43 憧れの歌姫とわがままなリクエスト(1/3パート)
本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。この列車は当駅が終点となります。到着いたしました列車は車庫に入ります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。
―― なお、往復乗車券をお持ちのお客様は、復路分の乗車券を無くさないよう、くれぐれもご注意お願いいたします。
「只今、順番に集札を行っておりまーす。どうぞ横二列で並んでお待ちくださいませーっ!
最終列車が到着したハーパータウン駅のプラットホームでは、改札口に立ったテオが大きな声で整列を呼びかけていた。
今日の最終列車は、とにかく多くの乗客であふれていた。
一等車はさておき、指定席である二等車はほぼ満席、そして自由席である三等車に至っては通路やデッキにまで人が溢れかえるほどの混み具合だ。
列車から降りてきた乗客たちは、やや疲れた表情を見せながらも、一様に笑顔で改札を通り過ぎていく。
そして、次々とやってくる鉄道馬車へと乗り変えては、ポートサイドに、セントラルストリートに、そしてスプリングサイドにとそれぞれに向かっていった。
やがて、お客様の改札を終えたテオが、一度大きく背伸びをしてから改札口の片づけへととりかかる。
するとそこに、最近駅舎メンバーの一員に正式に加わった狐耳の少年 ―― フィデルが声をかけてきた。
「テオさんお疲れ様です。しかし、すごい人でしたねぇ」
「そうだなぁ。過去最高記録だったんじゃないか?」
「やっぱアレですかね。例の『ヴィオレッタ号』の影響なんですかね?」
「うーん、それもあるけれども、本命はコッチじゃないかな?」
テオはそう言うと、駅舎の掲示板に張られている一枚のポスターを指さした。
美しい多色刷りで刷られた大判のポスターには、褐色の肌に白いドレスをまとった一人の美しい女性の姿が描かれている。
そしてその下には、『歌姫シレーナ来たる! ハーパータウン・セントラルホールにて本国初の公演会を開催!』と大きく書かれていた。
「あー、そういえば新聞でも毎日大騒ぎになってますね。でも、そんなにすごい人なんです?」
あまり興味が無いのか、フィデルがとぼけた調子で質問を投げかける。
するとテオは、興奮気味にまくし立てた。
「そりゃすごいさ! シレーナといえば『褐色の歌姫』『神に愛されし歌声』とまで言われている当代随一の歌い手さ。彼女が暮らしているテネシー共和国の方じゃあ、公演されるたびに道が通れなくなるぐらい長蛇の列ができるって話しだぜ」
「へーっ、すごい方なんですねぇ」
「そうそう! そんな彼女が、遠路はるばる海を渡ってこの国へとやってきて、その美声を披露してくれるって言うんだ。そりゃ、歌好きにはたまらないってもんさ!」
「ふーん、そう言うもんっすか……」
「そうだって! だからこうして、彼女の歌声を聴きたいって言うお客さんが、こんな終着駅までたくさん来るんだって。公演会のチケットとのセットもバンバン売れてるって話だしな」
今回の公演会に合わせ、ローゼス・ハーパー線では公演会のチケットと列車の往復乗車券もセットにした企画乗車券が発売されていた。
ハーパータウンに足を運んでもらえるまたとない機会ということで、これまで列車を利用したことがない人たちにも乗車してもらおうと考えたこの企画は、予想以上の大ヒットとなる。
この企画のことが新聞記事として取り上げられたこともあり、特に都市部のローゼスシティやマークシティでは予定分があっという間に完売となり、慌てて追加発売の手配をかけなければならないほどであった。
と、ここまで熱く語っていたテオが、ふぅと一息つく。
そして、天井を見上げながらポツリとつぶやいた。
「あー、俺も聞きに行ってみたいなぁ……」
「えっ? この街で公演があるんですよね? 行けばいいじゃないですか」
「行きたいんだけど、一番安い席でも750ペスタするとなるとなぁ……。さすがに厳しいかなって」
「あー、それは結構いい値段ですねぇ……」
750ペスタあれば、半月は“そこそこの夕食”を毎日食べることが出来る。
それに、公演に出かけるとなると、いつものヨレヨレの服という訳にもいかない。 もし新たに仕立ててもらうとなると、少なくとも3000ペスタは下らないであろう。 出費のことを考えると、なかなか思い切った決断を求められるものであった。
「しかももう少し良い席で観ようと思うと、どんどん高くなるしなぁ……」
「うーん、庶民にはまだまだ縁が遠い世界って感じですね」
「まぁなぁ。でも、めったにない機会だしなぁ……」
「おや、随分話が弾んでいるようですが、もう片付けは終わりましたか?」
「ふおっ! タクミさんっ!」
不意に横から声を駆けられたテオがびくっとしながら振り向くと、そこには制帽をまとった“駅長代理”のタクミの姿があった。
タクミは、いつものように穏やかな笑みを浮かべながら作業の進み具合を確認する。
「改札周りはもう片付いていそうですね。ホームの方の終業点検はもう済んでいますか?」
「すいません! まだこれからですっ!」
」
「仕方がないですねぇ。では、急いでお願いしますね。終わったら勝手口の方から回ってきてください」
「了解です! すぐにいってきます!」
テオはそう言い残すと、慌ててホームへと駆け出していった。
それをやれやれと言った表情で見送ると、今度はフィデルにも声をかける。
「さて、フィデルさんも今日の売上金の精算を済ませてしまいましょうか。今日はキッチンの方へ来ていただいてもよろしいですか?」
「うぃっす! 今日はたくさん売れたんで、数えるのが大変ですよーっ!」
「それはいいことですね。では、一緒に参りましょう」
その言葉にコクリと頷いたフィデルは、タクミの後を追って駅舎の裏へと向かう。
空を見上げると、まだまだ明るい日差しが駅舎を照らしていた。
―――――
「ふう、終業点検と駅務室の施錠、終わりましたー」
「あ、テオさんお疲れ様ですーっ。何か飲まれますかっ?」
半時ほど後、喫茶店『ツバメ』の勝手口から入ってきたテオを出迎えたのは、キッチンで洗い物をしていたルナであった。
いつも朗らかなルナの言葉に、テオが思わず目を細める。
「そうだねぇ。そうしたら……、うん、例のやつもらっていい?」
「はいっ、シルエラのですねっ。すぐ作りまーすっ」
元気よく返事をすると、ルナは早速ドリンクづくりに取り掛かった。
キッチンテーブルの上に並んでいる瓶の中からシルエラの実が浸かったものを取り出すと、ほんのりと色づいたシロップをスプーンですくい、そっとグラスへ流し入れる。
そして、そこに水を注いでバースプーンで軽く混ぜてから、最後にシルエラの実を一つ取り出し、そっとグラスの中へ沈めた。
「お待たせしましたっ。シルエラジュースですっ」
「ありがとう。んー、やっぱり疲れた体にはコレがいいねぇ!」
ルナから受け取ったシルエラジュースを早速口に含むと、心地の良い甘酸っぱさが喉をするりと通り抜けていく。
一日の仕事を終えて疲れた体にしみわたっていくような心地よさだ。
沈められた実をかじると、あまりの酸っぱさに思わず口がすぼんでしまう。
しかし、これこそがシルエラジュースの醍醐味だ。
甘さと酸味が織りなすこの味わいが、仕事上がりのテオにとって何よりの楽しみとなっていた。
疲れを吹き飛ばしてくれる甘酸っぱさをしばらくの間堪能していたテオが、ふと何か気づいたようにきょろきょろと辺りを見回す。
「ところで、タクミさんたちは?」
「えっと、タクミさんは予約のお客様が少し早めにいらっしゃったので、二階へと上がってますっ。ニャーチさんも一緒ですっ」
「へー。二階ってことは個室ってことだよね? こんな時間に珍しくない?」
「なんでも、すごい人らしいですよっ。タクミさんの料理をぜひ食べてみたいってご指名らしいですっ」
「なるほどねぇ。で、ロランドとフィデルの仲良しコンビは?」
「えーっと、それが……」
ルナが言いにくそうにしていると、ホールから続く出入り口がばたりと開く。
キッチンに戻ってきたのはタクミとニャーチ、そしてその後ろには、頭を押さえた兎耳と狐耳の二人の少年が続いていた。
「おーいてっ、師匠、本気で叩くことないじゃないっすかーっ」
「そうですよタクミさん、ゲンコツはきついです、ゲンコツはっ」
「叩かれるようなことをするほうが悪いのです。お客様の迷惑になることぐらいわかってますよね?」
「そうっすけどー……、さーせんっ!」
口答えしようとしたロランドだったが、タクミから飛ばされた鋭い視線に何か思い出したのか、慌てて首をフルフルと震わせて頭を下げた。
その様子を目の当たりにしたテオは、目を点にしながら事情を尋ねる。
「ど、どうしたんです?」
「いや、ちょっとびっくりするお客さんがいらっしゃったので、ついつい覗きにいったら……」
「ごっしゅじんに見つかって、ゴッツンコされたのなよねー」
フィデルの話に被せるようにニャーチが会話へ混ざってくる.
その様子は実に楽しげだ。
「だって、コイツがすげーすげーって言うから、見たくなるじゃないっすかー」
「あっ、テメェ人のせいにしやがった! 先に見に行こうっていったのはそっちじゃねえか! てか、見つかったのもてめえがデカすぎるから悪いんだよぉ!」
「んだとぅ! チビギツネの分際で、生意気なんだよぉ!」
「ほらほら二人とも、喧嘩をしてる場合ではないですよ。それとも、もう一発欲しいのですか?」
「「!! さ、さーせんっ!」」
タクミの声に二人の少年が耳をペタンと倒して頭を下げる。
いまだに話が見えないテオは、首をかしげるばかりだ。
その様子に気付いたルナが、テオにそっと耳打ちする
「あのですねっ、実は今話題の有名な方がお客様でいらっしゃったんですよっ。あー、私も怒られてもいいから見にいけばよかったかなぁ……」
「へー、ルナちゃんまでそんなこと言うのは珍しいね。でも、そんなにすごい人なの?」
「そうなんですっ。ほら、駅舎にもポスターが貼ってある、『褐色の歌姫』シレーナさんがいらっしゃったんですよ!」
「え? ええ!? えええええええ!?!?」
ルナの口から飛び出したまさかの名前に、点になっていたテオの目が、大きな真ん丸へと変わるのであった。
※第2パートへと続きます