18.目配せの合図
土方中尉「鬼が二人に増えただけで、ルールが著しく複雑になるのだな」
女将志乃「そのようね。でも、このくらいの方が返って面白そうじゃない」
行商人猫谷「そういうことだ。
新入り五人衆よ。てめえらの粗末な脳みそできちんと理解できたのか?」
散髪屋高遠「俺はお前がこの村にやってくる前からゲームには親しんでいる。心配には及ばねえよ」
行商人猫谷「にゃにゃ? にゃまいきな口を利きおってからにい……」
猫谷が悔しそうに顔をしかめている。
久保川医師「わしゃ、ゲームは初めてなんでのう。本音をいうと、いろいろと分からんことだらけなんじゃ」
久保川の発言を聞いて、今度は猫谷の目がきらりと輝いた。
行商人猫谷「ふはは、そうかいそうかい。なかなか可愛い野郎じゃねえか?
ところで、お医者さんよお。あんた、正体は何もんだい?」
久保川医師「ええ? それは今いわなければならんのかえ?」
行商人猫谷「今いわなくて、いついうんでい?」
久保川医師「分かりました。わしゃ、ただの村人じゃで、どうか、殺さないで、見逃してつかあしゃい」
行商人猫谷「ただの村人ね。くくくっ……。一丁上がり、ってとこかい」
蝋燭職人菊川「久保川さん。こんないい加減な男の口車に乗る必要はありません。これ以上ご自分のことをべらべらとしゃべるのはおよしなさい」
行商人猫谷「なんだと、この包帯野郎が……。いや、人間国宝さま野郎が……」
蝋燭職人菊川「このゲームでは、村人側の能力者が探偵と天文家だ。どちらも初日から正体を明かすのは極力避けねばならない存在――。そんなことは初めての者でもすぐに分かることだ。
しかるに、ただ今の猫谷氏の誘導尋問は極めてけしからぬ破廉恥な言動であり、自分には奴が黒側であるかのようにも思えてならない」
土方中尉「そうであるな。余も匠の意見には同感である」
二人から非難されて分が悪いと感じたのか、猫谷が手のひらを返して言いわけを始めた。
行商人猫谷「待ってくだせえよ。ちょいと調子に乗っちまっただけなんすからあ。
俺さまはれっきとした村人側の人間。これだけは断言してもよござんすよ」
令嬢琴音「そんなん、うちだって断言できるわ。うちは村人側の可憐な乙女なんよ」
久保川医師「そうじゃったんかい?
おのれえ、初心者だと馬鹿にしておちょくりおってからにからに。絶対に許さんぜよ!」
行商人猫谷「おー、こわっ。だから、冗談だったんだって……。
ところで、おーい。まだ一言もしゃべっていねえ奴がいるよな。出て来い、この野郎!」
令嬢琴音「あららら。うまく話題を擦りかえちゃったわねん」
すると、執事と称する青年が、初めて口を開いた。
執事大河内「このわたくしが発言してよろしいのでございますか?」
行商人猫谷「あったしめえよ。はっきりいえ。誰が鬼だと思う?」
執事大河内「そうですね。ここまでの発言でアクションを起こしているのは、久保川先生とあなただけですよね。後の方々は本音を語らずに受け流しているだけです。
だから、鬼らしき人物をあげよといわれましても、返答に困ってしまいます」
行商人猫谷「ふん、面白くねえタヌキ野郎め。
おい、子爵の坊ちゃんよ。にやにやしていねえで、なんか考えをいってみろよ」
高椿子爵「ふふふっ、そうですね。菊川さんのおっしゃったように、本日の探偵、天文家の告白はすべきではないですね。
そうなると、わたしたちはいよいよ決断をせねばなりません。今日、どなたを吊るすのかを」
行商人猫谷「そりゃあ、簡単だぜ。今日の処刑はそこの藪医者のおっさんでいいじゃねえか?
だってよお――、ただの村人なんだろう?」
久保川医師「ええっ? なんじゃて? 処刑すべきは、吸血鬼じゃないんかい?」
行商人猫谷「吸血鬼が吊るせりゃあそれに越したことはねえが、生憎、どいつが鬼なのかちんぷんかんぷん。
だったら、大事な天文家や探偵を吊るさねえよう、ただの村人と確定した奴から吊るすのが筋ってもんだろが?」
久保川医師「おおっ……。そんなご無体な……。
わしゃ、死にとおないから正直に正体をばらしたんじゃあ。なんとか助けておくんしゃいよお」
行商人猫谷「女々しいねえ。俺さまがもし鬼だったら、真っ先に殺しちまうだろうな。こんな雑魚……」
女将志乃「時間もそろそろ差し迫っているみたいだけど、正直、今日吊し上げる人物をいえといわれても無理な話よね。情報が少なすぎるわ」
令嬢琴音「だったら、猫さんがいったように、無難な人物を吊し上げなきゃならないのかしらん?」
久保川医師「待ってくれ。
わしじゃのうて、例えばじゃな……、そうじゃ、将校さまなんか吊し上げるのはどうじゃ?」
土方中尉「なんと、余を吊し上げるだと。何を根拠にそのような?
皆に申し上げる。余は断じて鬼などではない!」
高椿市子爵が焦れたように咳払いを入れた。
高椿子爵「誰だって吊るされそうになれば、自分は鬼でない、というだけなのですよ。そんなことじゃあ、議論は進みません。
ところで、わたしには少々気になることがあります」
執事大河内「それは何なのでございましょう? ご主人さま」
高椿子爵「まだ一言も発言をなされていない人物がみえるのです。
――西野さん、何かご発言願えませんか?」
通行人西野「……」
行商人猫谷「だんまりかよ。こいつ、端末から離席していねえか?」
令嬢琴音「そんなあ。ゲームの最中に、他ごとするなんてあり得るん?」
高椿子爵「あり得ますね。最初からからかいのつもりで参加しただけなのか、あるいは、ゲームが始まってから急に怖気づいてしまったのか……」
女将志乃「リアルの世界で、用事ができちゃったのかもね」
子爵は、七竈亭の女将の横顔をちらりと見てから、もう一度念を押すように訊ねた。
高椿子爵「そういうことなんですが、西野さん。何でもいいから応答してもらえませんか?
どうやら、だめなようですね」
将校が、突然立ち上がって、テーブルを両手でドンと叩いた。
土方中尉「勝手にゲームから抜けてしまって、もし西野氏が天文家や探偵であった時には、一体どう責任を取るつもりなのだ? 村人側の損失は計り知れぬぞ!」
高椿子爵「まあ、逆に吸血鬼であったとしても大事ですよね。相方の吸血鬼は今頃、血相変えて大慌て、なんてなっているのかもしれませんね。ふふふっ」
蝋燭職人菊川「いずれにせよ、応答がないならこちらからできることも何もない。無視してゲームを進めるしか手立てがないだろう?」
高椿子爵「そういうことですね。そして、本日の処刑は、始終無言を貫いた西野桐人氏でよろしいかと思われますが、異論のあるお方はございますか?」
子爵がこの発言をしている真っ只中に、吸血鬼Qから吸血鬼Kに向けて目配せの合図が送信された。
さらに、しばしの間をおいて、今度はKからQに向けて目配せが返信されたのだが、吸血鬼以外の人物には、もちろんその交信を知る由もなかった。
高椿子爵「ご異論はなさそうですね。それでは投票に移りましょうか?」
令嬢琴音「ちょっと待ってよ、子爵さま。天文家の観測先をみんなで議論せんでもいいの?」
高椿子爵「議論することがあればいたしますが、情報がなさ過ぎます。本日の観測先は天文家に一任でいかがでしょうかね?」
行商人猫谷「異議なし。子爵の坊ちゃん、たまにはいいこというぜ」
GM葵子「それでは、夕刻の処刑投票に入らせていただきます。皆さま、これから実時間で十分以内に処刑したい人物のお名前をお手元のチェックボックスにご入力くださいませ」