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42 騒ぐ迷惑客と叩きつける料理(1/3パート)

 本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。この列車は当駅が終点となります。改札口にて乗車券を拝見いたします。

 到着いたしました列車は車庫に入ります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。

 ―― なお、駅舎内での迷惑行為は固く謹んで頂けますようお願い申し上げます。


「おまたせーっす。これでCランチはラストっすー!」


「ありがとにゃーっ! ルナちゃん、おねがいなのなっ」


「はーいっ! 6番テーブルさんでしたねっ。すぐ行きまーすっ!」


 ある日の午後、普段であればランチタイムのピークが落ち着く頃になっているはずの喫茶店『ツバメ』は、客足が途切れることなく普段以上の賑わいを見せていた。

 さすがに席空きを待つ行列が出来るほどとまではいわないが、テーブルはほとんど埋まっている。


 お客様の雰囲気もいつも以上に様々だ。

 燕尾服にシルクハットといったいかにも紳士風の男性や、賑やかに会話を弾ませながらコーヒーや紅茶を嗜むやや恰幅の良い女性たち。

 異国の出で立ちをまとった一団の姿も見かけられる。

 普段はあまり見かけることがない人々が、この喫茶店『ツバメ』へとやってきていた。

「でも、今日はすごいですねっ。あ、洗い物やりまーすっ!」


「ありがとうっす! たぶん、港に入ってきた客船のお客さんたちが流れて来たんじゃないかなぁ?」


 料理を運び終えキッチンへと戻ってきたルナに、ロランドが声をかける。

 ハーパータウンのポートサイド地区にある港は、かつてないほどの活況に溢れていた。 その理由の一つが、海外からやってきた大型客船『ヴィオレッタ号』の寄港である。


 乗員乗客合わせて1000名以上を載せた最新式の大型客船は、長い航海を経てここクレイグ国のハーパータウン商業港と到着した。

 多くの海外航路が就航するハーパータウンの港においても、これほどの大型客船の就航は初めてのことである。

 その様子を一面トップで伝えた新聞はあっという間に完売し、その客船の姿を一目収めようと鉄道や乗合馬車に乗ってハーパータウンを訪れる者も増加するなど、街はにわかに『お祭り騒ぎ』となっていた。


 その余波を受けた、今日の『ツバメ』もまた、朝から大賑わいと言った様子だ。

 タクミやニャーチ、ロランドだけでは人手が回らず、ちょうど通っている私学校が休みだったルナにも朝から手伝ってもらっている。

 フィデルもまた、新たに任されることなった売店『メアウカ』で孤軍奮闘しているようだ。


 そんな賑わいを見せる『ツバメ』の扉から、カランカランカラーンとベルの音が鳴り響いた。

 どうやら、また新たにお客様がやってきたようだ。


「あ、私いってきますっ!」


「おう、よろしくっす。っと、Bランチも残り少ないから、注文重なる用ならこっちに一回確認しに来てほしいっすっ!」


 駅舎の業務へと向かっているタクミに代わり、ロランドがルナに指示を出す。

 その指示に「はいっ!」と気持ちの良い返事を残し、ルナはパタパタとホールへ駆け出していった。


「お待たせしましたっ! えーっと……7名様でよろしいでしょうか?」


 『ツバメ』の玄関にてお客様を出迎えたルナの声は、そのお客様の迫力に押され少々上ずっていた。

 それもそのはず、お店へとやってきたのは、筋骨隆々としたいかにも逞しい一団であったからだ。


 店の中に入ってきた男たちは、ルナの存在を気にすることなく言葉を並べていく。


「なんか思ったよりチンケな店だなぁ」


「でも、この街では一番の店って評判なんだろ?」


「まぁ、所詮は田舎街、こんなもんじゃね?」


「まぁいいさ。さて、どこの席が空いてるか……」


 お互いに話しながら、男たちが勝手に店内へと入ろうとする。

 それを止めようと、ルナが精いっぱいの声を上げた。


「あ、あの……、すいません、7名様ということで……?」


「ああん? って嬢ちゃんがセルヴーズ(ウェイトレス)か」


「あんまりちっこくて見えなかったな」


「まぁ、そう言ってやるなって。しかし、結構混んでるな……」


 賑わう店内をぐるりと見渡す男たち。

 2~3か所のテーブルは空いているものの、7人がまとまって座れる場所は残念ながら空いていなかった。


「申し訳ございません。只今込み合っておりまして、こちらで少しお待ち頂ければすぐにご案内……」


「んじゃ、ちょっと俺が声かけて来るわ」


「あ、ちょ、ちょっと待ってくださいっ」


 ルナの制止を聞くことなく、男たちの中の一人がズカズカとテーブルの間を進んでいく。 どうやら、窓側に近い客席にいる人たちに声をかけようしているようだ。

 すると、カウンターで珈琲を立てながらその様子を見ていたニャーチが慌ててその男へと近づいた。


「ちょっと待ってほしいのなっ。きっともう少ししたら席が空くと思うから、あちらで少しお待ちくださいませなのなっ」


「んー? 別にこっちの客に動いてくれるよう頼んだっていいじゃねえか、席は空いてるんだしよ」


「それはごかんべんなのなっ。お客様のごめいわくになってしまうのなっ」


「ああ、ニャーチちゃん、良いよ良いよ。儂もちょうど出るところじゃったから。ほれ、お兄さん方もこちらの席を使いなされ」


 そういって席を立ったのは、常連客のサバスである。

 彼は食後のシナモン・コーヒーをずずっと飲み干すと、吸っていた紙巻タバコを灰皿に押しつけ、席をたった。


 気を使わせてしまったニャーチが、ネコ耳をペタンと倒して頭を下げる。


「にゅー……、ごめんなさいなのなっ」


「ほれみろよ。じゃ、こっち座らせてもらうから、早くどけな」


「まぁ席は空くのだから、そうせかしなさんな。それと、こういった場所であんまりいきがっておると、そのうち足元をすくわれるぞい。じゃ、ニャーチちゃん、また今度」


「ケッ、年寄りが……」


 小言を言われた男が、ブツクサと小声で文句を呟く。

 食事の代金を受け取りながら、ニャーチは平身低頭と言った様子だ。

 

 その後、ニャーチとルナが水とナプキンを取りにカウンターへと戻ってくると、キッチンから身を乗り出したロランドが声をかけてきた。

 

「なんか、感じの悪い客っすね……」


「うにゃ? さっきの聞こえちゃってたのな?」


「オレの耳はでかいっすからねー。バッチリ耳に入ってたっすよ」


 頭からにょきっと生えている兎耳を指さしながら話すロランド。

 一方の、ルナは落ち着かない様子だ。

 

「正直ちょっと怖かったです……」


「んー、あの感じだと、この後も要注意っすよね」


「まぁ、いろんなお客さんがいるのなっ。でも、お客さんはお客さんなのなよっ」


「そりゃそうっすけど、でもなぁ……。ルナちゃん、ホールにいても平気?」


「うん、ちょっとびっくりしただけで、大丈夫ですっ。まだ頑張れますっ」


「でも、無理しちゃだめだからね? そうっすね……ニャーチさん、さっきの一行はニャーチさんにお任せしていいっすか? ルナちゃんは他のお客さんを中心に見てもらう感じで。で、俺もこっちで気を付けてるっすから、何かあったらすぐ呼んでくださいっす」

「了解なのなっ! なんか、ロランド君がごしゅじんみたいなことをいってるのなっ!」

「いや、師匠ならそう言うかなーって。ルナちゃんも、これなら大丈夫かな?」


「ありがとうございますっ。お手伝い、頑張りますっ!」


「でも、絶対無理しちゃだめだからね。きつかったら必ずいうこと。わかった?」


「うんっ! ロランドお兄ちゃん、心配してくれてありがとうですっ!」


「よし、じゃあ、業務再開っす!」


 ロランドの掛け声にニャーチとルナも大きく頷き、それぞれの持ち場へと戻っていった。



―――




「お待たせしましたのなっ! まずさきに、Aランチ3つ、アロース(ライス)大盛りからお持ちしましたのなっ! 残りもこの後すぐにお持ちしますのなっ」


 先ほどの一団の下へニャーチが出来上がった料理を運んできた。

 すると男たちは、パカパカと吸っていたタバコを灰皿に押し付ける。


「ふー、やっと来たかー」


「もう腹ペコだぜぇ……、あ、水のお代わりもらえる?」


「かしこまりなのなっ!」


「俺たちの分もはよしてよー。待ってるんだからさぁ」


「ごめんなさいなのなっ、もうちょっとだけお待ちくださいなのな」


 口々にリクエストを告げる男たちを上手くあしらいながら、ニャーチが残りの品も順番に運んでいく。

 男たちは、注文した料理が自分の前に並ぶのが早いか、ガツガツと頬張った。


「を、この『白身魚フライのかれー』とかいうやつ、思ったよりウメェじゃん」


「ちーと辛いけど、うん、まぁ、なかなかいい感じじゃねえか?」


「上に載ってるのは魚を揚げたヤツか。できりゃぁ肉がよかったけどなぁ」


「魚は正直食いあきてるもんな。ところでよ、こっちのパト(パスタ)もなかなかのもんだぜ」


「おう、俺もそう思った。えーっと『かるぼなーら』だっけ? 見た目は女っぽい食い物の感じだけど、意外とパンチあるのな」


「そうそう、トシーノ(ベーコン)がゴロゴロ入ってるし、ガッツリ胡椒も聞いてる。いけるなこりゃ」


「お前たち見る目がねぇなぁ。この『とりからロール』が一番だって。ほら、このぷりっとした鶏肉から溢れる肉汁を見ろよ」


「そうそう。それにこのまよねーずとかいう白いソース。コイツがすげえんだ。コクがすげえんだけど、でもさっぱりしてる。チートばかし野菜が多すぎる気もするが、この白いソースがありゃ食えちまうってもんだな。で、コイツをだな……」


「あっ! テメェずりぃ! 俺にもよこせ!!」


 男たちの中の一人が懐から取り出したスキットルと呼ばれる金属製の小さな水筒を見て、一行がにわかに騒ぎたった。

 そんな一行をまぁまぁとなだめながら、男がスキットルに口をつけ、中の液体をゴクリと飲み込む。

 そして、プハーっと一つ息を吐くと、ふーっと大きく息を吐いた。


 すると他の男たちが、たまらないとばかりにスキットルを奪い合う。

 その騒ぎを目にしたニャーチが、慌てて男たちへと駆け寄った。


「ごめんなさいなのなっ。ここではそれを開けないでほしいのにゃっ」


「ああんっ? 少しぐらい良いじゃねぇか。ちゃんとメシ頼んでんだからよ!」


「うーん、でも、お店の中ではしまっておいてほしいのなっ。」


「そもそも、この店に酒の一つも置いてねぇのが悪いんじゃねえか」


「ここは喫茶店だからお酒はおいてないのなよっ。お酒が欲しかったら、お店がちがうのなっ」


「わーったよ、仕舞やぁええんやろ、しまやー」


 渋々と言った表情で、スキットルを懐にしまうそぶりを見せる。

 何とか分かってもらえたとほっとしかかったニャーチだったが、次の瞬間、男が予想外の行動に出た。

 なんと男は、いったんは懐にしまおうとしたスキットルの蓋を開け、空っぽのコップの中に注いだのだ。

 そして改めてスキットルを懐にしまい、口角を持ち上げて下卑た笑みを浮かべる。


「ほーら、コイツは(・・・・)仕舞ったぜ。これで文句はねぇだろ?」


「にゅー……」


「お客さん、その辺で勘弁してもらえねぇっすか?」


 ネコ耳をペタンと倒して困り果てているニャーチの後ろから、ロランドが助け船を出した。

 怒りを抑えるようにトーンを低く抑えて話すロランド。


 しかし、まだ成人に達したかどうか位にしか見えないロランドでは、少々迫力不足であったようだ。


「なんでぇ、こんなちんまい兄ちゃんがこの店の責任者かよ」


「あー、子供は帰った帰った。ほら、俺たちは『お客様』なんだからよ」


「そうそう、お店屋さんごっこなら、ママと一緒にやっておいでーっ」


「なんだと、てめぇ!」


 怒りに任せて手を出そうとするロランド。

 しかし、ニャーチが必死に裾をつかんで、それを引き留める。

 どれだけ失礼な客でも、客は客だ。こちらから手を上げることは許されない。

 涙目を浮かべるニャーチの姿に、ロランドは冷静さを取り戻した。


「っと、失礼したっす。ただ、俺たちも遊びじゃなくて、商売でやってるっす。暇つぶしに構ってくれる相手が欲しいんだったら、どうぞよその店へ行ってくださいっす」


「なんでぇ、コイツ、ビビりやがった」


「威勢が良いのは最初だけってか」


「……もう一度だけ言うっす。この店は喫茶店っすから、飲み物の持ち込みは遠慮してくださいっす。それが出来ないのなら、どうぞお帰りくださいっす」


 怒りをぐっとこらえて話すロランド。

 握りしめた拳が、プルプルと震えていた。


「ああん、聞こえねぇなぁ。俺たちゃ大事な『客』だぜぇ? 『客』を追い出すような生意気なことをぬかしていいと思ってんのかよぉ」


「おい、テメェもさすがにいい加減に……」


 男たちの中の一人、さきほどスキットルを口につけていた者が、コップを片手に立ち上がる。

 さすがに不穏な空気を察したのか、他の男たちが止めに入ろうとする。

 

 しかし、その動きは一歩間に合わなかったようだ。

 手元のコップをロランドの頭の上に掲げた男は、そのコップを逆さまにひっくり返した。


 コップの中の液体がバシャッとこぼれ落ち、ロランドを濡らす。

 さすがに堪忍袋の緒が切れたロランドが、怒りに満ち溢れた目で男へとびかかる。

 

 駅舎での業務を終え、ある一人の男性とともに『ツバメ』へと戻ってきたタクミは、ちょうどその瞬間を目の当たりにするのであった。


※次パートへと続きます。

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