44 小さな賓客と初めての味(1/3パート)
本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。この列車は当駅が終点となります。到着いたしました列車は車庫に入ります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。
―― なお、団体でのご利用のお客様は一括での改札となりますので、お集まりの皆様から離れないようお願いいたします。
「ふー、今日も忙しかったっすねー。といっても、今日はまだ客引けが早かった方っすかねー」
一日の営業を終えた喫茶店『ツバメ』のキッチン、ロランドが後片づけをしながら首をぐるりと回した。
隣で手伝いをしていたルナも、額に汗を浮かべながら皿を拭いている。
「最近ではちょっと早めに終われたと思いますっ。でも、あの大きな船がきてから本当に忙しくなりましたよねーっ。あ、こっち終わりましたっ!」
「ありがとうっす!ルナちゃんがこうして手伝ってくれるおかげで、忙しくてもなんとかなってるっす」
「そんな、私なんてちょっとお手伝いするぐらいなので、全然ですよー」
「いやいや、ルナちゃんはいつも頑張ってるし、本当にみんな助かってると思うよ。もしかしたら、そこのデカいだけのウサギより役に立ってるかもね?」
キッチンの片隅においてある小テーブルで今日の締め作業をしていた狐耳の少年フィデルがが、二人の話にわざわざ割り込んで憎まれ口を叩く。
もちろん、ロランドも黙ってはいない。
「んだとぉ! てめぇ、誰のおかげでそっちの店に商品が並べられてると思うんだぁ?」
「ったく、冗談と本気もわかんねぇのか。そういうところがマイナスなんだよ!」
「ほらほら、タクミさんが戻ってくる前に済ませないと、怒られゃいますよっ! 仲良くするのはお仕事が終わってからですっ!」
「う、ういっす!」「そ、そだね……」
『ツバメ』に来た頃はただおどおどするだけであったルナだったが、ここでの生活にも慣れ、私学校にお店の手伝いにと毎日いろいろと走り回っているせいか、ここ最近はずいぶんとしっかりしてきたようだ。
ロランドやフィデルは、成長をみせる“妹分”にうれしさを感じつつも、どこか迫力を持ち始めたルナに少しだけたじたじとなっていた。
その後、三人がワイワイとしゃべりながら担当している仕事を進めていると、タクミがキッチンへと戻ってきた。
額に浮かんだ汗を袖でぬぐいながら、タクミが三人へと声をかける
「ふぅ、お疲れ様です。もう終わっていますか?」
「もうほとんど終わってるっす! あとは、さっき仕込んだ明日の材料のを食料庫へしまうだけっす」
「こっちも締めの集計できてます。後でチェックお願いしていいですか?」
「了解です。 ルナちゃんも片付けのお手伝いありがとうございますね」
「いえいえっ! ちょっとでも力になってるならうれしいです」
「ルナちゃんはいつも頑張りやさんなのなっ! だからご褒美が必要なのなっ!」
いつの間にかキッチンへとやってきていたニャーチが、タクミの背後からにゅっと首を伸ばすようにしてしがみついてきた。
タクミは、ふぅと一息つくと、すぐさまニャーチの後ろに回りこみ、背中をつかんで持ち上げる。
「まったく、暑いからそれは勘弁してほしいって言ってるよね……」
「細かいことは気にしちゃいけないのなっ! で、ルナちゃんへのご褒美はどうするのなっ?」
するりと抜け出して地面に着地したニャーチが、さも当然といった顔で話しかける。
その言葉にはタクミも思うところがあったようで、ふむ、とあごに手を当てた。
「そうですねぇ。ルナちゃんはもちろん、ロランドもフィデルくんも頑張ってくれていますし、今日は何かご褒美を用意しましょうか。 氷は、まだ残っていますか?」
「うぃっす。今日は多めに届いたんで、まだまだ残ってるっす! って、氷ってもしかして……」
「ええ、今日は早く片付けも終わりましたし、みんなでかき氷……、雪の華を頂きましょうか」
夏を迎えたハーパータウンはいつもより日差しが強く、まだ夏の走りのはずのこの時期でも真夏のような暑い日々が続いていた。
夕方になって多少涼しくなったとはいえ、火を使うキッチンの中にいると、立っているだけで額に汗がにじんでくる。
今日はたまたまニャーチに先を越されてしまったが、タクミとしてもキッチンで頑張る三人に何かしてあげたいと思っていたところであった。
タクミからすればささやかなプレゼントではあるが、若者三人にとっては望外の話であったようだ。
特にフィデルは、目を見開き、驚きの表情を浮かべている。
「雪の華って、去年の博覧会で話題になってたやつですよね? あれ、ここで食べれるんですかっ?」
「そうなんだよ。実はあれ、もともとは師匠が作ったやつなんだよねー」
「わぁい! 私、一回食べてみたかったんですっ!」
「去年はソフィアさんとのお約束でお店には出していませんでしたけどね。今年はOKをもらっていますので、そろそろ『ツバメ』のデザートとして出すつもりでした。ということで、一足先にみんなで食べちゃいましょう」
「それでこそごっしゅじんなのなっ! かっきごーりーっ! かっきごーりーっ!」
タクミの言葉に、ニャーチが満足げな表情を浮かべながら、謎のメロディを口ずさみながら踊りはじめた。
その様子をやれやれといった表情で見守りつつ、タクミがロランドに声をかける。
「そうしたら、氷とシロップ、あと器の用意ですね。ロランド、準備の手伝いをお願いしていいですか?」
「うぃっす!!」
「あ、私もお手伝いしますっ! かっきごーりーっ! ってあっ!」
ニャーチの歌声が思わず移ってしまったルナが、ほほを赤らめる。
そのなんともかわいらしい様子に、フィデルもロランドも思わず笑みを浮かべていた。
―――――
「ふわぁ! 本当にきれいですぅ! 食べるのがもったいないぐらいですっ!」
ホールに移動した各人の前に出来上がったかき氷が並べられると、真っ先にルナが大きな歓声を上げた。
透明なガラスの器の上には、まるで雪のように薄く削られた氷がうず高く山のように積もっている。
そしてその白い雪肌の上には、とろみのついた黄色のソースがたっぷりとかけられていた。
「今日は、新作の試作を兼ねてということで、マンゴーをすりつぶして作ったソースを上からかけてみました。ナランハのしぼり汁とはちみつを加えていますので甘酸っぱく仕上がっているかと思いますよ」
「去年試作してたのから、また一段とパワーアップしてるっすね! 早速頂いて良いっすか?」
「ええ。ルナちゃんも、このまま見てるだけだと溶けてしまいますので、どうぞ召し上がってくださいね」
「はーいっ!」
「俺も待ちきれないっす!!」
「はいはいにゃーっ! みんないっただっきまっすなのなーっ!」
ニャーチの言葉を合図に、ロランドにルナ、それにフィデルも早速かき氷に手を伸ばした。
とはいう物の、かき氷をそのものを初めて食べるルナとフィデルは、どこからスプーンを入れて良いか分からず戸惑いを見せる。
それを横目に、ニャーチはかき氷にシャクシャクとスプーンを入れて軽くかき混ぜながら、次々と氷を頬張っていった。
「かっきごーりっ、かっきごーりっー! ……ふぉぉぉぉ、やっぱりキーーーンってするのなぁ」
「ええっ!? どうしたんですっ?」
こめかみを押さえるニャーチを、ルナが心配そうに眺めている。
フィデルも落ち着かない様子だ。
しかし、タクミは意に介することなく、
「はい、これがダメな見本です。かき氷は慌ててたくさん食べすぎると頭がキーンとすることがありますので、フィデル君もルナちゃんも注意してくださいね」
「ごしゅじんがつめたいのなぁ……。心配してくれないのなぁ」
「だって、それ、去年もやってるからねぇ。というか、そうなるのが分かっててかき込んでるんでしょ?」
「そうともいうけど、細かいことは気にしてはいけないのなっ! かっきごーりーっ、ふぉぉぉぉ」
タクミの皮肉にも耳を貸さず、ニャーチはハイペースでかき氷を口に運んではこめかみを押さえる。
イマイチ状況を掴み切れずきょとんとしている二人に対し、ロランドが声をかけた。
「溶けちゃうからあんまりゆっくりってわけにもいかないけど、ニャーチさんみたいに掻き込まなければ大丈夫っすから。ほら、こうしてかき混ぜながら……んー! うまいっす!」
「そ、そうか。じゃあ俺も……」
かき氷を頬張って幸せそうな表情を見せるロランドにつられるように、フィデルもスプーンを動かし始めた。
見よう見まねでシャクシャクシャクと氷とマンゴーソースを混ぜ合わせ、ひとさじ掬って口元へと運んでいく。
「ほーっ! つめてーっ!」
一口頬張ると、氷の強烈な冷たさとマンゴーソースの甘酸っぱい味わいが口の中いっぱいに広がった。
そして、口の中の氷はあっという間に儚くとけていき、冷たい水となって喉の奥を潤していく。
体験したことが無い味わい、しかし、この暑い時期だからこそこの冷たさこそが何より『ご馳走』に感じられた。
「とっても美味しいですっ! こんなの初めてですっ!」
ルナはよっぽどかき氷が気に入ったらしく、ニャーチほどではないにせよ、かなり速いピッチで食べ進めていく。
その様子に、ふと心配になったタクミが声をかけた。
「ルナちゃん、あんまり早く食べすぎるとニャーチのように頭痛を起こしちゃいますから、もう少しゆっくりの方がいいですよ」
「そうですかっ? 今のところ全然平気なのですけど……」
タクミの言葉に小首をかしげるルナ、
どうやら彼女は“アイスクリーム頭痛”になりにくい体質のようだ。
それを確認したタクミが、にっこりと微笑む。
「大丈夫ならいいのですよ。でも、痛くなりそうだったらペースを落としてくださいね。さて、食べながらでいいのですが、ちょうどいいので、明日からの段取りを話したいと思いますが、よろしいですか?」
「「「「はーいっ!」」」なのなっ!」
4人の揃った返事に、タクミがうんと一つ頷く。
そして、いつものにこやかな表情を見せながら、説明を始めた。
「明日は、『ヴィオレッタ号』のお客様の一部が、団体客として当駅発の最終列車にご乗車になります。それに関連し、エルナンド様が団体のお客様と共に、乗車前に『ツバメ』へ立ち寄って、デザートや飲み物を楽しみたいというご依頼をいただきました。それと、列車内でつまめるようなものも少しばかり用意してほしいとのことです」
「なるほどっすね。すると、人数はどれくらいなんっすか?」
「お客様の人数は10名ほどとお伺いしております。それに加えて、お客様に付き添うエルナンド様と『ヴィオレッタ号』のスタッフの方が2名。さらに、これとは別に“特別なお客様”が1組いらっしゃるそうです」
「へー、そうすると、一等車を当たり前に使うような超上流階級の方でもいらっしゃるんですか?」
素朴な疑問を口にするフィデル。
しかし、その質問に対し、タクミは首を横にふった。
「そうではありません。その“特別なお客様”というのは、船主、つまりあの『ヴィオレッタ号』のオーナー一家様とのことです」
「えっ! それって、もっとすごい人ってことじゃないですっ!?」
「そうなりますね。公式な訪問ではないので迎賓儀礼までは行いませんが、それに近い格がある方々と思っていただければと存じます。この『ツバメ』にお越しになる時にも、他のお客様とは別に二階の個室へご案内することとしました」
「えーっと、それってつまり……」
その言葉の意図を察したように、ロランドがそーっと声をかける。
それに対し、タクミはコクリと首肯し、答えを返した。
「ええ、私はそちらの対応にかかりきりになると思いますので、下の営業はある程度任せる形になります。ランチのラストオーダーは早めに切り上げますので、ロランドはキッチンを、ニャーチとルナちゃんはホールの方をよろしくお願いいたします。フィデル君も、列車内への手土産品の準備を手伝ってもらっていいですか?」
「もちろんです! こんないい商売のチャンス、逃してられませんっ!」
商売の絶好の匂いを嗅ぎつけたフィデルが、狐耳をピンとたてて力強く頷く。
それに負けじと、ロランドも兎耳をピーンと立てて言葉を発した。
「俺も頑張るっす! キッチンは任せておいてくださいっす!」
「私も明日は私学校が休みなので、こっちでのお手伝いをしっかり頑張りますっ! ニャーチさん、よろしくお願いしますっ」
「わかったのなっ! 一緒にがんばるのなっ!!」
ルナとニャーチのホール組も気合十分の様子を見せる。
この様子なら安心であろう。
もういちどゆっくり頷いたタクミが、四人に声をかけた。
「では、明日は改めてよろしくお願いいたしますね。細かいことはそれぞれ打ち合わせしましょう。さて、そろそろ……」
タクミが何か話そうとした丁度その時、『ツバメ』の玄関の扉からカランカランカラーンという音が鳴り響いた。
仕事を一段落させホールへとやってきたテオが、汗だくになった額を拭いながら声をかける
「ふぅ、明日の団体様受け入れ準備、やっと終わりました……って、みんな何食べてるんです?」
「あ、テオさん……」
ルナがポツリとつぶやいたその手には、すっかり空になったガラスの器が握りしめられていた。
テオが首をかしげながら他の四人の手元を見ると、やはり同じように空の器が並んでいる。
「って、もしかして俺抜きでなんかいいものでも食べてました?」
「いやー、ごめんなさい。テオさんのことをすっかり忘れてました。いや、みんなでかき氷を食べてまして。すぐ作りますので少々待ってて……」
「あー、氷、さっき全部使っちゃいました! もう在庫がないっす!」
「あら、困りましたね。 ごめんなさい、また明日でもいいですか?」
「ま、まじっすかーーーっ!?」
うっかり忘れ去られてしまい、何とも悲しげな声を上げるテオであった。
※第2パートへと続きます
※本日から配信となったネット小説大賞公式ラジオ『角掛みなみのビブリオンの魔法使い』にて、本作をご紹介いただきました。詳細は活動報告をご覧ください。