9.昨日の発言を思い出してください
その時、肘掛けの安楽椅子に腰かけていた高椿子爵は、椅子からすくっと立ち上がると、パチパチと拍手をした。
高椿子爵「ブラボー。七竈の女将さん、実に名演説でしたよ」
行商人猫谷「おお、追い詰められた鬼さんの最後の悪あがきかい?」
猫谷は意地悪そうな視線を子爵にぶつけた。
高椿子爵「冷静な判断をお願いしますよ。猫谷さん。ただ今この瞬間に、あなたは村人側の勝敗を左右するキーパーソンとなったのですからね」
子爵はいつになく真面目な表情になって、猫谷をたしなめた。
行商人猫谷「キーパーソンだと? 何をいいやがるんでい?」
高椿子爵「落ち着いて聞いてください。これから、女将さんの発言の矛盾点を指摘いたしましょう」
女将志乃「あら、面白いわ。あたし何か矛盾を残してしまったのかしら?」
高椿子爵「女将さんの証言によると、女将さんの正体は天文家であり、昨晩はこのわたしを観測して夜空に飛び立っていくのを目撃したとおっしゃいましたね」
女将志乃「その通りよ」
高椿子爵「それが本当ならば、女将さんは昨日の時点で、琴音お嬢さまの発言が全部嘘であったことには、当然のごとく、気づいてみえたことになります」
女将志乃「そういうことになるわね。それがどうしたというのよ?」
高椿子爵「ふふふっ……。そういうことになるわね――ですか。
ところで、お嬢さまが騙った嘘は、実は女将さんにとっては都合のよい嘘であったはずなんです。何故ならば、琴音さんがその晩に吸血鬼に襲われれば、必然的に女将さんは生き残ることとなり、翌日に観測報告ができるからです。
つまり、女将さんにとって琴音お嬢さまの嘘は、極力バレないように配慮しておきたい秘め事であったことになります。
ところが、女将さんの昨日の発言を思い出してください。
ほら、リアル時刻の午後十時二十六分になされたあの発言ですよ」
行商人猫谷「何だって。昨日の十時二十六分の発言だとお。なるほど、ゲームで交わされた過去の発言は、全てログとなって発言時刻まで完璧に記録されているんだ。
ええと、その時のお志乃さんの発言を見つけたぜ。『あたしには、まるであなたがわざと自分をターゲットにさせているようにも思えちゃうわ。今晩何が起こっても知りませんよ』、というやつだな。
分かんねえな? これがどうしたんでい?」
高椿子爵「あららら、相変わらず鈍重なおつむをなさっていますね。
ほら、女将さんの発言から、琴音お嬢さまの暴走気味の発言を危惧なさっているのが分かりますね。でも、少し考えてみてください。
お嬢さまが偽天文家だと知っているのなら、そもそもあんな発言を行うでしょうか?」
行商人猫谷「たしかに、お嬢さまが天文家ではないことを確信しているやつがする発言じゃねえな」
猫谷が渋々認めた。
高椿子爵「そうですよね。しかも黙っていれば天文家である女将さんにとって極めて都合のよい発言を、真っ向から非難されているのもおかしい。
とどのつまり、ここから導かれる結論は、女将さんは天文家ではない、ということです!」
行商人猫谷「ちょっと待ってくれ。女将さんも天文家じゃねえっつうんなら、いったい誰が天文家だっていうんでい?」
猫谷は細い目をぱちくりさせて悩んでいた。
高椿子爵「天文家は、やはり殺されたお嬢さまであった、というのが真実でしょうね。そして、そうならば真相は単純です。
嘘を吐いた女将さんが、今回の一件の恐るべき吸血鬼なのです!」
女将志乃「まあ、何てこというの? いくら子爵さまでも許されることではないわよ?」
行商人猫谷「なあるほど。お志乃さん、ちょっとだけ結末を出すのを急ぎ過ぎたみたいですな。今日、じっと黙っていれば、俺たち三人の誰が吊るされてもおかしくなかったんでやんすがねえ」
女将志乃「ふん。まさか、昨日の発言が逆手に取られるなんて思ってもみなかったわ。
たしかに、あたしの今日の発言は全部嘘よ。つい、調子に乗っちゃったのね。
だから、ここではっきり訂正させてもらうわ。あたしの本当の正体は村人よ。だから、猫谷さんと子爵さまのどちらかが恐ろしい吸血鬼であることになるわ。
そこで聞いてちょうだい。あなたたち二人の内で、村人であるお方に申し上げます。
今、すぐに、自らの正体をあたしに告白してください。村人側が勝つためには、今日の投票がラストチャンスなのよ!」
高椿子爵「何をいまさら……。
もう決着はついていますよ。今日吊るされるのは、女将さんあなたです!」
行商人猫谷「くくくっ……。そういうことにゃ。お志乃さん、覚悟しなせえ」
子爵と猫谷の冷たい反応に、志乃はただ項垂れることしかできなかった。
GM葵子「議論終了の時刻になりました。ただ今より、二日目の処刑投票を行います」
こうして、二日目の昼の議論は終了した。