龍との対面
「確か、明日じゃったのぅ、秀次と伊達の小僧の対面は」
石垣山城で秀吉は近侍の者と、今日ここに招いている二人に行った。
すかさず近侍の者が答える。
「はっ。本日正午前には港にてお会いになられるそうです」
ふむふむ、と秀吉は上機嫌に頷いた。
「伊達の小僧はの、まだ天下への野望を捨てておらん。儂に心から従っとるわけでもない。
じゃが今日、秀次によって豊臣の力を知るであろうよ、景勝殿」
「……」
無言で軽く頭を下げる男。上杉家当主、上杉景勝である。
「何やら、秀次様は伊達殿に贈り物があると伺いました。この兼続、その場に立ち会って見とうございました」
もう一人の男は、直江兼続。
上杉の軍師でありその智謀は広く全国に名が知れている。
上杉の当主と軍師が共に秀吉の本陣である石垣山城に居るのは、八王子城を陥落させた報告の為である。
上杉景勝と直江兼続は秀吉のお気に入りである。直江兼続に至っては「直参にならんか」と勧誘したこともある。
景勝はその義理堅い性格が秀吉は気に入っている。「この男だけは、一度結んだ信義を裏切ることはあるまい」それが秀吉の景勝の評価である。
「昨日はなかなかにおもしろき場であったな」
秀吉は機嫌がいい。昨日、伊達政宗が小田原の秀吉に対して臣従の意を示すために奥州より参上した。
対面の時、政宗は白装束に身を包んでいた。
白装束に身を包んで現れてた事、これが意味するものは「死装束」である。
「どのような処罰でも受ける。例えそれが死を賜るものであっても」そういう覚悟の表れであると、諸将の眼には映った。
が、秀吉は見抜いていた。わざわざ白装束で自分の前に来たのは、演出であると……。
(なるほど、これが伊達か。わざわざ芝居がかった事をしよる。「死を覚悟して来ました」とこうもあからさまな態度で来ると興ざめじゃな)
ここで秀吉が政宗に対し、遅参を理由に首を撥ねれば秀吉には不利益しかない。
死装束で現れた男の覚悟を汲み取らなかったとして、秀吉の評判は下がる。そして政宗が斬られれば奥州は動乱を起こすだろう。
(こやつ、わしが許す事を計算済みでこの場に来ておる。ふっ、斬られる心配がないなら死装束など纏っておっても堂々とした態度でいられるのは当然じゃ。
奥州で動乱が起ころうとも、儂の率いる大軍で踏み潰せるが……これ以上、この国で戦乱を広げても得るものはないの)
「よう参った、伊達政宗」
「はっ、関白殿下に拝謁賜りました事、恐悦至極に存じます」
(よう言うわ。本心から従うような玉ではなかろうに。ま、かまわぬか。最早奥州など伊達が臣従しようがしまいが天下統一に障害とはならん)
秀吉は立ち上がって、ゆっくりと政宗のもとへと歩いて行く。
「少しばかり遅かったが……ま、良かろう。許す、これよりは我が臣下となれ」
ぽんぽん、と扇子で肩を叩きながら秀吉はそう言った。
「ははっ!」
頭を下げる政宗。
(乗り切った、そう思っておろうな。この小僧、死を恐れておる気配がないわ。天下への野心、まるで失っておらぬな。まあ、こういう臣下も一人くらい居てもよかろうて)
使い道はある、秀吉はそう思っている。
実際、奥州に居た伊達政宗と、中央で天下を争って勝ち抜いて来た秀吉とではくぐった修羅場や経験の数が違う。秀吉から見れば政宗はまだひよっこであった。
(秀次ほどの器量もないな。真に器量があるものなら、北条攻めに合わせて豊臣に降り、武勲の一つでも挙げておったじゃろう。そうしてこそ発言権が得られたものを)
「励め」
「はっ!」
それだけで、伊達政宗と豊臣秀吉の対面は終わった。
秀吉との対面を終えた政宗は場所を与えられ、陣所を構えた。その陣所に使いの者が現れ、秀次からの招待状を持ってきた。
港で対面しよう、との事がその文には書かれてあった。
(羽柴秀次……豊臣秀吉の甥、かぁ。えらく風変わりなお人らしいから逢ってみたかったもんよ。招きとは嬉しいねぇ。しっかり観察させて貰おうかい……。しかし、なんで港かねぇ?)
傲岸不遜な考えを腹の中に持ちつつ、秀次の家臣に案内されて港へ入る政宗。
港に入った政宗は、そこで動きを止められた。
(こ……こいつは……南蛮船か! でけぇ、俺が見てきた船なんぞ比べものにならねぇ!)
そう、港には津島級三番艦が泊まっていたのだ。
「よう、奥羽の竜。羽柴秀次だ」
船の前にいた若者が声をかけてきた。
慌てて下馬する政宗。
「伊達政宗。お招きに預かり恐悦至極」
「まあ、固い挨拶はいいよ。奥羽とはこれから交易や何やで仲良くしていきたいと思っているんだ。ついては、お近付きの印としてこの船貰ってくれ」
その秀次の言葉に、不覚にも政宗は固まってしまった。
―――今、この人は何と言った?
―――貰う、何を? 船、船は目の前にある。
(この南蛮船の事か……?)
「い、いやぁ、ちょっと待ってくだせぃ。その、いきなり過ぎて何が何やら……」
混乱する政宗。それに気づかずに話を進めていく秀次。
「んー、奥羽とは交易したいし、北の方とは俺も付き合いがまったく無くてさ。伊達殿なら今後いろいろとお互いの利益になりそうな付き合いができると思って。この船、いい船だぞ?」
「そ、そりゃぁ、くれるってんなら是非貰いたいシロモノだけどよ……」
政宗の眼は港に入ってきた時から津島級に釘付けだ。
「政宗殿は結構派手好みって聞いたからな。気に入ってくれると思ったよ。そうそう、帆はちょっと凝ってみたんだ。おーい、帆を下ろしてくれ!」
その声でメインマストから帆が下ろされる。
風を受けて膨らんだ帆には、巨大な刺繍がなされていた。
「こ、こいつは……すげぇ!」
思わず、政宗は叫んでいた。
そこに描かれていたのは、黄金の鷲。
金刺繍で帆一面に今にも飛び立つ寸前、と言ったふうの黄金の鷲が描かれていた。
(まいった……まいっちまった……。俺は、この船にまいっちまった! 今まで、秀吉を油断させておいて天下を狙おうとか考えていたが、甘かった! この秀次って人は、俺とは器が違う!
こんなすげぇ船にこんなすげぇ帆を張る人だとは! これが俺の船になる、と思うと歓喜が込み上げてきて抑えきれねぇ! こんなものを軽くよこすって事は、豊臣ってのはどれだけデカいんだ!?
これが天下か? 天下人ってのはどれだけの力を持っているんだ? まるで想像がつかねぇ……)
夢見心地で船を見上げる政宗。それを見て秀次は「計算通り」と薄く笑っていた。
(これで伊達との繋がりは完璧よ! 俺が排除されそうになったら他の津島級で奥羽まで逃げる算段はついた! 仙台と言えばゴールデンイーグルス。やはり黄金の鷲を描いたのは正解だったな……安易な発想だったがうまくいくもんだ。
最初は網で焼いている牛タンをでっかく描こうとか思ったが、さすがにやめて良かった……。それにしても、この津島級、ガレオン船はいろいろ役に立つ。四番艦は毛利に、五番艦も誰かに上げて俺が逃げる場所を増やしておくか……。
あ、江戸に港を造るんだから、当初考えていた津島より政宗の領地のほうが近くなったのか。逃げやすいのは北だな……いや、逃げないけど。今の所逃げなきゃいけない事は起こってないけど)
とりあえず、政宗と友誼を結ぶ事には成功した秀次。
伊達に豊臣の力を見せつける事によってある程度奥州を抑える算段の出来た秀吉。
着々と天下統一の下地が出来上がっていく中、一つの報告が秀吉と秀次のもとにもたらされていた。
忍城を囲んでいた三成が逆撃を受け、大きな被害が出たという報告である。




