46 離岸する客船とそれぞれへのお土産(1/3パート)
本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。この列車は当駅が終点となります。到着いたしました列車は車庫に入ります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。
―― なお、本日はポートサイド行の鉄道馬車を臨時増発しております。ご利用の方は駅前広場にてお待ちください。
※今話は1パートをこれまでより短めにしております。
「おつかれーっ。ロランド、ちょっといいかー?」
ある日の夕方、間もなく営業を終えようとする喫茶店『ツバメ』のキッチンに、元気のよい声がこだました。
声の主は狐耳の少年フィデル。
駅舎に併設している売店『メアウカ』の営業を終えた彼は、毎日営業報告と売上金の計算のために『ツバメ』のキッチンへと顔を出すこととなっていた。
「んー? どうしたー?」
フィデルの呼びかけに、スープ用の大きな鍋を洗っていた兎耳の少年ロランドがひょっこりと顔を出す。
するとフィデルが、珍しく神妙な顔を見せながら話しかけてきた。
「いやさぁ、ちょっと商品のことで相談があってさぁ」
「ん? なんかあったか?」
「ほら、もうすぐ例の『ヴィオレッタ号』がいよいよ出港するって話があるだろ? そのせいか日持ちのする土産は無いかって聞かれることが増えてるんだよ」
「へー、それで?」
「でもさ、今うちで扱ってる中だとある程度日持ちするのってガレータぐらいじゃん。マドレーヌでもせいぜい一週間持つかどうかだし、タンブール焼きだとその日から翌日までって感じだろ?」
「まぁ、そうだなぁ。ん、てことは何か? 新商品でも作れってか?」
「なかなか察しが良いじゃないか。 日持ちがする菓子か何か、バリエーションつくれんかなーって」
「とはいってもなぁ、そう簡単には……」
口をへの字に曲げて悩み始めるロランド。
すると、その長い耳がパタパタと軽い足音をとらえた。
「ふぅ、ただいま戻りましたぁ」
「を、ルナちゃんおつかれー」
ホールから戻ってきた少女に、フィデルが手を振りながら声をかける。
ルナもまた、いつもの屈託のない笑顔を見せながら手を振り返した。
「フィデルさん、お疲れ様ですっ。あ、そうそう、ロランドお兄ちゃんっ、ちょっとお願いというか、ご相談があるんですけどっ……」
「ん? ルナちゃんも相談っすか?」
「え、ええ……、ダメでしたっ?」
「いやいや、ルナちゃんの頼みごとならいつでも何でもオッケーっす! むしろ、こっちのチビギツネのことなんてほっといて最優先でやるっすよっ!」
「なんだとこのデカウサギっ! ……とはいっても、ルナちゃんが困ってるんだったら仕方がないか。その話、一緒に聞いても大丈夫?」
「もちろんですっ! ええっと、実はさっき、ジャンくんがお店にいらっしゃてまして。それで、もうすぐ『ヴィオレッタ号』が出港して国元へ帰ることになるから、何か美味しいお土産が欲しいなぁってせがまれちゃいまして……」
「ジャンって……あっ!こないだのっ?」
「あのクソガ……お坊ちゃんからっすか!?」
ルナの口から発せられたその名前に、フィデルもロランドも激しい反応を見せる。
そんな二人の調子に驚きながらも、ルナが話を続けた。
「別にジャンくんは悪い子ではないですよっ? せっかく仲良くなったし、次にいつ会えるか分からないから、出来れば何かしてあげたいなって思ったんですけど……、ダメでしたっ?」
「い、いや……、それは……」
上目づかいで訴えかけてくるルナに、ロランドはタジタジとなる。
するとその横に立っていたフィデルがロランドの肩をポンとたたき、そのままルナに背中を見せるようにしてくるっと身体を回した。
「何どもってんだよ? ここは素直にオッケーしておくところだろ?」
「でもよ、贈り相手があのジャンだぜ? お前は気にならんのか?」
「そりゃいい気はしないさ。でもよ、そのクソ坊主は国へと帰っちまうんだろ? だったら俺たちのライバルにはならねぇ。そしたら、ここは器が大きいところと男気を見せるチャンスじゃねえか」
「なるほど、それも一理あるな。さすがはチビギツネ、悪知恵だけは天下一品だな!」
「うっせぇデカウサギ! お前とは世渡りの場数が違うんだよ!」
「えーっと、お二人ともどうしたんですかっ?」
ひそひそ話をする二人の背後から、置いてけぼりにされたルナがそーっと声をかけてくる。
その声に二人の少年が慌てて振り向くと、まずはフィデルから言葉を返した。
「ごめんごめん。実は、自分もさっき同じようなことを頼んでてさ。どうせなら一緒になんかできないかなって話してたんだ。な、デカウサギ?」
「あ、ああ。このチビギツネがさっき頼んできたことと一緒にできそうだから、ちょっとその話をしてたってとこっす」
互いに肘で相手をつつきながら話す二人。
ルナは小首をかしげながらも、二人の言葉を受け入れたようだ。
「ふーん、ロランドお兄ちゃんとフィデルさんが仲良くしてるんだったら、別にいいんですけどねーっ。そしたら、私も頑張って考えるんで、ロランドお兄ちゃんもフィデルさんも、一緒にお手伝いしてくださいっ」
「もちろんっす!」
「ルナちゃん、大船に乗ったつもりで任せときーっ!」
「では、私たちもそこに混ぜてもらいましょうかね?」
「わっ!? し、師匠っ?」
いつの間にかキッチンへとやってきたタクミの呼びかけに、ロランドが身体をビクッと震わせながら大きな声を上げる。
三人が振り向くと、そこにはタクミとニャーチ、そしてテオの姿まであった。
「さっきのお土産の話、私もぜひ一口載せてもらいたいのですよね」
「『ヴィオレッタ号』に乗って帰るシレーナさんにプレゼントがしたいらしいのな! テオくんは報われない恋がすきみたいなのにゃっ!」
「そんなんじゃないですよー。ただ、一ファンとして、精一杯の贈り物をしたいだけで……」
ニャーチにからかわれたテオが顔を真っ赤に染める。
その様子に微笑みを浮かべながら、タクミもまた一つの話を持ち出した。
「私の方は、エルナンドさんからの依頼ですね。『ヴィオレッタ号』のスタッフたちの土産として、この『ツバメ』で何か用意してくれないかとのお話でした」
「なんかすごい話になってきたっすね……」
どんどんと膨らむ話に、ロランドが喉をごくりと鳴らす。
するとタクミが、うんと一つ頷いてから言葉を続けた。
「そうですね。でも、これもみなさんが一つずつ繋いできたご縁の賜物と言えると思います。ということで、ここは皆さんと力を合わせて取り組みたいと思いますが、いかがですか?」
「えっ? ということは……?」
小首を傾げながら投げかけられたフィデルの言葉に、タクミはゆっくりと頷いてから答えを返した。
「ええ、今回の『お土産物』については、私が中心になって作ろうかと思います。ただし、私が作るのはあくまでもベースのもの。アレンジしやすいものにしますので、それぞれの思いを込めて、自分オリジナルのものに仕上げてください。いいですねっ?」
「「「「はいっ!」」」っす!」
タクミの呼びかけに、四人が元気よく返事を返す。
すると、それに続けてニャーチも元気よく全員に宣言した。
「試食はニャーチにおまかせなのなっ。 いっぱい作るといいのなよっ!」
「そういって、ニャーチはただ食べたいだけでしょ?」
「な、なぜばれたのなっ? もしかして、ごしゅじんはどくしんじゅつのつかいてなのなっ?」
「そんなわけはありません。ほら、反省しなさいっ」
ニャーチの背中の辺りをつかんだタクミは、そのままぐいっと持ち上げてぶらーんぶらーんと吊り下げる。
いつもと変わらないその光景に、残る四人はそろってクスクスと笑みを漏らした。
※第2パートへと続きます。