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調略

「やあ秀次、山中ではようやった。さすがよのぅ」

「ありがとうございます、関白殿下」

秀吉が機嫌よく秀次を招く。


「さて、我が甥よ。小田原城をどうみた」

「天下の堅城、とは誇大表現ではないようで」

ふむふむ、と秀吉が頷く。

「されば、力押しは無益じゃろうな」

「そうですね、攻めかかって来るのを中の兵は今か今かと待ち構えているようですし」

なればよ、と秀吉が楽しそうに言った。

「諸大名には屋敷や書院を造るように触れを出せ。万事ゆったりと物事を進めようぞ。

笠懸山から小田原は見下ろせるらしいな?」

「はい。城を築くならあそこかと」

さすがは我が甥、すでに我の策を見切っておるわい、と秀吉はますます上機嫌になった。

「普請奉行は黒田にまかせるとしよう。秀次、おぬしも屋敷を建てよ。あと、ここに集結した部隊から利家の別働隊へ合流する部隊を選んで出発させておけ」

「御意。早速取り掛かります」

うむうむ、と頷いてからさらに秀吉は付け加えた。

「兵を楽しませるため、遊女を呼ぶぞ。市も建てよう。大名達には妻や側室を呼ぶように言え。わしも茶々を呼ぶとしよう」

(あ、やっぱり呼ぶのは茶々なのね……知ってたけどさ)


こうして、小田原城の周囲には大名屋敷、歓楽街、市場などが突然沸き立つように現れる。

海上はすでに水軍が封鎖しており、兵糧や物資は次々と運ばれてくる。

中でも津島丸は秀吉のいる笠懸山からも見え、「おお、我が甥の船ぞ。なんとも凄まじきものよ」と喜ばせた。

ちなみに豊臣丸はすでに完成して堺に入っているが秀吉は今回、その船を堺に置いてきていた。

船足が速く巨大なその船を何か大坂であったときのために置いてきたのだ。



秀次はすぐに稲姫を呼ぶ早馬を走らせる。

その後、屋敷を建てる事を田中吉政に丸投げすると、秀吉から言われた北方方面軍への増援の選抜を行った。

自軍の配下から、木下兄弟。本隊から浅野長政、家康率いる三河勢から榊原康政を抜き出して増援とした。

豊臣の中では俊英と名高い浅野長政だが、実戦経験がより豊富な榊原康政を同じように向かわせる事により色々と本人も勉強になると思った上での人事であった。


増援はこんなもんでいいか、と思っていた秀次のところへ石田三成、長束正家が訪ねて来た。

要件は自分達も北方方面軍の一部として出陣させて欲しいとの事だった。兵站の事もあるから能吏である彼らはここに置いておこうと思っていた秀次。

「我ら二人のどうしても武功が欲しいのです」

彼らは強く訴えてきた。

(三成と正家が北条征伐でやった事って、忍城か。たしか失敗してたよな。じゃあ、別に行かさなくていいか。本陣に置いておいたほうが便利だし)

そう考えた秀次は二人の願いを却下する。

「お前らにはこの小田原で仕事があるだろう」

そう言ってまだ納得のいっていない様子の二人を下がらせた。



その夜、与えられた仮の詰所に徳川より来た客将、服部半蔵を呼び出した。

「風魔……でございますか」

「そう、風魔。風魔小太郎だ。北条にいるんだろ?」

「確かに風魔は北条に仕えております。それが何か」

にやっと笑う秀次。その口から出た言葉に、不覚にも半蔵は驚愕の色を表情に出してしまった。

「調略する」

「……!! 本気、で、ございますか?」

「ああ、どうせ北条じゃろくな使われ方してないんだろ?」

「それはまあ、伊賀者と同じ日陰者。大した禄も褒賞も貰っていないようでございますが。徳川殿の元にいる伊賀者と違い、今の北条は忍を使いこなせる人材もおりませんようで」

ふむ、と秀次はもう一度考える。

「不遇なんだよな?」

「それは間違いなく。伊賀者は徳川殿に、甲賀者は関白様に雇われておりますので、十分に働き場所もありますが、どうも北条は風魔に夜盗でも出来るような夜討ちなどしかやらしておらぬようです」

「だろうな……北条に忍を使いこなせる人材がいれば、こんなに簡単に小田原を囲めてないだろうし、こちらの情報を漏らさぬためにお主ら伊賀者はもっと忙しかっただろうからな」

(確かに。北条と戦、となった時より風魔をどう牽制するかを考えておったのだが、何も仕掛けてこない。ちらちらと、それらしき者が、建設が始まっている大名屋敷の周囲に溶け込んでいるが……ただ情報を集めているだけのようだ。攪乱に火つけくらいはしてくるかと警戒していたのだが……)

考え込む半蔵。どうやら、本気で北条の忍集団、風魔は使いこなせる主すらいない状態のようだ、と結論づけた。

「しかし、調略できましょうや?」

「ああ、だからとりあえず風魔小太郎と連絡を取ってくれ。俺が直接会いたいと言っていると伝えてくれ。それと、召し抱えるにあたっては一万五千石とする、とな」

「い、一万五千石ですか! それは……」

半蔵が驚愕している間に、秀次は畳みかけるように言った。

「で、どうだ。なんとか接触できるか?」

「……分かりました。風魔小太郎に接触致します」


(やっかいな仕事になりそうだ)

風魔の忍は伊賀者や甲賀者以上にその所在や上忍の居所が掴めない存在だ。それが彼らの強みでもあるのだが。

(手練れを使えばなんとか上忍級には辿り着ける。後は……秀次様の話をそのまま話すしかないか。秀次様から署名入りの書状も頂いている。とにかく連絡をつける事だ)

こうして現在の主君から無茶な命令をされた服部半蔵は部下の伊賀者を使いなんとか風魔に接触するために努力する事になる。


この夜、秀次に嘆願しても埒が明かないと思った石田三成と長束正家は秀吉の元を訪れ、北方方面軍への増援に自分達を加えてくれるように懇願した。

基本的に北方方面軍の事は秀次にまかしていた秀吉だが、子飼いの二人からせめて一度、戦場での武功を立てる機会を、と切に訴えられたため、これを許可した。

(まあ北方軍は前田に真田、上杉と戦上手が揃っておる。秀次がここから送るのも浅野長政に榊原康政じゃ。間違いはあるまい。この二人が功名を立てられるかどうかはわからんが)

ありがたき幸せ! と頭を下げて去っていく二人を見て、秀吉は近侍の者に言った。

「秀次に三成と正家を北方方面軍に向かわせる事にしたと伝えておけ」



四月。完全に小田原を包囲し、その周囲に屋敷やら書院やら茶室やら城やらを豊臣方が建てまくっている。

遊女が歓楽街を開き、商人が市に店を出して兵たちは長い対陣にも飽きる事がない。

糧食は消費できないほど積みあがっており、小田原城へはときおり適当に挑発してみる程度である。

その最中、一人の伊賀者が風魔の里の上忍と接触。羽柴秀次から風魔小太郎への親書を渡した事により、風魔の里では当主の下に里の実力者たちが集結し、この申し出を議論していた。

「皆、既に聞いておろうが、伊賀者から接触があった。内容は羽柴秀次からの寝返りの誘いだ」

当主、風魔小太郎が集まった者たちに語った。

「これが親書だ。羽柴秀次の署名もある。接触してきた伊賀者はかなりの腕利きだったようだ。そういう意味でも、この親書が偽物である可能性は低いと思う。が、問題はその内容だ。皆、遠慮する事なく意見を述べてくれ」

そう言ってから、皆に親書を見せる。集まった者は皆その内容を読み、口々に意見を述べだした。

「一万五千石。にわかに信じるわけにはいかんな。我ら日陰の者に大名と同じ待遇など聞いた事もないぞ」

「大体、なぜ調略など? 既に小田原城は完全に包囲され、海上も抑えられた。抵抗しているのは僅かに数城。奥州の伊達もあてにはできない。小田原が降るのは時間の問題だぞ」

「確かにそうだ。しかし、そう考えるとこれが罠である可能性は低いのではないか? そもそも調略を仕掛けるなら小田原に籠る諸将だろう。我らは北条家からろくな扱いを受けておらん。夜盗崩れとでも思っている者のほうが多かろう。そんな我らをなぜ調略する?」

「いや、その羽柴秀次と言う者、聞けば秀吉の甥であるとか。つまり成り上がり者だ。その上で領地は多い。単純に人材を広く集めているだけという事もある……しかし、それでも忍を調略するなどとは聞いた事もないが」

「秀次と言う者の領地には伊賀も含まれている。今回、我らに渡りをつけたのも伊賀者だ。なぜわざわざ忍の者を新たに雇う必要がある?」

「……まて、伊賀の頭領は服部半蔵だ。今は秀次の下にいるが、あれの忠誠心は徳川に向けられておろう。甲賀は秀吉が使っている。秀次と言う者は自前の忍が欲しいのではないか?」

「ふむ、伊賀者を使えば情報は徳川に筒抜けか。それなら自前の忍が欲しくなったというのはあり得るか……確かに大領を持つなら忍の技は欲しかろう。我らの技が高く売れるというのは分かる。が、一万五千石とは、それでは大名ではないか」

「むう……真田や上杉のように自前の忍軍を持つには確かに我らを調略するのが手っ取り早いのは道理。どうせ北条はもう終わりだ。一万五千石は無いにしても、我らを高く売りつける機会である事は確かではあるが……」

「高く売りつける、それはいい。だがこれが罠である可能性も捨てきれない。確かに破格の条件でも我らを買いたがっているかもしれん。しかし、油断はできんぞ」

「しかし、彼の者の領地は百万石を優に超えますぞ。一万五千石程度、と考えているやも……」

「それはあるかもしれんが……」

「いや、それは……」


議論が行われている間、風魔小太郎は眼を閉じて全ての意見を聞き、整理していた。


(罠の可能性は低い。北条にろくに使われていない我らを罠にかけるなど、意味のない事だ。だが、どうにも読めぬ)


意見を聞きながらも考え続けていた風魔小太郎に、論議していた一人が話しかけた。

「小太郎様、皆の意見は出尽くしたと思われます。小太郎様はどうお考えですか?」

「うむ……まず、これが罠である可能性は低いと思っている。理由は先ほど、皆が言っていた通り、我らに罠を仕掛ける理由がないからだ」

そこまで言ってから一度会話を切って周囲を見回す。


「そこで、だ。親書には羽柴秀次は我に直接会いたいとの事だ。我は会うてみようと思う。無論、これが何らかの罠であった場合……つまり、我が帰らぬ場合、次の頭領を決め羽柴秀次に報復せよ。よいな」

「「はっ」」

こうして風魔小太郎は羽柴秀次に会うため、里を出て彼の下へと行く事になる。彼にとって運命の瞬間が迫っていた。



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