始まりはゼロ
「入江に樋口、部室なくなっちゃうかもしれんわー」
「は?」
推江高校、剣道部。
たわいもない雑談をしながら道着に着替えていた1年の樋口と2年の入江は不意を突かれ、その手を止めて三町部長を見た。
当の本人は至ってフツーに、天気の話でもするような口調で言葉を続ける。
「次の大会…基本的にそれ終わったら3年の自分は引退なんだよねぇ」
5月末にある高体連の試合。この学校は部活動にそれほど重点を置いていないので、どの部も一学期最初のこの大会を『区切り』としていた。当然、部員名簿からは3年は消えるわけで。
ここまで考えて樋口はようやく、部長が何を言いたいのかわかった。
「そうしたら俺と入江先輩だけになりますね、つまり人数足りなくて廃部…?」
「まさか、剣道は個人競技だよ?人数でどうこうは関係ないよ」
入江のフォローに、部長は片手を道着に突っ込んだまま「あるんだよぉ」と水を差す。
「剣道には団体戦があるからさぁ…
『団体戦も行う競技は部員数が団体戦参加可能人数を下回った場合、部室を引き渡すこと』
…っていう訳だ」
「え?何それ」
「入江ー、去年の生徒総会で決まったっしょぉ。
新しい部活がどんどんできてさ、部室が足りなくなって…それで割り当てルールができてさ」
「そんな昔の話…というか部長、覚えてたんだったらもっと早く言ってくれないと」
「いやぁー、さっき思い出したんだ。ミニサッカーの子に、間取りとかロッカーの数聞かれてさぁ、それでどうしてかなーって思ってー」
「もう目つけられてる!」
ちょっとした言い争いになるのを樋口が慌てて遮った。
「つまり、部長引退までに部員集めなきゃならないってことですか?」
「…団体戦参加可能人数だから、後1人、か?」
いつもは表情を崩さない入江が、眉間に深いしわを寄せて呟く。事態は深刻だ。
辛うじてまだ4月
…とはいえ4月も下旬。部活やるような人間ならとっくに行先決まっている頃だ。
それに2年になって体育会系に入部するのはまずないだろう。だから入江を当てにするのは厳しい。
となると、全ては1年の…
(俺次第?マジか)
急に襲った重圧に、樋口は頭がクラクラしてきた。
中学時代、部長として色々な苦労を重ねたのだ。高校最初の1年くらいはのんびり練習に打ち込めると思ったのに、こんな問題が発生するとは?!
「ま、その話は置いといて。部活始めますかぁー」
着替え終わった部長がさっさと部室を出ていく。
3年の部長に部員集めなんて期待してないが、ちょっとは悩むフリぐらいすればいいだろうに。
(だめだ、本気で俺しかいない)
(なんとかして、誰か探さないと)
お読みくださりありがとうございます。
変なことは起きない普通の話です。すみません、普通に進みます。