44 小さな賓客と初めての味(3/3パート)
※第2パートからの続きです
「ご、ごめんなさいっ。つい、いつもの私学校の調子でっ……」
「当店のスタッフが大変失礼いたしました。申し訳ございません」
必死に謝るルナの横で、タクミもまたジャンとその祖父母に頭を下げていた。
そんな二人に対し、ジャンの祖母が優しく声をかける。
「いえいえ、こちらこそ大変恥ずかしい思いをさせてしまってごめんなさいね。たまにはピシッとしてあげないと、この子の教育に良くないですわ。むしろ、きちんと叱ってくれてありがたいぐらいですわよ」
「いくら構ってほしいからといって、やっていいことと悪いことがある。ほら、ちゃんと謝るんだ」
「ご、ごめんなさい……」
祖父に頭を押さえられながら、ジャンもまた、ポツリと謝罪の言葉を口にする。
しかし、その顔は不服そうだ。
その様子を察したルナが、しゃがんで下からのぞき込むようにしてジャンに話しかける。
「ジャンくん、お尻を叩いちゃってごめんねっ。でもね、お姉ちゃんもスカートめくられたら、ちょっと恥ずかしくて困っちゃったのっ。だから、もうこんなことしちゃだめだよっ。約束できるっ?」
「う、うん……」
まだ口をとがらせてはいるが、優しく諭されて少し落ち着いたのか、ジャンはゆっくりと頷いた。
それを見たルナは、笑顔で頭をポンポンとなでる。
「じゃあ、ちゃんと約束してくれるんだったら、特別にデザート作ってあげよっかなっ」
「ほんとっ!? そうしたら、ジャンは甘いのがいいぞ!」
ルナの言葉に、ジャンは目をきらきらと輝かせながらぱっと顔を上げた。
その様子に、ジャンの祖父母が思わず苦笑いする。
「あらあら、この子も現金ねぇ」
「まったく。まだまだ色気より食い気だな」
「しかし、申し出はありがたいが、そろそろ列車の時間が迫っている。どうだろう、間に合いそうか?」
「そ、そんな……」
エルナンドの指摘にしょんぼりとするジャン。
しかし、ルナには一つアイデアがあるようだ。
「大丈夫っ。タクミさんっ、こんなのってできますかっ?」
タクミの耳元でルナが思いついたアイデアを囁く。
それを聞いたタクミが、うんうんと頷いた。
「それならすぐにできそうですね。いいでしょう」
「良かったですっ! じゃあ、ジャンくん、ちょっとだけいい子にして待っててねっ!」
「わかった! ジャンはいい子にしてるから、列車に間に合うように早く持ってくるんだぞ!」
「はーいっ。じゃあ、キッチンに行ってきますっ!」
威厳を示そうとしているのか一生懸命胸を張るジャンの頭を、ルナはもう一度ポンポンとなでてから部屋を後にする
そのあとに続いてタクミも廊下に出ると、後ろからエルナンドが追いかけてきた。
「何かいつも面倒ごとばかり持ち込んで申し訳ない」
「いえいえ、こちらこそ行き届かないところばかりで申し訳ございません」
「何を言うか、タクミ殿でなければこうはいかぬであろう。このままうちの船にスカウトしたいぐらいだ」
「過分なお言葉、恐縮です。それでは、ルナを手伝ってまいりますので、お部屋のほうでお待ちくださいませ」
いつものように微笑みながらタクミが頭を下げる
コツコツコツと靴音を鳴らして階段を下りていくその後ろ姿に、エルナンドは鋭い視線を送っていた。
―――――
「ロランドお兄ちゃんっ! ちょっとだけキッチンお借りしますっ!」
キッチンへとやってきたルナが元気よくロランドに声をかける。
声を弾ませるルナの様子に、ロランドは若干戸惑いを見せる。
「ほ? うん、いいっすけど、どうしたんっす?」
「かわいい男の子からご指名でご注文をいただきましたっ! 今から急いでデザートと飲み物も作りますっ!」
「え!? それってもしかしてあのガキ……お坊ちゃま?」
先ほどのトラブルは、キッチンにいたロランドも様子を伺っていた。
ルナに失礼なことをしたジャンのことを思い出し、険しい表情を見せる。
しかし、ルナはいつもと変わらない明るい笑顔だ。
「そうですよっ。今から特製のデザートを作るんですっ」
「えーっ、あんなことをしたやつに、そんなことしなくても……」
「と、済ませないのがルナちゃんのいいところですよね」
「あ、師匠!」
ルナにやや遅れてキッチンに顔を出したタクミに、ロランドが頭を下げる。
「確かにあの子のしたことは褒められたものではないですが、所詮は小さな子が寂しさのあまりついしてしまったことです。きちっと叱ったら、あとは彼の寂しさに応えてあげることも大切です。ほら、ロランドが妹さんの面倒を見るときと同じですよ」
「ま、まぁ、そう言われると……」
妹のことを持ち出されては反論しづらい。
ロランドは、苦い笑いを浮かべながらも頷くしかなかった。
「さて、私はホールの手伝いに回っています。ロランドはルナちゃんのサポートをよろしくお願いしますね。出来上がったら声をかけてください」
「はいっ! ロランドお兄ちゃんっ、よろしくお願いしますっ!」
「うぃっす! 任せてくださいっす!」
ぺこっと頭を下げるルナに、頼られたロランドもまた元気の良い声を返す。
その様子にうんうんと頷きながら、タクミはいったんホールに戻っていった。
「で、何を手伝えばいいっすか?」
「えっと、そうしたら、ニエベ・フロールの準備をお願いしますっ」
「了解!」
ロランドに作業を頼んだルナも、早速段取りに取り掛かる。
食料庫に向かったルナが用意したのは、甘い香りを漂わせる小ぶりのピーニャにキビス、濃い赤に染まったシルエラ、橙色に熟したマンゴーといった旬の果物の数々。
それに、ナランハのシロップ漬けも瓶ごと運んできていた。
最初に美しい橙色のナランハをボウルにとりわけ、その中に付け込んでおいたシロップもなみなみと注ぐ。
続いて包丁を手にすると、ピーニャを半分に切って中の果肉をスプーンでくりぬいた。
丸いボール状になったピーニャの果肉をボウルの中に入れると、キビスとマンゴーもそれぞれ小さめの一口大にカットして同じボウルの中に合わせる。
シルエラは皮ごと半分に割って中の種を取り除いてから、やはりボウルの中に入れられた。
「ニエベ・フロール、できたっすよー!」
「はーいっ、じゃあ、こっちにおねがいしまーすっ!」
作業を一段落させると、ちょうどロランドから声がかかった。
ルナは、作ってもらったニエベ・フロールを受け取ると、それを先ほど果肉をくりぬいたピーニャの中へ盛り込んだ。
「なるほど! ピーニャを器にするんっすね!」
「こうした方が可愛いかなーってっ」
「やっぱりこの辺は女の子っすね。センスがいいっす!」
「ありがとうございますっ! あとはこうして……」
山に盛ったニエベ・フロールの上に、先ほどシロップにつけておいた果物をきれいに盛り付けていく。
そして、その上からボウルの中のシロップをかけまわせば完成だ。
「ひゃー、またこれはすごいっすね!」
その美しい出来栄えに、ロランドの目が釘付けになった。
黄色、赤、緑、橙と夏の果物特有の鮮やかな色をした果物が白い山肌の上に踊るその姿は、子供でなくてもワクワクとさせられる。
「昨日ニエベ・フロールを頂いたときに、ふと思いついたんです。でも、こんなに早く作らせてもらえるなんて思ってもいませんでしたけどねっ。今度機会があったら、みんなで一緒にいただきましょう!」
「そう言ってくれるとうれしいっす! っと、溶けちゃう前に運ばないとっすね」
「そうですねっ! じゃあ、タクミさんを呼んできますっ!」
ルナはそういうと、ホールにいるタクミへと声をかけにいく。
ロランドは、出来上がった特製のニエベ・フロールを見ながら、負けていられないと静かに闘志を燃やしていた。
―――――
「お待たせしましたっ! 特製のニエベ・フロール、ピーニャのボートに入れて、ですっ!」
「すっげー!! かっこいいーーー!!」
運ばれてきたニエベ・フロールが目の前に運ばれると、ジャンは椅子から立ち上がり、身を乗り出すようにして眺め始めた。
半割にされたピーニャの中には細かく削られた雪のような氷の山、そしてその上にたくさんの果物が彩られている。
「これはまた見事だ……」
「ため息が出るほど美しいですわ。食べるのがもったいないくらい」
ジャンの祖父母も、その美しいデザートの出来栄えに賛辞を贈った。
はにかむルナに代わって、付き添っていたタクミが礼を述べる。
「ありがとうございます。ただ、残念ながら見ているだけでは溶けてしまいますので、ぜひお早めにお召し上がりください。こちらでお取り分けさせていただきましょうか?」
「そうだな。よろしく頼む」
「ボクはこのままがいいぞ! ジジとババ、それにエル兄の分を取り分けたら、あとは全部ボクのものだ!」
「かしこまりましたっ。では、少しお預かりしますねっ」
器の所有権を主張するジャンにくすっと微笑むと、ルナはいったんピーニャボートを預かって三人分のグラスの器にそれぞれ果物をちりばめたニエベ・フロールを取り分ける
そして、残りもきれいに盛り付けなおすと、再びジャンの前へと差し出した。
「はい、どうぞ召し上がれっ」
「あ、ああ……、うむ、大儀である」
まぶしいほどの笑顔を見せるルナに、ジャンは顔を真っ赤にして俯きながらピーニャボートを受け取った。
先ほどまでの大きな山こそ亡くなったが、それでもピーニャの器には色とりどりの果物が散りばめられた白い雪のような氷が積もっている。
スプーンを差し入れると、さくっとした心地の良い音が伝わってきた。
ジャンは、喉をごくりと鳴らしながら果物が載った氷を口へと運ぶ。
そして、その冷たさとともに口の中に広がる味わいに、大きく目を見開いた。
「冷たいっ!! でも……、あまーいっ!」
氷自体には味が無いと思っていたジャンだったが、どうやら透明の蜜のようなものが掛けられていたようだ。
その透明の蜜は、甘いだけではなくほんのりと酸味も感じられる。
まるで花の蜜か、そうでなければ果物の一番おいしい蜜の部分だけを集めたような美味しさだ。
氷とともに口に含んだ橙色の果物はどうやらマンゴーだったようだ。
氷の爽やかな甘さの後に、独特の甘酸っぱい味わいが実に楽しい。
二口目に掬ったのは丸くくりぬかれた黄色い果物。
食べてみればすぐわかる。これはピーニャだ。
マンゴーに比べれば少しだけ酸味が強いピーニャも、蜜と一緒になるととっても美味しい。
緑のキビスはアッサリとした甘さとシャクシャクとした独特の歯ごたえが楽しく、赤いシルエラは蜜を含んでいるのか酸味が抑えられていて食べやすい。
そして、つぶつぶがたくさん連なったナランハを氷に乗せて食べると、蜜と一体となった味わいに心が踊らされた。
そして何よりものご馳走がこの氷の冷たさだ。
今日のような暑い日には、この冷たさこそが何よりのご馳走である。
身体に溜まった熱を洗いながし、涼やかにさせてくれるこのニエベ・フロールは、ジャンにとって最高のデザートに感じられた。
夢中になって食べ進めるジャンは、最後に溶けてピーニャのボートの中に残った水までぐっと飲み干す。
ピーニャや果物の甘みと酸味、そして爽やかな香りが移った冷たい水は、最後までジャンを楽しませた。
「ふぅ……もう食べきってしまった。うむ、実に旨かったぞ!」
「ありがとうございますっ。喜んで頂いて何よりですっ」
礼の言葉を口にするジャンに、ルナも目を細めて礼を述べる。
ジャンの表情は、先ほどまでのどこか力の入ったものではなく、実に子供らしい満面の笑顔になっていた。
―――――
その後列車の出発時刻が近づき、ジャンを含む『ヴィオレッタ号』の団体客の一行は改札口へとやってきていた。
ジャンにせがまれたルナもまた、改札口まで見送りに来ている。
「それではジャン様、この後のご旅行も気を付けて行ってらっしゃいませっ」
「うむ。この駅に戻ってきたらまた必ず立ち寄るので、その時には、今日と同じニエベ・フロールを用意するがいい」
「はい、かしこまりましたっ」
胸を張ってリクエストするジャンの視線に合わせるように、ルナは腰をかがめて言葉を返した。
別れが惜しいのか、ジャンはなかなかその場を離れようとしない。
先に改札口へと向かっていた祖父母が少しそわそわとし始めたのを見て、エルナンドが声をかけた。
「ジャン様、申し訳ないがお時間となりました。どうぞおじい様、おばあ様のところへ」
「う、うむ……、あ、あのなっ」
「はい、どういたしましたか?」
頬を赤く染め、つっかえつっかえ話すジャンに、ルナが優しく声をかける。
するとジャンは、大きく深呼吸を一つしてから、キッと前を見据えて
「いずれあの船はジャンの者となる。まだジャンは幼き故、今すぐにはお主を連れていくことは出来ぬが、また大きくなったら必ずこの地を訪れるので、その時は、必ずついてくるんだぞ!」
唐突な告白に驚くルナ。
しかし、一瞬間を置いてから、にっこりと微笑みながら口を開いた。
「では、それまでにジャン様もいっぱい勉強して、いっぱい色んなことを経験して、私が着いてきたくなるくらいの素敵な男性になっていてくださいね」
「ああ、約束する! では、また会おう!!」
ジャンは満足そうに頷くと、すっと手を差し出した。
握手を求められたかとおもったルナが手を差し出すと、ジャンは片膝をついて、そっと手の甲に唇をふれさせた。
驚くルナをはにかむようにして見つめてから、ジャンは踵を返して祖父母の下へと走り寄る。
その後ろ姿を、ルナは暖かい眼差しで見守っていた。
なお、駅舎に併設された売店『メアウカ』で店番をしながらその光景を目の当たりにしたフィデルが、その日の夜にロランドと緊急対策会議を行うこととなるのだが、それはまた別のお話である。
お読みいただきましてありがとうございました。
なんとか定期更新に間に合いました。
ルナちゃん、だんだんモテモテになってきていますね(笑)
さて、既に活動報告等でもご報告しておりますが、本作品は第4回なろうコンこと『ネット小説大賞』の『受賞作』として選出を頂きました。
これもひとえに皆様のご声援ご愛読の賜物でございます。本当にありがとうございます。
ただいま、書籍化に向けて鋭意作業を進めております。
出版社様からのゴーサインが出てお知らせが出来るタイミングになりました、活動報告の場にて順次ご案内させて頂きたいと存じますので、もう少しだけお待ちいただけますようよろしくお願い申し上げます。
次回も「8の日」の定期更新を予定しております……が、もしかしたら書籍化作業の関係で間に合わないかもしれません。
スケジュールが分かり次第、改めてご報告をさせて頂きますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
それでは、引き続きご笑読いただけますようよろしくお願い申し上げます。