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第一話 旅人と来訪者

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 「おおカイト殿、お帰りなさい」


 村に帰ると、白い顎鬚を伸ばし、それに反比例して髪の毛が後退している中年の男の人、それと数人の若い男の人(って言っても、俺よか年上だけど)が門前で出迎えてくれた。


 俺はシュバルツから降りて、木でできた、全長3mほどの小さい門をくぐった。シュバルツも、俺の後からそこを通り抜ける。


 「お出迎えありがとうございます、ムーランド村長」


 白い顎鬚の男性に頭を下げる。村長に頭下げるのは常識だろう?


 「村の恩人を出迎えるのは常識ですじゃ。ところでどうでしたかな?収穫はありましたかな?」


 『恩人』ね。別にあれは偶然と幸運が重なっただけなのだが・・・まあ、ここでそれを言うといつぞやみたく無限ループになる。受け取れるものは受け取っておくほうが得だな。


 「いえ、流石に10年も経っていたせいか、はたまたその当時の衛兵が優秀だったのか、目ぼしい物はほとんどありませんでした」


 「そうですか・・・恩人になにかお礼ができればと思ったのですが・・・」


 落ち込んだ表情を見せる村長。こういう場合は本来お世辞ってことで何かしら役に立ったと言うべきなのだろうが、それだとこの村のためにならんしな。まあ、フォローはするが。


 「その代わりと言ってはなんですが、今まで見てこなかった果実を幾つか回収できました。シュバルツも途中で美味しそうに食べていましたよ」


 そう言って背負っていたリュックから取り出した緑色の果実を、村長に見せた。大きさは梨と同じくらいだが、ブドウみたく柔らかくぷにぷにした感触だ。味はこんにゃくゼリーのブドウ版。少し食ってみたが、中々美味だった。


 「ほう、これはスライムの実ですな。時折村の者が総出で収穫しにいくのじゃが、いやはや流石はカイト殿はお目が高い」


 「ありがとうございます。しかし、スライムの実、ですか」


 俺が思い浮かべたのは平原や森でやたら見かけるスライムというモンスターのことだ。ファンタジーの世界なだけあって、そういったモンスターはちゃんと存在する。見た目は中々可愛らしいのだが、これでも害獣に区分されており、特徴として、辺りの動植物を溶かしてしまう特性があるのだ。無差別にというわけではないのだが、増えすぎると砂漠化が進むんだとか。


 俺も最初にそんな事聞かされ、実際に砂漠化した台地を見せられた時はビビったもんだ。あそこはしっかり復興できているだろうか。


 「スライムというと、やはりあのスライムですよね」


 「ええ、よく平原なんかでも見かけるあれですな。若い者や子供たちも時々狩りに行っておりますぞ」


 まじか、強いなここの村人。まあこの村に来たときなんかオークキングに挑もうとしてたし、スライム程度のモンスターは何ら問題ないのかもな。


 因みにそのオークキングとその配下の愉快な仲間たちは、昨日の宴会の時に村の方々のお腹の中に納まってしまいましたとさ。このオークキングは儂が倒した(ドヤッ)。


 まあ、実際は皆で倒したんだけどね。俺は知恵を貸して、止め刺しただけだし。


 「まあそのスライムと形や感触が似てるからかそんな名前が付きましたが、以前ここに来た旅人さんがこれからスライムが発生したのではと騒ぎ始めて大騒ぎになったことがありましてな」


 「それは・・・大変でしたね。こんなにおいしいのにそんなあらぬ疑いを掛けられるなんて」


 その旅人の気持ちも分からんでもないけど、一応ここは村の方を擁護しておく。


 「ほっほっほ、まあスライムとスライムの実は味が似てますからな。そう思われたのも無理はあるまい。今では子供に語り聞かせる怪談程度の騒ぎに落ち着いておりますよ」


 「そ、そうですか・・・」


 食ったのか、スライムを。この村人の人たち。よく食えるな。つか食えるもんだったのかあれ。一応あれでもモンスターだぞ?


 (今度、食ってみようかな?)


 「おおそれとですな。今日はあなたにお客が来ておりますぞ」


 「客?私にですか?」


 「カイト殿が村から出られてから少しして訪ねてこられたのじゃ。なんでも、カイト殿がビルマスク領を出られる前に会っておきたかったのだとか」


 「ふむ・・・」


 少し考え込むように顎に手を当てる。俺がビスマルク領を出て困る奴がいるとすれば、今の所思いつくのは2人だ。その内一人はこんなビスマルク領の端っこに来れるほどの暇はないはず。となると・・・。


 「その方の名前は?」


 「確か、『ダンチョウ』と言えば解ると言っておりましたぞ」


 ダンチョウ、『団長』か。やっぱりそっちだよな~。


 「分かりました。ではその団長とやらにすぐに行くと伝えておいて下さい。シュバルツを厩に止めたらすぐに行きます」


 「了解しましたぞ」


 俺はシュバルツを引いて、この村唯一の宿屋の厩に向かう。


 しかし、あの人も懲りないなー。今日行った所まで、元の世界の感覚で1時間は掛かるんだが。2時間近くも待つとはね。


 それほど暇なのかね、『レジスタンス』の仕事っては。








000


シュバルツを厩に預けた俺は、団長が待っているという談話室(俺が止まっている宿のだ)へ向かった。


 ビスマルク領は街でも村でも石造りの建物が多いのだが、珍しいことに、このブルーメン村では全てが木造建築だ。


 まあ、自然の資源が多いし、ここらの木は切っても一週間で元の大きさまで育つし丁度いいのかもね。


 そしてそれはこの宿屋の談話室とて例外ではない。


 広くはないが、数人くらいなら入っても狭く感じない程度の空間。


 壁側には村の人々が狩ったのであろう動物の頭の燻製がそこかしこに掛けられている。その中にはオーガやトロールと言ったモンスターも混じっている。


 これらは宿屋の主人のコレクションだそうで、時々狩ってきた動物をこうやって飾ってるんだとか。最初ここに入った時は思わず後ずさったものだ。


 

 その談話室の中で、存在する4つのソファー(主人作)の内の1つの上に、寝そべるかのようにだらしなく座った男が一人そこにいた。


前が開けられた黒の革のコートの下から見える黒いシャツ。黒のジーパンに、ソファーの隅に畳まれた黒いローブ。


 おまけに黒髪に黒い瞳の何から何まで黒尽くしの変態さんがそこにいる。

 

 正直言うなら余り関わりたくないのが本音だが、こうして待たれたからには会いに行くしかあるまい。


 「随分とまた黒いなー。真っ黒くろすけみたいだ」


 挨拶代わりに軽いジョブ。


 「黒竜の鱗と皮膚膜でオーダーしたんだ。頑丈だし、かなり魔法耐性が強くてね。結構気に入ってるんだ」


 意に介した様子無し、と。まったく、つまらないな。


 俺は団長の向かいのソファーにドカッと座り込む。


 「で、何の用です、団長さん。まさかその黒竜とやらの服一式でも自慢しに来たんですか。それとも黒竜を狩れた事を自慢しに来たんですか」


 スライムやオーガなんかが存在するように、ドラゴンとて存在する。


 黒竜ってのはその中でも上位の強さを誇る物で、同時にこの世界で100数匹しか存在が確認されていない希少生物である。


 そんな希少生物を事情もなく狩ったら、まず黒竜から報復を受ける前に人間側で首チョンパされるのだが、まあその程度のことを今更気にする男でもあるまい。


 それに黒竜なんて学者か一部の冒険者くらいしか存在知らないからな。こんな物を着て回ってもばれる可能性は低かろう。


 ばれた瞬間、揉み消すかその場で始末してそうだし。


 「やだなあ、そんな事を自慢しに来たんじゃないよ」


 おうおう、世界希少種の黒竜の事をそんな事扱いしおったよこの男。やべえなこいつ。そして哀れかな黒竜。


 「そもそも君なら僕が来た理由くらい分かってるでしょう?」


 団長は座り直し、こちらを意味ありげに見つめてくる。


 (やれやれ、またか)


 「・・・『レジスタンス』への加入について、俺は当初から断り続けている筈ですが」


少々怒気を混ぜて見返す。これでもう20回目の筈なんだけどな、この問答。


 「君が頷くまで、僕は何度だって来るよ。最初っからそう言ってるじゃないか」


 「しつこすぎると嫌われますよ。いくらあなたと俺の仲だとしてもね」


 「いいじゃないか。別に減るもんじゃないし」


 減るよ。主にあんたに対する好感度が。


 「大体、俺には入った所でなんのメリットもありません。なんでのんびり旅をしてるのを中断して、どこぞの映画みたく巨大組織に立ち向かわなくちゃならないんですか」


 因みに、この世界に映画という概念は無い。


 「面白そうでしょ」


 「生憎、俺はMじゃないんでね」


 ふーっとため息をつく。そんなことを面白そうと言えるのはこの世界でも元の世界でもあんただけだよ。


 「それに、君にとってもメリットはあるよ」


 ニコリと笑顔を作ってそうのたまう団長。なんかいや予感がするなー。


 「・・・何があるっていうんです?今やこの世界を牛耳るほどにまで肥大化した超巨大組織、『レギオン』に逆らうメリットが」


 じと目になりながら聞き返す。まあ、同郷であるこの人が言うメリットってのは1つしかないが。


 「元の世界に帰れる」


 ザワリ、と。自分の中でざわめくのを感じた。


 まあこのざわめきもこれで21回目なんだが・・・。


 ただ、今回はいつもと少々、団長の言葉に違和感を感じた。


 「・・・『帰れる』?随分と自信があるみたいですね」


 「事実だからね」


 随分ケロっと言ってくれるなこの人は。


 「大分『レギオン』に情報規制されてたから大変だったよ。大図書館の禁書目録庫まで行かないといけないハメになったし。警備にかかって軽く死にかけたよ」


 「随分変な所まで突っ込んだみたいですね・・・」


 「心配した?」


 「まさか」


 元の世界にいた頃ならともかく、あいつを含めて、今更互いを心配できるような関係ないしな、俺ら。


 それに、この人ならその程度のピンチはなんともないだろう。口ではああ言ってるけど。


 「それで、その禁書目録庫に突っ込んだのと、俺らが元の世界に帰れるのになんの関係があるんです?」


 「うん、そこで得た本の中に面白い記述があってね。その理論が実現できれば異世界へと飛ぶ事も可能さ。そう、どの世界でも自由にね」


 「そりゃあいい。じゃあさっさとそれを実現させて帰るための手続きをお願いしますよ。報酬ならいくらでも払いますんで」


 まあ、そんな簡単な話じゃないだろうけどね。


 「ただねえ、この理論を実現させるには僕の力だけだとちょっと難しいんだよねー」


 「ありゃ、そうなんですか?」


 「うん、細かい仕組みについては機密事項だから言えないけど、単純な話、魔力が足りない」


 「ほう」


 「そんな訳で、君がいればその不足分の魔力が補えるんだ。元の世界に帰るためにもここは――」


 「お断りします」


 はっきりと、団長に言ってやった。


「・・・本当に?」


 「本当も何も、俺は最初から断ってるでしょ。『レジスタンス』への参加はお断りだって」


 そう、そこだけは譲れない。


 『レジスタンス』の目的も、そしてその過程で何をするつもりなのかも。俺は知っている。


 だからこそ、俺は入る訳にはいかない。入りたくない。


 例えそれが、元の世界の友人であり、大恩人だった人の頼みであっても。


 「そこまで、まもると戦いたくないのか・・・」


 当たり前だ。そして―――


 「貴方にだって戦って欲しくないですよ、団長」


 「・・・・・・・・・・・・」


 団長は睨むように、その瞳の中に願いを込めるように俺を見つめる。


 そして、ふー、と息をついた。


 「まさか、帰還の機会を棒に振るっても断るとわね」


 「帰りたくはありますよ。ただ、友人を殺してまで帰ろうとは思わない。あいつが『レジスタンス』に入るってんなら別ですが――」


 「無理だね。そうさせるには、僕たち全員、この世界の事を知りすぎた」


 少し哀しそうにしてうなだれる。


 「5年ってのは、案外早いもんですね」


 「僕もそう思うよ」


 俺はスッと立ち上がる。


 「まあ、また交渉したいとかって言うならなら連絡下さい。そん時は全力でサポートしますよ」


 無理だろうけどね、とは言わないでおく。


 「ありがとう。それと、今日の用事は勧誘だけじゃないんだ」


 談話室を出ようとした俺だが、その動きを止めて団長を見る。


 「ふむ、なんですかね」


 「ん、大した事じゃないよ。ただちょっと探し物をしていてね」


 団長も立ち上がり、そしてコートのポケットから一枚のメモ紙を取り出す。


 「こんな感じの宝石なんだけど、見たことないかな?」


 そのメモ紙を受け取り、書いてある内容を見る。


 そこに書かれていたのは、赤く、揺らめく炎のような色の宝石。


 いや、宝石というには少々形が歪すぎる。差し詰め、原石と言った所か。


 「綺麗な石ですね。ルビー、いやその程度じゃない何かを感じる」


 「紋章石っていうのらしいんだ。真ん中に小さな模様が書かれてるでしょ?」


 そう言われてよく見てみる。成る程、確かに渦巻をCで囲ったような形の何かが中の方に見える。かなり小さいが。


 「で、これがなんだって言うんです?」


 「綺麗な石だろ」


 まあ、そうなんだが・・・


 「書庫に行ったとき、『魔晶石図鑑』なんてものがあったからちょっと指が動いちゃってね。で、読んでたら欲しくなっちゃたんだ」


 「欲しくなっちゃったって・・・・ああ、そう言えば団長にはそんな趣味もありましたね」


 久しぶり過ぎて忘れてたよ。団長の石集めの趣味。


 そう言えばこの世界に来たとき、自宅の石コレクションを置いてきた事を悔やんでたっけ。


 ただここ2年間、団長が石を集めてた様子がなかったから忘れてたのだが・・・


 「いやちゃんと集めてたよ?訓練の間にちょくちょく取りに行ってたし」


 「時々いないなと思ったらそんな事してたんかい」


 そんなんだからあんたは・・・いや、この事はもういいか。


 「取りあえず、この石を見つけたら連絡すればいいんですかね」


 「助かるよ~。僕も石探しに専念したいけど中々時間がとれなくねー」


 そりゃ犯行組織が暇だったらあかんでしょ。


 というか暇じゃないんならなぜ来たし。


 「偶には息抜きしたいなと思ってね。さて、そろそろ行くかな」


 団長はこの部屋の出口とは逆の窓の方に向かう。そして窓を開け、窓の縁に右足を掛ける。またテレポートを使う気か。


 「僕はまだ諦めないつもりだからね。その気になったらいつでも連絡頂戴ね」


 「そんな機会が無ければいいですげどね」


 ふふっ、と笑う団長。本当、イケメンがニコってするだけで様になりますね。


 「ああそれともう一つ」


 団長が人差し指を立てる。


 「君は、本当に帰りたいと思っているのかい?」


 ザワリ、と風が吹く音がする。


 「・・・それは、どういう意味ですか」


 「別に大した意味じゃないさ。君が帰りたいのかどうか、旅人を続けている君に少し聞きたくなってね」


 「・・・・・・・」


 少し考え、そして答える。


 「すぐにでも帰りたいかどうかと言われれば、迷っている、というのが今の自分の気持ちですね」


 「ただ」と続ける。

 

 「少なくともこの2年間、いや、この世界に飛ばされてきた時から、そのための旅を続けてきたのは確かです」


 「・・・そうか」


 団長は意味ありげに笑い、そして俺が瞬きをした瞬間には、もうそこから消えていた。


 「・・・・あの方法、目立つんじゃないか?いつも思うんだが」


 犯行組織のリーダーなのだし、こんな辺境の土地でも警戒はするべきだと思うんだが・・・。


 まあ、それはあの人の問題だしな。俺が関与することじゃない。


 それにしても、帰る気があるのか、か。


 (・・・本当の所どうなんだろうね)


 俺は俺自身に、問いを投げかける。


 この世界に飛ばされて5年。


 2人と別れてから2年。


 その答えは、未だ、出そうにもない。



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