15.勝利の美酒
翌朝になって、GMから次のようなゲームの報告がなされた。
GM葵子「吸血鬼が死んでしまったので、村人側が勝利しました!
引き続き、皆さまの役割報告もいたします。
高椿子爵は猟師でした。生存しました。
令嬢琴音は吸血鬼でした。死亡しました。
女将志乃は探偵でした。生存しました。
行商人猫谷は吸血鬼の使徒でした。死亡しました。
土方中尉は善良な村人でした。生存しました。
以上です」
行商人猫谷「げげっ、俺たちが負けている?
お嬢さま、こいつはいったい何が起こったんでやんすか?」
味方であった猫谷の問いかけにも、令嬢は冷静な応対をすることができなかった。
令嬢琴音「ぬぁ、ぬぁ、ぬあんで子爵さまが猟師で、女将さんが探偵なんよー。みんな嘘吐きだったってこと?」
女将志乃「ふふふっ、そのようね。もっともこのゲームの本質は、狐と狸の馬鹿し合いなのよ」
土方中尉「しかし、なんでまた、子爵と女将の役割がすり替わって告白されてしまったのだ?」
首をかしげる将校の質問に、子爵が興奮気味に答えた。
高椿子爵「いやはや、女将さんの柔軟さには、このわたしも脱帽ですよ」
女将志乃「そんなことないわ。だって、ゲームの最初に子爵さまが、ご自分のことを探偵だって告白されたじゃない。でも、真の探偵であるあたしからして見れば、子爵さまが嘘を吐かれていることはバレバレなのよね。
そこで、あたしはじっくりと考えてみたの。子爵さまの本当の正体をね。
子爵さまは今回のゲームでもいの一番に役割を告白したけど、そんな子爵さまが村人であることは、まずないと思ったわ。
それじゃあ、子爵さまは怖ろしい吸血鬼だったのかしら? これもあたしには信じられなかった。だって、ゲームの早々から吸血鬼がでしゃばって偽探偵宣言するのは、危険ばかりが先行するだけだしね。
そもそもこのゲームでは使徒もいるんだから、正直、吸血鬼側としては、使徒に偽探偵宣言をさせたいのよね。
次に子爵さまが使徒である可能性も考えてみたけど、これは案外ありそうに思えたわ。同じく、子爵さまが猟師であることも十分に可能よね。
というわけであたしは、子爵さまの正体が使徒か猟師のいずれかであると確信したわ。
そこであたしは考えたの。今度は、子爵さまに対抗して、自らが探偵であると名乗り出るかどうかをね。
そりゃあ、名乗り出たい気持ちは山々だったけど、そうしちゃうと翌日になって子爵さまと闘わなきゃならなくなるわ。そんなことで神経をすり減らすのはごめんだし、それよりも、あたしは探偵の能力を生かして、残りのお嬢さま、猫さん、将校さまの中から吸血鬼を見つけ出しちゃう任務の方が優先されるんじゃないかと思ったのね。
そのためには、初日の処刑で吊るされちゃうわけにはいかないから、もう一つの能力者である猟師宣言をしたってわけよ」
土方中尉「子爵どのと闘いたくないというのはよく分かるが、もし女将が調査によって首尾よく吸血鬼が誰であるかを見つけ出したとしても、一旦猟師宣言をしておきながら後になって探偵であると撤回するようでは、周りから信頼されることが難しかろう。
その辺はどうされるおつもりであったのかな?」
女将志乃「そうよね。後から探偵宣言し直しても、おそらく皆さんの信頼は得られないでしょうね。
でも正直なところ、吸血鬼の正体さえ分かってしまえば、あとは何とでもできる自信はあったわ」
高椿子爵「なんだかんだで、初日に吊るされてしまっては、探偵は能力を発揮できませんからね。女将さんの判断は的確だったと思いますよ」
令嬢琴音「あーあ、そんな水面下で行われる細かい策略を推理するんは、純真無垢が売りのうちにとっては、到底無理ってもんやわね」
と、令嬢は悔しそうに呟いた。それを聞いていた子爵が突然くすくすと笑いだした。
高椿子爵「それにしても愉快ですねえ。飛んで火に入る夏の虫とは、まさしく琴音お嬢さまの事を指すのでしょうね。
まさか、銀弾を設置した夜に、このわたしに襲いかかってくるとはねえ」
令嬢琴音「うがー、ぐやぢいー」
令嬢は、綺麗に結った長い髪をかき乱して悔しがっている。
行商人猫谷「でもよ、子爵の坊ちゃんよ。あんた、正体は猟師だったんだろう。
なんで自分なんかの護衛をしていたんだ。セオリーなら、探偵が殺されないように、自分を除いた中から誰かの護衛をするのが、筋ってもんじゃねえのかい?」
高椿子爵「セオリーに縛られていては、勝利の美酒は味わえませんよ。
どこの誰だか判明しない探偵を当てずっぽうで護衛するよりも、有能果敢なわたしの命を、確実に翌日へ維持することの方が、村人側の勝利に貢献するはずだと判断したまでです。
たとえ、真の探偵が吸血鬼に殺されようとも、わたしが偽探偵を騙っている以上、村人側の勝利は揺らぎません。なぜなら、わたしの知力を持ってすれば、生き残った皆さんをいいくるめるなんて仕事は、いともた易いことなのですからね」
行商人猫谷「ということらしいぜ。子爵の坊ちゃんにしてみれば、俺たちの脳みそなんて一山いくらの案山子のにも劣るってとこかい?」
令嬢琴音「そもそも、猫さんがいかんのよ。なんで使徒のくせに能力者宣言をせんかったんよ!
だから、可哀想なうちは一人で焦っちゃって、探偵つぶしに暴走しちゃったんやないのー」
行商人猫谷「へっ、ここに来て仲間割れっすか?
そんなこといわれても、俺さまも生き残りたかったわけだしねえ……」
女将志乃「結局、そう思いながらも真っ先に殺されちゃう道を進んでしまったのね。猫さんは……」
土方中尉「余も少しずつ本質が分かってきたようである。このゲームでは積極的に議論に飛び込んでいった者の方が、殺されにくいし、チームの勝利に貢献できるということなのであるな」
高椿子爵「おっしゃる通りですよ、将校さま。さあ、次のゲームではこのわたしを多少なりとも手こずらせていただけますかな?」
と、子爵は相変わらず余裕の笑みを浮かべていた。
女将志乃「そうよね。今度こそは子爵さまに一矢報いてみたいわねえ」
すると、行商人が大きく背伸びをしながらぼそぼそと呟いた。
行商人猫谷「でもよう、もっと人数が増やせねえのか? 結局のところ、参加者が五人しかいなけりゃ、推理力が長けた者よりも、運の強えやつが勝っちまう。そんな気がしてならねえ!」
猫谷の単なる負け惜しみとも取られかねないような発言であったが、意外にも子爵が眉をしかめた。
高椿子爵「なんですって? このわたしの輝かしき勝利は、単に運が強かっただけとおっしゃるのですか?」
行商人猫谷「そんなこと、誰もいってやしねえじゃんか?」
高椿子爵「よろしい、それでは参加人数を増やしましょう。
そうだ、葵子。階下にいる者に手配して、近くの住民の誰かを連れてきなさい。すぐにだぞ!
まずは、村外れに住んでいるあの風変わりな職人と……、そうだなあ、こうなったらあとは誰でもいいや。執事の大河内でも全くかまわん!」
GM葵子「かしこまりました。すぐに手配いたしますから、しばらくお待ちくださいませ」
小間使いは、両手の指先で長いスカートをふっとつまんでかすかにたくし上げると、音も立てずに急ぎ足で、部屋から駆け出して行った。