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北条征伐の終わり、奥州仕置の始まり

忍城開城後、北条氏直、氏邦、さらに小田原城に篭城していた主立った重臣が切腹した。

豊臣秀吉、羽柴秀次、徳川家康、黒田官兵衛、上杉景勝、前田利家などが並ぶ中での見事な最期であった。


「見事」

秀吉が一言、そう呟いた後、秀次から遺体は丁寧に葬る事、場所は早雲寺との宣言が成された。

北条早雲より五代、戦国乱世の幕を揚げた北条家はここに滅ぶ事になる。



同時に、豊臣秀吉に取って、遂に天下に手が届いた瞬間でもある。

未だ東北は揉めているが、伊達が恭順した今、豊臣政権に歯向かえるような勢力はない。

後は奥州に向けて勅使を送り関白への恭順を取り付けるだけである。


この奥州仕置の総指揮官となるのが、秀次である。

北条征伐のために連れてきている兵、豊富な糧食、道案内に伊達政宗。

どうせならこのまま行くほうがいい、と判断したのである。


とはいえ、さすがに「では出発」とは行かない。

兵達に休養を与え、行軍の手配を整える時間はいる。

連れて行く武将を誰にするかを考えねばならなかったし、出立を一月後とした。



秀次本陣。

奥州仕置きに連れて行く者、関東を治めるために秀次不在の間、諸事を行う者を決めねばならなかった。


「とりあえず、田中吉政! お主を私が奥州滞在中の代将とする! 筆頭家老として、関東八州の下地造りに精を出せ」


「御意。居城は江戸に、とのおおせですが、縄張りは終わらせておきましょう。それと、成田家の者を召し抱える許可を願います」


「ああ、それは当然だな。他の北条遺臣や関東八州の名家より先に召し抱えておこう。単純な序列にはなるだろう」



秀次は吉政の案に、すぐに許可を出した。

(最後まで奮戦した忍城の成田氏、さすがに関東の名家よ、その武勇に知略、あたら死なせるには惜しい……的な事を言って配下に加えるって事ね。……ほとんど形式……つか、プロレスだな)



「成田氏を一族で召し抱える事が出来れば、少しは領国経営にも取り掛かれるだろう。吉政、お主の裁量で何人か雇っておいてくれ」「は、それでは幾人かに接触してみます。と、里見氏の件ですが……」


「それは関白殿下の沙汰次第だ。惣無事令を破った形になっている。一応、上総と下総を没収されているが、安房は残っているが、追って沙汰を決めると殿下は申された……関白殿下がどうされるのか、それからだ」


史実では里見氏は惣無事令を破った事が、秀吉の怒りを呼び、家康に仲介に入って貰っているのだが、史実ほど家康の影響力がない現状、里見氏をどうするのかまで秀次には決められる権限がなかった。


(一応、義父殿が仲介に動くなら稲を経由して何か言ってくると思うけど、まあ、それは後だ)


ちなみに秀次としては、里見氏は助命したかった。単純に関東での影響力を考慮した訳ではない。

(……里見八犬伝を知ってる身からするとなぁ)


後世、講談として人気が出るほどの題材である。この時代に伏姫はもういないだろうが、それはそれとして歴史好きとしては見逃せないという至極、俗な理由であった。



秀次の奥州出立の前、陣払いの準備が進む秀吉本陣に、秀次が呼び出されていた。


「早かったの、秀次」

「もともと、こちらへ向かう途中でした。使者に会いましたが、相談があるとの事ですが」

「ま、ちこう寄れ。酒も用意しておる。まずは北条を潰した事を内々に祝おうぞ」


そう言って秀吉は座った。酒と簡単なつまみが用意されている。


「では、一献」


秀次が秀吉に酒を注ぐ。その後、秀吉が秀次に酒を注いだ。

お互いに軽く口を付けた所で、秀吉が口を開いた。



「北条氏直、氏邦に重臣数名は既に切腹し、北条は役目を終えた。それ以外の者は生かす。それが終われば、論功行賞じゃ。秀次、お主には関東八州を治めて貰うぞ」

「……謹んでお受けします」

「うむ……分かっておるだろうが、お主は関東八州、二百万石を超える領主となる。西に徳川、北に伊達がおるが、東北はお主に考えがあるようじゃから、そちらは任せる。だが、徳川は常に警戒せよ。儂が大坂に、お主が関東におる限り、徳川は豊臣に挟まれている状態じゃ。そう簡単には動けまい。軽々しく動くような狸ではないだろうがの……」


これには秀次も苦笑する。


「稲とはうまくやっております。徳川殿も今の状況で何か策動するような、簡単な御仁ではありますまい……今は、豊臣政権の中で深く、静かに力を蓄えようとしているのではありませぬか」


「ま、そんなところじゃろう。で、それとは別に……いや、別でもないか、お主が関東に動いた後の尾張と美濃の事じゃ」

「……ああ、確かに私が動くと空きますな。伊勢と伊賀もですが」

「伊勢と伊賀はそれなりの者を適当に配そうと思うておる。そうじゃな、九鬼を伊勢にでも置くか。伊賀は中村一氏でも置いておけばまあよかろう。お主が整備した道もあるゆえ、それほど苦労はするまい。で、尾張と美濃の事じゃ」

「誰ぞ、妙案がありましょうか? 徳川殿と領地を接する尾張は特に能力のある者が必要かと思いますが」

「うむ……美濃はの、本来は三成を考えておったのだが……さすがにのぅ」

不機嫌そうにそう言う秀吉。秀次も苦笑するしかなかった。

「確かに、美濃一国を三成に与えれば、諸将から不満が噴出しましょうな……京に近い穀倉地帯である美濃を差配するには、三成は適任ではあるのですが」

「やれやれじゃよ。忍城なんぞに手間取ったどころか、敗けておるからの。三成に美濃を与えるのは無理じゃ。かと言って、美濃を細かく分けて儂の子飼いの者達に一万石ずつ、などもどうかと思うての」

秀次はしばし考えるが、その意見には反対した。

「それはおやめになったほうがよろしいかと。豊臣家の支配が盤石であれば良いのですが、国内には未だに不満を抱く者、徳川殿のように深く、静かに機を狙っておるお人もおりましょう……尾張は、そうですな、福島正則はどうです?」

「む、正則か。正則は勇猛果敢、戦場では頼もしき将であろうが、治世の部分はどうじゃ。あやつ、身内の儂から見ても、激しやすく一度感情が噴出してしまえば、止まる事のない男じゃぞ」



(正則の評価低いなー)


「確かに激しやすく、感情が制御できぬようなところはありますな。が、意外に家臣団からは慕われております。現状、三河と隣接する尾張を押さえておくのなら、あれくらいの気性があったほうがよろしいでしょう。正則は剛直、殿下に弓を引くくらいなら自刃する気性です。こういった猪武者のほうが、調略は通らないものでは?」


「……ふむ、正則の後ろに置く者を考えれば、それもありか。飛騨にも儂の子飼いを置けば……美濃には、家格が高い者を置く事で周囲の行動を縛り、監視させるか」


「家格が高く、徳川殿にも怯まぬ、それでいて美濃一国を与えて統治できる御方。そう多くはありませんな」


「京にも近いからの。朝廷に安心感を与える人選でなければのぅ。つまり、一人しかおらぬな」

「……確かに。では細川殿は国替えですな」


細川家の当主は既に細川忠興であるが、前当主である幽才が健在である。

朝廷に顔も利き、足利幕臣としての歴史もある。おまけに秀吉が光秀を討った時から今まで、秀吉に好意的な家でもある。


(しかし、それにしても一門と呼べる者が少ない。分かってはいたが……)


九州から関東までを制した秀吉だが、どんどんと広大になる領土に対して、それを任せられる一門衆、つまりは親族やそれに類する者、譜代の家臣が絶望的に足りていない。


農民から戦国時代という舞台を駆け上がってきた秀吉は、当然ながら『家』というものを持っていない。


親族と呼べるのは秀長、秀次を除くと正室の寧々の実家である杉原、浅野。羽柴という苗字を名乗る前の木下姓に至っては、杉原の名乗りを謝絶されたため、杉原の遠縁にあたる木下性を名乗らせて貰った、というだけでありとても親族とは言えなかった。


最も、木下性の者にさしたる才のある者が無かったという理由もあるが。


譜代、と呼べる者は蜂須賀、仙石、山内、中村、堀尾などである。竹中半兵衛亡き後の竹中家も譜代と言えるだろうが、親の功だけで大国を任せるにはつらい。まだこの時点では、戦国時代は終わりが見えてきたばかりなのだから。


(これらを除くと、秀吉に好意的な家かそうでないかと言うくくりでしか残らん。知ると見るでは大違いか。なんという綱渡りの政権運営。史実で秀吉が様々な人物に豊臣の名乗りを許した理由も分かるというものだ)


絶対に自分を裏切らない、と信頼を預けるにたる者が少ない。それでも秀吉が存命の間は天下は治まっていた。

(それが英雄、か)

秀次の正直な感想であった。同時に自分ではとても天下は……と思うのも当然であった。


(史実とは大分異なった歩みをしている。が、切腹を免れたとしても、豊臣秀吉亡き後、その天下を秀頼が継承できるのか? 治まってこその天下。足利幕府のように名のみが残っても天下には……いや、今はまだ考える時ではないか。秀頼は生まれてすらいない)


まだ日本全てが秀吉に頭を下げたわけではない。東北が残っている。


(奥州は魔境だ。政宗がある程度整理したとはいえ、あそこは名家どうしが延々と婚姻と抗争を続けてきた土地。土着している勢力をまとめて引き剥がす必要がある。降れば良し、降らぬ家は潰す気で行かねばならんが、面倒は御免だ。九戸は先に手を打つか)


本来なら同格であるはずの南部家を主家として、九戸家を家臣として扱ったのが九戸政実の乱を引き起こしている。

奥州に二度も行きたくない秀次は、九戸家に対して手を打つことに決めた。


秀次は奥州仕置に立つ前に、九戸政実に一門全てを自らの下で召し抱える事、関東に国替えとなるが十万石を約束する事を書状として送る事になる。


これが奥州仕置の始まりであった。


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