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のわちゃんの件もあって、随分と現場に到着するのが遅れてしまった。
電車を乗り継ぎ、目的地へとたどり着いたときには、すでにインベリアンが降り立ったあとだった。
なお、向かう道中となる電車の中でも大変だった。
なにせのわちゃんはバニーガールの格好をしているのだ。そんな状態で電車に乗るなんて。
のわちゃんには悪いけど、あたしとしては見ていて面白かった。
当然ながら、あたし自身も猫の着ぐるみ姿なのだけど、すでに慣れているのでなんとも思わない。
キグルミントン・バニーとなって戦うことに関しては、諦めのいいのわちゃんは、あのあとすぐに受け入れていた。
それでも、まさか電車に乗って向かうとまでは思っていなかったようだ。
恥ずかしがるのわちゃんは、両手で胸の辺りを隠して車両と車両の連結部分にしゃがみ込んでいた。
それはともかく。
今考えるべきは、目の前で暴れている敵――周囲のビルよりも遥かに背丈の大きいインベリアンのことだ。
超高層ビルが立ち並ぶ都心ではなく、比較的低めのビルが乱立しているこのエリア。
だからといって、被害が出ても問題なし、というわけにはいかない。
インベリアンは一棟のビルを食べ始めている。早急に退治する必要があるだろう。
「それにしても……」
「うん。あれって……」
カバ。
突然なんなんだ、と思わないでほしい。
本当にカバそのものだったのだ。インベリアンの姿が。しかも、二本足で立っている。
デザイン的には、某うがい薬のキャラクターみたいで可愛らしい感じとも言えるのだけど。
ヴぁりヴぉりとビルを咀嚼している様子は、なんともシュールな絵面だった。
「でもまぁ、動きはトロそうね」
「うん、そうだね」
という感想を抱くあたしたち。それをあざ笑うかのように、カバが動きを見せる。
反復横跳び。
なぜ唐突に、と思わなくもないけど、とにかくカバは左右に素早く飛び跳ねる。
めちゃくちゃ機敏なカバだった。
「そ……そんなカバな……!」
「……ベタね」
「うっ……」
場を和ますつもりで放った渾身のギャグだったのに。心に五ポイントのダメージ。
と、そんなことより、早く巨大化しないと!
「それじゃあ、シンバルさん、お願いします!」
「了解だよん!」
今回、オペレーターとしてあたしたちについてきたのはシンバルさんだった。
初陣となるキグルミントン・バニーにトラブルがあった場合を考慮し、開発者であるシンバルさんが直々に出向いてくれたようだ。
「こんなキモオヤジが開発したんだ、このバニーの着ぐるみ……。これって絶対、趣味入ってるでしょ……」
なんて不満を口にするのわちゃんではあったけど。
諦めのいい彼女は、素直に背中……というか後頭部をシンバルさんに向ける。
あたしもすでにシンバルさんに後頭部を向けている状態だった。
キグルミントンスターターを両手に持ったシンバルさんが、ウサギの着ぐるみ頭をかぶったのわちゃんの後頭部と、猫の着ぐるみ頭をかぶったあたしの後頭部に、同時に人差し指を伸ばす。
こうやってつむじの辺りにあるスイッチを押すことで、キグルミントンが巨大化できるというのは、以前にも説明したとおり。
「本当は、胸やお尻にスイッチをつけたかったんだけどねん! シェリーくんにどつき倒されて、あえなくやめたんだよん!」
シンバルさんが余計な解説を加える。
シェリーさん、グッジョブ!
もしそんなスイッチだったら、絶対に職務放棄してるよ!
つむじスイッチを押されたあたしとのわちゃんは、瞬時に巨大化した。
「あ~ん、またつむじを押されちゃった~! 背が伸びなくなっちゃうよね~?」
「そんなの迷信だし! だいたいあんた、ここ二年くらいまったく伸びないでしょ? もう諦めなさい!」
「ガーーーーーン!」
学校にいるときと同じような感じで、普段どおりのちょっとおマヌケな会話を交わしながら、あたしとのわちゃんは巨大なカバの前に立ち塞がる。
敵の出現に気づいたカバは、意外につぶらで愛らしい瞳を向けてきた。
「今回はきっと楽勝よね! カバだからおバカに決まってるし!」
「あんたと同じでね」
「あ……あたしはバカじゃない~!」
オレだってバカじゃね~!
と叫んだのかどうかは定かではないけど、獣っぽい咆哮を上げながら、カバは飛びかかってきた。
短い足が、のわちゃんを襲う。
「危ないっ!」
「ぶぎゃっ!」
「ふう……助かった」
飛びかかったカバの足は、のわちゃんの体に衝撃を与えることはなかった。
その代わり、短い足の餌食になったのは、あたしのおなかで……。
「ごほっ! ちょっ……、のわちゃん、ひどい……」
涙目のあたし。
のわちゃんは、すぐ横にいたあたしを引っ張り、盾にしてくれちゃったのだ。
「ごめんごめん、つい!」
「つい、じゃな~い!」
まったくもう、のわちゃんってば……。
とはいえ、キグルミントンの耐久性のおかげで、思ったほどの痛手にはならない。
「ほら、喋ってないで反撃に出るわよ! 私が押さえ込むから、桔花、あんたがトドメを刺しなさい! 今の蹴りのお返しをしてやるのよ!」
「うん、わかった!」
言うが早いか、のわちゃんはカバの背後に回り込み、素早く羽交い絞めにする。
もがいて逃れようとするも、のわちゃんの腕はカバの体にしっかりと食い込み、まったく外れる気配がない。
ナイスよ、のわちゃん!
あとはあたしが!
さっきの蹴りの恨みを、この長くてすらっとした足(願望込み)に全部乗せてぶつけてやるんだから!
「あちょぉ~~~~っ!」
空中へと、高く――スカイツリーよりも高いのではないかと思うほどにまで飛び上がる。
運動音痴なあたしだけど、キグルミントンの力があれば、こんなことだってできてしまうのだ!
「カバのバカぁ~~~~~!」
若干気合いの抜けそうな叫び声を轟かせつつ、上空からの飛び蹴りを繰り出す!
ただ……。
ちょお~っとばかし、ジャンプが思ったよりも高すぎたみたいで。
あたしの肉球つきの右足が捉えたのは、カバではなく、のわちゃんの顔面だった。
ウサギの着ぐるみが覆っていない、顔面の部分にモロにめり込む、あたしの足……。
「あ……」
「ごべらっ!?」
ありえないようなうめき声を発して、のわちゃんが倒れる。
背後のビルを巻き添えにしながら。
「うわわわわ、ごめんね、のわちゃん! わざとじゃないの~! カバと一緒にのわちゃんもまとめて吹っ飛ばすつもりではあったけど~!」
「……私に対する仕返しをしろなんて、誰も言ってないでしょうが!」
「きゃ~~~っ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい~~~!」
ツラの皮が非常に厚いようで、のわちゃんはすぐに復活し、あたしを怒鳴りつけてきた。
もちろん平謝り状態のあたし。その横で、カバは呆然と立ち尽くしていた。
のわちゃんの怒りは収まる気配がない。あたしは綺麗な土下座で謝罪の意を示す。
まぁまぁ、それくらいで許してあげたら?
とでも言いたげな様子で、両手を前に上げて近寄ってくるカバ。
「あんた邪魔っ!」
のわちゃんのパンチ一発で、カバは目を回してしまった。
そのままデリートシャイニー状態となり、カバの体は空気に溶けて消えていく。
あたしたちキグルミントンコンビとしての、初勝利の瞬間だった。
残されたのは、巨大化したままのふたり。
怒り心頭であたしを足蹴にして怒鳴りつけるバニーガールののわちゃんと、涙目で土下座を繰り返す着ぐるみ猫のあたし、そんなふたりだけだった。