1.プロローグ
from "HP; The Road of Wolves"
登場人物
高椿 精司 子爵
梅小路 琴音 令嬢
柳原 志乃 七竈亭女将
猫谷 庄一郎 行商人
土方 晃暉 陸軍中尉
久保川 恒実 医師
菊川 六郎 蝋燭職人
高遠 安吾 散髪屋
大河内 毅 青年執事
西野 桐人 通りすがり
東野 葵子 小間使い
◇◆◇◆
目次
『前編』
1. プロローグ
2. 小間使いからの手紙
3. まずは自己紹介から始めましょう
4. 処刑すべき人物
5. チェックボックス
6. 牙を剥く吸血鬼
7. 死者の世界
8. あなたが飛び立つのを見ました
9. 昨日の発言を思い出してください
10.決着
11.フリートーク
12.二回目のゲームを始めます
13.わたしに対抗するというのですね
14.あなたに明日は来ませんよ
15.勝利の美酒
『後編』
16.あらたに五名をお連れしました
17.今回は吸血鬼が二人おります
18.目配せの合図
19.黙っている奴は吊るされる
20.死を覚悟した一大告白
21.鍵を握る探偵の調査
22.子爵が犯した痛恨の失敗
23.子爵は無能力の村人だぜ
24.完全勝利宣言
25.子爵が書いた遺書
26.どんでんがえし
27.お父さまにいいつけます
28.またお会いいたしましょう
◇◆◇◆
本編は、できましたら「縦書きPDF形式」でお読みいただくよう、お勧めいたします。(作者)
「やあ、お嬢さま。久しぶりですね。またお会いできて光栄ですよ」
タキシード姿の端正な顔立ちの若い男性が、茜色の振袖に包まれた少女の前で片膝をつくと、こなれた仕草で少女の手を取り、丁重に頭を下げた。
彼こそは由緒正しき豪族高椿家の正当な後継者となった高椿精司子爵である。落ち着き払った仕草から察するに、年のころは三十路ちょっと手前というところだろうか。しかし童顔で、きらきらと輝くいたずら好きな少年の目をしていた。
そして、お嬢さまと呼ばれたその可憐な少女は、この鬼夜叉村の村長梅小路権蔵翁が、なんと齢五十八にして種仕込みをしたということになる秘蔵の愛娘――梅小路琴音嬢であった。
「まあ、子爵さま。お目にかかれて、琴音も嬉しゅう存じますわ」
そう一言告げて、無垢で純朴な少女はうつむきながらぽっと顔を赤らめた。
彼らの他に、ここには三人の人物が姿を見せていた。
あっ、あらかじめお断りしておくが、ここはインターネット上に設置されたとあるゲームサイトのコミュニケーションの場である。そして、ここにいる人物とは、現実の人間が、各自の有する端末から思い思いの会話文を入力しながら操作する、いわゆる『分身』と呼ばれるグラフィックキャラクターであった。
オンラインゲームの本来の目的は、銘々が好みの分身を演じながら、会話を通じて見知らぬ人との交流の輪を広げたり、ゲーム内の仮想世界を冒険したりすることなのだ。しかし、最近ではその特殊な環境の下で、人狼ゲームを催すサイトも少しずつ増えてきている。
さて、話は戻って、先ほどの三人の分身もあらためて紹介しておこう。
一人目は、村で唯一の旅館である七竈亭を切り盛りする女将の柳原志乃。
二人目は、その旅館に泊まっている行商人猫谷庄一郎氏。
最後は、隣町の駐屯地に配属されている土方晃暉陸軍中尉であった。
「子爵さま。あたしたち庶民までわざわざこのような盛大な祝宴にお招きくださって、これから何を始めようというのですか?」
垢抜けた美人の柳原志乃が、不安そうな顔をしながら訊ねてきた。
「なあに、ちょっとした趣向ですよ」
と、子爵はすまし顔だ。
「わけ分かんねえなあ。こう見えても俺たちは忙しいんだぜ。つまんねえことだったら承知しねえからな」
行商人猫谷が、横からのぞき込んで、ふっと悪態を吐いた。
「その辺はご心配なく。万が一にも退屈などさせやしませんから。
おおい、葵子――、出てきなさい!」
子爵の呼び声に呼応して、西洋のゴチックデザインが施された黒地ドレスに純白のエプロンを身にまとった、雪のような白い肌をした美少女が、ひょっこり現れた。
長く伸ばした前髪で、彼女の右眼は完全に覆い隠されていたが、その代わりに、氷のように無表情な左眼が絶えず知的なオーラを解き放っている。
彼女は、しなやかな足運びで子爵の前までやってくると、両の手を下腹部付近ですり合わせ、しとやかに頭を下げた。
「お呼びでございますか。ご主人さま――」
正面の肘掛椅子に深々と腰かけた若き高椿家の後継者は、満足げに口を開いた。
「これからここにいらっしゃる客人たちとともに人狼ゲームに興じてみようと思っている。
ルールはそうだな……。久しぶりに『吸血鬼版』でやってみるか。
ゲームマスター(GM)はお前に任せるから、さっそく準備を始めなさい」
「かしこまりました。それでは、ゲームに参加される方々のお名前をお教えくださいませ」
そう告げると、小間使い東野葵子はスカートを少しだけ横に広げて軽く一礼をした。
それから、ガラス張りの収納棚の引き出しの中から『大学ノート』と呼ばれる大きめのサイズの手帳とエボナイトで作られた高級万年筆を取り出して、他人に内容を見られぬように背表紙をこちらに向けながら、いそいそと何やら書き始めた。
やがて、一段落ついたのか、小間使いは手帳をパタンと閉じると、嬉しそうに口もとを緩ませた。何ともいえない彼女の愛らしい表情がほんの一瞬だけ垣間見られた。
「それでは皆さま、準備ができました。
これからわたくしが皆さまを、呪われた吸血鬼の村へといざなわせていただきます」