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42 騒ぐ迷惑客と叩きつける料理(3/3パート)

※前パートからの続きです。少々長めになりましたがお付き合いいただければ幸いです

 『喫茶店』ツバメのキッチンには、再びトトトトトンというテンポの良いリズムが鳴り響いていた。

 まな板の上に並べられていた下処理済みの今朝とれたばかりの新鮮なカラマル(イカ)の胴体と足が、包丁を両手に持ったタクミにより、あっという間に細かく刻まれる。

 普段とは違った様子で調理を続ける、思わずロランドが声をかけた。


「し、師匠……」


「ん? どうしました?」


「い、いや、何でもないっす」


 タクミの表情はいつしか穏やかになっていたが、その表情の奥に何かを感じ取ったロランドは、その次の言葉を出すことができなかった。


 そんなロランドを意に介することなくタクミは料理を続ける。

 包丁で叩いてミンチ状にしたカラマルは、ボウルの中で別に刻んでおいたサナオリア(にんじん)セボーリャ(玉ねぎ)とかるく混ぜ合わせた後、塩胡椒で味を調えてから、アロース(コメ)粉がまぶされた。

 そしてその中に卵を割り入れると、コルザ(菜種)油も少量淹れ、全体が持ったりとして来るまで良くかき混ぜる。


 こうして種を作り終えたタクミは、新しく導入したガス台の前へと移動し、長マッチで火を灯す。

 今までのロケットストーブと比べると火をつけるのも簡単で、火力の調整もしやすい。

 炎の色こそ若干違えども、この最新のガス台はタクミがかつていた場所で使っていた業務用のコンロと遜色のない、素晴らしいものであった。


 ガス台の上にフライパンを置いて少し多めに油をひいたタクミは、よく温まった頃合いを見計らって、先ほど作っておいたイカ入りタネをレードル(おたま)で掬い入れる。

 するとフライパンから、ジュワーッという実に美味しそうな音が聞こえてきた。

 隣同士がくっつかないように、タネを次々と並べていき、両面がこんがりとなるまでしっかりと焼き上げる。

 それを皿の上に並べ、最後にトマトケチャップや熟成ビネガー(バルサミコ酢)等を合わせて作った特製の『お好み焼き風ソース』をかければ、二品目の料理も完成した。


 それが冷めないように半円状の蓋をかぶせたタクミは、いよいよ最後の料理に取り掛かる。

 取り出したのは、サク取りされたボニート(カツオ)

 これは、今朝ロランドが出勤してくる際に、実家から運んで来てくれたものだ。


 ハーパータウンではこの時期に最盛期を迎えるボニートは、この『ツバメ』において重要な食材の一つである。

 このボニートをアッホ(にんにく)や香草を入れた低温の油でじっくりと温めてから漬け込む『ボニートの油漬け』は、『ツバメ』においてサラダのトッピングやサンドイッチ、ロール等の具材として頻繁に使われる食材の一つだ。

 旬の後半に比べると、この時期のボニートは脂の乗りが若干薄いという面はあるものの、『ボニートの油漬け』を作るのにはちょうど良いものともいえた。


 そんな『ボニート』を今日の料理にメインに据えようと考えたタクミは、二品目の料理を作る前に下処理を行っていた。

 バットの中では、塩胡椒で下味がつけられ、さらに、すり下ろしたアッホとヘンヒブレ(しょうが)を全体にすりこまれたボニートのサクが出番を待っている。

 

 タクミは、別のバットを4つ用意すると、1つ目にはアロース粉(米粉)マイス粉(コーンフラワー)を混ぜ合わせたものを、2つ目には溶いた卵を、そして3つ目には、乾かしてから細かくすりおろしたマイス(コーン)ブレッドのパン粉をそれぞれ入れた。 そして、味をなじませたボニートに、粉、卵、パン粉の順で衣をつけ、出来上がったものを最後の空いたバットに並べていく。

 こうして数本のサクのそれぞれにパン粉を並べたら、タクミはそのバットを手にして再びガス台へと向かっていった。


 再びガス台へとやってきたタクミは、火のついたガスコンロの上にフライパンを置き、その中にコルザ(菜種)油を注いでいく。

 フライパンの底から1~2センチ程度まで注いだところで、コンロを全開にしてコルザ油を熱し始めた。


 あまりの火力の強さに、ロランドが慌てて声をかける。


「ちょっ、師匠! 火が強すぎるんじゃないっすか!?」


「ええ、今日はこれでいいのです」


「でも、あんまり油を熱しすぎると、すぐに真っ黒焦げに……」


「大丈夫です。手が空いているなら、そこで見ていてください」


 ぴしゃりと抑えるようにタクミが話すと、ロランドはぐうの音も出ない。

 やはり普段とは違うタクミの様子にハラハラとしつつ、ロランドは調理作業を見守っていた。


 コンロの強火で熱せられたコルザ油は、ぐんぐんとその温度を上昇させ、やがて煙を立ち上らせ始めた。

 箸や衣で確認するまでもなく、明らかな超高温である。

 タクミはそれに臆することなく、フライパンを強火にかけ続ける。

 そして、一瞬のタイミングを見極めるように、先ほど衣をつけておいたボニートを油の中へと投入した。


「うわっ!!」


 ボニートを入れた瞬間、バチバチバチっと弾けるような大きな音がフライパンの中から聞こえてきた。

 そして、その音がジュワーッという揚げ物特有の音へと変化していく中、タクミはフライパンの中のボニートを菜箸で転がしていく。

 ロランドの体感的にはほんの十秒か二十秒ぐらいであろうか、表面の衣はあっという間にこんがりときつね色へと変化した。


 しかしこれでは中まで火が通る前にやはり真っ黒に……、そうロランドが思っていると、タクミは表面が色づいたボニートを、金網を敷いたバットへ引き上げた。


「えっ!? もういいんです?」


「ええ、これ以上は焦げちゃいますし、火が通り過ぎてしまいますからね」


「で、でも、これだと中は……」


「ええ、生だと思います。でも、これでいいのですよ」


 ロランドの質問に、タクミが淡々と答える。

 それなりの身の厚さがあるボニートである。

 いくら油を高温にしていたところで、この短時間で引き揚げてしまえば、タクミの言う通り中は生であるのは間違いないだろう。


(魚を生で食べさせる……、いやまさか、そんなことはさすがに……)


 ロランドの頭の中に、大量の疑問符が浮かび上がっていた。

 魚介類を生で食べることなどありえない。

 それは漁師の息子であるロランドに限らず、少なくともこの国に住むものにとってのごく当たり前の常識であった。


 きっと、このあとオーブンに入れるのか、それかロランドの予想もつかない方法をとるかして、火を入れるのであろう。

 そう予想したロランドが作業の続きを見守っていると、タクミが揚げ終えたボニートをキッチンテーブルへと運んでいた。

 そしてタクミは、皿の上に薄切りにして水にさらしたセボーリャ(玉ねぎ)を敷き詰めると、先ほどの揚げボニートをまな板の上でザクザクと大ぶりに切りつけ、その上に並べていく。


 断面から覗くボニートは、表面がほんのりと色が変わっているだけで、ほとんど赤い生の身のままである。

 そんなことは構わないとばかりに楽しそうに盛り付けをするタクミに、ロランドが恐る恐る話かけた。


「えーっと、これって、この後蒸したり油をかけたりするんっす……よね……?」


「え?これで完成ですよ? 最後にリモンを絞りますけどね」


「そ、そうっすか……」


 どうやら師匠の怒りは最高潮のようだ ―― ロランドはそう感じざるを得なかった。

 確かに自分にやられたことは酷かったが、これほどまでにタクミを怒らせるというのもまた驚きだ。

 そこまで怒らせてしまった一旦は自分にもあるのではないか、そう思うとロランドの心が一気に不安で包まれる。


「あ、か、片付けはやっておくっすから、師匠は料理を運んでいってあげてくださいっす!」


「そうですか、では、片付けはお願いしますね。 そうしたら……、ニャーチー。運ぶの手伝ってー」


 キッチン横の扉から、タクミはホール側にいるニャーチに声をかける。

 ロランドは、先ほどの客の無事を祈りながら、キッチンの片づけを始めるのであった。



―――




「お待たせしました。ご注文の品をお運びいたしました。ニャーチもありがとうね、先に下がっていいよ」


 一人一人の前に取り皿やカトラリーを並べてながら、タクミが一緒に料理を運んできてくれたニャーチに声をかける。

 するとニャーチは、ぴょこんと頭を下げてから、そそくさと部屋を後にした。


「これはまた彩り豊かな見事な料理だな。良かったじゃないか。プルポに、何か焼き物に……、それに、これは……?」

 

 テーブル狭しと並べられた料理を見ていたエルナンドの視線が、一つの料理に釘付けになった。

 表面を見ると、何か細かな粉を衣としてつけた揚げ物のようにも見える。

 しかし、その断面から覗いているのは、何やら真っ赤なもの。

 エルナンドが見間違えていなければ、それはボニートか何かの魚の切り身、それも『生』のものであった。


 いくらこちらに非があるとはいえ、これは頂けない。

 先ほどの議論で何とか落としどころを見いだしたばかりだというのに、これでは本末転倒である、エルナンドはそう感じざるを得なかった。

 しかし、先ほどの対応を見る限り、店の主人(タクミ)がそのような振る舞いに出るとは少々考えづらい。

 きっと何かの手違いであろう。そう信じたいエルナンドが、タクミに声をかけた。


「すまぬ。私にはこの真ん中の料理は、火が……」


「今日こちらにご用意したのは、私の故郷の料理をアレンジしたものです。お酒に合うものを選ばせて頂きました。一生懸命作りましたので、残さず召し上がってくださいませ。少し多めに作ってありますので、エルナンドさんもどうぞご一緒にお召し上がりくださいね」


 エルナンドの言葉を遮るようにタクミが挨拶を述べる。

 有無を言わせない強さを感じさせるタクミの物言いに、エルナンドは思わず押し切られる。


「あ、ああ……。では、皆の者、せっかくの料理だ。頂こうではないか」


「「「う、ういーっす!」」」


 祈りを捧げるのもそこそこに、男たちは大皿に盛りつけられた料理を取り分け、頬張っていった。


―― これって、どう見てもプルポ(タコ)だよなぁ。何でペピーノ(きゅうり)と一緒になってんだ? ―― しかもこのペピーノみてみろよ。ぐっちゃぐちゃに潰れてるぜ。まるで叩きつぶしたみてぇだ ―― まぁ、とりあえず食ってみるべ。 ―― ほー、こりゃ変わった味だ。甘くて酸っぱくて、なかなか美味えじゃねえか ―― ホントだな。プルポなんて海の上じゃ喰い飽きてたけど、うん、コイツはいつもと違っていいや ―― しかし、なんだか柔らかいプルポだなぁ。どうやって茹でたんだこりゃ? ―― 細けぇことはいいんだよ。ほら、こっちの焼き物も食ってみなって ―― ふぉ、こっちはカラマル(イカ)か。てっきり肉料理かと思ったぜ! ―― ホントだな。見た目はまるっきし肉料理だもんな。 ―― 細かく潰してあるせいかやたらプリプリだし、中に入ってる野菜もシャキシャキだし……うん、これも美味ぇ! ―― この上にかかってるヤツ、コイツがいいな。酸味が少し聞いてるけど、コクがあってうめえや ―― 陸の料理ってすげえなぁ……。海の上でもこれくらい食えるといいんだけどよー ―― そう贅沢言うなって。でもよ、コレはどうするよ…… ―― あー、それ言っちゃう?


 船乗りの男たちが、口々に騒ぎながら、プルポやカラマルの料理を頬張っていく。

 しかし、揚げ物には一向に手を伸ばそうとしない。

 誰もが、その断面から覗く『生』のボニートの身に怖気づいていたのだ。


 テーブルからやや離れたところで、船乗りたちの食事光景を見守っていたタクミが声をかけたのはその時であった。


「どうやら、『プルポとペピーノの甘酢和え』と『カラマルのハンバーグ風』はお気に召して頂けたようですね。 でも、もう一品残っておりますが……」


「あー、タクミ殿。申し訳ないが、少々良いかね?」


 船乗りの男たちが声を発する前に、たまらずエルナンドが声を上げた。

 タクミが首肯したのを待ってから、エルナンドが言葉を続ける。


「こちらの二品は確かに見事なものであった。食べ慣れた海の幸であるにもかかわらず、全く違う味わいとなっていた。いや、タクミ殿の料理の腕前、聞きしに勝るほどの凄さだ」


「過分なお褒めの言葉、恐縮でございます」


 丁寧な言葉遣いで話すタクミが、深々と頭を下げる。

 しかし、エルナンドは眉間に皺を寄せたままだ。


「しかし……、申し訳ないが、この中央の料理、こちらは頂けない。何かの手違いかと思うが、中のボニートに火が通っていないようだ」


「あ、そう言えば説明を忘れておりました。こちらの料理は『ボニートの、カツ』という料理です。これは私の故郷でよく楽しまれている料理をアレンジしたものなのですが、酒に合う一品ということで、特別に作らせて頂きました。今の私が作れる最高の『酒のつまみ』を用意できたと思います」


 どこまでも丁寧なはずなのに、タクミの言葉にはなぜか凄みと迫力を感じさせるものがあった。

 たじろぎながらもエルナンドが言葉を重ねる。


「いや、だからその、生の魚というのは……」


「表面にはちゃんと火が通っておりますので、中が生でも大丈夫ですよ。どうぞ、下に敷いてあるセボーリャ(玉ねぎ)のスライスと合わせてお召し上がりください」


 そう言い放つと、タクミがテーブルを囲んでいる男たちへと順に視線を送る。

 見た目は柔和なものだが、彼らは挑まれているような思いにかられた。

 彼らは、俯きながらざわめく。


 ―― ど、どうするよ? これって全部食わねぇとエルナンドの旦那の顔を潰しちまうやつだよな? ―― んなこと言ってもよ、生だぜ、生? ―― ああ、下手したら腹を下しちまう。 ―― んじゃ、手をつけなければいいんじゃね? それか、いっそもうひと暴れすっか! ―― ばか言ってんじゃねぇ! このままエルナンドさんの前で暴れてみろ。良くてこのままクビ、二度と故郷には帰れねぇぜ! ―― そもそも、テメェが酒の勢いであんな真似したのがいけねぇんじゃねえか! テメェが責任とれよ! ―― といってもよぉ、さすがにこれじゃぁ……。


 ブツブツと呟く男たちの様子に、ふーぅ、と長めに息をつく。

 そして、眉でハの字を描きながら、ややあきれた様子で再び声をかけた。


「どうも信じてもらえないようですねぇ。では、これならいかがですか?」


「あっ! タクミ殿っ!」


 タクミがとった行動にエルナンドが慌てて立ち上がり、大きな声を上げた。

 というのも、テーブルへと近づいたタクミが、議論の的となっていたボニートのカツをひょいっと一つ摘まみあげたのだ。

 そして、その場にいた全員が止める間もなく、それはタクミの口の中へ納められる。

 目を瞑って、噛み締めるようにしながらそれを味わったタクミは、ゴクリと喉の奥へ送ってから、あっけにとられているエルナンドと一団に向けてこう告げた。


「うん、おいしいです。ということで、皆様もどうぞ」


「いや、しかしだな……」


「それとも、船乗りさんたちともあろう方々が、生の魚ごときを怖いとおっしゃるのですか?」


 煽るような言葉を使うタクミ。

 先ほどまでじっとうつむいていた船乗りたちも、この言葉には黙ってはいない。

 剣呑な雰囲気になりそうなところを、エルナンドが手で制する。


「そこまで言われるなら……。分かった、まずは私から頂こうではないか」


 エルナンドはそういうと、下に敷き詰められているセボーリャのスライスとともに、ボニートのカツを一切れ取り皿の上に取り分ける。

 そして、中の真っ赤な身を出来るだけ見ないようにして、先ほどタクミがしていたのと同じように、セボーリャとボニートを一緒に口の中へと運んでいった。


 口を押えながら、エルナンドが咀嚼を繰り返す。

 最初は何とか早く呑みこもうとするような苦々しい表情。

 しかし、徐々にその表情は不思議さを感じさせるものとなり、やがて驚きに目を見張った。


「う、うまい……」


「「「えっ!? まじっすか!?」」」


 一斉に驚きの声を上げる船乗りたち。

 するとエルナンドは、その『ありえない料理』について説明し始めた。


「正直、生の魚など生臭くて食えたものではないと思っていた。しかしこいつはどうだ!? 香りづけに使ったと思われるアッホやヘンヒブレのおかげか、嫌な生臭さを感じることが一切ない。 それに、サクッと仕上がっている表面の香ばしさと、舌にまとわりつくような柔らかいボニートの身が醸し出す濃い旨み、この二つが不思議と絶妙にマッチしているのだ。ほんのわずかに感じる油のしつこさも、セボーリャを一緒に食べることでさっぱりと洗い流される。いや、これは素晴らしい!」


 エルナンドは早口でそうまくしたてると、自分の取り皿に次々とボニートのカツを取り分けていく。

 その様子を見ていた船乗りたちもまた、いったん互いの顔を見合わせると、それぞれに恐る恐るボニートのカツを口へと運ぶ。


 最初はこわごわとしていた彼らだったが、エルナンドと同じように徐々にその表情が驚きのものへと変わっていく。

 やがて、彼らもまた、次々とボニートのカツへとフォークを伸ばしていくのであった。



―――――




 すっかり食事を平らげたエルナンドと船乗りたちは、空っぽになった皿を前に一息ついていた。

 いったんキッチンへと戻り、グラスと水を運んできたタクミに、エルナンドが声をかける。


「いや、堪能した堪能した。どれも素晴らしい料理であった」


「ありがとうございます。少々驚かせてしまったようで失礼いたしました。」


「確かに、あのボニートの料理にはさすがに驚いたな。そうそう、あれは何という料理と言ってたかな?」


「あれは、『ボニートの、カツ』……、正確には『ボニートの“たたき”カツ』と言います」


「ほう、タタキとな……ん?」


「ちなみに残りの二つも、名づけるとすれば『プルポとペピーノの叩き甘酢』、それに『叩きカラマルのハンバーグ風』となりましょうか」


 タクミは、にこやかに料理の名前を告げる。

 しかし、その目元は全く笑っていない。

 なぜ、この料理が選ばれ、そして出されたのか、エルナンドはもちろん、さすがの船乗りたちにも十分理解することが出来た。


「ここは喫茶店、飲食店です。お客様である以上、出来る限り精一杯おもてなしをさせて頂きます。しかし、皆様の言葉を借りるなら、私もこの店という船の『船長』です。船員であるスタッフの名誉が傷つけられたとなれば、黙って見過ごすわけには参りません。久しぶりの陸で羽目を外したくなったのかもしれませんが、あなた方も名誉ある船乗りなら、二度とこのような真似はやめなさい!」


 決して声を荒げたわけではない。言葉づかいも汚くなったわけではない。

 しかし、タクミのその言葉には、その場に居合わせた全員を黙り込ませるだけの迫力と凄みがあった。


 部屋の中が、しーんと静まり返る。

 すると、タクミが扉の外に向けて呼びかけた。


「ロランド、そこにいるのでしょう? 入ってきなさい」


 タクミの言葉を合図に扉がギギ―ッと開き、部屋の中にロランドが入ってきた。

 その後ろでは、ニャーチとルナが心配そうにこちらを見守っている。

 すると、タクミはロランドを手元に招くと、彼が殴りかかった相手の男の目をじっと見据えてから、頭を下げた。


「とはいえ、いかなる理由があろうと、大切なお客様に対し手を上げることは許されません。ロランドに代わり、店の主として、ここに心よりお詫び申し上げます」


 深々と頭を下げるタクミの姿を見て、慌ててロランドも頭を下げる。

 先ほどキッチンで料理をしている姿を見ている時は、なぜこんな奴らに料理なんて……と思っていたロランドだったが、もはやその疑問は消し飛んでいた。


 男の方も、ようやく船乗りとしてのプライドを取り戻したのか、席を立ち上がって深々と頭を下げる。


「い、いや、俺の方こそ悪かった。顔を上げてくれ。この通り、許してくれ……」


「お、おう……」


 何て言っていいか分からず、ロランドは曖昧な返事をすることで精いっぱいだった。

 少しの間を開けて、再びタクミが話し始める。


「では、エルナンドさん、これにて手打ちということでよろしいですか」


「ああ。コイツらを叱るのは私の責任だというのに、申し訳ない」


「いえいえ。それでは、そろそろいい時間になってまいりましたし、お開きとさせていただきましょうか」


「だな。ええと、確か3,000ペスタだったな……、じゃ、お前ら。ちゃんと払っていけよ」


「えっ!? それってエルナンドさんが払ってくれるんじゃ……」


 エルナンドの思いがけない言葉に、船乗りたちが固まる。

 しかし、エルナンドは真顔で彼らにこう告げた。


「誰が払うと言った。私は話をまとめただけ。 お前たちがやらかしたことだろ? それくらい自分で責任とれ」


「ま、まじっすか!? 全部俺たちで払ったら、遊ぶ金が一気に減っちゃいます!」


「ちょうどよかったじゃないか。これでもう他の店にも迷惑をかけなくて済みそうだ」


「「「そんな、殺生なーーーーーっ!」」」


 エルンストの冷たい宣告に男たちは嘆くが、正直言って自業自得であろう。

 そして、タクミもまた、いつもの通りの笑顔を見せながら、7人の船乗りたちにこう告げた。


「仕方が無いので、60ペスタだけまけておきますね。合計2940ペスタ。おひとり様420ペスタ、耳を揃えてきっちりお願いいたします」


 お読みいただきましてありがとうございました。

 タクミを怒らせると大変なことになるという事案でした。

 普段柔和な人を怒らせてはいけませんね。くわばらくわばら。


 さて、現在ネット小説大賞公式ホームページにて、本作品への「応援・お祝いコメント」を募集しております。

 既に公式ホームページ上を通じて頂いた応援・お祝いコメントをご紹介いただいており、作品の執筆・書籍化作業に向けて大変大きな励みとなっております。ありがとうございます!

 最終発表までは応援期間が続くとのことですので、引き続き本作品に対するご声援をお寄せいただけましたら大変幸いでございます。


 さて、次回も「8の日」の定期更新を予定しております。

 引き続きご笑読いただけますようよろしくお願い申し上げます。

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