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プロローグ ~ 迷い込んだ二人と新しい喫茶店

 乗客の皆様、長時間のご旅行お疲れ様でした。この列車は当駅が終点となります。改札口にて乗車券を拝見いたします。到着いたしました列車は、この後車庫に入りますので、お手荷物などお忘れ物のなきようご注意頂きますようお願いいたします。

―――なお、お困りごとがございましたら、遠慮なく駅長までお申し付けください。


 ある晴れた日の夕方、まだ出来たばかりのハーパータウン駅のプラットホームに止まる列車を赤い夕陽が照らしていた。

 汽笛の音を鳴らした後、先頭の蒸気機関車が客車を引き連れてガッタンゴットンと重い音を立てながらゆっくりと離れていく。

 やがて静けさが戻ったプラットホームに、二つの長い影が残されいた。


「そこの若者たち、そろそろ駅舎を閉めることになるので、改札を済ませてくれんかね?」


 金色の装飾の付いたケピ帽を被り紺色の生地で出来たダブルの詰襟をきた老人が、二つの影の元となった若者たちに声をかける。

 すると、若者のうちの一人 ―― 眼鏡をかけた青年の男性が、もう一人の小柄な体格の女性 ―― 頭の上に立つ耳の様子からしてネコ目の亜人と思われる ―― の手を引いて、先ほどの老人のいる改札口へと向かってきた。


「すいません、こちらはいったいどこなのでしょうか…?」


 改札口に着いた青年は、困り果てた様子で老人に話しかける。


「ここはローゼス=ハーパー線の終着駅ハーパータウン駅ですが……。いかがなされましたかな?」


 老人は、二人の様子を見ながら質問で言葉を返した。

 現在地を聞いた青年は、傍らで心配そうにする少女にも見える女性にこの場所を知っているかどうか尋ねるが、お互いに顔を見合わせて首をかしげるばかりだ。

 そんな二人の様子を見かねた老人は、“駅長”として改めて二人へ声を掛け直した。


「ふむ、何かお困りのご様子、もし差支えなければご事情をお伺いできませんかな?」


 老人はそう告げると、改札口に備え付けられた腰ほどの高さの扉を閉める。

 二人は、老人に連れられるがままに、改札口のすぐそばにある部屋 ―― 待合室へと入っていった。



―――――



「……という訳なのです。いや、信じてもらえなくて当然だとは思いますが……」


 タクミと名乗った青年は、目の前に座る駅舎の管理を任されているという老人 ―― “駅長”に事情を説明する。

 つい数時間前まで、旅行先の“タカヤマ”から“ナゴヤ”へと向かう列車(タクミはトッキュウといっていたが、列車の呼び名の一つであろうと“駅長”は理解した)に乗っていたこと、列車の中で眠りに落ちていたようだが、大きな物音で目を覚ますと、先ほどこの駅に着いた列車に乗っていたこと、そして、隣には入籍したばかりの妻が“ネコ耳の生えた若い女の子”になっていたということ……、何とか論理立てて説明しようするタクミだったが、自分でも整理できてないのであろう、要領を得られていないことが自分でも感じられていた。


 “駅長”は、タクミが一生懸命に言葉を選びながら話す説明に、一つずつ頷きを返しながら真剣に耳を傾ける。

 そして、腕組みをしてふむ……と考え込んだ後、青年タクミに向けて言葉をかけた。


「なるほど……、“時線の転轍”が生じましたか」


「“時線の転轍”……、それは何でしょうか?」


 聞き慣れない言葉に、タクミはその意味を尋ねる。


「“時線の転轍”とは、何かの弾みで並行して進む世界の時と場所が交差し、そこに巻き込まれた者は自らが過ごす世界を移ってしまう現象のことのですな。タクミ殿といいましたかな?」


 不意に名前を呼びかけられて戸惑いながらも、タクミはコクリと頷く。駅長も、首を縦に振ってから話しを続けた。


「おそらく、タクミ殿が元々いた世界で、何かしらの出来事が起こったのでしょう。そして、それをきっかけとして“時線の転轍”が起こり、お二人が“こちらの世界”に移ってきたということと思われます」

 

「なるほど……。正直申し上げて何が起こったのか全く理解することができませんが、ここが、今までいた世界とは異なるところ……ということだけは、何とか理解しました。そうなると、妻も……?」


 “駅長”の言葉の一つ一つを何とか咀嚼しつつ、タクミは傍らに座り足をぶらぶらとさせている“ネコ耳の女の子”を見やる。彼女は、目を丸くし、小首をかしげて、タクミを見つめていた。

 “駅長”は、その様子を見ながらタクミの求める答えを発した。


「ええ、おそらくは彼女が貴方の奥様でしょう。詳しいことは分かりませぬが、おそらくは“時線の転轍”の際の影響かと。えーと、ニャーチさんといいましたかな?」


「ふにゃ?」


 名前を呼ばれ、気の抜けた声で応えるニャーチ。


「ニャーチさんは、目が覚める前のこと、タクミさんといた時のこと、覚えていますかな?」


 “駅長”は、ニャーチと視線の高さを合わせ、優しい口調で話しかける。

 呼びかけられたニャーチは、うーんと考えながら、顔を上げ、少し口をすぼめながら、何もない天井をぐるりと見渡すように首をぐるりと動かした。


「よくわかんにゃいのな。でも、ごしゅじんとずっと一緒にいた気がするのにゃっ!」


 そう言うが早いか、ニャーチはタクミの腕に飛びついて、照れくさそうに顔をうずめた。

 タクミは甘えてくるニャーチを自然と受け入れ、髪をそっとなでる。その温もりを感じ取ったニャーチは、うにゃーんと気持ちよさそうな声を上げた。


 その様子を微笑ましく見ていた“駅長”だったが、長くなりそうな気配を察し、うぉっほんと軽く咳払いをしてからタクミに今後のことを尋ねた。


「さて、タクミ殿、これからどうするつもりかね?」


 その言葉にふと現実に引き戻されたタクミは、腕にかじりついてくるニャーチをたしなめつつ、腕組みをして考え込む。


「……正直どうすればいいか皆目見当がつきません。そもそも、元の場所に戻れるかどうかも分からないですし……。なにより、まずは雨露を凌げるところを探さないと……」


 “駅長”は、さもありなん、という表情でタクミの言葉を聞き入れる、しばし思考を巡らせる。

 これも一つの導きなのであろう ―― そう結論付けた“駅長”は、タクミとニャーチに一つの提案を伝えた。


「とりあえず、宿については、しばらくこの駅で泊まって頂いて構いませんよ。もともと駅舎の二階は宿舎として使っておりましたので、お二人が泊まられる分には困らない程度のものは揃っているかと思います。あと、必要なものがあればご用立てさせていただきますので、遠慮なく仰ってください」


 その提案にタクミはご迷惑では……と答えるも、駅長は、遠慮なさらず、と笑って返した。

 タクミは、うーん、と考え込み、そして、隣に座るニャーチをもう一度見つめてから席を立つと、深々と頭を下げる。


「正直、助かります。それでは、お言葉に甘えさせていただきます。せめて、何かお手伝いできることがあれば、申し付けてください」


「構いませんよ。それでは、二階の部屋は最近使っておりませんでしたので、早速ですが片付けのお手伝いをお願いしますな」


 “駅長”はそう言うと、懐から取り出したマッチを擦り、テーブルの上にあった携帯ランプに火を灯した。

 日暮れが近づき、少し暗くなってきた室内がほんのりと明るくなる。タクミとニャーチは、ランプを持って先導する“駅長”の後をついて階段を上がっていった。


 かくして、この駅舎に泊まることとなったタクミとニャーチは、その後、駅舎の住み込み職員として採用され、駅舎の二階にある元宿舎の部屋が“こちらの世界”での住まいとなるのであった。




―――――




 あれから数ヶ月経ち、“駅長代理”となったタクミは駅舎の待合室の奥にあるキッチンにて、黒いカフェエプロンを腰に巻き、静かに黙想していた。


 新しく備え付けられたオーブンストーブの上では、珈琲の入った鍋が、湯気とともにシナモンの香りを漂わせている。

 キッチンテーブルの上にある籠の中には、スライスされて黄色い肌を見せているコーンブレッドが出番を待っていた。

 平らな木のトレーには、淡い緑と鮮やかな赤色が対比的な野菜サラダと殻つきの白い卵が盛り付けられている。


「こっちも準備OKなのにゃーっ!」


「りょうかーい!」


 キッチンと待合室を隔てる小窓の向こう側から聞こえてきたニャーチの元気いっぱいの声に、タクミも負けじと大きな声で言葉を返す。

 タクミは、もう一度キッチンの中をぐるりと見渡す。ここが、タクミの『想い』が形となった新しい仕事場だった。


 “こちらの世界”に住まうようになって分かったことは、技術の発達水準が『タクミの住んでいた頃よりも少なくとも150年以上は前の時代』であるということだ。

 街の中では駅馬車がポッカポッカと歩を進めており、機関車や工場での主な動力源は蒸気機関だ。井戸や上水道はある程度整備されているものの、電気やガスはない。料理の熱源として使えるものは主に『薪』か『炭』といったところだ。

 そういう意味では、新しい仕事場は、タクミがかつて働いていた厨房とは比べ物にならないほど“クラシック”なものだった。


 しかし、それでも、“こちらの世界”の物差しで考えれば、このキッチンには最新鋭といえる設備を入れることができていた。

 例えばガスコンロの代わりとしては薪でも高火力を生み出すことができるロケットストーブが導入されていた。

 また、金属製の暖炉を思わせるようなオーブンストーブは、炉内をグリルオーブンとして使うことができるばかりか、上部の天板がホットプレートのように利用でき、緩やかな熱で鍋を温めたり、焼き物の調理等もできるようになっている。

 これらは全て“駅長”の計らいで用意されたものだ。喫茶店の開業に向け、タクミが必要とするものを、人脈を駆使して手配し、万全の備えをしてくれたのだ。タクミは、改めて“駅長”への感謝を心の中でつぶやいた。


 柱時計の長針が上を向き、ボーン、ボーン、…と時を告げる音が8回鳴る。いよいよ開店の時間だ。

 タクミは、これから“ホール”としても使われる待合室を抜け、改札口前の通路に面した大きな木の扉を開く。そこには、駅舎の仕事で顔なじみになっていた、何人かの顔があった。

 タクミは、ニャーチとともに扉の前に立ち、深くお辞儀をしてから、“マスター”としての最初の挨拶を行った。


「お待たせいたしました。喫茶店『ツバメ』、只今より開店いたします」


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