マスター
主電源オン。プログラムの起動を確認。
これより活動を開始します。
「わっ!な、直った!?」
立ちあがると同時に、声が聞こえてきました。この声質に関するデータ───無し。解析を開始します。
…………解析完了。性別は女。年齢は14歳から16歳程度。
ここは何処でしょうか。
マップ機能起動────現在位置、不明。データの破損は確認できません。
「あの~……もしもし?」
少女が私に話しかけて来ました。応答します。
「はい、何でしょう」
「わわっ!会話できちゃうんだ!」
私の会話機能に驚いていると分析しました。
「はい、私には会話機能が付いています。対応言語は日本語と英語と中国語です。」
「へぇ~!すごいんだね、アナタ!」
現時点までの会話からのデータを分析。性格は恐らく明るめであると判断。
「ありがとうございます。ところで、ここは何処でしょうか?マップ機能は破損していない筈なのですが、現在位置を確認できません」
「ここ?私の家だけど」
彼女の家であるということは、ここは彼女の部屋でしょうか。
「マップ機能が行き届かない様な場所なのですか?」
「え?そんな所じゃなくて、普通の住宅街だけど」
一般的な住宅街であれば現在位置くらいは確認できる筈なのですが、やはりデータが破損している可能性が高いです。
「少しお待ち下さい。メンテナンスを開始します」
「メンテナンス?どこか悪いの?」
「はい、マップ機能が破損しているかどうかを再確認します」
メンテナンス開始
全プログラムに異常はみられませんでした
「異常無し。おかしいですね、ならばなぜ現在位置を確認できないのでしょうか」
「未来から来たから、とか?あははっ、冗談冗談!」
「確認します。現在は2133年、7月14日ですね?」
マップ機能が不完全であるため、時刻設定もエラーを起こしている可能性が高いですが、それでも誤差は数日程度なので問題は無いと判断しました。
「え?」
少女が少し驚いたような顔をしました。
「え、冗談だよね?やだなー、ロボットなのに冗談まで言えちゃうなんて、優れものだよ」
「いえ、私には冗談を言う機能など搭載されていませんが」
「……マジ?」
マジ、というのは、本当かどうか確認しているという意味だと分析しました。
「はい、本当です」
「今、2033年なんだけど」
少女が答えました。私の時刻設定と100年遅れています。
「それが本当なのだとしたら私は本当にタイムスリップしているのかもしれませんが、人間は冗談を言えます。本当なのですか?」
「うん」
即答。どうやら本当のようです。
「って、えぇ!?タイムスリップ!?アナタがいた時代ってタイムマシーンか何かでもあるの!?」
「いえ、そんなものは開発されていません。もし開発されれば、歴史がめちゃくちゃになってしまいますから」
「じゃあ、どうやってここに来たの?」
最後に主電源をオフにした際の記録を確認中────
記録は存在しませんでした
「記録が存在していません。不明です」
「え、もしかして誰かに記録とか消されちゃった?」
「その可能性はあるかもしれませんが、まず私を造った、またはそれを助手した程の関係者でなければ記録の閲覧でさえ出来ないほどのセキュリティが私には組み込まれています」
データを閲覧された記録もありません。
「うーん……じゃあ、どこかぶつけて、その衝撃で、とか?」
「それは絶対にありません。100メートルから落下しても記録だけは保護するように造られています」
「じゃあわかんないや」
と言って、少女は諦めたようでした。
「ひとつ、確認しておかなければならない事があります」
重要事項なので、冗談は控えてほしいですが。
「タイムスリップをした人は私の時代でもいません。なので実在するかどうかは不明ですが……世界線、というものは知っていますか?」
「世界線?……ああ、まあパラレルワールドみたいなものでしょ?」
「言いかえればそのようなものです。では、一つ質問をします」
一般常識一覧を参照────
2030年の出来事を発見しました。これを質問しましょう。
「2030年に大量の人々、正確には56名が突如行方不明になり、その後誰ひとりとして発見されなかった、という事件はありましたか?」
「あー………うん、あったよ」
「なるほど、私がいた時代の過去で間違いは無いようですね」
「ふーん………あっ、そうだ」
少女がふと何かを思いついたかのように私に近付いてきます。
「あなた、何て名前なの?」
名前を聞かれました。
「私はTT-29といいます。」
「あ、そう」
少女はつまらなさそうな返事をしました。
「つまんないからロボ君でいいや」
「了解しました。逆に、あなたは何という名前なのですか?」
「あ、ごめん、言ってなかったね。私は巡莉御咲っていうんだよ」
巡莉御咲、記録しました。
「了解しました。では、あなたが所有者ということでいいですか?」
「え、マスター?」
「はい、先程主電源をオンにした時以前の記録が無いので、実質最初に見たあなたをマスターと認識しているのですが」
「うーん、別にいいけど……なんか恥ずかしいなぁ」
「ではマスター。何か私に出来る事はありますか?」
達成すべき目標は存在しないので、マスターに目標の提示を求めます。
「んー、じゃあ、聞いていい?」
「はい、何でしょう」
「防水機能とかって付いてる?」
「水深50メートル程までなら耐えられます」
耐えられるとは言いますが、正直そこまで行くと体中が軋むと予想します。
「ならば全く問題なし、じゃあ」
と、私の腕をさっ、と持ち
「お風呂へ行ってらっしゃい!」
言うや否や、マスターは私を風呂場へ引っ張っていきました。
「ボディソープ……使うかわからないけど、その辺は自由に使っていいからねー」
そう言って、すたすたと部屋へ戻っていきました。
ちなみに、私はシャンプーやボディソープは使いません。