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もふもふ巨神キグルミントン  作者: 沙φ亜竜
第2章 二号も出撃!
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-1-

 午後の汗ばむ陽気の中、あたしは元気に校庭へと飛び出した。

 体育の授業だからだ。


 昼食を取ったあとの体育は、ちょっと厳しいものだけど。

 体育が好きなあたしとしては、食後のいい運動にもなるしと、嬉しく思ってすらいた。


「お~い、お前ら~。今日は陸上競技の計測をするからな~。百メートル走と百メートルハードル、走り幅跳びに走り高跳びだ~。陸上部の奴が数人いたよな~? 手を挙げろ~。ひいふうみい……。よし、オッケーだな~。お前らが計測してやれ~」

「あ……あの、私たちの計測は……」

「う~ん、まぁ、誰か適当に測ってやれ~。んじゃ、各々頑張るように!」


 毎度毎度のことながら、とっても大雑把な指示を放つ体育教諭の諸見里先生。

 指示を出すだけ出して、自分は日陰に座って高みの見物、なんてことは日常茶飯事だ。


 本人いわく、全体に目を配って安全を守る重要な監督業務に従事しているのだとか。

 さすがに苦言を呈する生徒もいたけど、「文句あんのか、あぁん!?」と凄まれたら、誰も反論できなくなってしまう。

 学生時代はゼッペキにヤンキーだわ。間違いない。


 もっとも、授業こそちょっとひどいやり方だけど、意外にも人望は厚く、生徒からの人気は非常に高い。

 仲間はなにがあっても守る、といった精神の持ち主らしく、近寄りがたいくらいの威圧感さえ越えてしまえば、これ以上ないほどにフレンドリーな先生に様変わりする。


 かくいうあたしも、先生とは仲よしな部類に入る生徒のひとりだ。

 体育が大好きだと先生に言ったからなのだけど、それ以来ビシバシしごかれ、好きなだけで得意なわけじゃない、むしろ苦手なレベルのあたしはとても苦労している。


 とりあえず今日のところは、先生は日陰でゆっくりしているつもりのようだから、あたしとしては逆に安堵しているくらいだった。


「しっかし、ご飯のあとの体育はきっついわよね~!」


 すぐ隣から声がかけられる。

 クラスメイトの鍵宮(かぎみや)のわちゃんだ。


「そうだね~。吐きそうになっちゃうよね~」


 なんて口に出してみたら、本当に酸っぱい液体が込み上げてくるような感覚が……。


「って、マジで吐いたりしないでよ!? ばっちぃんだから! とくに桔花のだと!」

「ちょ……っ!? それはひどくない? あたしのゲロは、綺麗なピンク色で苺みたいなフルーティーな匂いがするんだもん!」

「そんなゲロあるか!」

「あ……あるかもしれないじゃん! だったら試しに……」


 そう言って、舌の奥辺りに自分の指を突っ込む。


「ほんとに吐こうとすんなっ!」


 思いっきり、頭をすぱこーんと叩かれてしまった。

 む~、ほんの冗談のつもりだったのに。

 叩かれた勢いで、込み上げていた酸っぱさが、さらに喉もとにまで迫ってきてしまう。


「うっ……ごっくん」

「うわ……ゲロ飲んだ……」

「まだ出てなかったもん! ……ちょっと苦かったけど……」


 どうでもいいけど、女子高生の会話じゃない気がする。

 のわちゃんのほうも、似たようなことを考えたのだろう、


「こんな汚い話なんてしてないで、ぱっぱと計測しちゃいましょう!」

「うん、そうだね~!」


 素直に頷き、校庭を見回す。

 すでに計測は始まっていて、競技によっては並んでいるものもあった。

 そんな中で即座に判断、あたしとのわちゃんは、一番人の少なそうだった走り高跳びの計測へと向かった。

 ……のんびりと歩きながらだけど。




 のわちゃんとふたりでいると、どうしてもお喋りすることに夢中になってしまう。

 それは体育の授業中だろうがなんだろうが、変わることはない。


「桔花って体育だとほんと元気よね。普段の授業中は、舟を漕いでることが多いのに」

「後ろの席からシャープペンの先でつむじをツンツンするのはやめてほしいけど……」

「突き刺すつもりなのに、なかなか上手くいかなくてね~」

「ほんとにやめて!」

「冗談よ!」

「……三回ほど突き刺さったことがあるけど?」

「ちょびっとだけね! でも、大したことなかったでしょ?」

「大したことがあっちゃったら、それこそ大変な事態になっちゃうよ!」

「女子高生、シャープペンの芯で刺殺! うん、それはそれで面白そう!」

「のわちゃん、犯罪者になっちゃうよ?」

「全部秘書がやったことです」

「そんな言い訳なんて通らないよ! っていうか、秘書って誰!?」

「まぁ、桔花かな?」

「あたしがあたしを刺殺!?」

「自殺ってことで、万事解決! 謎はすべて解けた!」

「全然解決してないよ~!」

「ま、あんたのひとりやふたり、消えたところで誰も気にしないわ!」

「ひどい! だいたい、あたしがいなくなったら、東京が壊滅しちゃうかもなのに……」

「ん? なんか言った?」

「いえ、べつに」


 あたしがキグルミントンになって戦っていることは、他の人には内緒にしている。

 守秘義務とかがあるわけじゃないから、話してしまっても問題はないみたいだけど。

 なんだか、恥ずかしいし。

 もっとも学校側にはちゃんと伝えてあって、バイト禁止の学校なのに特別に許可されている上、緊急呼び出しがあったら授業中でも早退していいことになっている。


「とにかく、あたしは体育が大好きだから、午後の授業だってとっても嬉しいんだよ!」

「うんちなのにね」

「略しちゃダメ~! 運動音痴ってちゃんと言ってよ~!」

「同じことでしょ?」

「だってぇ~、なんか臭そうだし~」

「まぁ、桔花って実際、臭いけどね」

「ふええっ!? そりゃあ、確かに汗っかきではあるけど、そんなにニオイきついかな!?」


 不安になって焦りまくる。

 ソルトさんにまで、体臭のきつい女の子なんて思われてたりしたらどうしよう~!


「冗談よ。ほのかに漂う髪の香りとかもあるし、結構爽やかでいい感じだと思うわよ?」

「わあ、ありがとう! もう、のわちゃんってば、お茶目さんなんだから!」

「うわっ! だからって、抱きつくな! 暑苦しい! 汗でベタベタする!」

「でも臭くはないんでしょ~? だったらいいじゃない!」

「よくない! 私はあんたと違って、そっちの趣味はないんだから!」

「あ……あたしだってそんな趣味ないよ~! シェリーさんじゃあるまいし!」

「シェリーさん? 誰よ、それ」

「あっ、ううん、なんでもない!」


 内緒にしているというのに、ついつい口をついてしまう。

 と、そんなあたしたちに、怒鳴り声がぶつけられる。


「紫月桔花と鍵宮のわ! 無駄口叩いてないで、早く計測しろ!」

「あっ、はい!」「すみません!」


 自分は日陰で横になっているだけだというのに、注意はするんだ……。

 などと文句を返せるはずもなく。

 あたしとのわちゃんは、素直な返事を響かせた。


 諸見里先生は適当そうに見えて、生徒の名前は全員フルネームで覚えているという、意外な一面も持っている。

 ちなみに一応、女性の先生だ。

 男っぽい喋り方だけど。適当で怠惰でダメダメだけど。女を捨ててるけど。


「捨ててないぞ、紫月桔花! てめぇ、殺されたいのか、あぁん!?」


 どうやら口に出してしまっていたようで、めちゃくちゃ鋭い目で睨まれてしまった。

 だけど、ゼッペキに捨ててると思う。

 なんて、もちろん言えるはずはないのだった。




「仕方ないわね、跳びましょうか」

「そうだね~。あたしから行くね!」

「よし、頑張れ、桔花!」


 走り幅跳びの計測に並ぶと、すぐにあたしの順番が回ってきた。


 風を切って駆け、華麗に舞う!

 澄み渡った青空を背景に、きらめく汗が爽やかさを演出する!


 ……運動音痴なあたしにそんな展開が期待できるはずもなく。

 九十センチの高さなのに、カツンと足からぶつかり、バーは跳ね上げられそのままマットに落下。

 そんでもってあたしの体は、狙い澄ましたかのようにバーの上へと着地……というか、着バーとでも言うべきか。


「うぎゃっ!」


 思いっきりぶざまにお尻からバーの上に落ち、女の子らしからぬ悲鳴を上げる、という醜態をさらしてしまった。


「あ~ん、こんな大失敗するなんて……」

「いや、むしろ予想どおりの結果だけどね。大丈夫だった?」


 心配して駆けつけてくれたのだろう、次の順番のはずののわちゃんが声をかけてきた。


「お……お尻、痛い……。割れちゃったかも……」

「それは、『ほんとだ! ふたつに割れてる!』とか、小学生レベルのツッコミがほしいの?」

「べつに、そうじゃなくて、ほんとに痛いの~」

「ま、でも大丈夫そうね」

「うん、まぁ……」


 お尻をさすりながら、あたしはマットから降りた。

 さて、助走位置まで戻ったのわちゃんが、次の挑戦者。

 できればあたしと同じで失敗してほしいかも、なんて意地悪な思いを浮かべながら見つめる中、のわちゃんは駆け出した。


 あたしと違ってとっても大きな胸が、ぼよんぼよんと揺れる。

 くっ、いいな。あたしなんてシンバルさんから言われたように絶壁なのに……。

 ウエストはどう見てもあたしより細いのに、なんで胸だけあんな桁違いに成長しちゃってるのよ……。恨めしい……。


 そんなバストのボリュームもさることながら、のわちゃんの気迫は凄まじいものがあった。


「うおりゃあああああ~~~っ!」


 バーを折ってしまいそうなほどの勢い。

 ……いや、実際にバーを折ってしまった。

 計測係のクラスメイトが目を丸くしている。


「ヤワな棒ね!」

「のわちゃんが強烈すぎるんだよ!」

「むぅ……まだ全力を出しきってなかったのに……」

「あれで全力じゃなかったんだ……。そっか、女を捨ててたのは、先生じゃなくてのわちゃんのほうだったのね」

「なんですって!? 潰すわよ!?」

「潰す!? どゆこと!?」


 まともに計測したところで、あたしとのわちゃんの騒がしさは全然変わらないみたいだった。




 不意に、お尻の辺りに妙な振動が伝わる。


「きゃうんっ!」


 あたしは反射的に飛び上がってしまった。


「桔花、どうしたの?」

「あ……えっと、なんでもない」


 のわちゃんが怪訝そうな顔で首をかしげている前で、あたしはショートパンツの背面ポケットに手を突っ込む。

 あたしはキグルミントンとして日本を守る立場にあるけど、いつ緊急呼び出しがあるかわからない。

 そのため、支給されている通信端末をポケットに忍ばせてあったのだ。


 衝撃に強い、薄くて小型の端末。

 基地からの呼び出しが入ると振動やアラームで知らせてくれて、液晶画面に短いメッセージが出る。

 シンバルさんは専用のポケベルみたいなもの、とか言っていたけど、ポケベルってなんだろう……?


 この端末は、ポケットとか衣服の一部とかに引っかけて留めておけるよう、背面に大きめのクリップが取りつけられている。

 あたしはポケットに固定してあったそのクリップを外し、手のひらで隠しながら通信端末を取り出した。


 液晶画面を見れば、『シキュウキチヘコラレタシ』の文字。

 召集がかかった。

 ということは、やっぱりインベリアン警報が発令されたんだ!


「のわちゃん、あたし急用ができちゃった! 早退するね!」


 素早くのわちゃんに伝える。


「また? あんた、アイドル歌手かなんかでもやってるの?」

「アイドル歌手だったら、急用じゃなくて最初からスケジュールになってると思う……」

「そっか、それもそうね。だいたい、アイドルなんて見た目からして明らかに無理だし、さらにあんた、音痴だったわね! うんちなだけじゃなく!」

「うんちはやめてってばぁ~!」


 って、こんな言い争いをしてる場合じゃない!


「ごめんね、ほんと急ぐから、先生に連絡しておいて!」


 早口で言い捨てると、あたしは急ぎ足で校庭をあとにした。


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