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長久手激戦

鶴翼の陣を敷いた家康は敵が動き出したと言う報告に腰を上げた。

魚燐の陣のような突撃形態にてこちらの陣を突き破るように来るのか?

あるいは同じ鶴翼の形にて正面からぶつかるか?

どちらにせよ、ほぼ同数の上、緒戦に勝って士気が上がっている自軍は十分に敵を打ち破れることに疑いは抱いていなかった。

相手の行動を見るまでは。


「なんだ、あれは!」

両翼に対して、敵の部隊が二つに分かれて掛かって来る。

鶴翼の両翼を抑えに来ているのだが、異様なのは中央である。

鉄砲を抱えた多数の兵が中央の本陣目指して一直線に全力疾走して来るのだ。

重い鉄砲を抱えているので速度はそれほどでもないが、数が多い。

おそらく千ほどではないだろうか?

その全ての手には鉄砲が握られており、一心に本陣へと肉薄して来る。

本陣前に配置された大須賀康高隊から鉄砲が放たれる。

この時代の鉄砲は極端に命中率が悪い。

大須賀康高隊が持つ鉄砲はせいぜい五十丁。それでも何人かが鉛の弾を受けて倒れたが、それらを踏み越えて千人は肉薄して来る。

大須賀康高隊は鉄砲の射程ぎりぎりで撃ったが、そこを踏み越えて彼らは前進してきた。

やがて彼らは一斉に鉄砲を構えた。

千の銃身すべてが家康本陣前を守る者たちに向けられていた。

鉄砲の射程より十間ほど踏み込んでの発砲。

凄まじい破裂音と共に、千の鉛弾が飛ぶ。

命中率が悪かろうが、千もの弾丸は面となって敵を討つ。

瞬間的に大須賀隊は大きな損害を出して兵が倒れる。

最も、攻撃がこれだけか、あるいはその後に来るのが通常の攻撃か、足軽たちの突撃なら十分に立て直して反撃できただろう。

しかし、千の鉄砲隊を飛び越えるように現れたのは、全て騎馬であった。

大須賀隊を踏み潰すような勢いで突入した騎馬軍団は、速度を落とさずに家康本陣へと突入した。

家康の眼が驚愕に開かれた。


機先を制された家康の旗本はまともに迎撃体制を取ることも出来ず、秀次が送り込んだ若武者達に蹴散らされていく。

彼らは首を取らない。敵をなぎ倒し、槍で切り払い、馬で蹂躙してただひたすらに本陣の奥へと進む。

家康の周囲には腕自慢の者達が、旗本の精鋭中の精鋭がいる。

それらはさすがに主君の危機とあって奮戦した。


福島正則が、加藤清正が、七本槍の全てが一騎打ちのような形で進路を遮られた。

だが、一人の男だけが眼の前に躍り出た旗本を槍の一撃で絶命させると、さらに踏み込んだ。

可児才蔵。彼の眼には敵の総大将、徳川家康が捕らえられていた。

獰猛な笑みを浮かべた可児は一気に家康の首に迫る。

ここで家康の首を取れれば、戦いは秀次軍の勝利、それだけではなく秀吉にとっても完全勝利となる。

秀次からも可児が家康に迫るのが見えていた。

(勝った! 俺の人生も勝利間近だ!)

思わず騎乗でガッツポーズを取った秀次。

いかに武術を趣味として、剣術を修めているとはいえ、相手は可児才蔵である。

家康も刀を抜くが、眼前に迫る相手が尋常な相手ではないと悟ったのか、覚悟を決めた表情を見せる。


可児が槍を引き、一撃で決めようと必殺の一撃を放つ、その寸前。

可児の視界の端に閃光(せんこう)が走った。


「!!」


瞬時に槍を跳ね上げて、横から繰り出された槍の一撃をなんとか受け流す。

馬が流れて、家康からは少し距離が空いた。

が、可児は既に家康を見ていない。横合いから槍を繰り出した男を見据えていた。

鹿角脇立兜に肩から下げた大数珠。

油断無く構えられた槍、あるいは可児以上の体格、静かな殺気。

「名を聞いておこう」

鹿角脇立兜の男が可児に問う。

「羽柴秀次が家臣、可児才蔵吉長」

名乗りながら槍を構える可児。

「ほう、貴殿が笹の才蔵……美濃にその人ありと言われた男か」

互いに馬は止まっている。

「へっ、あんたがここで出てくるとはな。ま、当たり前か。家康あるところに、本多忠勝あり……」

家康に過ぎたるものが二つあり。唐の兜と本多忠勝。

後の世で戦国最強と呼ばれた男。戦場にて傷を負ったことすらないという。

その手には彼の代名詞たる槍、蜻蛉切が握られている。

槍の先に止まった蜻蛉がそのまま真っ二つに裂けたという逸話を持つ名槍である。

歴戦の将にして最強の武士、徳川家の誇る忠義の士が家康を守る壁として可児才蔵の前に立ちはだかっていた。


並の男ならば、素手で猛獣に出くわしたに等しい存在だが、可児才蔵もまた生涯を戦場の最前線で過ごした男。

二人の剛勇は馬の手綱を操り、互いにその一歩を踏み出した。

「「参る!」」

同時に叫んだ瞬間、来国俊と蜻蛉切が空中で激突した。


岩崎城前での戦闘は家康の予想を大きく裏切った。

鶴翼にて秀吉方の後続部隊を包み込んで潰す。

池田・森隊を撃破して士気が上がっている自軍であればそれは容易に思えた。

だが、相手は鶴翼に対して中央への集中射撃、間断を置かずに騎馬のみでの突撃という新戦術にて本陣が破られた。

(秀次という男、見誤ったか……この家康ともあろうものが!)


家康の周囲では乱戦が続いている。


一度はもはやこれまでか、と覚悟もしたが寸前で本多忠勝が救援に来た。

忠勝が率いてきたのは僅か五十人ほどである。だが突入してきた敵もそこまで数は多くない。今はなんとか旗本と力を合わせて敵を防いでいる。

家康の眼前にまで迫っていた可児は本多忠勝が抑えている。彼が時間を稼いだ間に、家康の周囲に側周りが集まり、どうにか壁を作っていた。


家康が他の戦況を見ると、左翼は堀秀政と一進一退の攻防を繰り広げている。

(さすがは名人久太郎と呼ばれるだけの者よ。しかし、何より問題は右翼だ)

右翼では舞兵庫の指揮で家康陣営、特に織田信雄の軍を圧倒していた。

(のぶ)(かつ)に軍才がないことを知っている家康は信頼する宿将の酒井忠次を右翼に配していたが、舞兵庫は的確に酒井隊を牽制しつつ、信雄を叩いていた。

(右翼があの調子では(かく)(よく)の意味はもはやないな)

家康は沸きあがる激情を抑えつつ、冷静に戦場を判断していた。

本陣が急襲されているこの状況では、周囲の将も気が気でないだろう。まともな指揮が執れるわけがない。

(……なんとか軍の体裁を保ったまま退くことだ。もはやここから勝利はなし)

家康は周囲を励ましつつ、退くタイミングを図っていた。




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