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もふもふ巨神キグルミントン  作者: 沙φ亜竜
第5章 深まる亀裂、バラバラの心……
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-2-

「どうしたんですかぁ~?」

「にゃぁ~~~っ!?」


 薄暗く静かな階段で、不意に声をかけられたあたしは、驚いて大きな悲鳴を上げてしまった。

 猫っぽい悲鳴になっていたのは、キグルミントン・ニャンコなんてのをやっているせいだろうか。


 そんなことより、振り向いてみれば、そこに立っているのは愛憂ちゃんだった。

 きっと足音くらいは響いていたに違いない。

 だけど、思考ループ状態のあたしの耳には届かなかったらしい。


「なんだ、愛憂ちゃんか~。びっくりした~!」

「びっくりしたのは、こっちですよ~。こんなところで、なにをぶつぶつ言ってたんですかぁ~? ときおり妙な笑い声まで出して……」

「にゃ……にゃ~~~……」


 ついつい再び猫のような声を漏らしつつ、あたしは頭を抱える。

 恥ずかしい姿を見られてしまった。

 ……これまでも醜態をさらしまくっていたのに、なにを今さら、と突っ込まれそうだけど。


「ソルトさんの問診だっけ? もう終わったんだ」

「ええ、さくっと終わりました~」


 あたしが問いかけると、愛憂ちゃんはそう言いながら、リップクリームを取り出して唇に塗り始めた。


「愛憂ちゃんは、今日も唇のケアに余念がないのね」

「もちろんですよぉ~」


 愛憂ちゃんは普段から、リップクリームを頻繁に塗っている。

 このタイミングでリップクリームを塗るっていうのは、塗ってあったクリームがなくなって、新たに塗り直したってことよね。

 ということは、まさかソルトさんとふたりっきりになって、キスしてたとか……?


 いやいや、そんなこと、あるはずない……よね……?

 でも……。

 もしそうだったら、今愛憂ちゃんとキスすれば、ソルトさんと間接キスになる?


 なにやらおバカなことを考えてしまい、あたしは無意識のうちに愛憂ちゃんのつややかな唇を凝視していた。

 ……前にもこうやって、愛憂ちゃんの唇をじっと見つめたことがあったような……。

 そんなあたしの視線に気づいているのかいないのか、愛憂ちゃんはこんなことを言ってきた。


「さっき、のわさんに役立たずなんて言われてましたよぉ~? 反論しなくてよかったんですかぁ~?」


 反論……なんて、できるはずがない。


「だって、ほんとのことだもん」

「あらあら~」


 納得ずくで言葉にしたはずなのに、熱い雫が瞳から頬を伝って足もとの階段を濡らす。


「あたし、キグルミントンなんてやめたい……」


 愛憂ちゃんは、あたしの頭をそっと包み込むように、抱きしめてくれた。

 ほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「他に代わりはいないんですよ~?」

「愛憂ちゃんやのわちゃんがいれば、大丈夫でしょ?」

「もう……そんなこと言わないでくださいよ~」


 ちゅっ。

 リップクリームを塗ったばかりの唇が、あたしの頬に一瞬だけ触れた。


「桔花さんのほっぺから伝わってきました~。わたしぃ~、唇は敏感なんですから~。桔花さん、怖いんですね~?」

「うん……怖いよ。だって、相手は宇宙怪獣だもん」


 それに、別の怖いことも……。

 あたしはソルトさんのことを思い浮かべる。


「さっき、愛憂ちゃん、ソルトさんにべったりくっついてた……」

「あ……あら~」


 きょとんと目を丸くする愛憂ちゃん。


「桔花さん、そうなんですかぁ~。好きなんですね~、ソルトさんのこと~」

「あっ……、いや、べつに、そういうわけじゃ……!」


 本音を吐き出してしまっていたことに、遅まきながらに焦りまくり、否定するあたしだったのだけど。


「いいんですよぉ~、素直になって~。わたしぃ~、ソルトさんのことなんて、なんとも思ってませんから~」

「そう……なの? ……あれ、それじゃあ、なんとも思ってないのにキスしたの!?」

「え~? わたし、キスなんてしてませんよぉ~?」


 あ……そうだった。それはあたしの勝手な思い込みで……。


「ふふっ。でも、本気なんですね~。だったら代わりに、教えちゃいます~。わたしぃ~、シンバルさん……シンバルお兄ちゃんのことが好きなの~」

「え……ええええええっ!?」


 あの小太りでいやらしそうな、真四角メガネの変態おじさんのことが、好き!?


「そんなに驚かなくても~……」


 いやいや、驚くでしょ。といった本音は飲み込んでおく。


「あ~、うん、ごめん。でもさ、最初の出動のときとか、ソルトさんにべったりくっついて、顔も近づけて、胸まで押しつけてたよね? だからあたし、てっきり……」

「あら、そうでしたっけ~? わたしぃ~、視力が弱くって~。話すときは相手の顔も見えにくいから、知らないうちに近づいちゃうんですよねぇ~。胸までくっついていたなんて、気づかなかった~。ちょっと恥ずかしいかもぉ~」


 愛憂ちゃんが言うには、唇だけじゃなく目とか肌とかも敏感で、コンタクトレンズもダメだし、メガネすら鼻や耳の後ろがかぶれてしまって使えない体質なのだとか。


「それで、くっついたりしてたのね。……さっきも、そうだったんだ」

「いえ~、さっきのは、実はわざとだったりして~」

「ええっ!?」


 この子、やっぱりソルトさんを誘惑してたのね!?

 だったらさっきのシンバルさんが好きなんて話も、全部嘘っぱち!?

 という考えは、完全に間違っていて。


「ああすれば、少しはシンバルお兄ちゃんの気を引けるかなって思って~。作戦は失敗に終わっちゃいましたけど~」


 つまり、ソルトさんは使われただけだったんだ。なんだか、かわいそうかも。

 愛憂ちゃんは、真っ赤に染まった頬を両手で押さえている。


「だけどさ……お兄ちゃんなんて呼んでるけど、愛憂ちゃんは姪っ子だって言ってよね? だとすると、親戚になるんじゃ……」

「ええ、叔父さんにあたる人ですね~。でも、そんなの関係ないですよ~! だからこそ、わけもわからなかったけど、この基地まで来たんだし~。それに姪っていっても義理のだから、結婚だって可能なんです~。愛があれば年の差なんて、全然障害にはならないんですよ~。きゃ~、言っちゃったぁ~!」


 愛憂ちゃんはきっぱり言いきりながらも、恥ずかしさで身悶える。

 そっか。ほんとに本気なんだ。

 笑みがこぼれる。肩の荷が下りた気分だった。

 もっとも、もうひとつの別の重い荷物は、まだしっかりとあたしの肩の上に乗っかったままなのだけど。


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