-4-
今回オペレーターとして来てくれたのは、前回の出動と同様、ソルトさんだった。
このあいだは、無意識につぶやいてしまっただけだったのかもしれないけど、ソルトさんから戦力不足を指摘されてしまった。
今度こそは、頑張っていいところを見せないと!
あたしは気合充填、激しく意気込んでいたのだけど。
現場に向かう途中の電車内で、すでにあたしの気力は費え気味だった。
のわちゃんと愛憂ちゃんから受けた精神ダメージが残っているせいではない。それとは別の理由だ。
あたしは愛憂ちゃんに目を向ける。
初出動になる愛憂ちゃんに説明する必要があるのは、そりゃあわかるけど……。
それにしたって、ベタベタしすぎ!
あたしとのわちゃんなんて存在しないかのように、ソルトさんは愛憂ちゃんにつきっきり。
愛憂ちゃんのほうも、着ぐるみの上からでもはっきりわかるほどの大きな胸を、ソルトさんにぐいぐい押しつける勢いで近づいて、熱い眼差しを送りながら説明を聞いている。
あれって、絶対にわざとやってる! ソルトさんを誘惑するつもりなんだ!
顔と顔の距離も近すぎで、今にもキスしちゃいそうなくらい。
だいたいソルトさんだって悪いよ! 話すには近すぎるんだから避ければいいのに、赤くなってまんざらでもない顔してさ!
ムカムカムカムカ。怒りの念が胸の中で渦巻く。
「ちょっと、やめなさいよ、桔花。貧乏ゆすりなんて行儀悪いわよ? それに、爪を噛むクセもやめなさい。ばっちぃんだから」
イライラして無意識のうちに貧乏ゆすりと爪を噛むクセが出てしまっていたようだ。
「む~……。でも、ばっちくなんかないよ!」
「ばっちぃでしょうが。桔花だって、私がだ液のついた手であんたの体に触ったりしたら嫌でしょ?」
「うん、当然! 体が腐る! っていうか死ぬ!」
「そこまで言うか!」
「きゃ~っ、ごめんなさい~~!」
どうものわちゃんと話していると、騒がしくなってしまう。
ともあれ、それで愛憂ちゃんに対するイライラが吹き飛んでいたのだから、あたしってほんと、単純だ。
もちろんそれは一時的なもので、元凶が断たれなければ、苛立ちが消えるはずもない。
あたしは再び、睨みつけるような視線を愛憂ちゃんに飛ばす。
と、どうやらソルトさんからの説明はすでに終わっていたみたいで、愛憂ちゃんはこちらへゆっくりと歩いてきていた。
なによ、あたしに対して宣戦布告でもするつもり?
などと考えて身構えていたあたしだったのだけど。
愛憂ちゃんは温かな笑顔を浮かべ、あたしとのわちゃんの目の前で大きく一礼すると、丁寧な口調で話しかけてきた。
「紫月桔花さん、鍵宮のわさん。改めまして、新たにキグルミントン・ポッポになった、桂愛憂です~。これからよろしくお願いしますね、キグルミントンの先輩方~!」
先輩だなんて。
そんなふう言われると、なんだか体がむずがゆくなってくるような、不思議な感覚に包まれる。
あたしとのわちゃんは高校一年生だから、愛憂ちゃんも女子高生って話だし、年齢的には同い年か、もしくは年上ってことになるはずなのに。
愛憂ちゃんはそんなこととは関係なく、あたしたちを敬ってくれているらしい。
……もしかしたら、あたしたちをおだてて気分よくさせる作戦なのかもしれないけど。
天使のような微笑みの裏には、なにか黒い思惑が渦巻いていたりして。
こんな穿ったものの見方しかできない自分が、ちょっと嫌になってくる。
それでも、ソルトさんの件が胸の中でくすぶっているあたしには、素直に言葉を返すこともままならない。
「あら、意外と礼儀正しくていい子じゃない。よろしくね!」
右手を差し出すのわちゃんとは対照的に、あたしは黙ったまま立ち尽くすのみ。
愛憂ちゃんは、あたしの内心の葛藤には気づく様子もなく、差し出されたのわちゃんの手を握る。
その途端……。
「のわさん、やっぱりすごいです~」
「えっ? なにが……?」
「そんな恥ずかしいバニーガールの格好で電車に乗るなんて~。わたしには絶対に無理ですもの~」
「なっ……!?」
確かにのわちゃんは、慣れてしまったせいか、羞恥心をどこかに置き忘れてきたような状態になっていた。
愛憂ちゃん、鋭いツッコミね! 敵ながらあっぱれだわ!
「やっぱり、お色気要員なんですねぇ~」
「ち……違うっての!」
「ふふっ、謙遜しなくても~」
「謙遜じゃないわよ! うき~~~~~っ!」
対するのわちゃんは、怒り心頭のようだ。……当たり前か。
「こんな子と仲よくやっていくなんて、無理に決まってるわ!」
本人を目の前にして、正直な感想をぶつけるのわちゃん。
だけど、その意見にはあたしも激しく同意だった。
ゼッペキに無理! ありえない! ソルトさんの件も含めて、断固拒否だわ!
……なんて思っていたわけだけど。
インベリアンとの戦いが始まってみると、愛憂ちゃんに対する印象が一気に変わっていった。
現場に到着してすぐに、インベリアンの姿が見えてきた。
それは前回の出動で、あたしとのわちゃんが取り逃がしてしまったあいつ――カエルの姿をしたインベリアンだった。
あたしも、そしてのわちゃんですらも、苦手としているカエル。
実際のところ、相手はインベリアンなのだから、普通のカエルとは別ものと言えるのだけど。
ぬめぬめとした粘液をまとった、ぶよぶよの体をしているのは間違いなくて。
それに、小さいのならまだ可愛げもあるけど、こんなにも巨大だなんて……。
情けなくも尻込みしてしまう。
ソルトさんにつむじのスイッチを押してもらい、巨大化したキグルミントン三人衆だったものの、
「桔花、あんたが行きなさいよ!」
「い……嫌だよ! のわちゃんがやっつけてよ!」
あたしとのわちゃんのあいだで、役割の押しつけ合いが始まってしまった。
愛憂ちゃんは初陣になるから、あたしとのわちゃんで戦いぶりのお手本を見せるようにと、ソルトさんから言われていた。
前回の失敗もあるから、今回こそは頑張ろうと気合いも入れていた。
それなのに、巨大なカエルを目の前にした途端、気合いなんて次元のはざまに消え去ってしまった。
こんな感じで二の足を踏んでいるあたしとのわちゃんをよそに、愛憂ちゃんが颯爽と一歩前に出る。
「桔花さん、のわさん。ここはわたしに任せてください~」
「えっ……!? 愛憂、あんた……いいの?」
「カエルだよ? ぬめぬめのぶよぶよだよ? 触らないと倒せないんだよ?」
「わかってます~。大丈夫、わたしぃ~、爬虫類とか両生類とか、全然平気ですから~」
言うが早いか、愛憂ちゃんは飛び出していた。
カエルに体当たりを食らわせたのだ!
「ゲロッ!」
衝撃で背後の高層ビルに叩きつけられ、カエルがぶざまな鳴き声を漏らす。
ビルには被害が出てしまったけど、それはもとより問題にならない。
そういった説明は、ソルトさんからしっかり受けていたのだろう。
「桔花さんとのわさんは、逃げられないように左右の空間を塞いでください~。背後はビルですから、左右を封じれば、あとは前だけです~。前はわたしが受け持ちますねぇ~」
「待って! 上も逃げ場になるわ! 前回空を飛んで逃げられたから!」
「……そうですね、助言ありがとうございます、のわさん。上への対処も、わたしのほうでどうにかできるかと思います~。ですから、桔花さんとのわさん、左右をお願いしますねぇ~」
「了解!」
「うん、わかった!」
あたしとのわちゃんは素早く、カエルの脇を固める。
触りたくない、という思いはあるから、押さえつけるところまでは行かない。
左右に飛んで逃げようとしたら、カエルがぶつかってくることにはなるけど。
もしそうなったら、あたしのほうじゃなくて、のわちゃんのほうに飛んでくれることを願おう。
ともかく、カエルはビルに打ちつけた背中の辺りを手でさすり、頭をはっきりさせるためか首を左右にぷるぷる振って、ぎょろっとした瞳を前方に向けてくる。
でも、体勢を立て直すような余裕は与えられなかった。
「ええ~~~いっ!」
なんだか気合いが抜けていきそうな、のんびりとしたかけ声を発しながら、愛憂ちゃんがカエルに迫る。
カエルの前方、斜め上からの飛び蹴りだった。
「ゲロゲーロ! ゲロゲーロォ~~~!」
断末魔の鳴き声を響かせると、鋭い蹴りの入れられた眉間辺りを中心に、カエルの巨体はデリートシャイニー状態に入った。
まばゆいばかりの輝きに包まれ、きらきらの星屑を空へと噴き出しつつ、徐々に空気の中へと消えていく。
数瞬ののちには、勝利の喜びを分かち合うように抱き合う、着ぐるみを着た(約一名バニーガールの衣装を着た)女の子三人の姿だけが残されていた。
無事、カエル型のインベリアンを退治することができたあたしたち。
「愛憂ちゃん、ありがとう!」
「本来なら私たちが率先して戦わなきゃいけない場面だったのに、世話をかけたわね!」
「いえいえ~、おふたりがいてくれたからこそ、わたしはあのカエルを倒すことができたんですよぉ~」
さっきまでのイライラが嘘のように清々しい気持ちに包まれていた。
キグルミントンの先輩としてはちょっと悔しいけど、とっても戦いやすかった。
「これからもよろしくねっ、愛憂ちゃん!」
「はい、こちらこそ、よろしくお願いしますぅ~!」
あたしの言葉に、愛憂ちゃんは素直に笑顔を返してくれた。
「三人で一緒に頑張ろう!」
「ええ、もちろんですよぉ~! バニーガールさんと一緒だなんて、すごく恥ずかしいですけど~」
なにやらのわちゃんには、若干毒を含んだ言葉が返されていたけど。
「なんですって~!?」
「きゃあ~、この露出狂のバニーさん、顔が怖いですぅ~!」
「あんた、殺されたいの!?」
「あははは! もっとやれもっとやれ~!」
「桔花に顔面パンチ!」
「もがっ!? うぐぐぐ……。のわちゃん、攻撃対象間違ってる~!」
「ふたりとも敵よ!」
「あたしは味方なのに~!」
夕焼けを背景に騒ぎまくる三人。
それはごくごく普通の(?)女子高生のお喋り風景だった。