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42 騒ぐ迷惑客と叩きつける料理(2/3パート)

※第1パートからの続きです

 酒をかけられたロランドと酔った男による取っ組み合いは、タクミや一緒に入ってきた男、そして客の一団によってすぐに押さえられ、何とか大きな騒ぎとならずに済んだ。

 その後荒れてしまった店内の片づけと、他のお客様に落ち着いてもらうために、タクミは一団を二階の個室へと案内する。

 酒まみれになったロランドには、風呂場で汚れを落としてからキッチンに戻るように指示を行った。

 そして、ホールの対応をニャーチに任せると、タクミは彼らの待つ個室へと戻る。


 そこでは、若い男に睨まれながら、神妙な面持ちで椅子に腰を掛ける一団の姿あった


「お客様、当店の従業員が大変な失礼をいたしまして申し訳ございませんでした」


 ロランドが飛びかかった相手に対し、タクミが頭を下げる。

 どうやら、ロランドの最初の一発が男の顎を見事にとらえていたようだ。

 痛む顎を押さえながら、男がふんと一つ鼻を鳴らす。


 すると、先ほどタクミと共に『ツバメ』へとやってきた若者が、男を睨みつけてから深々と頭を下げた。


「いや、先ほどこの者たちに事情を聴いたのだが、どうやら今回については全面的にこちらが悪いようだ。先ほどの少年はもちろん、ほかの客たちにも大変な迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ない。船団を預かるものの一人として、心よりお詫び申し上げる」


 男性の名はエルナンドという。

 タクミと同世代頃のように見える彼は、若いながらも『ヴィオレッタ号』の二等航海士を務める優秀な船乗りだ。


 エルナンドの話によると、この一団は『ヴィオレッタ号』と共にハーパータウンへ入港した貨物船の船員たちとのことである。

 エルナンドと彼らの間に直接の上下関係はないものの、船団の筆頭船である『ヴィオレッタ号』の幹部として、今回の事態を見過ごすことはできなかった。


 なお、騒ぎを起こした一団にとっても、これは非常に拙い状況であった。

 エルナンドの口からこの件が船長に報告されれば、処分は免れないであろう。

 特に、一番大きな騒ぎを起こした男については、最悪、故郷から離れたこの地で着の身着のまま放り出されても全く文句はつけられない状況である。

 彼が顔をゆがめているのは、決してロランドの一発が思いのほか効いてしまったということだけではなかった。


 そんな事情を知らないタクミは、『ツバメ』を預かる店主として再び頭を下げる。


「いえ、いかなる理由があろうと、この店に来店していただいた『お客様』に従業員が手を上げるというのは言語道断でございます。後ほどきつく申し付けておきますので、ここは何卒ご容赦ください」


「だ、だろ。そうだ、俺は客なんだから……」


「黙れ、貴様! これ以上我が船団を貶めるつもりか!!」


 タクミの言葉に便乗しようとした男が、エルナンドから一喝される。

 そのあまりの迫力に、男はそれ以上の言葉を発することができなくなってしまった。


「いや、本当に教育が行き届いておらず、大変申し訳ない。そうそう、これを……」


 再び詫びの言葉を重ねたエルナンドが、懐に手を入れ財布を取り出す。

 すると彼は、財布の中から一枚の金貨を取り出した。


「これは迷惑料だ。この国の価値でいえば5000ペスタは下らないであろう。どうか受け取ってくれ」


「いえ、これは受け取れません。どうぞ懐に仕舞ってください」


「それはできぬ。この者たちの不始末は、船団の筆頭である『ヴィオレッタ号』の不始末でもある。どうか受け取ってくれ」


「この店を預かる者として、それは致しかねます。店で騒ぎが起こるということは、すべて店主である私の不徳の致すところ、どうかお納めください」


「しかしそれでは……」


 タクミとエルナンドが、押し問答を繰り返す。

 どちらも自分の非を主張し、一歩も譲ろうとしない。

 しばらく議論は平行線をたどったままであった。


 しかし、長い議論を経て、二人はようやく落としどころ見出す。

 一団の男たちがかたずをのんで見守る中、


「では、先ほどの飲食代と、酒の持ち込み料に加え、貴殿に迷惑をかけた分に見合うだけの注文をさせていただく。私の分を含めた7人合わせて都合3000ペスタ、これでよろしいかな?」


「かしこまりました。お話を聞く限り、お客様方も久しぶりの陸を堪能されたいのでしょう。この個室であればお酒を飲んでいただいても構いません。後ほど料理をお持ちしますので、存分に宴会を楽しんでいただければと存じます」


「あいわかった。下の客たちに迷惑が掛からぬよう私がしっかり見張っておるので、手間をかけさせるが料理の支度をお願いしたい。お前たちも分かったな!」


「お、おう……」


「返事が小さい!!」


「は、はいっ!!」


 船員の男たちに比べればずいぶんと線が細いエルナンドであるが、彼らの誰よりも迫力のあるオーラをまとっていた。

 その気迫に押された男たちは、肩をすぼめ、ただじっと時が過ぎるのを待っていたようであった。


「では、料理をご用意してまいりますので、どうぞこの場にてお待ちください。それでは、いったん失礼いたします」


 そう言いながら改めてエルナンドと船員一行に丁寧に頭を下げると、タクミは足早に階下のキッチンへと向かっていった。




―――――




「師匠、申し訳ございませんっした!!」


 タクミがキッチンへ戻ってくると、ロランドが腰を90度に曲げて頭を大きく下げて謝罪の言葉を口にする。

 ニャーチやルナを守ろうとした上のこととはいえ、あの瞬間、頭に血が上ってしまい、結果としてタクミや店にとんでもない迷惑をかけてしまったことを悔いていた。


 普段であれば、優しく声がかかりそうなところ。

 しかし、今日のタクミは違っていた。


「その話は後にしましょう。彼らから注文が入りましたので、今から用意します」


「っと、俺手伝うっ……」


「私がやりますので、いいですよ。ロランドは他のお客様の対応に回ってください」


 ロランドの言葉に被せるようにしてタクミが指示を出す。

 パッと見にはいつもの柔和な表情にも見えるが、何か普段と違う雰囲気を放っていた。

 その何とも言えない雰囲気に押されたロランドは、頷くこともできずただ茫然と立ち尽くしてしまう。

 すると、そこに、ホールでお客様の対応をしていたニャーチがやってきた


「にゃー、ごっしゅじーん、大丈夫だっ……」

 

 途中まで何か言いかけたニャーチだったが、タクミの姿を見ると、耳をピーンと立て、大きく目を見開く。

 そのまましばらく目をパチクリとさせた後、ロランドを手招きして呼び寄せた。


「う、うっす。えーっと、師匠って……」


「うん、今はうかつに近づいちゃいけないのなっ。たぶん、今のごしゅじんは、ちょっと手が付けられないのな。くわばらくわばらなのにゃっ」


 そう説明したニャーチは、身をガタガタと震わせていた。

 表からは分かりにくいが、どうやら相当腹に据えかねているらしい。

 説明を受けたロランドは、背中につーっと冷や汗が流れるのを感じていた。


 そんなひそひそと話す二人に、タクミが声をかける。


「ん? どうかしましたか? まだオーダーストップまでは少し時間がありますよ?」


「んにゃっ。なんでもないのなっ。ごしゅじんの代わりに、ちゃんとホールのお仕事がんばるのにゃっ」


「そう、そうっす! こっちもちゃんと全部やっておくっす!」


 そう言い残した二人は、急いでそれぞれの持ち場へと戻っていった。

 タクミは、ふぅと大きく一息つくと、いつものカフェエプロンをまとって食料庫へと入っていく。

 そして、いくつかの食材をトレイに乗せると、キッチンテーブルの上に並べていった。

 まず、鍋に水を張って塩を多めに入れると、用意した食材の中からプルポ(タコ)の足を取り出す。

 すでに塩と大根おろしを揉みこんでぬめりをとってあるプルポの足をまな板の上に置くと、桂剥きしたラバーノ(大根)でダンダンダンと叩き始めた。

 その大きな音に、離れたところで作業をしていたロランドがびっくりして振り返るが、タクミはいっこうに気にする気配を見せない。

 しばらくの間プルポの足を叩いたあと、今度はそれをブクブクと泡をたてている鍋の中に放り込む。

 するとプルポの足の表面が真っ赤に染まり、くるくると縮み始めた。


 もう一度お湯が沸いた頃合いを見計らってプルポの足を引き上げると、汲み置いておいた水で軽く冷やしたのち、きれいな布で表面の水気をぬぐってから包丁でブツ切りにする

 ブツ切りのプルポをボウルの中に納めると、今度はペピーノ(きゅうり)をまな板の上に取り出した。

 ペピーノのヘタを落としてから三等分ほどに切り分けると、包丁の腹を押し当ててタクミがドンドンと叩きつぶす。

 その音に、ロランドが再びびくっと背を震わせるが、やはりタクミが気にする様子はない。

 数本分のペピーノを同じように叩き潰すと、手で軽くほぐすようにして割り、ブツ切りのたこ足が入ったボウルの中に合わせ入れた。


 するとタクミは、新しく小さなボウルを取り出し、その中に白ワインから作ったビネガーとリモン(レモン)の絞り汁、砂糖、そして少々の塩と、細かく刻んだトマトを入れ、小さな泡だて器でよく混ぜ合わせる。

 こうして合わせた甘酢を、先ほどのプルポとペピーノが入ったボウルにまわしかけると、その上に乾燥させたカイエナ(とうがらし)や香草のミックスパウダーをほんのわずかにふりかけ、全体に味がなじむようにざっと菜箸を入れた。


「……し、師匠?」


 一品目の調理を終えてふぅと息をついていたタクミに、ロランドが恐る恐る声をかける。

 するとタクミは、表面上はいつものような笑みを浮かべて声をかけた。


「ん? 何かありましたか?」


「いや、珍しくすごく激しい料理だなーって思って……」


「ああ、驚かせてしまいましたね。失礼しました」


「いや、それはいいんっすけど、プルポもペピーノも、何であんな風にしてたんっすか?」

「そういえば、ロランドの前で初めて作ったかもしれませんね。プルポを大根で叩いていたのは、プルポを柔らかくする方法の一つです。皮をむいた大根で叩くことで、プルポの筋肉の繊維がほぐれ、さらに大根に含まれる酵素の作用で煮ても柔らかく仕上げることができるのです」


「へ、へーっ、そうなんっすね」


「ペピーノを切らずに潰したのは、わざと表面積を大きくするためですね。こうして断面をわざとガタガタにすることで、甘酢がよく染み込むようになります。これは他にも応用が効きますので覚えておくといいですよ」


「な、なるほど……。勉強になるっす」


「それは何よりです。では、続きの作業に取り掛かりますので、そちらもよろしくお願いしますね」


「う、うぃっす!」


 ロランドの質問に淡々と答えると、タクミは再び包丁を手に取り、次の作業へと取り掛かった。

 珍しく鼻歌交じりに作業を始めるタクミの姿に、ロランドは何とも言えない恐ろしさを感じるのであった。


※当初2パートの予定でしたが、都合により3パート構成に変更しました。

※第3パートは明日、若しくは明後日の更新となります。詳細は活動報告にてご確認いただけますようお願い申し上げます。

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