8.あなたが飛び立つのを見ました
翌朝の二日目がやってきた。小間使い葵子の声が生き残った三名の耳にも聞こえていた。
GM葵子「皆さま、残念なことに昨晩、憐れな犠牲者がお一人出てしまいました。
その方のお名前は、令嬢琴音さまでございます。
これより、生き残られた高椿子爵さま、行商人猫谷さま、女将志乃さまのご三名の間で、二日目のお昼の議論に移らせていただきます。お時間は実時間で今から一時間といたしましょう。それでは議論をお始めくださいませ」
こうして、二日目のゲームがスタートした。
行商人猫谷「お嬢さまの死因は、吸血鬼の襲撃による失血死ということで間違いはねえな」
女将志乃「そうね、それ以外には考えられないわね」
高椿子爵「そして、ゲームが続いている以上、我々三名の中に恐ろしい吸血鬼が一人紛れ込んでいるということです。
本日の処刑投票でそいつを吊し上げることができれば、村人側の勝利。そして、もし吸血鬼が吊るし上げられなければ、村人側の敗北が決定いたします」
行商人猫谷「何としても鬼を吊し上げなきゃなんねえ。それだけにこれからの議論は大切だ」
女将志乃「さあ、どうするの? このままじゃ埒が明かないわよ」
行商人猫谷「おお、そうだ! 天文家の昨日の報告を聞こうじゃねえか。きっと、手掛かりを与えてくれるはずだ」
子爵があざ笑うかのようにふっとため息を吐いた。
高椿子爵「何をないものねだりしているんですか? 猫谷さん。
天文家は、昨日の鬼の襲撃で殺されてしまったのですよ」
行商人猫谷「ふっ、違えねえ。あーあ、天文家さえ生きていればなあ」
高椿子爵「その通りですね。真に残念です」
ふさぎ込む二人の男性の様子をじっと観察していた七竈亭の女将が、ゆっくりと口を開いた。
女将志乃「それじゃあ、あたしの正体を暴露しましょう。
実は、あたしが今回のゲームで唯一人の天文家なのよ!」
行商人猫谷「何だって? まさか。それじゃあ、お嬢さまは嘘を吐いていたというのか?」
女将志乃「そういうことになるわね」
高椿子爵「女将さん。それはおかしくありませんか? いったい何のためにお嬢さまは嘘を吐かれたというのですか?」
子爵も動揺を隠せない様子であった。
女将志乃「きっと、真の天文家を助けたかったからじゃないの?
彼女が天文家と名乗り出たおかげで、彼女は昨日の鬼のターゲットになり、その結果としてあたしが生き残ったんだから、まさにファインプレーとしかいいようがないわね」
高椿子爵「まさか、そんなことが……?」
行商人猫谷「へへへっ、お嬢さまのお考えなんてこの際どうでもいいことだっぺ。
さあ、お志乃さんよ。天文家というのならあんたは昨晩誰かを監視していたことだろう。そして、その人物は間違っても琴音お嬢さまじゃねえ。なぜならば、琴音お嬢さまはその晩に吸血鬼から襲われてしまうことが折り紙つきだったからだ。
ということであんたが観測した人物は、とどのつまり、この俺さまか、子爵のお坊ちゃまかのどちらかってことになる。
さあ、どっちを観測したんだ。そして、その結果はどうなったんでい?」
猫谷に問い詰められた美人女将は、コホンと軽く咳払いをした。
女将志乃「それじゃあ、報告するわよ。
あたしが昨日寝ずの番までして観測した人物はねえ――、
子爵さまよ!」
行商人猫谷「ざまあみろい! そして、あんたは子爵の坊ちゃんが闇夜に飛び立つのを目撃したんだろう?」
行商人が得意げに声を張りあげた。すると、馬鹿にするように志乃がふっと笑った。
女将志乃「早合点は禁物よ、猫谷さん。
もし、あたしが子爵さまは夜空に飛び立たなかったわ、といったら、途端にあんたの立場が危うくなることは、もうお分かりでしょうね?」
行商人猫谷「ぬあにい?
そんなことになれば……、ううっ、たしかに俺さまが吸血鬼であったことになっちまう。そいつは困ったな。
でも、このままじゃ、八方ふさがりのてんぱり状態……。
仕方ねえ。お志乃さんよ、何も心配せずに正直に語ってくれ。
あんたは昨日何を見たんだ?」
女将はじっと黙ったまま猫谷の表情を見つめていたが、やがてポツリと呟いた。
女将志乃「それじゃあ、真実を伝えるわ。あたしは昨晩、間違いなく目撃いたしました。
高椿精司子爵さまが鬼と化して夜空に飛び立っていくお姿を!」