27.お父さまにいいつけます
行商人猫谷「はにゃにゃ? おい待て、小間使い。
おかしいじゃねえか? まだゲームは三日が終わっただけなんだぜ。
吊るされたのが三人で、鬼に殺されたのが二人、それから感染させられた奴が一人なんだから、オリジナル鬼は一人死んでいるし、計算上、健全なる村人は三人いるはずでい!
なんで、健全な村人が藪医者のおっさんしかいねえんだよ? GMのくせして、いいかげんな計算してんじゃねえよ」
GMの報告書をじっと眺めていた七竈の女将が、はっと顔を上げた。
女将志乃「あらま、猫谷さん。あんた、感染させられているじゃないの? いつ感染させられたのよ? あんた天文家なんでしょ?」
行商人猫谷「それがどうしたっていうんでい? 天文家だって風邪ぐらいひくわな」
令嬢琴音「考えられるんはただ一つ。猫さん、ルールちゃんと把握していたん?
――天文家は感染吸血鬼になると、村人を襲う、っていう」
行商人猫谷「……?」
女将志乃「猫谷さん。ひょっとして、あんた、二日目の夜から観測結果がGMから教えてもらえなくなっていなかった?」
すると、猫谷は頭を掻きながら言い訳を語りはじめた。
行商人猫谷「実は、そうなんだ。
初日には、明け方になってから『あなたは、高椿子爵が夜空に飛び立つのを目撃してしまいました』というメッセージが来たんだが、二日目に将校を観測した時は、返事が返って来ねえ。
俺さまはてっきり小間使いが報告をど忘れしていたんだと思ってよ、この野郎、GMの仕事をしっかりこなせよ、とも思ったんだが、そこはまあ寛大な俺さまだから、大人になるかならんかの尻の青い小娘を意地悪く問い詰めても気の毒だし、今回はまあ許してやるか、とつい仏心を出しちまったと、こういうわけなんだ」
令嬢琴音「それで、二日目と三日目の夜に、村人を立て続けに二人も感染させちゃったん?」
行商人猫谷「お嬢さみゃあ、細かいルールは知らなかっただけで、悪気はなかったんですよう」
令嬢琴音「近寄らないで! この病原菌がー」
女将志乃「つまり、このあたしと将校さまがこの病原菌の撒き散らしたウィルスに感染して吸血鬼にされてしまったのね。
猫さん、あんたこのミスはただでは済まされないわよ!」
土方中尉「道理で鬼どもが天文家宣言をした猫谷を殺さなかったわけだ。
村人側の勝利はほぼ確定していたのであるから、この大罪は極刑にも値するな」
久保川医師「そうじゃ、そうじゃ。皆の衆、こいつをこれからミンチにしてやれい」
行商人猫谷「黙れ、黙れい。
やい、藪医者。てめえはのぞみ通り最後まで生き残ったんだから、少なくともてめえに文句いわれる筋合いはねえやい」
令嬢琴音「なにいっとんのよー。がーー。
また子爵さまが勝っちゃったじゃないのよー。あんたね、うちがどれだけ今回のゲームに執着してたんか分かっとんの?」
高椿子爵「はっはっはー。まさに起死回生の一撃。初日の天文家感染狙いが、運よく――、いや、わたしの優れた直感で猫谷氏を選択したおかげで、栄光の勝利を手繰り寄せたというわけですね。
これで、わたしの三連勝。どうやら、誰の知力が優れているかという疑問に、決着が着いたみたいですね」
行商人猫谷「ふん。たまたま初日に襲った相手が当たっただけじゃねえか。やっぱ運で勝っただけなんだよ」
令嬢琴音「うわーん、猫谷がちゃんと感染したって報告してれば、うちらの勝ちだったのにー」
行商人猫谷「お嬢さみゃあ。泣いたってしょうがないですよ。たかがゲームじゃないっすか」
高椿子爵「たかがゲームですと? これで高椿家と梅小路家の後継者の優劣の決着が着いてしまったわけですから、これはこの鬼夜叉村の将来を占う歴史的なゲームになるかもしれないのですよ!」
行商人猫谷「だからよお。仮にそう思っても口に出すなよ。性格悪い坊ちゃんだな。
それをいわれたお嬢さまの立場ってものがなあ……」
令嬢琴音「うぎゃあーー。もうあったまに来ちゃったー!
今日の子爵さまから受けた数々の屈辱、ぜーんぶお父さまに報告しちゃうんだからね!」
高椿子爵「えっ、梅小路権蔵翁にご報告されるって? そいつは困ったな、あの陰険おやじだけはどうも苦手なんだ……。
ええと、こほん。先ほどの発言は、お嬢さまにはまことに失礼をばいたしました。つぐないといってはなんですが、何か欲しいものがその辺にありましたら、おみやげとしてどうぞご遠慮なく持って行ってください」
令嬢琴音「えっ、なんでもいいの?」
高椿子爵「豪族の名にかけて二言はございません。なんなりと……」
令嬢琴音「じゃあ、このイケ面をもらっていくわ」
高椿子爵「お嬢さま、それはうちの執事の大河内でございますが?」
令嬢琴音「なに? だめだっていうん? なら、お父さまにいいつけちゃうんだから!
今日、琴音は子爵さまからとんでもない屈辱を受けてしまいましたってね」
高椿子爵「そんなあ、そのいい方ですと、別な意味にも取られかねません。勘弁してくださいよ」
令嬢琴音「どっちなんよ。イケ面をよこすか、お父さまに憔悴しきった琴音のお気持ちをきいてもらうんか?」
高椿子爵「もちろん、イケ面をお渡しします。いいな、大河内?」
執事大河内「えっ、寝耳に水とはこのことですが、よろしいのですか、ご主人さま。わたくしがいなくなると、何かとご不便が……」
高椿子爵「仕方なかろう。細かい仕事は葵子に責任を取ってもらうことにする。とにかく、ほとぼりが冷めるまでお前は梅小路家で働いてくれ」
執事大河内「しかし、わたくしめのお給料はどうなってしまうのでしょうか?」
令嬢琴音「うっさいわねー、あんたは今日からうちの僕としてたんと可愛がってあげるわ。お給料が欲しけりゃ、そこの子爵さまにおねだりなさい!」
高椿子爵「えー、大河内の給料をこのわたしが支払うのですか? こやつ、仕事の割に賃金が高くて……、ほとほと手を焼いていたのですが」
こうして、高椿子爵が催したパーティーは滞りなく終了した。
そして、この後、さらに緻密で難解なゲームが、これら個性的な面々の間で展開されることになるのだが、その詳細は後日の機会にあらためて語らせてもらうこととしよう。




