、その顔をこわばらせる。
何故なら、そのカリントに入っている野菜は、どれもジャンが苦手とするものばかりだったからだ。
「ジャン様、食べ物の好き嫌いが多いのは立派な方にはなれませんよっ。私が丹精を込めて作りましたから、ぜひ、これからの船旅の途中で少しずつ食べて、お野菜嫌いを克服してくださいねっ」
にこやかな表情で説明するルナに、ジャンは思わず苦笑いを見せる。
しかし、すぐにきりっとしまった表情へと切り替えると、ルナに力強く宣言した。
「わ、わかった。約束するっ! だから、必ず待っておるのだぞっ! これなんか、こうして食べてくれるわっ!」
ジャンはそういうと、一番苦手なサナオリア入りのカリントを口に入れる。
目をつむったまま一生懸命噛み締めていくと、味わいが口の中に広がるにつれて、まるで狐にでもつままれたかのような表情へと変わっていった。
「あれ? これ、嫌な味がしない……」
「お砂糖と一緒に甘くして、出来るだけ食べやすくしたつもりですっ。 これなら頑張って食べられそうですかっ?」
「うむ、これなら美味しいぞ! ルナ、ありがとう!」
ルナの優しい心遣いを受け止め、ジャンが無邪気な笑みを見せる。
その笑顔に、ルナもまた目を細め、微笑みを返していた。
―――――
翌日、ポートサイドにあるハーパータウン商業港は、『ヴィオレッタ号』の出港を見送る人たちでごった返していた。
出航準備のために船員たちが慌ただしく走り回る中、タクミはエルナンドに注文の品が入った大きな箱を引き渡す。
「それでは、こちらが船員の皆様向けの『カリント』になります。折角なので、おひとつ召し上がりますか?」
「ああ、せっかくなので頂くとしようか」
エルナンドは差し出された小さな金属缶からカリントを一つつまむと、そのまま口の中へと放り込む。
すると、予想しない刺激的な味わいに、エルナンドはみるみる顔を真っ赤に染める。
「くはっ! これはずいぶん辛いな!!」
「こちらはカイエナのカリントですね。 ちなみにもう一種類は黒こしょうをたっぷりと利かせてあります」
いつもの笑顔で淡々と説明するタクミに、エルナンドは悔しそうに顔をゆがめながらも、しかし口角は持ち上げて話しかける。
「これはしてやられた。カリントといえば甘いものとばかり思っておったぞ」
「船員の皆様だと、甘いものより“お酒に合うもの”が良いかと思い、こちらをご用意させて頂きました。いかがでしたでしょうか?」
「うむ、確かにこれなら酒が進みそうだ。船員たちもきっと喜ぶであろう。しかし、こちらにいる間は、本当に世話になった。どれだけ感謝をしてもしつくせないであろう」
先ほどまでの笑顔とは変わり、エルナンドが真面目な表情になって礼を述べる。
するとタクミもまた、真剣な表情で頭を下げた。
「ありがとうございます。しかし、エルナンド様の“ご期待”にはあまり沿うことが出来なかったのではないでしょうか?」
タクミの言葉に、エルナンドが眉をピクリと動かす。
エルナンドが『ツバメ』に、そしてタクミに接近したのには一つの“意図”があった。
それは、クレイグ国の片隅であるハーパータウンの地にありながら、技術の大きな発展の場面にうっすらと垣間見える『ツバメ』という一軒の喫茶店の秘密を探るということ。
そして、『ツバメ』に価値があると分かれば味方として取り込むべく、画策していたのだ。
エルナンドはうぉっほんと一つ咳払いをすると、タクミからの質問に質問で答える。
「いったいいつから気づいていた?」
「最初に違和感を覚えたのは船員の皆様の振る舞いですね。久しぶりの陸で興奮しているとしても、さすがに不自然に感じました」
「なるほど、最初からお見通しだったというわけか。しかし、私の“意図”を理解した上でも、随分と親しくしてくれていたではないか」
「私どもはただの『喫茶店』ですので、お客様としてお越し頂く分にはお断りすることはございません。むしろ、足しげく通っていただき、感謝するばかりです」
いつもの姿勢を崩さず、丁寧に答えるタクミ。
そんなタクミの様子に、エルナンドは苦笑いを見せる。
「まったく、タクミ殿は本当にとらえどころがないな。おかげで分かったこといえば、『ツバメには、素晴らしいおもてなしが待っている』ということだけだったよ。今度会う時は、難しいことを考えず、ただの客として楽しませてもらいたいな」
そう言いながら、すっと右手を差し出すエルナンド。
すると、タクミもまたその手を握り、硬く握手を交わした。
「ぜひこの国へ再びお越しになることがあれば、どうかまた『ツバメ』にお立ち寄り下さい。精一杯のおもてなしをさせていただきます」
「ああ、しばらく先にはなるが必ずやまたお目にかかろう。それまで、どうか息災で」
「エルナンド様も、どうかお元気で」
硬く握り合った手を離し、タクミが一礼をもって別れの挨拶をする。
この国に来るまでは恨みと野心に凝り固まっていたエルナンド。
しかし、タクミたちとの出会いと交流を通じて、彼の心は徐々に解きほぐされていた。
(さて、国に帰ったらまた一からやり直しだな……)
そう心の中でつぶやきながら、『ヴィオレッタ号』の二等航海士としての務めに戻るエルナンドであった。
お読みいただきましてありがとうございました。
最終パートはいつもぐらいの分量でしたね(笑)
42話からスタートした『ヴィオレッタ号』編、いかがでしたでしょうか?
今編ではエルナンドという一人の人物を軸に据えつつ、短編連作の中で一つのストーリーを織り込むという新たなチャレンジに挑戦していました。
上手く行ったかどうかは非常に悩ましいところですが、少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
さて、書籍化作業の方も鋭意進めております。
まだ担当さんから許可が出てないためお話出来ることが少ないのですが、そのうち皆様に良いお知らせをさせて頂くことが出来ると思います。
もう少しだけお待ちいただけましたら幸いです。
次回は番外編、CoffeeBreakかRecipeNoteを掲載予定です。
それでは、これからもご愛読いただけますようお願い申し上げます。