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日本防衛隊支部、地下神殿基地。
これがあたしの所属している基地の正式名称だ。
シンバルさんは、ここの支部長という役職になる。
都心から少し離れた住宅街の外れ、広い敷地の地下に建設されたこの基地は、キグルミントンの研究開発やインベリアンに関する調査のための設備が集約されている。
もともとここには地下神殿との異名もある放水路が存在していたのだけど、そこを改造して建設されたのがこの基地なのだ。
あたしがキグルミントン・ニャンコとなって戦っている敵――インベリアンは、宇宙からやってくる。
それなのに、地球上に生息している動物なんかの形状を模した姿で現れる。
おそらくは親和性を考慮して、降り立つ惑星に住む生物の姿を取るようにしているのだろう、と考えられてはいるけど。
実際にどうなのかは、わかっていない。インベリアンたちって、言葉を話せないみたいだし。
可愛らしい動物の姿をしている場合が多いことからすると、親和性というのもわからなくはないけど、それだったら身長二十メートルを超す巨体である必要はないのでは……。
だいたい、インベリアンが地球に降り立つ目的は食事なのだから、親和性なんて考えているとも思えない。
奴らは地球に降り立ち、主にビルや建造物なんかを食べる。
コンクリートが好きなのか、鉄筋が好きなのか、詳しいことは知らないけど。
そういった目的を持っているため、インベリアンが降り立つのは常に、ビルの立ち並ぶ大都市となる。
基地が都心から離れていたり、地下に建設されていたりするのは、インベリアンの直接被害を受けて対処できなくなるのを防ぐためだ。
とはいえ、インベリアンの降り立った場所まで電車で向かわなければならないせいで、あたしたちは毎回、苦労している。
都心まで出向くとなると、一時間以上かかってしまうのだから。
さらには神奈川や千葉にある都市がダーゲットになることもあり、そういった場所に向かうとしたら二時間くらいかかってしまう計算になる。
もっとも、到着までにある程度時間がかかったとしても、とくに問題はない。
インベリアンが地球に向かってくる際、大気圏を突破するのになかり長い時間を要するからだ。
その時間を利用して、地球に近づいてくる段階から降り立つ地点が予測され、すかさずインベリアン警報が発令される。
警報発令からインベリアン襲撃まで、おおよそ二時間。
場合によっては、もっと長くかかることもあるだろうか。
キグルミントンであるあたしは、そのあいだに電車で現地まで向かい、到達すればいい。
どうして電車を使うのだろう、と思われるかもしれない。
飛行機では着陸場所がないから無理だとしても、たとえば専用のヘリコプターなんかがあれば、そのほうが速いはずだ。
でも、そういうわけにはいかない。
インベリアンが大気圏を突破してくるとき、上空の気流が激しく乱れるためだ。
だったら車やバイクで送ってもらえばいいのでは、と思われるかもしれないけど、それもまた問題がある。
インベリアンが降り立つと予想される地点から半径十キロメートルの範囲にいる人には、迅速に避難することが義務づけられている。
だからこそ、あたしは人命を考慮する必要なく、思いっきり戦うことが可能となっているのだけど。
避難区域の外側は逃げた人たちでごった返し、非常に混雑することになる。
車でその中を通過すると、下手をすれば徒歩で向かうよりも時間がかかってしまうだろう。
バイクだったら大丈夫かもしれないけど、それでも事故の危険性は避けられない。
だから電車を使う。
インベリアン警報が発令されても、電車だけは止まらない。
必要最低限の人員以外は避難するものの、鉄道の運営自体は続けるように決められているのだ。
避難区域内での仕事に関しては、国から危険手当が支給されるとはいえ、命がけということになる。
鉄道会社の人たちも大変だ。
もちろん、一番命をかけて戦っているのは、このあたし自身になるのだけど。
それなのに時給千円程度のアルバイト扱いだなんて、ちょっと納得がいかない。
時給八百五十円に危険手当てを加算して千円くらいになっているみたいだけど、これってゼッペキ、ひどいバイトだよね?
バイト禁止の学校なのに特別措置として認めてもらっている以上、文句なんて言えない気もするけど。
ちなみに、バイトで失敗したからといって、もらえる金額が減ったりはしない。
以前、盛大にコケていくつかのビルを壊しちゃったときも、とくにお咎めはなしだった。
そりゃあ、面白がってわざとビルを壊したりしたら、いくらなんでも怒られるだろうけど、そうでなければ責められることはない。
インベリアン自体がビルなどを食べてしまう宇宙怪獣のため、そういった被害の一環として処理されるらしい。
地球にインベリアンが襲来するようになったのは、今から三年ほど前のことだ。
当初は成すすべがなかった。
自衛隊やアメリカ軍なんかが応戦に回るも、まったく歯が立たなかった。
足止めくらいなら可能ではあっても、追い払うまでには至らず、多くのビルや建造物が犠牲となった。
インベリアンが標的とするのは、高層ビルなどの巨大な建造物であることが多い。
そのため、狙われるのはもっぱら先進国となる。
各国がそれぞれ、対策を急いだ。でも、有効な対処法は見つけられないまま時間だけが過ぎていく。
敵を倒すことができないのならと、せめて被害が出た場合に迅速に復旧できるよう、超高速でビルを建て直す技術なんかは高まっていったようだけど。
結局のところ、後手に回るだけで、根本的な対処はできなかった。
やがて、自分の国は自分で守れという風潮が強まり、日本に駐留していたアメリカ軍も本土へと撤退していった。
日本としては、自衛隊を強化させて対応に当たったのだけど、ミサイルなどもほとんど効果がなく、完全にお手上げ状態だった。
そんな中、シンバルさんを中心とする研究グループが、感情の力をエネルギーに変換するEE――エモーションエナジーのシステムと、巨大化可能な着ぐるみ兵器であるキグルミントンの開発に成功した。
蹴りやパンチなど打撃を与えるのに合わせて、感情力をインベリアンとの接触点に集約、膨大なエネルギーを奴らの体内にぶち込むことで、内部から組成崩壊を起こし消滅させる。
……などと説明されても、あたしにはチンプンカンプンだったのだけど。
ともかく、キグルミントンとEEがあれば、インベリアンに対抗できるとわかった。
すぐさま国からの資金援助が開始され、大規模な基地が建設されることになった。
それがこの地下神殿基地だ。
防衛省から直々に命を受けた、日本を守るための中枢基地となっていて、ここからキグルミントンが出動することになる。
地下神殿基地から出動する、もふもふとした毛並みが特徴の巨大な着ぐるみ兵器、キグルミントン。
そんなイメージから、もふもふ巨神と呼ばれるようになったのだとか。
日本でインベリアンに襲われる都市は、なにも東京近郊だけに限られるわけではない。
そのため、今ではあたしのいるこの基地の他に、北海道、関西、九州にも、日本防衛隊の基地が建設されている。
そうはいっても、キグルミントンは簡単に量産できるものでもない。
それぞれの基地に一体……というか一着ずつのキグルミントンがあるに留まっている。
他の基地で、どんな人がどんな着ぐるみを着て戦っているのか、あたしは知らない。
インベリアン警報が発令されると、報道関係者にも退避が義務づけられるため、テレビなどで放送されることも雑誌や新聞などに写真が掲載されることもないのだ。
着ぐるみを着ているとはいえ、顔の部分は完全にさらけ出しているわけだから、あたしとしては報道されないのは非常にありがたい。
コケてぶざまにビルを倒壊させる様子なんかも、見られる心配はないってことだし。
こんな危険な仕事、一介の女子高生にやらせないでよね。
なんて思ったりしなくもないけど、あたしはどういうわけかキグルミントンのパイロットとしての適性が高いらしい。
他に適性のある人も見つかっていないと言っていた。
すなわち、あたしがやらなきゃ、誰もキグルミントンを操れないのだ。
正確に言えば、別の基地になら適任者がいるはずだけど、遠くて移動に時間がかかるし、もしその人の不在中に本来の担当地域がインベリアンに襲われたら困る。
だから、あたしがやるしかない!
怖いけど!
キグルミントンは特殊な素材で出来ていて、インベリアンの攻撃をしっかりと防いでくれるのは確かだ。
それでも、絶対とは言いきれないし、痛いものは痛い。
巨大化している状態でコケたりなんかすると、普通に転んだときの何倍もの痛みが襲ってくる。
だけど、やらなきゃやられてしまう。
あたしが戦うのを拒んだせいで東京が壊滅した、なんてことになったら、寝覚めが悪いどころの話では済まない。
それに、あの人も応援してくれてるんだから!
愛しの君の優しい笑顔を思い浮かべ、あたしはにへら~と気色悪い笑みをこぼす。
さて、着替えも済ませたことだし、今日は帰ろう。
あの人と会えたら嬉しいな~、なんて思いながら、あたしはコントロールルームへと足を向けた。
「それじゃあ、あたしは帰りますね。お先に失礼しま~す!」
コントロールルームは、基地のほとんどすべての機能を制御している中枢区画であり、シンバルさんやシェリーさんが普段から居座っている場所でもある。
勝手に帰っちゃっても問題はないのだけど、あたしは一応、挨拶だけしてから基地を出るようにしている。
それは、愛しのあの人もここにいることが多いから、なんていう理由もあったりする。
「お~、お疲れ様、桔花くん! 今日もゼッペキだね!」
「ゼッペキ言うな!」
シンバルさんからの言葉に、速攻で怒鳴り声を返す。
あたしがいつも言っている『ゼッペキ』は、絶対完璧って意味だけど、この人の場合は別の意味になるからだ。
シンバルさんが見つめているのは、あたしの胸の辺り。
つまり、あたしの胸が絶壁のようにすとーんと真っ平らだと言いたいのだ、このオッサンは。
確かにあたしの胸は小さいというか、悲しいことにほとんど膨らんでいないけど……。
こっちは気にしてるんだから、ゼッペキにセクハラだ!
「まぁまぁ、桔花ちゃん。抑えて抑えて。自分で抑えきれないようなら、お姉さんが押さえ込んで、あんなことやこんなことを……ムフフフフ♪」
「シェリーさんもセクハラです!」
この基地には、こんな人たちしかいないのだろうか。
シェリーさんはシンバルさんと幼馴染みだという話を聞いたことがある。
なんというか、完全に似た者同士だ。ため息しか出てこない。
「ふふ、相変わらず桔花ちゃんは元気だね」
不意にかけられたお声! これはまさしく、愛しの君!
「ああああああ、あのっ! ソルトさん、こここここんにちはっ!」
「うん、こんにちは」
ニコッ。
男性だというのに、背景にたくさんの花を咲かせる笑顔なんて!
少女マンガの世界から飛び出してきたと言われても、信じてしまいそう!
一気にテンションMAXにまで到達したあたし。
ああ~ん、もう! すべての嫌なことを吹き飛ばしてくれる爽やかさ!
最高です、ソルトさん!
愛しの君こと、ソルトさん――フルネームは扇坂海水。
そのお名前さえも、麗しい!
二十五歳で、この基地で働く技術者のひとり。
キラキラの笑顔と瞳が特徴の、超絶ゼッペキにカッコいいお兄様だ。
あっ、もちろんあたしの実の兄とかではないからね?
そうだったら結婚できなくなっちゃうもん。
きゃ~っ! 結婚だって! あたしったら、気が早~いっ!
ひとりで真っ赤になって妄想に浸っている姿を、シンバルさんやシェリーさん、そしてソルトさんにまでもバッチリと見られてしまったわけだけど。
「にょっほっほ、桔花くんの暴走妄想っぷりは凄まじいものがあるねん! 動画に撮って投稿したら百万再生くらい行くレベルだ!」
「そんなのダメよぉ~! 見ず知らずの人たちなんかに鑑賞させるなんて、もったいないわぁ~! こういうのは、自分ひとりでこっそり楽しまないとぉ~♪」
「なるほど、一理ある!」
「でしょぉ~?」
などとわけのわからない会話ではしゃいでいるシンバルさんとシェリーさんの隣で、ソルトさんはいつもながらの落ち着いた笑顔を伴い、爽やかにたたずんでいた。
「桔花ちゃん、いつもお疲れ様。インベリアンと戦うなんて、女の子なのに大変だよね。それに、こんな人たちを相手にするっていうのも、苦痛なんじゃないかな?」
うわうわうわぁ~! あたしのこと、心配してくれてるんだ~!
それに、よくわかってくれてる~!
嬉しさで顔は緩みっぱなし。
「あっ、えっと、でも大丈夫です! あたし、頑張ります!」
(ソルトさんのために)
最後にぼそっとつけ加えたりなんかして。
聞こえたのか聞こえなかったのかは定かではないけど、ソルトさんはいつもどおりの爽やかさで、にっこりと微笑んでくれた。
「うん、頑張ってね! ボクも応援してるよ!」
きゃう~ん!
あたしが頑張っている一番の理由はこれよ!
ソルトさんのためなら、悪魔にだって魂を売れるわ!
東京が壊滅?
高層ビルやらレインボーブリッジやらスカイツリーやらが食べられちゃう?
そんなの、知ったこっちゃない!
あたしはソルトさんが応援してくれるから戦う!
ソルトさんが優しく微笑んでくれるから戦う!
結果として守られるものがあるっていうのなら、ついでとしてそうなるだけ。
あたしが戦う理由はただひとつ。
ソルトさんのため――そして、ひいては自分自身のため!
それ以外のなにものでもないのだ!
というわけで、あたしは久しぶりにソルトさんとお喋りできたことに満足し、軽やかな足取りで家路に就いた。
帰宅途中も心ここにあらずで妄想暴走モード発動中だったあたしは、バランス感覚の悪さも相まって何度も転びまくり、膝が傷だらけで大変なことになってしまったのだけど。