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もふもふ巨神キグルミントン  作者: 沙φ亜竜
第1章 キグルミントン、出動!
3/25

-3-

「はぁ、まったく……。シェリーさんってば、美人なのにちょっと変。……ちょっとじゃないな、ゼッペキに変だ!」


 あたしはシャワーで汗を流しながら、ぶつぶつと文句をこぼしていた。

 そんな言葉も、シャワーの音が流してくれる。

 だからこそ、日頃のうっぷんを晴らすには、最適の場所だと考えている。


 もっともシェリーさんに対しては、とくに遠慮するまでもなく、思ったことを直接ぶつけているのだけど。

 それなのに全然変わらないのが、シェリーさんという人で。


「……あたし、汗をたくさんかいてたのに、ニオイを嗅がれて……。臭くなかったのかな、シェリーさん。着ぐるみにこもって蒸れた汗のニオイって、自分でも結構気になるくらいだと思うけど……。この臭さがたまらない、とかいうフェチっぽい感じなのかな、やっぱり」


 実際のところ、着ぐるみには汗などを強力に吸収し、消臭効果も高い素材でできているって話だから、ニオイについてはあまり気にしなくていいみたいだけど。

 そうはいっても、あれだけ密着されて、しかも素肌をさらしている顔の辺りを嗅がれたら、汗のニオイがしないはずはない。


 そりゃあ、まだうら若き女子高生なんだから、オジサンたちの嫌~なニオイと比べたら、ずっとマシだと思うけど。

 ……っていうか、そう思いたいけど。


「シェリーさんと最初に会ったときは、綺麗で聡明そうで、まさに理想の女性像! なんて思ったくらいなのにな~」


 どうやらシェリーさんは、イギリス人とのハーフらしい。お母さんがイギリス人だって言ってたかな。

 だから、顔立ちはどちらかといえば西洋人に近い。

 髪の毛も美しいブロンドで、ついつい手を伸ばして触りたくなるほどだ。


 フローラルで爽やかな香りを漂わせていて、なんというか、そばにいるだけでドキドキしてしまう。

 も……もちろんあたしには、シェリーさんみたいな百合チックな趣味なんてないけど!


「あの人、ほんとにそっちの趣味とかあるのかな~? 美人だからモテそうなのに……」


 シャワーを止めて、バスタオルで髪と全身を念入りに拭く。

 あたしの髪はとってもクセのある性質らしく、よ~く乾かしておかないと、すぐにピンピンと跳ねてしまう。

 それは長く伸ばすとさらに顕著で、自然と音楽家みたいに毛先がくるりんと巻いた状態になってしまうのだ。


 だからなるべく短めに切り揃えて、少しでもクセっ毛が目立たないようにしているのだけど。

 部分的に跳ねてしまうのはどんなに短くしても避けられないし、おまけに頭頂部辺りからは、ふた房ほどの髪の毛がまるで触角のように伸びてその存在を主張する。


 学校の友達には、ゴキブリの触角、なんて言われたことも……。

 あのときは、さすがにゴキブリはイヤぁ~! せめてコオロギにして~! と、魂の叫びを吐き出したっけ。

 触角だけ見たら似たようなもんでしょ、といったツッコミを入れられてしまったけど。




 バスタオルを体に巻きつけ、あたしはシャワールームから脱衣所へと足を踏み入れる。

 しっかり拭いたつもりだったけど、足が床につくたび、ぺちゃ、ぺちゃ、と音が鳴る。

 余計なことを考えながらだったせいで、拭き忘れた場所があったのかもしれない。


 シェリーさんにも、集中力がないと注意されてしまったあたし。

 これまた学校の友達には、『テンイムソウの思考ワープ娘』、などと言われたことがあったりする。

 天衣無縫と天下無双を合わせた上に、『転移夢想』という字を充てるらしい。


 あたしって、そこまでひどく思考が飛んじゃってるのかな……。

 自分的にはしっかりとつながった状態で喋っているつもりだけど。

 それなのに、テンイムソウだのワープだの……。


 コクシムソウだと麻雀だっけ?

 麻雀って、ゲームだとどうして女の子が脱ぐんだろう。

 もしかして実際にそういうルールで麻雀してる人たちがいたりするのかな?


 あたしだったら絶対に嫌だな~。人前ですっぽんぽんになるなんて。

 ……って、今のあたし、まだ服を着てなかった!

 早く着ないと、湯冷めしちゃう。


 そそくさと、ロッカーの前まで移動する。

 着ぐるみを着たり脱いだりするのは、今いるこの基地の中じゃないとできない。

 特殊な素材でできているからだ。


 この基地にはキグルミントン用の着脱ルームが用意されていて、そこで着ぐるみを着たり脱いだりする必要がある。

 女性であるシェリーさんもいるけど、基地にいる科学者やスタッフなどは、圧倒的に男性が多い。

 あたしの着替えを、男の人が手伝ったりするの!? なんて考えて、最初はちょっと怖かったのだけど。

 着ぐるみの着脱は専用の装置によって自動的に行われるため、同じ部屋に人がいたりはしない。


 装置も自分でボタンを押せば起動するような簡単操作なので、あたしみたいなおバカでも全然問題なかった。

 なお、着ぐるみを着る際、下着まで脱いで素肌の上から直接着ることになる。

 素肌との密着度合いが高いほど、強い感情力を得られるかららしい。


 正直なところ、この着ぐるみは今までに着用したどんな下着や肌着よりも、肌触りがよくて着心地がいい。

 汗で蒸れるのだけは難点だけど。

 吸水性が高いはずなのにな~。

 あたしの汗の量って、尋常ではないほどなのだろうか。


「おっと! いい加減、服を着ちゃわないと。裸族じゃないんだから」


 あたしはロッカーを開ける。

 中身は……空っぽだった。


「あ……ありゃ? あたしのロッカー、ここじゃなかったっけ?」


 ぼんやりしているとはいえ、毎回同じ場所を使っているロッカーなのに、間違えたりなんてするかな……?

 ボケボケなあたしなら、充分にありえるかもしれないけど……。

 そこまで考えて、あたしはシャワーに入る前、着脱ルームのロッカーから更衣室のロッカーへ、着替えを移動し忘れていたことに気づく。


 着脱ルームと女子更衣室は、着ぐるみを脱いだあとに直行できるよう、つながっている。

 普段なら着替えを持ってこの更衣室へと入ってくるのだけど、シェリーさんのことで焦りまくっていたあたしは、すっかり忘れてしまっていたのだ。


 ということは、出動する前に脱いだ衣類は、そのまま着脱ルームのロッカーに残されているはず。

 だったら一旦着脱ルームまで戻って、向こうで着替えればいいか。

 そう思った瞬間、声が響いた。


「着替えはここにあるよん。ほれ」

「あっ、ありがとうございます!」


 あたしはその人が差し出してくれた、綺麗にたたまれた状態の衣類へと手を伸ばす。

 …………と、ちょっと待った!


「シンバルさん! どうして女子更衣室に入ってきてるんですか!?」


 怒鳴り声をぶつけつつ、差し出された衣類をじっと見つめる。


「あたしの着てきた制服と、それに下着まで! どうしてシンバルさんが持ってるんですか!? ニオイを嗅いだりとかしてないでしょうね!?」

「桔花くん、僕ちんがそんなことをするように見えるかい?」

「見えるから言ってるんです!」


 キシャーーーーッと、威嚇する猫のようにうなり声を上げる勢いのあたし。

 若干、猫の着ぐるみの影響が、実生活にまで出てしまっている気がしなくもない。

 いやここは、猫みたいに可愛い女の子、と表現しておくことにしよう。

 ……ちょっと、というか、かなり図々しいだろうか。


 それはともかく、あたしの言葉を聞いたシンバルさんは、メガネ越しの目をキラリと光らせる。


「即答、ありがとう! ではお言葉に甘えて……」


 そしてそのまま、手に持ったあたしの制服やら下着やらを持ち上げ、自分の顔へと近づけ始めた。

 ……って!


「嗅ぐな~~~~っ!」


 あたしは秒速数百メートルくらいの速度で衣類を奪い取る。


「にょっほっほ、冗談だ冗談!」

「ゼッペキに冗談じゃありませんでしたよね!?」

「まぁまぁ、いいじゃないか。それより早く着替えたまえ!」

「……そうですね」


 この人と喋っていると、頭が痛くなってくる。

 天然パーマの髪に、大きな四角いレンズのメガネをかけた、少々小太りの中年オヤジといった印象。

 年齢は不詳だけど、実際にはそんなにオジサンじゃないのかもしれない。やけに子供っぽい部分もあるし。


 この人は、大轟深春(おどろきしんばる)さん。こんなおかしな人だけど、キグルミントンの開発者だ。

 しかも、この基地で一番偉い立場の人でもある。科学者としてはとっても優秀らしい。

 ……人間としてはとっても最低だと思うのだけど。にょっほっほ、なんて気色の悪い笑い方をするし。


 ま、こんな人のことは放っておいて、そろそろ着替えを……。


「…………」

「どうした? 早く着替えないのかい?」


 シンバルさんは実に落ち着いた声で、努めて優しく話しかけてくる。


「その前に出ていけ~!」


 ハイキック炸裂。あたしの足は、見事にシンバルさんのアゴを直撃していた。

 体のバランスが悪いから、ちょっとよろけてしまったけど、あたしの関節は結構柔らかいのだ。


 それで観念したのだろう、シンバルさんは更衣室から立ち去る。

 ドアを閉める間際、シンバルさんはこちらには視線を向けず、こんな言葉をかけてきた。


「ひとつ忠告しておこう」

「なんですか?」


 どうせまた、くだらないことでも言うんでしょ、という呆れを含んだジト目を向ける。


「バスタオル一枚でハイキックなんてすると……見えるぞ?」

「早く消え去れ! この害虫~~~っ!」


 予感は見事に的中したようだ。

 シンバルさんがいなくなると更衣室内は途端に静まり返った。


 あんなふうに言ってはいたけど、角度的に考えてシンバルさんに見られたとは思えない。

 でも、パンツも穿いていない状態だったから、もし見られていたらモロに……。

 そう考えると、恥ずかしいことこの上ない。

 周りに他の男性がいなくてよかった。ほっと安堵の息をつく。


 ……いやいや、シンバルさんがいたことで感覚がマヒしてたけど、ここは女子更衣室なんだから、そんなのありえないって!

 まったく……あの人は……。


 キグルミントンを開発した科学者であり、この基地で一番偉い人。

 あたしはあのシンバルさんによって、キグルミントンのパイロットに選ばれた。


 選出する際の条件はふたつ。

 ひとつは感情の力を効率よく引き出せること。

 そしてもうひとつは、女子高生であることだった。


 箸が転がっても笑う年頃、なんてよく言われるから、強い感情を持っていると考えられているらしいけど。

 それよりも、絶対、ゼッペキに、シンバルさんの趣味だと思う。

 あたしがそう追求してみたら、シンバルさんはただただ気色の悪い笑い声を上げるのみだった。


 嘘でもいいから否定しろよ! なんて思ったものだけど。

 あんなおかしな感じの人ではあるけど、意外に温かい部分があったりするのも、また事実なんだよね。


 下着を身に着け、制服に袖を通す。


 よくよく見てみれば、わずかだけどほころびかけていたはずの袖口が、綺麗に修繕されているのがわかった。

 ああ見えて、手先が器用なシンバルさん。裁縫なんかまで、そつなくこなす。

 出かける前にほころびに気づいて、あたしがいないあいだに繕ってくれたのだろう。


「シンバルさん……」


 うっかり、ほんわかした気持ちになりかけたけど。

 たとえそうだったとしても、下着まで持っていく必要なんて全然ない!

 やっぱりあの人は、単なる変態だ。間違いない!


「あの腐れ外道~~~~っ!」


 あたしは再び、怒りの感情を爆発させていた。


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