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電車の中でも歩いているときも、基地に向かうまでのあいだ、あたしたちは終始無言だった。
あんなに怒っていたのわちゃんも、まったくなにも言わない。
普段ののわちゃんだったら、ある程度文句を吐き出し続けたあと、「ま、いいわ」とか言って終わりになるところなのに。
のわちゃんがいまだに怒っているのは、その険しい表情からも読み取れる。
あたしは気になって気になって、何度ものわちゃんの顔を盗み見ていた。
怒っているだけじゃなくて、ずっとなにか考え込んでいるような、そんな感じだった。
基地に帰り着き、キグルミントンの着脱ルームに入った。
汗でべっちょりになった着ぐるみを脱ぎ、生まれたままの姿になる。
着脱装置から出たあたしは、ロッカーから下着と制服を取り出した。
ただ、そのまま着るわけにもいかない。シャワーで汗を流さないと、気持ち悪すぎる。
着脱ルームのすぐ隣は、シャワールームだ。
着ぐるみを脱いですぐにシャワーに向かえるよう、着脱ルームから直接、女子更衣室まで出られる構造になっている。
あたしは更衣室の自分専用ロッカーに着替えを置き、体にバスタオルを巻く。
バスタオルは、名前が刺繍されたものが用意されていて、使い終わったら洗濯かごに投げ入れておけば洗っておいてもらえる。
持って帰って家で洗ったほうがいいかな~と考えたこともあったけど、かさばるし、いつ呼び出しがかかるかもわからないのだから、基地で洗濯してもらって置いてあったほうがいいという結論に達した。
シャワールームに足を踏み入れると、激しい水音が聞こえてきた。
のわちゃんと愛憂ちゃんも汗を流しているのだろう。
シャワーは個室に分かれている。入り口はすりガラスになっているため、誰かが入っているのはわかるものの、そこに誰がいるかはわからない。
とはいっても、使われている個室はふたつだけなのだから、のわちゃんと愛憂ちゃんのふたりで間違いないはずだ。
空いている個室に入り、あたしもシャワーを浴びる。
「冷たっ!」
シャワーから勢いよく飛び出してきたのが冷水で、慌ててお湯に切り替える。
隣の個室からは、シャワーの音が聞こえてきている。
のわちゃんなのか愛憂ちゃんなのかはわからないけど、どちらかはそこにいる。
今のあたしの悲鳴だって、聞こえたはずだ。
でも、なにも言ってはくれなかった。
普段のわちゃんだったら、「あんた、なにお約束なことやってんのよ!」とかツッコミを入れてきそうなものなのに。
ぼーっとお湯を全身に浴びる。
汗はしっかりと流されていき、お湯の温もりも相まって、とっても気持ちいい。
にもかかわらず、気分は晴れなかった。
しばらくしてシャワーを止めると、水音が完全に消えた。
他のふたりはもう、シャワールームから出ていったあとのようだ。
バスタオルで全身を拭き、体に巻きつけると、あたしもシャワールームをあとにする。
ふたりは更衣室にもいなかった。
あたしはのそのそと制服に着替え、コントロールルームへと向かった。
コントロールルームに入った途端、腰に手を当てて仁王立ちになっているのわちゃんの後ろ姿が視界に映り込んだ。
「みなさん、聞いてください! 私がキグルミントン三人のリーダーになります!」
突然の宣言に、あたしは目をパチクリさせる。
事態を呑み込めないあたしの前で、のわちゃんは振り向きもせず、発言を続ける。
「基地にいるみなさんにも知っておいてもらおうと思って、今ここで宣言することにしました!」
そう言って、のわちゃんはコントロールルーム内に視線を巡らせた。
コントロールルームには、あたしとのわちゃんだけじゃなく、愛憂ちゃんもシンバルさんもシェリーさんもソルトさんも、そしてその他の科学者やスタッフの方々もいる。
そんな室内に、のわちゃんの凛とした声が響き渡る。
「私なりに考えて導き出した結論です! 桔花はキグルミントン一号なのにダメダメだし、愛憂は頑張ってはいるけど、それでもちょっとのんびりしすぎだし! だったら私がリーダーになるしかないですよね!?」
ちくりと胸が痛む。
あたしはダメダメ。それは自分でも身に染みていた。
だけど、ずっと一緒に過ごしてきた、親友とも言うべきのわちゃんの口から、こうもはっきりと聞かされることになるなんて。
のわちゃんはもともと、思ったことをズバズバ言うタイプの子ではある。
口ゲンカでひどいことを言われた経験なんて、数えきれないくらいだ。
ともあれ、あたしの顔すら見ないで吐き捨てるように言われたら、紛れもない事実だとわかっていても、心がズブリとえぐられてしまう。
「のわちゃん、落ち着いて。それは三人で話し合って出した結論なのか?」
シェリーさんが問う。
「いえ、私ひとりで考えました! でもこんなふたりじゃ、絶対まともな意見なんて出てきません! だからこそ、こういう結論に至ったんです!」
「のわちゃん、お友達をそんなふうに言うもんじゃないよ」
「いいんです!」
ソルトさんも優しい声でなだめようとしてくれたけど、のわちゃんの勢いは収まる気配を見せない。
「軍隊だって、隊長がいてその命令に従ってこそ、統率が保たれるんです! 三人で力を合わせる必要があるなら、リーダーの存在は不可欠です!」
シェリーさんもソルトさんも困惑している様子がうかがえる。
確かにシェリーさんは、チームワークが大切で、役割分担を考えるべきだと言っていた。
とはいえ、そういう意味で言ったわけではないはずだ。
もっとも、のわちゃんの主張だって間違っているとは言えない。
いや、むしろ正しいのかもしれない。
「眉をつり上げて怒鳴りつける女子高生っていうのも、なかなかいいもんだね~。ムフー! 僕ちんとしては、面白そうだし……いや、結束も深まるかもしれないし、許可してもいいと思うよん!」
シンバルさんは、のわちゃんの意見に肯定的な意見を挟んでくる。
本音が見え隠れ……というか隠れてすらいなかったけど。
「なにを言い出すんだ、貴様は!」
そんなシンバルさんは、すぐさまシェリーさんによってどつき倒される。
一応シンバルさんが、この基地で一番偉い人のはずなのになぁ……。
それはともかく。
のわちゃんの提案はそれだけに留まらず、あたしの心をさらに深くえぐり、内臓すらもほじくり出すような言葉が続けられた。
「それと、桔花は役立たずです! 他のメンバーにチェンジしてください!」
あたしのほうを振り向くこともなく。
ここにあたしがいることなんて、まったく無視するかのように。
冷たい言葉のくさびを、あたしの心臓に打ちつける。
「それは無理だ。キグルミントン・ニャンコの適性に合っているのは、桔花くんしかいないのだからね」
シンバルさんが大きな真四角のメガネのズレを直しながら反論する。
シェリーさんにどつかれたダメージからは、すでに回復しているようだ。
「だったら、キグルミントン四号を作って新たなメンバーを追加してください!」
「それも無理がある。資金が足りない上、キグルミントンの開発には時間だってかかるのだ。二号、三号は戦力増強のため、かなり前から計画していたが、四号については今のところ予定すらない」
いつものようなふざけた調子ではなく、シンバルさんは真面目に受け答える。
それでもなお、のわちゃんは引き下がらない。
「じゃあ……他の人でも合うように、キグルミントン一号を改造するとか……!」
「前にバニーのときにも言っただろ? 改造費だって数億円規模になるんだぞ?」
そういったやり取りを、あたしはただただ黙って聞いていた。
のわちゃん、あたしなんていらないって思ってるんだ。
悲しみが胸の奥から湧き上がってくる。
「とにかく! 桔花をクビにするかどうかは置いといて、私がリーダーとして頑張ります! 愛憂、私の命令には絶対服従よ! いいわね!?」
「あ……はい~……」
「以上、解散!」
そう言い残すと、のわちゃんはあたしの横を無言ですり抜け、早足で基地の出口へと去っていってしまった。
重苦しい沈黙が流れる。
「そ……それではわたしも、今日は帰りますねぇ~」
場の空気に耐えられなくなったのか、続けて愛憂ちゃんも帰ろうとする。
と、そこで声がかかった。
「愛憂ちゃん、ちょっと待って」
声をかけたのは、ソルトさんだった。
「キグルミントン・ポッポに関して、感情力のエネルギー変換効率が若干悪いっていうデータが出てるんだ。カスタマイズのため、いくつか問診させてほしいんだけど」
「……そうですか、わかりました~」
素直に頷き、愛憂ちゃんはソルトさんに歩み寄る。
そして……そのままソルトさんに抱きついた。豊満な胸の膨らみを押しつける形で。
「うふふ、個室でふたりっきりで、ってことですねぇ~?」
「う……うん、そうなるね」
ちらりと、愛憂ちゃんはシンバルさんに視線を向けたようだった。
一方のシンバルさんは、シェリーさんとなにやら会話を始めていた。
先ほどののわちゃんの発言に関して、対応を考えているとか、そんな感じなのだろう。
愛憂ちゃんとソルトさんは、奥の部屋に消えていった。
あたしに声をかけてくれる人は、誰もいなかった。
「……帰ります……」
ひと言だけ小さくこぼし、あたしはコントロールルームを出た。
とぼとぼと、基地から地上へと続く階段を上る。
外は暑いはずなのに、ここはとっても涼しい。
電気は通っているものの、少々薄暗い。それも、あたしの心を余計に暗くする要因となっていた。
(なによなによ、のわちゃんってば! リーダーになるなんて! しかも、命令には絶対服従だなんて!)
怒りが込み上げる。
(だけど……あたしは実際、ダメダメだし……)
すぐに頭に溜まった熱は冷め、心は重く沈み込み、足も止まってしまう。
さっきから、そんなことの繰り返し。
もともと地下の深い場所に存在する基地ではあるけど、地上が全然近づいてこない。
(それに愛憂ちゃんも、あれはなんなの? ソルトさんにべったりくっついちゃって!)
思考はさらにワープする。
(ソルトさんもソルトさんよ! 鼻の下を伸ばしちゃってさ!)
ついさっきの光景を思い出すと、胸がムカムカしてくる。
(……いや、そんなことはなかった。ソルトさんは、戸惑い気味ではあったけど、鼻の下を伸ばして嬉しがったりなんかしていなかった。あたしが勝手に怒ってるだけだ)
「はぁ……」
何度目のため息だろう。
狭くて寒くて、ちょっとカビ臭い階段で、あたしはただひとり、終わることのない思考の永久ループに陥っていた。