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異世界駅舎の喫茶店  作者: Swind/神凪唐州


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Coffee Break ~ タクミの裏メニュー

 本日も当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。この列車は当駅が終点となります。改札口にて乗車券を拝見いたします。到着いたしました列車は車庫に入ります。お手荷物などお忘れ物がございませんよう、ご注意をお願いいたします。

 ―― なお、当駅の改札口前に売店『メアウカ』がオープンいたしました。喫茶店『ツバメ』ともどもよろしくお願い申し上げます。

 夜のとばりが下り、ハーパータウンの駅舎にもつかの間の休息のひと時が訪れていた

 日中の賑わいとは一転し、辺りはすっかり静まり返っている。

 新しく設置されたガス灯も既に火を落とされ、やや欠けた月が放つ光だけが駅舎の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせていた。


 暗闇に包まれた喫茶店『ツバメ』のキッチンに柱時計の鐘がボーンと一つ鳴り響く。

 しばらく続く余韻の中、微かにギギギっと扉が開く音が聞こえてきた。

 手持ちランプの灯りを頼りにキッチンへとやってきたのは、この場所の主、タクミだ。

 キッチンテーブルの上に手持ちランプが置かれると、オレンジ色の炎の灯りが改装したばかりのキッチンを照らしだす。

 薪を燃料とするオーブンストーブはそのまま残されたが、これまで使われてきたロケットストーブとスープ炊き用のストーブは撤去され、そこに鋳物で出来たガスコンロが新たに備え付けられていた。


 新しく設えられた台の上には大小四つのガスコンロが置かれ、その横にある膝ほどの高さの低い台にも大型のガスコンロが二つ置かれている。

 “こちらの世界”に来る前に働いていた喫茶店のキッチンを思い出しながら、作業のしやすさを考えてタクミが指示した構成通りに改装が行われていた。

 コンロの数がこれまでの倍に増えたおかげで、今までよりも効率よく調理を進めることが出来るようになりそうだ。


 そして、改装されたのはガス廻りだけではない。

 ガス管を引き込むのと合わせて、水道管も室内に引き込まれている。

 今までは裏口を出たところにしかなかった蛇口もキッチンテーブルの脇に備えられ、シンクも新設された。

 これもタクミのたっての希望により実現したもの。

 まだまだ、冷蔵庫も冷凍庫も電気のトースターもないキッチンだが、それでも火と水の周りについてはタクミにとってはかつて慣れ親しんだ環境に大きく近づいたと感じさせるものであった。

 

 タクミは、ランプの灯りを頼りにガス管についた元栓を開け、コンロ台の引出しに置いてある長軸のマッチを取り出す。

 そして、箱の側面でシュッと擦ってマッチに火をつけた後、それをガスコンロに近づけながらコックを捻ると、コンロの中央からボッと音を立てながら炎が立ち上がった。

 根元は青白く、先端はややオレンジがかった炎は、ランプの光のみでまだ薄暗かったキッチンをいっそう明るく照らす。


 薪のロケットストーブを使っていた頃に比べれば、炎を得るまでの時間と手間は雲泥の差だ。

 初めてガスコンロの火を目の当たりにしたロランドやルナが「魔法みたいだ」と呟いたのもあながち間違いではないとタクミには感じられた。


 タクミはもう一つのコックも捻って外輪部にも炎を灯すと、その上に水を張った大き目の両手鍋を置く。

 そしてもう一度火の様子を確認すると、この後作ろうと考えていた料理に必要な食材を揃えるため、食料庫へと向かっていった。




―――――




 コンロの火が大きな鍋に張った水を徐々に躍らせていく。

 しばらくそのまま強火にかけていると、ポコポコと沸き上がるお湯から盛んに湯気が立ち上ってきた。

 十分に沸騰した頃合いを見計らい、タクミが鍋の中に塩を溶かし入れる。

 そして続けて、もう一つの白い粉 ―― パンケーキなどで生地を膨らませるために使っているピカルボナート(重曹)も投入した。


 ピカルボナートを入れた瞬間、鍋の中で沸き立つお湯がパチパチパチと音を奏でる。

 水とピカルボナートが反応して生じる炭酸が、小さな泡となって出てきた証拠だ。


 そして再びブクブクと大きな泡が沸き上がってきたところで、タクミは用意しておいたやや細めのパト(パスタ)を投入する。

 すると、白いメレンゲ状の泡が、外へと溢れんばかりの勢いで一気に鍋一面を覆っていった。

 泡が鍋の外へ溢れ出ないよう火加減を調整し、手元に用意しておいた砂時計をひっくり返す。

 このまま砂が落ち切るまで数分待てば茹であがりだ。


(このやり方を思い出させてくれたロランドに感謝ですね……)


 今日作っている料理は、“こちらの世界”に来るまでタクミがごく日常で親しんでいたものである。

 腕に覚えのある職人さんが専門店で作ったものを頂くこともあった。

 コンビニの店頭で買い求めたものを温めて頂くこともあった。

 スーパーの特売品の材料で、お値打ちに作って楽しむこともあった。

 もちろん、タクミがかつて働いていた喫茶店の軽食としても人気の料理であり、幾度となく作ってきたものであった。


 そんな日常の料理であっても、“こちらの世界”に来てからは一度も食することができていない。

 その理由は単純明快、その料理を形作る『主たる食材』が“こちらの世界”では手に入れることが出来なかったからだ。


 しかし、ひょんなところからこの難しい課題を解決する糸口が発見される。

 それは、今日の昼に起こったロランドのある失敗がきっかけであった。

 ランチ用の仕込みを任されたロランドが沸かしたお湯の中にパトを入れた時、普段とは違う異常な泡が立ち上った。

 そう、並行して作業をしている間に、どうやら塩とピカルボナートを取り違えてしまっていたのだ。 


 もちろんこれでは商品にすることはできないので、その場では作り直しの指示を出している。

 しかしその間違いは、タクミの中に眠っていた一つ記憶を呼び覚ますこととなった。

 

 ――重曹を入れたお湯でパスタを茹でるとラーメンのような中華麺に代わる。


 暇つぶしに見ていたインターネット記事だったか、それともテレビの番組で紹介されていたかまでの記憶は定かではない。

 しかし、“こちらの世界”に来る前にそのような話を聞き、面白そうだと当時のタクミが『実験』した記憶も蘇ってきたのだ。


 そのことを思い出したタクミは、居室で一日の疲れを癒しながら頭の中で記憶のパズルを組み立てていく。

 すると、作り方はもちろん、当時の『実験』をした時の匂いや食感、味までもがどんどんと思い出されてきた。

 そうなるとたまらない。


(お金が無かった頃は、おなかがすくとこればっかり食べていましたね……)


 スーパーの特売品であれば十円二十円というお金でも一食分が作れてしまう、決しておしゃれではない激安料理。

 しかし、そのジャンキーな味の記憶を一度思い出してしまうと、たまらなく求めたくなってしまうのだ。

 

 そして深夜にも関わらず、我慢できなくなったタクミは『再現の実験』を始めていたのであった。




―――




 パトが茹であがるのを待つ間、タクミは調味料の準備に取り掛かる。

 たとえ麺が用意出来ても、この調味料がなければタクミが欲する料理を作ることはできない。

 それは日本の食卓には欠かせない深い黒色の液体調味料 ―― いわゆる『ソース』だ。

 “こちらの世界”ではなかなか手に入れることが出来なかったソースも、少し前からはこちらの世界で手に入る材料から作り出すことが出来るようになっていた。


 タクミは、柄のついた小さ目ボウルに自家製のケチャップと黒色の熟成酢(バルサミコ酢)、塩、胡椒、砂糖、それに風味を加えるためにいくつかのスパイスを合わせる。

 これを良くかき混ぜるだけで、ややとろみのあるソースの出来上がりだ。

 味わいやとろみの感じからするとお好み焼きソースに近い。

 本当は『こいくちソース』を再現したいタクミであったが、これは今後の検討課題とするしかなかった。


 ソースの準備を終え、再び砂時計へと視線を送るタクミ。

 すると、中の砂がちょうど落ち切ろうとしているところであった。

 完全に砂が落ち切るまで数秒待った後、タクミは火傷しないよう注意しながら茹で鍋の取っ手を持ち、シンクへと運ぶ。

 そして、茹で上がったパトをザルに開けて湯を切ってから、予め大きなボウルに溜めておいた水の中に入れてゴシゴシと揉み洗いを始めた。

 少し柔らかめに茹で上げられたパトは普通に茹でた時と比べてやや黄色みを増しており、表面にはぬめりがついている。

 これこそがピカルボナートを入れた効果であり、タクミが求めていたものだ。


 麺の熱を取り表面のぬめりをしっかりと落としたパトは、いったんザルに開けられる。

 余分な水分を切っている間に、タクミは再びガスコンロの前に立ち、今度は大きな丸底のフライパン(中華鍋)を火にかけた。

 フライパンが少し温まってきたところで少量の水を加え、そこに刻んだ豚肉の脂身を投入する。

 このまま火力を強めて水分を飛ばせば、きれいな豚脂(ラード)が取り出せるという寸法だ。


 脂身が小さくなり、透明な豚脂が十分に染みだしたところで、タクミは先ほど水を切っておいたパトを一気に入れる。

 そのままあおるようにしてしっかりと炒めていくと、豚脂を纏ったパトの表面がツヤツヤと輝き始めた。


 適度にパトを炒めたところで、先ほど作っておいたソースを一気に流し入れる。

 すると、フライパンからジャーっと心地よい音が響き、少し酸味を含んだ良い香りが湯気とともに立ち込めてきた。


(そうそう、やっぱりこれですよね)


 腹の虫がうずくのを我慢しながら、鍋を何度もあおってソースを絡めていくタクミ。

 ソースが少し香ばしさを持ったところで、炒めたパトを皿に移す。

 そして最後に、別に焼いておいた目玉焼きを上に載せ、自家製のマヨネーズを皿の縁にチョンと添えれば、どこまでもシンプルなソース焼きそばが今再び完成したのであった。



―――




 出来上がったソース焼きそばを前にしたタクミが、無言のまま手を合わせる。

 そしてしばらく黙想したのち、手に取った箸でパトを持ち上げた。


 まずは、ソースの濃い茶色に染まったパトをそのまま口へと運ぶ。

 味わいを確認するかのように、目を閉じて咀嚼を繰り返すタクミ。


 さすがにかつて食していたものと完全に同じものというわけにはいかない。

 しかし、これは間違いなく“ソース焼きそば”であった。

 

 ピカルボナートを加えてゆでられたパトには、独特の食感と香気が生まれている。

 少しばかりつるつるとしているものの、それは確かにかん水が使われる中華麺を彷彿とさせるものであった。

 

 味付けに使った即席のソースも、旨味、酸味、そしてスパイシーな香りが組み合わさり、これもまた懐かしい味わいとなっている。

 炒め合わせる際に火を通したことで味わいの一体感が強まり、そのままの時よりもいっそう美味しさを増していた。


 続いてタクミが目玉焼きを半分に割ると、半熟の黄身がとろりとパトの上にこぼれ落ちる。

 その黄身をまぶすようにしてから頬張ると、やや尖ったソースの味わいがまったりとした黄身によって抑えられ、まろやかな味わいが口の中に広がっていった。


 こうなるともう止まらない。

 タクミはプレート皿を持ち上げると、ソース焼きそばをざっぱざっぱと掻き込んでいく。

 眉間にしわが寄り、険しい表情を見せるタクミ。

 時に目玉焼きを、時にマヨネーズをまぶしながら、喉へと流し込むように食べ進めるその姿は、“まさに“喰らう”という言葉がぴったりとくるものであった。


 一人前よりやや多いソース焼きそばはパトをゆでる時間よりも早く食べ尽くされ、あっという間に皿は空になった。


 くちくなった腹をさすりながら、タクミがふぅと息をつく。

 そしてそのまま視線を落とすと、茶色に染まった皿をしばらく眺めていた。

 

 やがてポーンポーンと柱時計の鐘が鳴る。

 するとタクミが頬を緩め、口角を持ち上げた。


 いつもの柔和な笑顔に戻ったタクミが、皿を持って席を立つ。

 そしてランプの灯りが揺らめくキッチンにて、一人静かに片づけを始めるのであった。


 お読みいただきましてありがとうございました。

 100パート到達記念……とは何にも関係なくソース焼きそばを取り上げてみました(笑)


 ちなみにパスタを中華麺にするには水1リットルに対して塩大さじ1、重曹大さじ1を加え、指定の分数ぴったりで茹でるのがコツ。

 重曹の苦味が残りますので、茹で上げた後はしっかりと水洗いするほうがよさそうです。

 とはいえ、スーパーに行けば焼きそば麺はお値打ちに売っていますので、普段はそちらを使っていただければ十分でしょう(笑)


 キャベツや豚肉が入ったソース焼きそばも美味ですが、袋めんと付属の粉ソースで作るインスタントの焼きそばもあれはあれで美味しいんですよね。

 もちろんカップ焼きそばも美味しいです。作者はパリパリが少し残る程度が好みです。

 話が長くなりそうなので今日はここまでということで。

 それではこれからも末永くご愛読いただけましたら幸いです。


P.S.

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