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『二体同時に来ていたとは! インベリアン警報システムの改善要求を出しておかなくてはならないな……』
シェリーさんの焦り声が響く。
遅れて現れたインベリアンは、クモの姿だった。
黒と黄色の毛がびっしりと生えた、胴体部分よりも遥かに長い八本の足を持ち、顔にあるたくさんの目を一斉にこちらに向けている。
あたしはムカデも苦手だけど、クモはもっと苦手なのだ。
「ほ……ほら桔花、クモなんてムカデと比べたら足の本数がずっと少ないんだから、あんたさっさと倒しちゃいなさい!」
「や、やだよぉ! ムカデより少なくたって、けむくじゃらだし、人間よりは多いし! それに、目がたくさんあるんだよ!?」
「目だって、たった八個よ!」
「充分多いよ! 気味が悪いよ! 最悪だよ! バケモノだよ!」
あたしをけしかけようとするのわちゃんに、全力で拒絶の意思を示す。
クモのインベリアンが人間の言葉を理解していたら怒り狂ってしまいそうな発言だったかもしれない。
ともあれ、「そんなに言うんだったら、のわちゃんがサクッと倒しちゃえばいいじゃない」といった言葉は返さないでおく。
言っても無駄だとわかってしまったからだ。
どうやら、のわちゃん自身もやっぱりクモは苦手なようで、冷や汗をだらだらと垂らして後ずさりしていた。
ちらりと愛憂ちゃんに視線を向ける。
「クモ……糸……毒……ひぃ~……!」
ぼそぼそとつぶやき、体を震わせている様子を見るに、愛憂ちゃんもあてにはできなさそうだ。
それにしても、毒、なんてつぶやきが聞こえてきた。
そうか。クモの中には、毒を持った種類もいるんだっけ。
愛憂ちゃんは異常なほどに震えている。もしかしたら、クモの毒で大変なことになった経験があるのかもしれない。
というか、愛憂ちゃんのつぶやきが、あたしにもさらなる悪影響を及ぼした。
毒を持っているかも、なんて考えてしまったが最後、黒と黄色の気で縞々模様になっている足も、八個もある目玉も、その前についているエサを噛み切る一対の鎌状のアゴも、すべてが毒々しく思えてしまう。
インベリアンを前に、三人のキグルミントン全員が身をすくませている。
これが三すくみってやつ!?
なんか違うような……。
あたしたち三人は、恐怖心を少しでも分散させようという気持ちが働いたのか、無意識にぴったりと身を寄せ合う。
二体のインベリアンが、そんなあたしたちを挟み込むように、じりじりとその距離を縮めてくる。
前門のムカデ、後門のクモ。
横に飛び退けば簡単に逃げられるのでは、などという考えすら浮かんでこない。
あたしの頭に浮かぶのは、ムカデやらクモやらにのしかかられ、絶体絶命のピンチに陥る姿だけだった。
いやいや、悪い想像ばかりしていたらダメだ。ここは別のことを考えよう。
ぴったり寄り添うようにくっついてきている愛憂ちゃんは、恐怖で小刻みに体を震わせながらクモを凝視している。
ただ、その震えよりも気になるのは、ぺったりと押しつけられた柔らかな感触で。
どうしてこの子、こんなに大きいのよ。あたしなんて、絶壁なのに……。
もうひとり、反対側からくっついてきているのわちゃんだって、胸はすごく大きい。
バニースーツからはみ出る谷間は、まるで男性の視線を吸い込むブラックホールのようだ。
単純な大きさとしては、全体的にぽっちゃり気味な愛憂ちゃんのほうが上だけど、カップサイズで比較したら、のわちゃんに軍配が上がるのではないだろうか。
そんなふたりにサンドイッチ状態のあたし。貧相さが強調されちゃうじゃない……。
シンバルさんってゼッペキに巨乳好きなんだわ。
あたしのときはきっと、他に適性を持つ人がいなくて、仕方なく採用しただけなんだ。
そのうち巨乳の女子高生を見つけたら、あたしはお払い箱になってしまうのかもしれない。
そんなふうに考えると、なんだかとっても悔しくなってくる。
あたし、頑張らないと……!
頑張って、大きくしないと!
毎日お風呂上がりに自分で揉んだり、牛乳をたくさん飲むようにしたり、頑張っているつもりだけど、そんなんじゃダメってことだ。
牛乳より豆乳のほうがいいって話も聞くよね。
でも、豆乳の味って、どうも苦手で……。
揉むのも、自分じゃダメとか?
ここは勇気を振りしぼって、ソルトさんにお願いしてみるとか……。
なんて、きゃ~~~~~っ! 無理無理無理無理!
いくらなんでも、それは恥ずかしすぎるよぉ~!
だけど……ソルトさんに揉んでもらえるなら嬉しいかも……。
なんて、きゃ~~~~~っ! なにおかしな妄想してるのよ、あたしってば!
「お~い、桔花~! 戻ってこ~い!」
「はっ!」
妄想世界にトリップしていたあたしの思考が、のわちゃんの声で現実に引き戻される。
「まったくあんたは、こんなときに……。ヨダレまで垂らして、いったいなにを考えてたんだか……」
「あはは……ノーコメントで……」
照れ笑いを返すあたしだったけど。
「ムカデとクモを食べてるところでも妄想していたんですかぁ~?」
という愛憂ちゃんのひと言によって、胃液が一気に込み上げてくる。
「うぷっ……」
「うわっ、吐いたりしないでよ!?」
「んぐっ、ごくん。……苦い……」
「また飲んじゃってるし」
「吐くなって言ったのは、のわちゃんなのに……」
とにかく、妄想のおかげでインベリアンによる恐怖の念は少しだけ和らいだ。
といっても、その元凶が断たれたわけでもない以上、状況は変わらない。
じりじりとにじり寄ってくるムカデとクモは、もうすぐ目の前にまで迫っていた。
近くからじいっとよく見てみれば、意外とチャーミング……なはずもなく。
「ぎゃ~~~~~っ! やっぱダメ! 死ぬ~~~~!」
「ちょ……っ!? いきなり暴れるな、こら!」
「そんなこと言ったって~!」
「ああ……クモがわたしを……毒……毒が来るわ~……」
三人寄っても役立たず。
あたしは腰が抜け、その場にぺたんとお尻を着いてしまった。
とっさにつかまろうとしたあたしの手に引っ張られる形で、のわちゃんと愛憂ちゃんもバランスを崩して倒れ込む。
『おい、お前たち、なにをやってるんだ! やられちゃってもいいのか!? ムカデとかクモとか、グログロでゲロゲロで最低最悪かもしれないが、ちゃっちゃと倒してしまえ! あっ、だが潰したりはするなよ! こっちに体液が飛び散ってきたら嫌だからな!』
キグルミントン三人衆に発破をかけるシェリーさんだったけど、ムカデに加えてクモまで現れた現状によって、当人もパニック気味になっているようだった。
っていうか、潰すとか体液が飛び散るとか言わないで~~~~っ!
想像しちゃって、また胃から逆流してきそう……。
もふもふ巨神キグルミントン、虫二匹を前に大ピンチ!
明日の朝刊の一面に、大きくそんな見出しが載せられている、といった様子がついつい頭に浮かんでしまうあたしだった。
もっとも、避難区域には報道陣も入れないはずだから、そんなことはありえないのだけど。