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44 小さな賓客と初めての味(2/3パート)

※第1パートからの続きです

「いらっしゃいませなのなーっ。団体の皆様はこちらへお越しくださいませなのなーっ」


 喫茶店『ツバメ』のホールに、ニャーチの元気な声がこだまする。

 昨日のうちにタクミから知らされていた団体客が、『ツバメ』へと到着していた。

 ガヤガヤと賑やかな声を上げながらテーブルに着く客たちの下へ、ルナが水とナプキンを配りまわる。

 

「どうぞ、こちらをお使いくださいっ。飲みもののご注文はこちらのメニューからお選びいただく形になりますっ。後程お伺いしますので、もう少々お待ちください」


「おー、お嬢ちゃんしっかりしてるねぇ」


「そうねぇ、うちの子たちにも見習わせたいですわ」


「ありがとうございますっ! それではもう少々お待ちくださいませっ」


 お客様から声をかけられたルナは、少しはにかみながら頭を下げた。

 その後、ルナは、ニャーチと手分けをしながらドリンクオーダーを聞いていく。

 全員の注文を聞き終えて飲み物の準備をしていると、再び『ツバメ』の扉からカランカランカラーンとベルの音が聞こえてきた。


 先頭にはタクミの姿。

 その後ろには『ヴィオレッタ号』の二等航海士であるエルナンドと、見るからに上質な装いをまとった白髪交じりの老夫婦、そして老夫婦と同じくピシッとした出で立ちに蝶ネクタイをつけた小さな男の子 ―― 年恰好からすると7~8歳ぐらいと思われる ―― が続いて入ってきた。


 タクミが話していた“特別なお客様(VIP)”、『ヴィオレッタ号』の船主(オーナー)一家である。

 彼らの姿を確認したルナは、ニャーチにも声をかけて入口へと駆け寄ると、昨日打ち合わせておいた段取り通りに出迎えの体制を整える。


「いらっしゃいませなのなっ! 『ツバメ』へようこそおいでくださいましたなのなっ!」


「うむ、ありがとう。なかなか賑わっていていい店ではないか」


「そうね。あちらにいるのが『ヴィオレッタ号』のお客様たちかしら? 楽しそうにしてらっしゃるみたいだし、何よりですわ」


「ありがとうございます。皆様のお席は二階にご用意してありますのでどうぞこちらへお越しください」


 お客様とのやりとりを静かに聞きながら、じっと佇むルナ。

 すると、彼らよりもずいぶん下の方から、じーっと見つめられているような気配を感じた。

 その視線に気づいたルナが、一行の中の最年少である小さな男の子と目の高さがあうようにしゃがんで、声をかける。


「こんにちわっ。『ツバメ』にようこそっ!」


「うむ、なかなかかわいいではないか。名はなんと申すのか?」


「ルナといいますっ。ジャン様ですね。今日はお待ちしておりましたっ。」


「ルナか、良い名ではないか。うむ、気に入った。このジャンが店にいる間、ルナに世話を任せたいが、構わぬな?」


「へっ!? ええっ?」


 突然の申し出に驚いたルナは、助け船を求めるようにタクミへと視線を送る。

 するとタクミが、やはり男の子と視線の高さを合わせながら、代わりに答えた。


「ジャン様、申し訳ございません。彼女は1階のホールでの接客がございますので、ご容赦いただけませんでしょうか?」


「そうなのか。仕事は大事だからな。わかった、それでは、手が空いた時で構わぬので、部屋の方に顔を出してもらうということで我慢しよう」


 さも当然のように告げるジャンに、タクミが苦笑いを見せる。

 すると、その様子を目を細めながら見守っていた老夫婦が口を開いた。


「あらあら、ずいぶん彼女のことが気に入ったようね」


「店主さん、申し訳ないですが、この子の我がままを聞いていただけないかしら?」


「分かりました。ただ、今日は『ヴィオレッタ号』のお客様もたくさんいらっしゃいますので、手が空いたらという形でご容赦いただけませんでしょうか?」


「もちろん。そこまで我がままを言うほどボクも幼くはないからな」


 ジャンは、自信に満ちた表情で胸を張り、ルナにチラリと視線を送った。

 そのアピールに気づいたルナは、やや苦味を含ませながらも笑顔を見せる。


「ありがとうございます。それではお部屋へご案内いたしますので、どうぞこちらへ」


「あとで必ず顔を見せるのだぞ」

 

 タクミに案内されながらも、ジャンはルナに対してもう一度しっかりと声をかける。

 小さなお客様からの積極的なアプローチに戸惑いながらも、ルナにはジャンのことが可愛く思えていた。




―――――




「お待たせしました。先にお水とナプキンをお持ちいたしました」


 ジャン一行が案内された二階の個室に、タクミが四人分のウェルカムセットを運んできた。

 渡された濡れナプキンを手に取ると、その冷たさにジャンが驚きの声を上げる。


「ほう、これは冷たくていいではないか」


「少しでも涼がとれるようにと、氷を入れた水桶の中で冷やしておきました。お気に召していただけましたようで何よりです。ところで、こちらの中からお飲み物を選んで頂けるのですが、何がよろしいでしょうか?」


 そう言いながらドリンクメニューを差し出すタクミ。

 しばらくそれを見つめていたジャンが、ふと思いついたように質問を投げかけた。


「この中で、ルナが作れるものは何かないのか?」


「え、ええ。そうですね、この辺りの果物系のジュースなら出来るかと」


「なるほど、では、このリモン(レモン)ミエール(はちみつ)の炭酸水をルナに作らせてほしいが。それと、ぜひ作るところ見たいので、後程案内してはもらえぬか?」


「ジャン、あんまり店主さんを困らせるようなことを言ってはいけませんわよ」


 タクミに続いて、祖母である老婦人がたしなめるように声をかける。

 しかし、ジャンは動じる様子を見せない。


「これも一つの勉強だ。実際にこの眼で見て世の中のことを知ることが、このジャンには必要なのだ」


 あまりに見え透いたいい訳に、部屋に居合わせた大人たちが苦笑いを浮かべる。

 どうしたものかとタクミが考えていると、エルナンドが眉間にしわを寄せながら頭を下げてきた。


「……分かりました。そうしましたら、後程キッチンにご案内いたします。ただし、キッチンには刃物や火といった危険なものがたくさんありますので、必ず私たちの言うことには従ってください。お約束頂けますか?」


「もちろんだ! さぁ、早速行こうではないか!」


 パッと明るい表情を見せるジャンが、待ちきれないとばかりに席を立つ。

 それをエルナンドが慌てて止めに入った。


「ジャン様、まだ我々の注文が終わっていませんので……」


「ぬぅ、仕方が無い。早く注文いたせ」


 出ばなをくじかれたジャンが、不満そうな表情でもう一度どかっと腰を下ろす。

 その百面相のような表情の移り変わりに、タクミは微笑ましさを感じていた。




―――




 キッチンの準備が出来たら呼びに来ると言われていたジャンだったが、よほど待ちきれなかったのか、「手洗いに行く」と称して部屋を抜け出し、一階のホールへとやってきていた。

 ホールでは、ルナがお客様たちに水や料理を運んでいる。

 お客様の下へとやってきては笑顔を見せるルナの姿が、ジャンにはまぶしく感じられた。


「うーむ、やはり素敵であるな」


 階段の脇から様子を覗いていたジャンが独り言をつぶやいてウンウンと頷く。

 しばらくの間はその場でじっと見つめていたジャンだったが、やがて物足りなくなったのか、ホールで動き回るルナの下へと向かい、声をかける。


「ルナ、少しよいか?」


「あ、ジャン様。ごめんなさいっ。少しだけ待ってもらえませんかっ?」


「なに、手間は取らせぬ。先ほど店主殿を通じて一つ頼みごとをしておるのだが……」


「おーいっ、注文いいかねーっ」


「あ、はーいっ! えーっと、ごめんなさいっ! お客様に呼ばれてしまったので、お話は後でお伺いしますっ」


 急ぎ足でお客様の下へと向かっていくルナの後ろ姿を見ながらジャンが口を尖がらせる。

 それでも仕事が先と理解しているジャンはしばらくの間我慢していたのだが、なかなか手が離せない様子に、たまらず呼び止めた。


「なぁルナ……」


「ごめんなさいっ、もうちょっと、もうちょっとだけ待っていてくださいっ」


「もうずいぶん待ったぞ。客への対応なら、他の者に任せればよいではないか」


「うーん、ちょうど立て込んでるところなので、そういう訳にはいかないんですっ。落ち着いてきたらお話お伺いしますから、お部屋が退屈ならここで待っててくださいねっ」


「あっ……!」


 なおも声をかけようとしたジャンを振り切るようにして、ルナがお客様の下へと戻っていく。

 そんなルナの態度に、ジャンは頬を大きく膨らませる。

 そして、三度ルナがもどってくると、今度は逃がさないとばかりにスカートのすそを掴んだ。


「これ以上は待てぬ! ルナにはこのジャンの相手をするように伝えておいたではないかっ!」


「ジャン様、お相手を差し上げたいのはやまやまですが、今はどうしても手が離せないのです。どうかお許しくださいませんかっ?」


「許さぬ! ルナはもう充分仕事をしているではないか!」


「お客様がお待ちである以上、私のお仕事は終わってはいません。あんまり我がままを言うようなら、お部屋へお戻り頂きますよっ?」


 先ほどまでは優しい口調で話していたルナだったが、ここにきてたしなめるような雰囲気を含ませる。

 そのトーンの変化に、ジャンはたじろぎながらも反論を重ねた。


「そ、そんなことをいったら、ジャンも客の一人だ。それも、個室を借りるような上等の客であるぞっ!」


「それはダメですよっ。お客様のことを上とか下とか言ってはいけませんっ」


「しかし、実際にたくさん金を払うのはこっちだぞっ! 少々融通を聞かせてくれてもよいではないかっ!」


「ダメですっ。聞き分けがないようなら、お部屋に戻りましょうか?」


「戻らぬ! ジャンはルナと共にいるのだ! むーっ、こちらの言うことを聞かぬのなら、こうしてくれるっ!」


 自分の思い通りにならずに癇癪を起こしたジャンは、先ほどまで掴んでいたルナのスカートの裾を一気に持ち上げた。

 きゃっ、と声をあげたルナが、慌ててスカートを押さえる。


「ふんっ、言うことを聞かないからこういう目に合うのだ」


 なぜか鼻高々といった様子を見せるジャン。

 すぐに謝ってくるかと思っていたが、なかなかルナから返事が返ってこない。

 気づけば、ルナは顔を手で覆いしゃがみこんでしまっていた。

 

(しまった、やりすぎた……)


 ぷるぷると肩を震わせるルナを、ジャンが心配そうに覗きこむ。

 すると、それを待っていたかのようにルナがすくっと立ち上がった。

 驚いて呆然とするジャンの頭を押さえて下げさせたルナは、そのままお腹を抱えるようにしてお尻を突き出させ、大きく右手を振りかざす


「……ジャン様、もう許しませーーーーーん! 悪い子にはお尻ぺんぺんですーーーーーっ!!」


 ルナの大きな声と共に、ペシーンという気持ちの良い音が『ツバメ』のホールにこだましたのであった。


※第3パートへ続きます

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