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のわちゃんがキグルミントン・バニーになってから数日後。
再びあたしとのわちゃんは出動していた。
今回オペレーター役としてついてきてくれたのは、なんと愛しのソルトさんだった。
ここは頑張ってカッコいい姿を見せてアピールしなくちゃ!
なんて息巻いていたあたしだったのだけど。
インベリアンの姿を見た瞬間、その意気込みは一気に削がれ、及び腰になってしまった。
それというのも、インベリアンがあろうことか、カエルの姿をしていたからだ。
粘液でべちゃべちゃになっているぶよぶよの体――。
水かきのついた手に、真ん丸くなっている指先――。
体全体のサイズと比べて異常に大きく、ぎょろりんとした瞳――。
さらには凄まじいジャンプ力で飛び跳ねるという動作も含めて。
幼い頃から苦手なのだ、カエルは。
小学校低学年くらいの頃には、カエルを持って見せびらかせてくる男の子に追いかけ回された記憶もある。
インベリアンを退治するためには、打撃を加えるなどして内部からエネルギーを爆発させるしかない。
つまりは、自分の体の一部分で触れなければならないことになる。
着ぐるみ越しということになるとはいえ、カエルに触るなんて……そんなのイヤ!
完全に腰が引けている状態だったのだけど。
あたしとのわちゃんの存在に気づいたカエルは、お前ら食ってやろうか、とばかりに大口を開けて飛びかかってきた。
敵を目の前に、わーわーきゃーきゃーと騒ぎ立て、逃げる一方のあたし。
「なにやってんのよ、桔花! 真面目に戦いなさい!」
「だって~、カエル苦手なんだもん! あたし、パス! 今回はのわちゃんに任せる!」
「なに言ってるのよ! わ……私だって、正直、あまり……」
「のわちゃんは同類だから、全然大丈夫でしょ?」
「なんですって!? 同類って、どういうことよ!?」
「だってほら、ぬめぬめしてて、気持ち悪くて……」
「あんた、喧嘩売ってるの!? だいたい、ぬめぬめだったら桔花のほうが上でしょ!? 重度の汗っかきなんだから!」
「あたし、汗臭くなんてないよ!」
「そんなこと言ってないでしょ!?」
カエルの存在そっちのけで、あたしとのわちゃんの言い争いが始まってしまう。
最初にふたりで戦ったときも、似たようなものだったかもしれないけど。
さすがに見かねたようで、ソルトさんから通信が入った。
『桔花ちゃん、のわちゃん、仲間割れしてる場合じゃないよ。インベリアンがビルを食べ始めちゃってる。早く引きつけて、ビルの被害を最小限に抑えないと』
「あっ、はい、すみません!」
素直に謝るあたしとは対照的に、のわちゃんは反論を返す。
「べつに仲間割れしてるわけじゃないです! 桔花があまりにもバカだから!」
「ひどいよ、のわちゃん! あたし、バカじゃないよ!」
「充分バカでしょ! 自分の立場を考えずにわがまま言って困らせるなんて!」
「わ……わがままじゃないもん! 怖いだけだもん!」
「怖いから戦わないだなんて、それがわがままだって言ってるのよ!」
「ふえぇ、のわちゃん怖い……インベリアン以上に……」
「いっぺん泣かすわよ!?」
「びえぇ……」
再び取り止めのない暴言のぶつけ合いが始まる。
もっとも、あたしのほうが圧倒的に劣勢となってしまっていたのだけど。
ここは起死回生、一発逆転、のわちゃんを打ち負かす方法を考えないと!
『ちょっとちょっと、ふたりとも、落ち着いて! ボクの指示に従って行動して! これは命令だよ!』
堪えきれなくなったソルトさんから一喝される。
普段、あまり感情を爆発させることのないソルトさんが、こんなにも大声で怒鳴りつけてくるなんて。
ソルトさんの新たな一面を見ることができて、あたしとしては惚れ直す勢いでもあったのだけど。
それでも、愛しの君から叱られてしまった、という事実にあたしは肩を落とす。
のわちゃんほうも、血の上った頭が冷えたようで、ソルトさんの言葉に従う意思を示していた。
『冷静になってふたりで目標を捉えて、それで挟み撃ちにするんだ。敵がジャンプできるのは体の構造上、前だけだと思うから、前後から挟み撃ちにする形かな。桔花ちゃんはカエルが苦手みたいだから後ろから、悪いけどのわちゃんは前から、インベリアンとの距離を縮めていくように!』
「はい!」「わかりました!」
あたしものわちゃんも、素直に答える。
キグルミントン同士でいがみ合っている場合じゃない。今はカエルのインベリアンを退治することが先決だ。
のわちゃんとふたりで協力して、戦いを終わらせよう!
ここにきてようやく決意を固めたものの……すでに手遅れだったらしい。
カエルの姿をしたインベリアンは、大量のビルを食べて満足したのか、大きく一回「グエッ!」とゲップのような音を鳴らせたかと思うと、ぴょんっと真上にジャンプした。
いや、それはジャンプではなく、飛翔――むしろ発射と言うべきだったかもしれない。
インベリアンはあたしたちに嘲りの視線を残し、宇宙の彼方へと飛び去ってしまった。
呆然と立ち尽くすだけのあたしとのわちゃんの耳に、静かな通信の声が響く。
『うん、お疲れ様。残念だけど、任務は失敗に終わった。速やかに巨大化を解き、戻ってくるように』
返事をする気力もなく、あたしは身を縮ませる。
キグルミントン・ニャンコとして巨大化していた状態から、物理的にも体の大きさは縮んでいったわけだけど。
それ以上に精神的な意味で、小さく消え入りそうなくらいに、背中を丸めて縮こまる。
隣に並んでいるのわちゃんも、ただただ黙ったままうつむいていた。
「いろいろと言いたいことはあるけど……」
ソルトさんは落ち着いた声で話し始める。
たくさんのお小言を頂戴する覚悟はできていた。
怒鳴り声や、鉄拳制裁ですら、受け取る覚悟はできていた。
だけどソルトさんは、いつもながらの優しく爽やかな声で、ひと言だけ口にする。
「帰ろうか」
あたしものわちゃんも、素直に頷くことしかできなかった。
駅にたどり着いて電車に乗るまでのあいだ、ソルトさんは気を遣ってくれたのだろうか、なにも語ってはくれなかった。
ただ、
「やっぱり、戦力の増強は必要そうだね」
小さく放たれた言葉に、あたしの小さな胸は――そしておそらくのわちゃんの大きな胸も、鋭い針で突き刺されたようにズキズキと痛んでいた。