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もふもふ巨神キグルミントン  作者: 沙φ亜竜
第1章 キグルミントン、出動!
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-1-

 生温かい風が吹き抜けていき、汗がじっとりと頬を湿らせる。


 目の前には敵。

 全身が真っ白い毛で覆われた、巨大な獣。

 ブラックホールのようにすべてを吸い込む黒い双眸が、あたしをじっと見据える。


 お互いに相手の出方をうかがい、身動きの取れないまま時間だけが過ぎてゆく。

 とはいえ、長期戦になってしまうのは不利だ。


 三分間だけしか戦えない身、というわけではないけど。

 あたしのパワーの源となっているEEだって、無限にエネルギーを取り出せるはずはない。

 それ以前に、体力のほうがもたない、というのもあるか。


 はぁ……。もっと体を鍛えなくちゃだな~。

 だいたい、運動音痴のあたしに格闘戦を強いるなんて……。

 ゼッペキ(丶丶丶丶)にありえないよ!


 なんだか怒りが込み上げてくる。

 それもこれも、すべてあの人がいけないんだ!


 だけど……。

 そのおかげで、愛しのあのお方にも出会えたわけだから、そこは感謝しなくっちゃ。

 ぽっ。

 自然と頬が熱くなってくる。


 でも、なかなか話すことができないんだよね……。

 顔を合わせる機会すらなく帰る、なんて日も多いくらいだし。

 そう考えると、気分はブルーを通り越してディープブルーになってしまう。


 あっ、ディープブルーって、映画になかったっけ?

 見たことはないけど、深い海に沈み込んでいくような内容なのかな?

 深い海の底とかって、ゼッペキ寒そう!

 思い描いただけで、ぶるぶる震えてくる。


 でもでも、深海の生物とかって、意外と綺麗なのもいるみたいだよね。

 光るクラゲとか光るクラゲとか光るクラゲとか!

 あれって、深海じゃなかったかな……?


 クラゲといえば、食用のクラゲもあるよね。

 食べたことはないけど、ゼリーみたいで美味しそう!

 思わずヨダレが垂れちゃう。女の子なのに、はしたないことこの上ないけど……。


 敵が現れたら警報が流されるわけだし、周囲の人たちはみんな退避してるはずだもん。

 見ている人なんていないんだから、気にする必要はないよね!


 ……って、そうだ! 今って、戦いの真っ最中だった!


 ひとりで夢想世界に入り込んでトリップしていたあたしを、敵はきょとんと首をかしげて見つめていた。


 真っ黒でつぶらな瞳。ふさふさの真っ白い毛。飛びついて、もふもふしたくなる愛くるしさ。

 真っ赤なリボンをつけたら、絶対、完璧、ゼッペキに超キュート!


 あたしの目の前に対峙している敵。

 それは、とっても可愛らしい犬――マルチーズだった。




「キャウ~ン」


 愛らしい鳴き声を響かせ、マルチーズが飛びかかってくる。

 尻尾を振りながら甘えるように駆け寄ってくる、といった様子では、もちろんない。

 爪と牙を陽光にきらめかせ、獲物を狙う狩人としての闘争心を隠しもせず迫りくる。


 愛くるしい見た目のマルチーズとはいえ、犬は犬。

 広く見れば狼と同じ分類となる獣。

 野性の本能は健在ということか。

 ……いや、その考え方自体がおかしい。だって、奴らは……。


 刹那、マルチーズの爪があたしの腕を薙ぐ。


「ぐっ……!」


 苦痛に顔を歪める。

 あたしの腕は、大量の毛が生えた分厚い革で覆われている。

 にもかかわらず、それを貫いて素肌をえぐられる感触が伝わってきた。


 ただ、実際に腕の肉をえぐられたりはしていないはずだ。

 それでも、そう感じてしまうほどの激痛が、容赦なくあたしを襲う。


 爪の一撃を見事ヒットさせ、余裕の表情を浮かべるマルチーズ。


 弱すぎる。

 もっと楽しませろよ、子猫ちゃん(丶丶丶丶丶)


 そう言いたげに口の端をつり上げているようにも思えてくる。


 真っ白い毛をそよ風に揺らしながら、マルチーズはあたしの全身に視線を這わせる。

 獲物の味を想像して、舌なめずりをする、そんな獣っぽい仕草。

 マルチーズは獲物であるあたしの目の前で、しっかりと二本足で地面に立っている。

 奴は――あたしの敵である奴らは、宇宙からやってくる地球外生命体。


 いわば、宇宙怪獣なのだ!


 対するあたしのほうも、ごくごく普通の女の子、というわけではない。

 マルチーズほどの長さではないものの、全身が白と茶色と黒のふさふさとした毛で覆われていて、頬の辺りからは白いヒゲが長々と伸び、頭の上には左右にピンと立った耳が存在している。


 あたしは猫なのだ!


 正確には、猫の着ぐるみを着た女の子、だけど。

 頭部の前方は大きく開いていて、あたし自身の素顔がしっかりとさらされている。


 猫と犬の戦い――。

 東京都心、高層ビルの立ち並ぶ中、身長二十メートルはあろうかという巨大なマルチーズと三毛猫が戦っている。

 それが今、この場所で展開されている壮絶なバトルの全容だ。


 素人の映画撮影?

 そんなふうに思われるかもしれない。

 でも、違う。これは現実だ。超絶にリアルな出来事なのだ!


 もっとも、あたし自身も、これは夢……きっと本当はお布団の中でぐーすかぴーと寝息を立てているんだ、などと現実逃避に陥ってしまうこともしばしばなのだけど。


『桔花ちゃん! ぼーっとしすぎだ! シャキッとしなさい!』


 突然、あたしの耳に、怒りのこもった女性の声が届いた。

 着ぐるみの頭部にはスピーカーが内蔵されているらしく、こうやって注意や指示を受けたりもできる。


「あっ、はい! そうですね、すみません! ニョキッとします!」

『伸びてどうする!』

「じゃあ、ニャキッと……」

『ふざけてないで、さっさと倒しなさい! EEレベルもどんどん下がってきてるぞ! このグズ!』

「む~、わかりました~!」


 なによ、偉そうに!

 ……立場的に考えたら、あたしより偉いのは間違いないけど。


 それにしたって、言い方とかを考慮してくれてもいいと思うのよね。

 どうしてあたしが、グズ呼ばわりされなきゃいけないのよ!

 バカとかドジとかなら、言われ慣れてるけど!


 …………。

 それもこれも、あんたが悪い!


 あたしはキッと鋭い目でマルチーズを睨む。

 ドシンドシンと足音を響かせながら、余裕をぶっこいているマルチーズに駆け寄り、そしてジャンプ!

 カモシカのようにすらりと長い足(願望含む)を懸命に伸ばして、相手のみぞおち辺りを狙う!


「あんたなんか、丸いチーズの角に頭をぶつけて消えちゃえ! 八つ当たりキーック!」

『マルチーズだから丸いチーズ!? 丸いチーズの角ってどこ!? 頭をぶつけて、とか言ってるのに、みぞおち狙い!? それに、八つ当たりって言っちゃってる!』


 ツッコミの声は、耳もとのスピーカーから聞こえてきたわけだけど。

 おそらく実際にあたしの八つ当たりキックを食らったマルチーズ自身も、まったく同じことを叫びたかったに違いない。


 ともあれ、あたしのキックの衝撃で巨体を横たえたマルチーズには、断末魔の悲鳴を上げる暇すら与えられず。

 その全身がまばゆいばかりの輝きに包まれていく。

 さらにマルチーズの体からは、キラキラ輝く無数の星屑が飛び出し、次々と空へと昇っていくのが見えた。


 説明しよう!


 これぞ、宇宙怪獣――別名インベリアンの消滅時に起こる現象、デリートシャイニー!

 勝利の感慨に打ち震えるあたしの視覚を楽しませてくれる、最期のエンターテインメント!


 奴らとしては、べつに楽しませようという気なんて毛頭ないとは思うけど。

 あんな巨大な敵を倒したあと、死体はどうやって処理するねん! といった問題も解決してくれる、とってもありがたい消滅法でもあるのだ!


 仁王立ちで見下ろすあたしを前に、デリートシャイニーが最終段階へと移行していく。

 星屑を放出し続けながらも、マルチーズの姿は徐々に空気の中へと溶け込むように薄れ、やがて消えていった。

 何事もなかったかのように、青空だけが周囲の風景を温かく包み込む。


「ふっ……。今日もまた、つまらぬものを蹴ってしまった」

『余計なごたくはいいから、早く戻ってきなさい!』


 満足感に浸っていたあたしは、すぐに現実に引き戻されてしまった。


「む~、もうちょっと空気を読んでほしいです」

『それはこっちのセリフだ! じきにEEレベルがゼロになる! お前もマルチーズと一緒に消えたいのか?』

「そ、そんなのイヤ~~~っ!」


 あたしはちょっぱや(丶丶丶丶丶)で巨大化を解き、戦いの舞台から退いた。


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