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もふもふ巨神キグルミントン  作者: 沙φ亜竜
第5章 深まる亀裂、バラバラの心……
19/25

-3-

 翌日。

 学校でものわちゃんは、あたしとまったく口を利いてくれなかった。

 あたしは意を決し、休み時間のたびに声をかけようとしていたのだけど、のわちゃんはその度に素早く席を立って逃げていってしまう。


 トイレに行くのならと思い、「あたしも一緒に~」と言って追いかけると、ダッシュで階段に駆け込む。

 あたしの足が遅くて、とくに急いで階段を上り下りするのが苦手なのを、よく知っているからだ。

 前日に持ち帰るのを忘れた水着のせいで、怪人カビ女が二体同時に現れるというありえない状況となった体育の授業でも、のわちゃんはあたしのことを完全に無視していた。


 小学校に上がった頃からずっと仲よしで、どこに行くのもたいてい一緒で、いつでも心の支えになってくれていたのわちゃん。

 からかわれるような言葉をぶつけられたり、あたしがトロいのが悪いとはいえ、ものすごい勢いで怒鳴りつけられたり、そんなことも多かった。

 それでも、そばにいてくれるのが当たり前で、唯一無二の存在で、かけがえのない大切な親友だと思っている。


 だけど、のわちゃんは声をかけてくれない。

 こちらから声をかけても答えてくれない。

 寂しさと切なさと情けなさが入りまじって生まれた闇が、あたしの心を蝕んでゆく。


 もう本当に、あたしのことなんて、いらなくなっちゃったの?


 普段なら眠くなる午後の授業時間でも、あたしはまったく眠気を感じなかった。

 眠りこそしなかったものの、当然のごとく授業内容は耳から耳へすり抜けていくばかり。

 結局いつもと変わらず、何度も先生から「紫月~、ぼーっとするな~」と注意を受ける羽目になった。


 そんなとき、いつもなら後ろの席ののわちゃんが、「まったくあんたは、いつもいつも……」と、ため息まじりの苦言を飛ばしてきたりするのだけど。

 今日ののわちゃんからは、なにも飛んでこない。

 しいて飛んできているとすれば、すぐ前の席だからいやおうなく視界に入ってしまうあたしの後頭部に向けられる、怒りを含んだ視線くらいだろうか。

 授業中だし、後ろを振り向いて確認したわけではないけど……。


 そんな中、通信端末に緊急呼び出しの連絡が入った。


「ひゃっ……!」


 振動モードにしてポケットに入れていたあたしは、いつもどおりビックリして小さく悲鳴を上げ、一瞬身を震わせる。


「先生、私……鍵宮のわ、体調不良のため早退します」


 行動の早いのわちゃんは、すぐさまそう言って席を立った。


「あ……あのっ、あたしも……紫月桔花も、早退します!」


 焦り声を響かせながら、あたしも急いで教科書やノートなんかをカバンに詰め込み、教室を出る。


「のわちゃん、待ってよ~!」


 パタパタと廊下を走っていくと、どうにかのわちゃんに追いつくことができたけど。

 どれだけあたしが声をかけようとも、まったく反応を示してくれない。

 昼過ぎの痛いくらいに降り注ぐ日差しの中、あたしは黙々と走ることしかできなくなってしまった。




 基地に入り、素早く着ぐるみに着替える。

 着脱ルームを出ると、他のふたりはすでに着替えを終え、今回オペレーターとしてついてくるシンバルさんとともに待っていた。


「遅いわよ、桔花!」

「う……うん、ごめん」


 怒鳴りつけられただけではあっても、のわちゃんが声をかけてくれたということに安堵感が生まれる。


「なに、ニヤついてるのよ。あんた、反省してないわね!?」

「あぅ……」

「まぁまぁ、いいじゃないですかぁ~」


 愛憂ちゃんがリップクリームを塗りながら、のんびりとしたなだめ声を挟んできた。


「よくないわよ! 戦場での気の緩みは、死につながるわ!」


 のわちゃんは一向に気持ちを静める気配がない。

 キッとあたしに睨みを利かせ、のわちゃんは言葉を続ける。


「桔花、来るのはいいけど、足を引っ張らないように気をつけてよね!」

「うっ……」


 なにも言い返せなかった。


「現場では私の指示に従うのよ! たとえゲジゲジとかゴキブリとかの姿をしたインベリアンでも、戦ってもらうからね!」

「ひぃ……!」


 ゲジゲジとかゴキブリとかをイメージしてしまい、あたしは身を縮こませる。


「命令違反には罰則を与えるわ! すごく嫌なことをさせるわよ! そうね、例えば……」


 ちらりとシンバルさんに視線を向けるのわちゃん。


「シンバルさんとキスとか!」

「えええええ~~~っ!?」


 そそそそ、そんなの、ゼッペキにイヤぁ~~~~!


「そんなに嫌かね? ま、いいけどねん。嫌がる女子高生と無理矢理キス! ムフー! それはそれで興奮するシチュだね~!」

「ちょっと、シンバルお兄ちゃん!」


 見かねた愛憂ちゃんが、珍しく怒りの声を上げる。

 そっか、愛憂ちゃん、シンバルさんのことが好きだって言ってたもんね。

 どこがいいのか、あたしにはまったくもって理解不能なのだけど。

 でもそんな愛憂ちゃんは、逆に怒られる側に回ってしまった。


「こら、愛憂くん。基地ではお兄ちゃんと呼ぶなと言ってあるだろ?」

「はう……ごめんなさい、シンバルさん……」


 愛憂ちゃんは、なんだかとっても悲しそうな表情だった。


「とにかく、早く現場に向かうぞ!」

『は……はいっ!』


 あたしたちはようやく、現場へと向けて駆け出した。




 電車を乗り継ぎ、インベリアンの降り立つ予測地点に到着した。

 そこは全面鏡張りの超高層ビルが立ち並ぶ、湾岸地域に作られた新しいビル街だった。

 つむじのスイッチを押してもらい、巨大化したあたしたちキグルミントンの背丈よりも、さらに高いビルがいくつも林立している。


『この辺りのビル群は、最新式の高級オフィスビルなんかが多い。なるべく被害を出さないようにと、防衛省からお達しが来ている。気をつけて戦ってくれたまえ!』


 シンバルさんから通信が入る。

 なるべく被害を出さないように。そんなことを言われたって、相手次第だと思うけど。


 やがて、その相手であるインベリアンが、空から地上へと降り立った。

 先回りすることには成功している。被害を最小限に抑えるための、最高の滑り出しだ。

 それなのに、一瞬にして形勢逆転の様相。


「な、なによこいつ!?」

「うわぁ~、大っきいですね~!」


 のわちゃんと愛憂ちゃんも驚いている。あたしなんて、ぽか~んと口をだらしなく開けて声も出せなかった。

 空から降りてきたインベリアンは、ライオンの姿をしていた。

 百獣の王だから見るからに強そうではあるものの、なんとなくぬいぐるみ風でもあり、しかも二本足で立っている様子から考えれば、ここ最近のカエルやら虫やらと比べたら基本に忠実(?)で戦いやすい相手だとも言える。


 ただ、今までとは明らかに違う部分があった。

 それはインベリアンの大きさだ。

 巨大化したあたしが思わずぼへ~っと見上げてしまうくらいに、巨大なサイズだったのだ!

 超高層ビル群から、頭ひとつどころか胴体の一部まで出るくらい、突き抜けている。


 あたしたちキグルミントンの、倍以上の身長があるだろうか。

 重量感漂う胴体や大きく広がったタテガミが、敵をさらに大きく見せている。


 子供対大人。いや、カメ対ウサギ。いやいや、ありんこ対アフリカゾウくらいの、圧倒的な不利。

 不利どころか、相手にすらならない。

 そんなあたしの感覚は、見るからに明らかではあったけど、やはり正しかったと言わざるを得ない。


 地上に降り立った途端に、ライオンは敵であるあたしたちを認識した。

 意外と素早い身のこなしで、のわちゃんに強烈な体当たりを仕掛けて弾き飛ばす。

 間髪を入れず、愛憂ちゃんへと一直線、ライオンの頭突きがハト胸を激しく襲う。


 あたしはどうにか近づいて、せめて足止めくらいでも、と考えていたのだけど。

 ライオンは続いてぎゅるりんと方向転換、目が合ってしまったあたしに向かって一気に間合いを詰め、鋭い爪と牙を繰り出してくる。


「ぎゃっ……!」


 すんでのところで噛みつきの一撃は避けたものの、爪までは避けきれない。

 あたしの右腕……キグルミントンの強化された革を貫いた先にある右腕の肉を削ぐ。

 かすった程度なのに、繰り出された閃激はあたしの腕に激しい痛みを与える。


「ぐっ……! い……痛い……っ!」


 必死に堪えるけど、涙は無意識に溢れてくる。


「桔花! 大丈夫!?」


 のわちゃんが……あたしを邪魔者扱いして排除しようとしていたのわちゃんが、心配の声をかけてくれた。

 自分だってライオンの体当たり攻撃を受けたのに。

 あたしのことを一番に心配してくれているんだ。

 ……と思ったのだけど。


「あんた、トロいんだから、余計なことはしなくていいわよ! 邪魔にならないように隠れてなさい!」


 叫ばれた言葉は、事実上の戦力外通告だった。

 あたしなんかじゃ、なんの役にも立たない。そう言われているのだ。

 腕の痛みよりも、心の痛みがつらい。


 ともあれ、のわちゃんはリーダー。のわちゃんの命令には絶対服従。

 あたしは言われたとおり、どこか安全な場所に隠れて、ぶるぶると震えていればいいんだ。

 情けなくて悔しくて、涙が止め処なく溢れ出す。


 でも、事態がそれで収まるはずもない。


「ちょっと愛憂! あんたも、なにやってるのよ!」

「どうにかして押さえつけようと~……」

「私の攻撃の邪魔になるでしょ! もっと考えて動きなさいよ!」

「そ……そう言われましても~。のわさんの動きも不規則ですから、対応しきれないです~。せめて、あらかじめ作戦を……」

「敵はすでに目の前にいるのよ!? そんな暇、あるわけないじゃない!」


 のわちゃんの苛立ちは、愛憂ちゃんにも向けられていた。


 なによ、のわちゃん。

 隠れながらも様子を見ていたら、自分だって焦りまくって、まともな動きなんてできてないじゃない。

 それなのに、愛憂ちゃんに八つ当たりなんかして。

 愛憂ちゃんだって必死に頑張ってるのに、逆に文句を言われて、ライオンからはさらなる打撃も受けて……。


 普段からとっても温厚な愛憂ちゃんでも、反論を返す場面が多くなっていた。


 わかってる。

 のわちゃんだって、リーダーとしての責務をまっとうしようと一生懸命なのだ。

 それでも、から回りしている感は否めない。


 一方あたし自身も、隠れているよう言われているのに、上手く立ち回りできない。

 ライオンがビルのあいだを器用にすり抜けて、縦横無尽に動き回っているのだから、一ヶ所に留まっているわけにはいかない。

 だからこそ、死角になりそうな場所を必死に探して、そこまで移動して身を隠す、という動作を繰り返していたわけだけど。


 全面鏡張りのビルが数多く立ち並ぶこの界隈。

 当然ながら、キグルミントンであるあたしたちや敵であるライオンの姿も、そのビルに綺麗に反射して映り込む。

 それが混乱を引き起こす原因にもなっていた。


 ビルに映ったバニースーツに反応し、こっちにのわちゃんがいる! だったら反対方向へ行こう! と思って身を滑り込ませた方向にのわちゃんの本体がいて、頭ごなしに苦言をぶつけられたり。

 ライオンの足がこっちに映ってる! だったら反対側に逃げれば! と思ったら頭上でライオンが大きく口を開けていたり。


 ライオンのインベリアンにとっては、頭ひとつ分以上、ビルから上に出た部分が視点となるため、さほど混乱はないと思われる。

 それに対してあたしたちは、自分の背丈よりも高い、全面鏡張りの高層ビル群の中に身を置いているのだ。

 体の大きさだけでなく、状況的にもかなりのハンデを背負っていると言える。


 ライオンが自ら、ビル群をぶち壊しながら暴れてくれたりすれば、被害は出てしまうけど、戦いやすくなるのに。

 たくさんのビルを綺麗なまま残し、あたしたち全員を始末したあとで存分に味わおうとでも思っているのか、ライオンのほうも器用にビルを避けて戦っている。


「もう! 桔花! なにちょこまか動き回ってるのよ! 邪魔にならないように、じっとしてなさい!」

「そ……そんなこと言ったってぇ~……。ぐすっ……」

「こんなときに泣きべそかいてるんじゃないわよ! ああもう、この底抜け役立たず!」

「ふ……ふえぇ……」

「まぁまぁ、のわさん~。落ち着いてください~」

「あんたのその間延びした声も、妙にイラつくのよ!」

「そ……そう言われましても~……」


 文句をぶつけるのわちゃんも、八つ当たりされている愛憂ちゃんも、泣きじゃくっているあたしも。

 何度も敵の攻撃を食らい、傷だらけになっていた。


 巨大なライオンのインベリアンを前に。

 あたしたち三人の体はボロボロで、そして心はバラバラだった。


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