3.まずは自己紹介から始めましょう
GM葵子「それでは準備も整いましたので、ゲームを始めたいと思います。
ここは名もなき村。今、皆さんの目の前には、昨晩、吸血鬼から襲われてしまったわたくしの無残な死体が転がっております。
もうお分かりですよね? ここにいらっしゃいます五名の皆さんの中には、恐ろしい吸血鬼が一人だけ紛れ込んでおります。すみやかに吸血鬼を退治しなければ、翌日も、その次の日にも憐れな犠牲者が生まれてしまうことでしょう。
幸いなことに、皆さんの中には未来を見通す力を有する天文家がおります。
さあ、一刻も早く恐ろしい吸血鬼を見つけ出して、退治してください。
ゲームは、初日の昼、夕、夜、二日目の昼、夕、夜……、と進行していきます。
生き残っているプレーヤーの間で、昼にはフリートークによる議論が、夕刻には処刑投票が、毎日の日課として行われます。そして夜になれば、村人の輪の中に隠れ潜んでいた吸血鬼が、恐ろしい悪魔と化して、獲物を求めて夜空を彷徨うのです。
それでは、初日の昼間の議論に入ってください――」
高椿子爵「いよいよゲームが始まりましたねえ。皆さん覚悟はできてますか?」
令嬢琴音「もちろんです、子爵さま。ともに邪悪と闘ってまいりましょう」
瞳を麗した令嬢が、うっとりしながら返事をした。
行商人猫谷「ふん、まるであんたら二人がともに村人側だ、とでもいわんばかりだな」
女将志乃「まさか……、まだ今の段階で他人の正体が分かるはずないじゃない?」
将校も何かを話そうとしたがっているが、それを無視して子爵がしゃしゃり出てきた。
高椿子爵「女将さんのおっしゃる通りです。黙っていても吸血鬼の正体を見出すことはできません。
それでは、まずは自己紹介から始めてみませんか?」
行商人猫谷「自己紹介だと? 何を今さら紹介することがあるんでい?」
女将志乃「そうよね。あたしたちの職業なんて、ここにいる人はお互いにご存じのはずよね」
高椿子爵「ふふふっ、職業ではなくて『役割』を紹介するのですよ。ゲームの中での自分の正体をね」
悪戯っぽい口調で、子爵が答えた。
令嬢琴音「子爵さま? ゲームの中での自分の正体を暴露なんかしちゃえば、事態がますます不利になるだけじゃないん?」
高椿子爵「まあ、こればかりは実際に体験してみなければ分からないでしょうね。よろしい、まずわたしから自己紹介をさせていただきましょう。
わたしは無能力の村人であります。はい、以上です!」
行商人猫谷「おお! みんな、聞いたか? はっ、こいつとち狂ってやがんぜ。
今の一言で、今宵の鬼さまの目標は決まりってことだ。
あー、くわばら、くわばら……」
女将志乃「それなら、あたしもいわせてもらうわ。あたしもこのゲームではただの村人……。
だから、夕刻の処刑投票ではあたしに入れないでね」
行商人猫谷「お志乃さんまで、いったいどうしたんでやんすか? このままでは、今夜お志乃さんが襲撃されちまいますよ。
せっかく、あの気障野郎の憐れな死体を、明日の朝に拝めると思っていたのにい……」
女将志乃「猫谷さん。あんた、何にも分かっていないみたいね。
吸血鬼からしてみれば、自分以外の人間はみんな村人側だって分かっているのよ! 今回のゲームではね」
猫谷がキョトンとしている合間に、今度は令嬢がすっと手をあげた。
令嬢琴音「自分の正体を暴露せんとあかんのね? じゃあ、うちも告白します。うちは天文家です!
これでいいのでしょうか、子爵さま?」
さすがに、この発言の直後には、場が騒然とした事実を、読者に付け加えておかねばなるまい。
高椿子爵「各自の発言には、虚実許されておりますからな。お嬢さまがそのように発言されたこと自体に、問題は何もありませんよ」と、子爵がなだめるように笑った。
令嬢琴音「虚実とは何ですか? 内容はよくは分かりませんが、でも、琴音は子爵さまのおっしゃった通りに従うだけですわ」
行商人猫谷「あららら、しとやかぶってるお嬢さま。今の一言で、著しく窮地に立たされちまったことに気づいていないでやんすか? 今夜の餌食はこのまま行けば、間違いなくお嬢さまですぜ?」
令嬢琴音「いいえ、きっと子爵さまが琴音を護ってくださいますことよ」
行商人猫谷「あーあ、意味わかんねえよ。無能力な村人である子爵の坊ちゃんが、どうやってお嬢さまを護るというのですか? お嬢さま、ルールはしっかりとご理解されているのでしょうね?」
令嬢琴音「うっさいわねー! うちらの恋の邪魔しないでちょうだいよ。この真一文字目ん玉野郎!」
行商人猫谷「げげっ、この小娘、俺さまの気にしていることを……。
単なるしとやかな令嬢だとばかり思っていたが、案外的外れだったかもしんねえな。やはり、お志乃さん一筋でやっていくべきなのだろうか?
……。 ……!
はにゃにゃ、にゃんで俺さまの独り言まで掲示されてしまうんにゃ? おいおい、今の台詞は取り消しじゃー」
一人で勝手に顔を赤らめる猫谷の背後から女の声がした。
女将志乃「窮地に立たされているといえば、猫谷さん――、あんたが一番危ないのよ!」
行商人猫谷「え? おっしゃることが理解できませぬな? 正体を暴露していないこのわたくしめが、いったい全体、どう窮地に立たされているというのですか?」
七竈の女将は、あきれたわとでもいわんばかりの表情を現した。
女将志乃「それじゃあ、いわせてもらうわね。
皆さん、本日の処刑候補をあげてください。間もなく昼間の議論の時間帯が終わってしまいますからね」