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もふもふ巨神キグルミントン  作者: 沙φ亜竜
第1章 キグルミントン、出動!
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-2-

 あたし、紫月桔花(しづききっか)は高校一年生。

 もふもふ巨神とも呼ばれる、キグルミントン・ニャンコのパイロットをしている。

 パイロットとはいっても、中に乗り込んで操縦しているというわけじゃない。

 着ぐるみを着たあたし自身が巨大化しているだけだ。


 巨大なマルチーズとの壮絶な戦いを終えたあたしは今、基地へと向けて帰還中。

 すぐ横には年上の女性がつき添っている。


「今日もお疲れ様。大変だったな」

「まったくです!」


 サバサバしたちょっと男っぽい口調で、あたしに労いの言葉をかけてくれたこの女性は、早房(はやぶさ)シェリーさん。

 キグルミントンプロジェクトの中核を担う科学者のひとりだ。


「あのマルチーズ、可愛い顔をしてるくせに鋭い爪と牙があって、とってもいやらしい敵でした!」


 ぷんすかと怒りをあらわにするあたしに、シェリーさんは温かな視線を向けている。


「エッチなことでもしてくる敵だったのか?」

「そのいやらしいじゃないです!」


 温かな、というより、生温かな、と表現すべきだったかもしれない。

 シェリーさんの言葉で、消したい過去がフラッシュバックする。


「……以前のタコのインベリアンは、本当にいやらしい敵でしたけど……。ぬめぬめした足を絡めてきて、吸盤が吸いついてきて……」


 思い出しただけで、全身におぞ気が走る。


「あ~! あのときは萌えたな~」

「も……萌えないでください!」


 どうやらシェリーさんの頭の中では、あたしとは真逆の記憶として残っているようだ。


「だって桔花ちゃんが、とってもいい声であえぐから! あぁ~ん、やめて~、そこはダメぇ~、なんて艶かしい声で……」

「忘れてください!」


 体をくねらせながら、あたしのモノマネを繰り出すシェリーさんに一喝。

 黒歴史をほじくり返すのはやめていただきたいものだ。

 もっとも、忘れていたはずの記憶を呼び起こしてしまったのは、明らかにあたしの不用意なひと言が原因だったのだけど。


「通信の声は録音してあるから、しっかりデータとして残ってるんだ。すっぱり諦めろ」

「うぐっ……!」

「私はデータを変換して、着ボイスとして使わせてもらってるけどな!」

「それは消せっ!」


 思いっきり頭を引っぱたく。

 目上の人に対して手を上げたり命令口調だったりしたことには言及せず、シェリーさんはしぶしぶながらもケータイをいじり、データを削除してくれているようだった。

 ……と思ったら。


『あぁ~ん、やめて~、そこはダメぇ~! いやん、締めつけないで~! ぬるぬるする~!』


 シェリーさんの持つケータイから流れた、艶かしい女の子の声。

 それは紛れもなく、あたしの声で……。


「間違って再生してしまった。……てへ♪」

「てへ、じゃな~い!」


 何度も殴る殴る殴る!

 肉球パンチ(丶丶丶丶丶)だから、大した痛手を与えられないのが、少々悔しいところだ。


「あ~んもう! ゼッペキ最低です!」

「ゼッペキって、桔花ちゃん、よく言ってるけど……それ、変だろ」

「いいんです! 絶対完璧って意味の最上級なんです! 自分なりの言葉を作って表現するんです! あたし語です!」

「あたし語って……」

「友達には、桔花語はわけわからん、とか言われるけど……」

「桔花ちゃんは学校でもやっぱり、桔花ちゃんなんだな」

「ど……どういう意味ですか!?」

「いい意味でだ」

「ゼッペキ馬鹿にしてますよね!?」




 あたしたちがこんなことを言い合っている場所は、電車の車内。

 東京都心から基地のある郊外へと帰還している最中だ。当然ながら、周りには他の乗客もいる。

 でも今さら注目されることに抵抗はない。

 だからこそ、恥ずかしげもなく大声で叫んだりしているわけだけど。


 注目されるというのは、なにも大声で叫んでいるからというだけではなく、別の理由もある。

 あたしが今、ネコの着ぐるみを着ているという理由だ。


 この状態では、仮に無言で電車に乗っていたとしても、チラチラと視線を向けられるのは避けられない。

 最初の頃はさすがに恥ずかしかったけど、人間というものは慣れてしまう生き物らしい。


 この着ぐるみは言うまでもなく、インベリアンであるマルチーズと戦っていたときに着ていたもの。

 あたしは着ぐるみを着た状態で巨大化して、敵と戦うという任務を課せられている。

 それが、キグルミントン・ニャンコとしての役割なのだ。


 あたしが着ている着ぐるみは、特殊な素材でできた、いわば超強化着ぐるみとなっている。

 インベリアンの攻撃でも破けたりしない耐久性と、ある程度までの衝撃なら完全に吸収する弾力性を併せ持つ反面、基地でないと着たり脱いだりできないという欠点がある。

 耐久性と引き換えに通気性には劣っているため、暑くて汗だくになって蒸れてしまうというのも大きな欠点だろう。


 あたしは基地で着ぐるみを着て、電車でインベリアン襲来の予測地点へ移動、到着したら巨大化して戦っている。

 その際、指示を与えてくれるオペレーターが必ず同行する。

 今回はシェリーさんが来てくれたけど、他の人がオペレーターをする場合もある。


 なおオペレーターの役目は、実際に戦うあたしへの指示や注意などの他に、もうひとつ存在している。

 それが、キグルミントンの巨大化だ。


 キグルミントンスターターと呼ばれる機械を手に持ち、その状態で指を伸ばし、着ぐるみのつむじ辺りにあるスイッチを押す。

 機械から指先を通して電気が流れ、一気に巨大化する仕組みになっているらしい。


 どうしてつむじが起動ボタンになっているのかは、あたしにはよくわからない。

 それに、あたしが一気に巨大化してしまったら、つむじを押したオペレーターは吹き飛ばされてしまうのではないだろうか、といった心配も湧き上がってくるけど。

 オペレーターは効果的な回避法を会得しているため、気にしないでいいと言われている。


 ちなみに、巨大化状態からもとに戻る場合は、単純に頭の中で戻りたいとイメージすればいいだけだ。

 とっても簡単。


 とはいえ、気持ちが安定していないと機能しないようで、戦っている最中に巨大化を解くことはできない。

 すなわち、ピンチになったから撤退~! なんてズルはできないのだ。

 もとより集中力のないあたしは、戦いが終わったあとでも、巨大化の解除に手間取ることが多々あったりするのだけど。


「感情が豊かなのはいいけど、桔花ちゃん、集中力なさすぎだからな」


 シェリーさんからも、そんな苦言をぶつけられる。


「それがお前の能力とも言えるし、だからこそキグルミントンのパイロットとして選出されたという部分もある。だが、目の前に敵が迫っているのに、妄想で頭をいっぱいにさせるのはちょっとな……」

「も……妄想なんて言わないでください!」

「妄想でもいいんだけどな。それがEEに直接変換されるほどの強いものであれば」


 EE。

 エモーションエナジー。

 それが、キグルミントンの力の源。


 人間の持つ感情の力がエネルギーとして変換され、巨大な着ぐるみ全体に広がり、敵を打ち砕くための原動力となる。

 このEEシステムが搭載されているため、感情が高ぶっていると強制接続状態となり、気持ちが安定するまで巨大化の解除ができなくなってしまうのだとか。


「ただ桔花ちゃんの場合、集中できていないせいで、せっかくのエネルギーが空中に霧散して消えていく率が高いのが難点だな」

「うっ……。すみません……」


 がっくりと項垂れる。

 今日は結構上手くこなせたほうだと思うけど……。

 確かに、あたしでは実力不足な感は否めない。


 ミサイルだとか、なんちゃら光線だとか、そういった武器でもあればいいのだけど。

 キグルミントンに武器は一切ない。

 頼れるのは己の肉体のみ。

 インベリアンとの戦いは、完全な肉弾戦となるのだ。


 こう言っちゃなんだけど、格闘技なんて苦手以外のなにものでもない。

 学校の授業で一番好きなのは体育だけど、好きなのと得意なのは違う。

 体育が好きといったって、相対的なものでしかないし。


 勉強も苦手、芸術的な教科も苦手。

 元気だけが取り得のあたしとしては、思いっきり体を動かせる体育が好き、というだけだ。

 成績だって、体育だけは一生懸命さを考慮してもらえれば五段階評価で四くらいなら取れる可能性があるけど、他は三を超えたことがない。


 さらにあたしは、なにやら体のバランス感覚もおかしいらしく、なにもないところで転べるという特技まである。

 そのため、巨大化した状態で盛大にコケて、高層ビル群を大量に倒壊させてしまった過去も持っている。


 戦いにおいて周囲の建造物に被害が出たとしても、責任を負わされるようなことはないから、大きな問題にはならなかったけど。

 そうはいっても、あれは明らかにあたし自身のドジのせいで引き起こされた大惨事。

 申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまい、家に帰ったあとは自分の部屋にこもって、ひと晩中泣き続けたっけ……。


「やっぱりあたし、キグルミントンに向いてないかも……」


 ぽつりとつぶやきが漏れる。


「……そんなことはないだろ。適性があるからこそ……最大限にキグルミントンの能力を引き出せるからこそ、お前がパイロットとして選ばれたんだ」


 シェリーさんは温かな言葉をかけてくれたけど。


「でもあたしじゃ、明らかに実力不足ですよね!?」


 あたしの感情は止まらない。涙腺も開いたまま、大粒の涙が頬を伝ってこぼれ落ちる。

 そっと、シェリーさんが両腕を伸ばし、あたしの体を包み込む。


「大丈夫。お前はよくやっている。自信を持て。……な?」

「…………はい」


 優しい温もり。

 シェリーさんは、まるでお母さんのように思えた。


 年齢的にはあたしのお母さんよりもずっと年下だから、とても失礼な感想かもしれないけど。

 あたしにとっては、お母さんのように優しく温かく、そして時には厳しく叱ってくれる、そんなかけがえのない存在……。

 シェリーさんに身を委ね、目をつぶって彼女の体温を全身で感じる。


 実際には、着ぐるみの内部にこもった自分自身の汗と熱気に阻まれ、シェリーさんの温もりなんてほとんど感じられないはずだけど。

 それでもシェリーさんの腕に包まれて、あたしは気持ちを落ち着かせていった。


 そのとき。

 不意に、なにやら荒い吐息までもが感じられるようになった。


「女子高生の汗のニオイ……はぁはぁ……」


 目を開けてみると、あたしの顔のすぐ横――頬の辺りに鼻先を寄せ、恍惚の表情でニオイを嗅いでいるシェリーさんの姿があった。


「ちょ……っ!?」


 着ぐるみのせいで汗だくになって、蒸れ蒸れ状態のあたしのニオイを、相手が女性とはいえ嗅がれているなんて!


「シェリーさん、なにしてるんですか!? 離れてください!」

「いいじゃないのぉ~! もうちょっと、楽しませてぇ~!」

「うぎゃ~っ! やめてください~!」


 身をくねらせて逃れようとするも、がっちりと抱きしめられたあたしに脱出するすべがあるはずもなく。

 ひたすらシェリーさんに汗のニオイを嗅がれる羽目になってしまった。


 とっても美人でスタイル抜群で、男らしい口調もすごくカッコよくて素敵なのに、どうしてこんなに変態なんだか、この人!

 こんなふうに変態的行為を仕掛けてくるときだけ、妙に甘ったるい喋り方になるというのも、ギャップがありすぎて困惑する原因となっている。


「シェリーさんのほうが、インベリアンよりずっといやらしいです!」

「ふふっ、ありがとう♪」

「褒めてな~い!」


 こうして走行中の電車の片隅にて、着ぐるみ女子高生と大人の女性が絡み合い、騒がしくわめき散らす光景が展開されることになるのだった。


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