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ジャージめん  作者: SAME
2/19

始まりはゼロ(2)

 次の日。


 樋口は教室について早々にノートと睨めっこをしていた。

 一ページぎっしり人の名前が書かれたそれは、昨夜、できうる限りのコネクションを活用して集めた剣道経験者の一覧だ。

 中学の部活仲間を頼るのが一番だろうけど、残念ながら同じ高校に来ている奴が2人しかいない。どっちも別な部活に入ってしまっている。


 このリストの誰かが応じてくれるといいのだが。


「事情が事情とはいえ、顔も知らない奴を勧誘しに行くのはどうなんだ?」

 と、向かい合わせに座っていた親友、井筒が呆れ顔で頬杖をつきなおした。

「しかもGW抜かしたら10日ぐらいしかないだろ。どう考えても無茶だ」


「まぁ厳しいけどさ。でも部室なくなってみろ…重い防具担いで登下校なんてできないだろ」


 (そうなったら辞める、という選択肢はないのかお前は?)


 井筒は心の中で毒づいた。

 樋口とは小学からの腐れ縁だが、変なところで頭が固いのは相変わらずだ。

 背はバカ高いし足も速いし大抵のスポーツは並み以上にできる、なのになんで惰性でやってる剣道なのだ。俺がコイツならもっと生かせるスポーツやるのに…神様ってやつは不公平だよ、まったく。


「樋口ちょっといいか?」隣のクラスの知り合いがやってきて、片手で拝んだ。

「あのさ、今日バスケ勝負すっから混じってくれん?」


「いつ?」

「昼休み」

「わかった。けど俺も用あるから5分だけな?5チロル」

「いないも同じだろソレ。ケリつくまで頼むって。3ビスコつけるから」


 その言葉にノートから目を離し、樋口は宙に視線を這わせる。

常に腹を空かせている身としては割のいい条件だ。3ビスコ5チロル………あー、誘惑に負けるな!今はそんな場合じゃないんだってーの。


「……10分が限界だな。だから7チロルでまけとく」

「しゃーねー。じゃ前払いな、マジ頼んだぞ」


 朝のホームルームの予鈴がなったので、奴は菓子をポンと机に置くと、早々に自分のクラスへ戻っていった。樋口は早速もらった菓子の包みを開けている。


「用なんてあったのか?」井筒がそっと樋口に聞いた。


「休み時間全部活用してコイツら勧誘しに行く。こんだけいるんだ、誰か一人くらい来てくれるだろ」


 (来るだろうか?)

 そんな説得で来るくらいなら最初から入部してるだろう。


 しかし、井筒はそんな説明をしてやりたいのを抑え、名前の横に数字を振っている樋口を眺めるだけに留めた。勧誘失敗した場合、どうもっていけばサッカー部に入部させられるか、なんて考えながら。



※※※


 昼休み。

 部活動用掲示板前には、2~3人寄ってきては連絡事項を確認して去っていくという程度で、何の興味もない者が各ポスターの内容をじっくり読むなんてことはそれほどなかった。


(でも、今回のポスターはいい出来だ)


 三町部長は満足げに頷く。


 入学式当時に張ったものよりも大きくしたし、文字も派手にしたし。こういう物はやっぱり通りすがりにもパッと目に入るものでなくては。もっとも、ポスター作ったのは自分じゃないけれども。


「今頃募集ポスター?」

「ん?」


 振り向けば小柄な男子がこっちを見上げていた。

 上靴のラインが緑色…一年生だ。警戒心が強そうな目もさることながら一際目を引くのが


(変な髪型だなぁ…)


 髪型というか前髪か。彼の前髪は大きく3つに別れていた。

 中央部は短く刈られているのにその両端は目にかかるほど長い。しかも、その左側だけヘアピンで押さえ右は目にかかるがままという中途半端さ。

 どうせピンを使うなら両方つけるなり、いっそ前髪を短く切るなりすればいいのに。


「あまり人こなさそうだもんな。潰れそうなの?」

 一年のくせに、先輩に対して無遠慮に無配慮な事を言ってくる。


「あはは、瀬戸際ってとこかなぁ」

「だから3枚もポスター貼ってんの?多けりゃいいもんでもないじゃん?」

「…ね、興味あるならどう?やってみない?」

「やだよ。今からじゃ強くなんねーじゃん。それにクサイんだろ?」


(ほう、これまた直球だな)


 しかし、ここまで会話が続くというのも、ある意味興味があると言う事だろう。関心がないならさっさと立ち去ればいいのだから。


「大会で優勝目指すのなら無理だねぇ、けど試合に勝てるのと強いのとは別だし?武道は自分自身を鍛えるのが目的だから、いつ始めてもいいんだよ。

で、ニオイは防具をちゃーんと手入れしていれば酷くなりません。こんな回答でどう?」


「うーん…いいんじゃね?」


「疑問も解決されたということで。

 ここで会ったのも何かの縁だ。もし君どこの部にも入ってないならさ、名前だけでいいから協力してくれないかなぁ?」

「なんだよそれ」

 一年生は警戒気味に身構える。


「今本当―にヤバいんだよねぇ。この際、幽霊部員ってことでいいんだ、名簿上に人さえいることにできれば」


 そう、名前さえあればいい。

 団体戦『参加可能人数がいれば』いいだけの話であって、『参加しなけりゃならない』訳ではないのだから。後輩たちは『ちゃんとした』部員を探そうとしているんだろうけど(自分もちゃんとした部員は欲しいから止めないけど…でも効率悪いよね)


「もしかして…アンタしかいないの?」彼の目に憐みの色が見えた。


 ひょっとして…?部長は浮つきそうな心を抑えて、できるかぎり神妙な声を出す。

「自分入れて3人。けど3年生はそろそろ引退、そうすると2人だけになるからねぇ。ね、ヤバイでしょ」

 一年はじっと三町部長の目を見て長い事考えていたようだが、やがてポツリと呟いた。


「………名前だけってなら、別にいいけど」


 やった!やっぱり情に弱いタイプだったか!!


「あ、そろそろ昼休み終わるかぁ…あのさ、後で樋口っていう、君と同じ一年に言っておいてもらえないかなぁ?その子が今、部員集めで動いてるからさ。そうしてくれると助かる」

「わかった」

 後輩が頷くのを見届けると、三町部長は上機嫌で教室へと戻っていった。

ポスターはいい出来だったし、部室が残るメドもついたし。問題発生からたった一日でこうも上手く解決するとは。





「返事はしたけど……何組の奴だ?樋口って」




※※※※※※



樋口は机に突っ伏していた。丸一日かけてリストの面々を回ってみたものの…


「順調?」

一応気を使ってか、井筒が飴の包みをポンと横に置いてくれる。だが声色は面白半分のそれだ。心から心配してないのが丸わかりすぎる。


「キツイ」

「そりゃ、なぁ。帰宅部とか聞いてみたか?」

「…できれば経験者がいいんだよな」

「そうは言っても、そいつら全員声かけたんだろ?」


 そうだよ、駄目だったんだよなぁ…。


 のろのろと樋口は頭を起こした。

周囲の生徒たちは帰り支度を始めている。あと数分もしたら担任がやってきてHRが始まるだろう。今日中に結果を出したかったのに、もう一日が終わる。なんてこった。


 ああ、ここの剣道部が強豪レベルだったなら!

この学校の部活程度なら、本気でやりたい人間は道場を選ぶし、もしくはいい機会だと別のスポーツに流れてしまうのも当然である。


こうなったら


「なぁ、井筒?」

「友人犠牲にしようとするな」

「まだ何も言ってないぞ」

「お前、経験者にこだわるなよ。ほら、そこのイロモノ中なんてどうだ?」


 …?

 樋口の問いかける視線に、井筒は軽く顎で廊下を示してやった。


「知らないのか。金髪ヤンキーと外人と…あと今姿見えないけどチビっこいの。妙に存在感あるだろ、出身の十六沢中にかけてイロモノ中って言われてるんだよ。運動神経良さそうじゃないか?頼んでみたら?」


 何組の人間か知らないが、目つきの悪いヤンキーカットの男と褐色の女が誰かを探すように廊下をウロウロしている。確かに目立つな。アレを誘えってか…。



 冗談。



 樋口は眉間に皺をよせ暫し目をつむった。

 入部してくれるなら別に初心者でもいいのだ。ただ、部長が辞めた後を考えると即戦力になる人材の方がありがたい。試合に出てほしいというのもあるが、稽古相手が欲しいというのもある。

 今の状態で初心者が入っても、人数的にきちんと育てながら自分たちの練習も…と両立できるかどうか。


 実は後一人、心当たりはいる。できれば話もしたくない相手だけど。


「仕方ない、か。…アイツに頼んでみるしかないかなぁ…」

「えっ…まさか千鳥か?たしかに経験者だろうけど…大丈夫かソレ」


 井筒が面白くなさそうに顔をゆがめた。


 千鳥は、同じ中学で『一時』剣道部に所属していたが、樋口との仲の悪さは校内で知らない者はいないほどだった。実体は、向こうからケンカを吹っかけてくる状態だったのだが。樋口も井筒も結構被害に会っている。


「聞くだけ聞いてみるよ」


 樋口だって、奴が言う事を聞いてくれるとは思っていない。でも一か八かに賭けてみるしかなさそうだ。


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