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第五話 旅人と夢

 うう、あんまり手を見てたから不審に思っちゃったかなぁ。でも男の人の手を間近で見るのってあんまりないし……

 

 いや無いわけじゃないんだけど、そのなんて言うか、あの時はかなり乱雑だったというか、こんな風に落ち着いて見れるような状況じゃなかったしなぁ。


 (ホント、一体どこまで遠くに来たんだろって感じだよ)


 私は空を見上げた。どこまでも高く、青く澄みきっていて、しかしよく凝視すると段々と濃い部分が見える。多分、鹿さんを操ってそこそこに舗装された道をゆっくり進んでくれているお兄さんは知らないだろうが私はあの先に宇宙という果てしない空間があることを想像できる。


 元の世界ではこんな風景は見られなかった。灰色の街並みに邪魔をされ、手を伸ばしても届きそうにない。まるで、『お前たちは空から落ちた鳥に等しいのだ』と天が現実を見せているようで、あまり好きになれないのが元の世界の風景だ。事実、私はその例にもれず、大分最低な部類の死に方をしたと思う。


 でもここは違う。手を伸ばせばいつでも届きそうで、でも届かなくて。この空に、人々は夢を抱きそして目指すのだろう。理想という名の美しい夢へと。


 (あれ、そういえば)


 ふと、お兄さんがいる方向を振り返る。山は寒くなるからと黒いコートを羽織らせてくれたお兄さんは、私と出会った時と同じような黒い制服のような姿をしていて、黒い瞳を前に向けている。


 (私、この人の旅の目的知らないんだよなー)


 一応旅人だとは聞かされたが、なぜ旅をしているのかまでは聞いていないし、そもそも私、このお兄さんの名前すら知らない気がする。


 (これからしばらくはお世話になるんだし、聞いておいた方がいいよね?)


 この山越えはかなり時間が掛かるって言ってたし、今の内にちゃんと親交を深めておくべきだと判断し、邪魔にならない範囲で聞き出してみることにする。


 「あの、お兄さん…」


 「ん?なんだ?…っていつまでもお兄さんじゃ呼びづらいだろう。カイトと呼んでくれ」


 「はい。じゃあカイトさん、一つ聞きたいことがあるのですが」


 「一つじゃなくてもいいぞ。答えられる範囲なら大体は答えてやる」


 カイトさんは私に対し、気前よくそう言ってくれた。


 「それじゃあお言葉に甘えて。カイトさんはなんで旅をしているのですか」


 私がそう聞くと、カイトさんは手綱を握ったまま「むう…」と悩むような表情をした。


 「なんで旅を、か。まあ簡単に言うなら競争かな」


 「競争、ですか?」


 「そう。俺ら友人三人の競争。誰が一番早く故郷へ帰る道を探せるかってな感じかな」


 「故郷へ…」


 「あー、なんというか。俺らの故郷は随分遠くてな、しかも道が魔法で塞がれちまってるんだよ。んで、そこの魔法を解呪できる方法を三人で手分けして探してるって感じかなー。まあ、俺なんかは他二人に任せて、のんびりと色んなとこ見ながらだけどな」


 どうやらカイトさんと同じ所の生まれの方が最低でもあと二人いるらしい。


 「そうなんですか。その、カイトさん達?の故郷ってどんなところですか?」


 「大した所じゃないさ。ただただ普通に住宅が…いや街並みって言ったほうがいいか。それが並んでいて、お前さんくらいの餓鬼んちょがはしゃぎ回っていて、それを眺めて微笑む大人たちがいて、その隣で若者が青春している。ごく普通な場所さ」


 「カイトさんだってまだまだ若いじゃないですか」


 「おや、そんなこと言ってくれるのかいお嬢ちゃん。おじちゃん嬉しいよ~」


 軽く笑いながらわざとおじさんぶり始めたカイトさん。どうやら言葉の雰囲気ほど素直な人じゃないらしい。そんな仕草に、ついクスリと笑みが零れる。


 「ふふっ、それにしても、いい所ですね。カイトさん達の故郷」


 「そうかい?」


 「ええ。私の生まれた所は、少し厳しい所でしたから」


 そう言って思い起こされる私の元の世界。


 近くにいた若者はどこか荒れていて、心に負った傷を埋めようと新しい傷を広げていた。


 子供たちは物を奪い合い、それを見て嘲笑う子供たちがいた。


 大人たちは隙あらば相手から全てを奪おうと画策したり、弱みを握って潰しあおうとしていた。


 本当に汚くて、穢れていて、友人やパパ、それにあの人たちがいなければ生きていく所か正気を保っているのも難しかっただろう。


 ――ただ、というかその人達に報いるためにも、私は、できればもう少し長く生きたかったなーって思ったりするんだよねー――


 「そうか…すまんな、嫌なことを思い出させて」


 「いえ。ただ、そんな中でも私には帰れる場所がありました」


 とても優しくて、明るくて、涙が出そうなくらい、暖かな場所。環境が環境なだけに、より一層、そのように感じたのかもしれない。


 「…帰りたいのか?」


 「いえ、帰りたいとかって思ってはいないんですけど、ただ、色々と急だったからお別れくらいは言っておけばよかったかなーなんて」


 まあ無理だろうけどねー。ある日いきなりヤのつく自営業務の方々から追いかけられ、それが原因で死ぬことになるなんて予想できないしなー。まあ、いくらか心当たりはあったけど。


 それにしても、私最後の記憶からすると水死だったのにあんまり怖がってなかったなー。自分の事だけどなんでだろ?


 「そうか。お前さんも、俺と同じか」


 カイトさんは私の思考を余所に、そう返した。


 「俺も数年前、一人別れを言わずにここに来ちまったからなー。今頃怒ってるかもしれないなぁ」


 そう言って申し訳なさそうに頭を掻くカイトさん。


 でもそんな眉を寄せたような顔をしているのに、微妙に口の端が上がっているのになんとなく気が付いた。


 「大切な人だったんですか?」


 主に彼女とか。


 「大切と言えば大切だが彼女とかじゃねーよ」


 んなっ、なんでバレたの!?


 「そんだけニヤニヤした顔で女が大事な人について聞く場合は大抵それが主だからな。こっち側にいる一人はともかく、もう一人はそうだったし」


 「さ、さて、そんなこと聞こうとした覚えはないですがねー」


 ぴゅ~と口笛を吹いてみたり~


 「加えて反応も分かりやすいと。まあそれはともかく、俺もここに来たのが急だったもんでな。そいつに会えずにここに来る羽目になっちまってな。思い出した時には時すでに遅しってやつさ」


 だが、とカイトさんは続ける。


 「だからこそ、俺は別れを言い忘れた事を嘆くのではなく、再び会えるようにしようって考えてるんだ。また色々言い合えるようにな」


 「また、再び…」


 でも、私にはもう……


 「もう二度と会えないなんて誰が決めたんだ?探していけばもしかしたらひょっこり会えるかもしれないじゃないか。人生は長いんだ。決めつけるよりは、可能性について考えてみる方が、色々楽しいもんだぜ?」


 その言葉に、私ははっとさせられた。


 そうだ。誰がもう二度と会えないなんて決めたのだろう。


 確かに、私は異世界にいる。だからって、元の世界に戻れないなんて誰が決めたのだ?


 こちらへ来る方法はあったのだ。だったら、元の世界へ行く方法、この世界で言えば魔法があったっていいんじゃないか?なのにそれを私は思い込みで――


 (情けないなぁ。まだ自分の中の常識に囚われている)


 もうこれまでの常識は捨てて行こう。


 そして、見よう。この世界の全てを、可能性の全てを。この夢のような世界で。


 そして、幸せになって、もう一度、皆に会いに行こう。


 「…いい顔になったな」


 「そうですか?」


 そういう事を言うってことは、もしかしたら、私はどこか沈んだ顔をしていたのかもしれない。


 むう、世話を焼いてくれている人に対して更に心配までかけるとは、申し訳ないなぁ。これからはなるべく気を付けよう。


 「すみません、心配をかけて」


 「いいさ。そんな時もある……会えるといいな、お前さんの大切な人と」


 「はい!カイトさんも、また会えるといいですね」


 ああ、と答え、笑顔のままカイトさんは手綱を握り直した。


 「そろそろ馬じゃキツイ道に入るっぽいからな。降りなきゃいけないから折角だし少し飛ばすぞ」


 頼むぞシュバルツ。そういった瞬間、少し嘶き、そしていきなりスピードを出し始めた。


 「は、はや、はやすぎじゃないですかかいとさささささささささん~~~~」


 「しゅ、しゅばる、シュバルツ、こ、ここ山道だからもすこしおとしてててててて~~~」


 明らかに山で出していいスピードを超えて駆けるシュバルツのせいで風が~~~~~!!


 私たちの訴えを余所に、シュバルツはグングンとかけていき、そして、唐突に浮遊感を感じた。


 (えっ?)


 一瞬落ちたのかと思ったが、ちゃんとシュバルツの背中の上に腰かけていられているので落ちてはいないらしい。カイトさんも同様だ。しかしこの浮遊感は一体―――


 「しゅ、シュバルツ!確かに頼むとは言ったけど、そんなに高くまで跳ばなくていいから~~」


 「へってきゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 ああ、地面があんなに遠くって落ちるうううううううううううううううううううううううううううううぅぅぅ…………


―――



 

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