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蜻蛉切対来国俊

(ぞくぞくするなぁ)

可児才蔵は眼前の強敵と槍を合わせながら、湧き上がる愉悦を抑えきれずにいた。


長く戦場を往来してきた。幾度となく死線をくぐってきた。

数多くの剛勇と腕を競ってきたが、目の前の男はその中でも飛び抜けている。

本多忠勝。そこらの葉武者とは格が違う。

思わず笑みが浮かぶと、相手から怪訝な問いが来た。

「貴殿、何がおかしい」

「なに、あんたに出会えた事が嬉しくてね。秀次様より拝領した来国俊。家康の首を取ることによって恩義に報いようと思っていたが、あんたなら十分だ」

忠勝から凄まじい一撃が飛んできた。寸前で弾く。

「この本多忠勝、殿の前で破れるような男と思うてか」

「いいねぇ、心行くまでやろうか、忠勝さんよ!」

馬を進めて槍を横殴りに叩きつける。

膂力には自信のあった才蔵だが、忠勝はそれを自身の槍で受け止めると弾き返した。


「化け物だねぇ」

才蔵は宝蔵院流の槍術を修めている。

単純に槍の技では自分に分があると思っているが、相手は桁違いの膂力と動物的な反射神経でこちらの槍を強引に返してくる。

一撃の重さが尋常ではない。空振りの衝撃が空気を叩いて肌を打つほどだ。

何より、本陣まで敵に攻め入られているというのに冷静だ。

ここで才蔵を止める。家康さえ守れば徳川は、徳川軍は負けないと確信しているのだ。


「そうは……させっかよ!」

才蔵が馬上から槍を薙ぐ。薙いだ槍は忠勝にかわされるが、そこから跳ね上げるように忠勝の顔を打ちにいく。

それを忠勝に防がせ、その隙に槍を流れるように回転させて石突でさらに忠勝の顔面を狙う。

「むん!」

気合と供に忠勝が蜻蛉切を振り回す。人外の膂力で振り回されたそれは、たやすく可児の槍を跳ね飛ばしていた。

相手の意図に気がついた才蔵が槍を引き戻していなければ、来国俊は宙に舞っていただろう。

両手で構えた槍が才蔵に迫る。が、才蔵はそれを馬の上で上体を大きく倒して回避した。

その姿勢のままで才蔵の槍が円を描く。正確に、測ったように忠勝の体をかするように放たれたその技は、忠勝が後ろに馬を下げることと同時に上体を反らすことで回避された。


忠勝重い鎧をつけていない。身を守る鎧を厚くせずに動き安さを優先しているところに彼の自信が伺える。

才蔵は無理な体勢から技を放っている。忠勝はそこを逃さず、槍を振り下ろしてきた。

並の将であれば、この一撃で頭を砕かれて終わりだが、才蔵は並の将ではない。

兜を飛ばされながら、彼は馬の鐙を外して自ら馬から転がり落ちた。

一瞬、才蔵が乗っていた馬に体が隠れる。

驚いた馬がその場を離れた瞬間、才蔵が踏み込んで馬上の忠勝を突く。

突き出された槍を受け、跳ね上げる忠勝。

跳ね上がった槍を見て、忠勝から必殺の一撃が才蔵を襲う。

「甘ぇよ!」

槍が跳ね上げられる事は才蔵にはわかっていた。来国俊から手を離すと、全力で忠勝の馬に体当たりを仕掛けた。

「ぐっ」

体勢を崩し、蜻蛉切が空を斬る。才蔵は腰から刀を抜くと忠勝の太腿めがけて斬りつけた。

瞬間、才蔵の視界から忠勝が消えた。


「マジかよ!」

太腿を斬られれば勝負あり。そう咄嗟に判断した忠勝が、鐙を蹴って才蔵と反対側へ跳躍したのだ。

忠勝と才蔵の間には忠勝が乗っていた馬が壁となっている。才蔵は来国俊を拾い上げた。

馬の向こう、忠勝が構えるのが分かる。嘶いた馬が走り出した瞬間、来国俊と蜻蛉切がまたも空中で激突した。



堀秀政は自分の部隊を巧みに操って徳川軍の左翼を抑えている。

相手左翼とほぼ同数を指揮下に戦っているが、さすがに相手も歴戦の徳川軍、容易に隙を見せれば逆撃を掛けられる恐れがあった。

(最も、本陣が奇襲を受けている状況では徳川の将も眼の前の敵どころではないか……)

鉄砲を大量運用し、戦局を変える戦はかつての主君、織田信長の頃からよく見てきた。

が、鶴翼の中央に火力を一点集中し、その後騎馬のみで突入とは。

(羽柴の俊英、羽柴秀次か。確かにかなり出来るな)

堀秀政は織田信長の直参だった男である。秀吉とは直接の主従関係にはない。最も、明智光秀を討った山崎の戦い以来、秀吉に味方し、秀吉を盛り立てることで自家の発展を図ってきた男でもある。


秀吉の一族で若き英才が現れた事は、いよいよ秀吉が天下を統一する条件が整ったように思える。

優秀な後継者足りえる男がいるならば、秀吉が天下統一した後もまずその天下は安定と見てよい。

織田信長にも、嫡男織田信忠がおり本能寺の変時には家督も継いでいたが、信長と同じく京で明智光秀に討たれた。もし嫡男信忠が生き延びていれば、明智の謀反は無残な失敗に終わっただろう。

(秀吉殿は信長様という前例を見ている。あのように転ぶことはあるまい。実子はおられぬが、羽柴秀次、十分にその資質はあるな)

眼前の徳川軍を抑え込みながら、堀秀政はそう考えていた。

秀次の評価に関しては、盛大な勘違いであったが……。


舞兵庫は与えられた部隊を率いて徳川軍の右翼を叩いていた。

特に織田信雄の率いている部隊は、徳川の将が率いている部隊よりもかなり劣る。

他の徳川軍の部隊との連携も取れていない。舞兵庫はここを徹底的に叩いている。

信雄の軍勢が押し込まれることにより、右翼は乱戦状態となっている。織田信雄は名目上、織田・徳川軍の盟主である。誰もが信雄に注目していなくとも、この戦は織田信雄が反秀吉を掲げて徳川と同盟を組んで起こした戦争である。

故に、織田信雄の首が取られた場合、家康は戦の大義名分を失うことになる。

「精強なる三河兵に守られていれば安全と思いましたかな、信雄様。戦場では弱き箇所を徹底的に叩くのが常道。お恨みなされるな」

織田信雄と共に右翼に配されていた一人が、酒井忠次である。

酒井忠次、徳川四天王の一人に数えられる名将だが、彼は乱戦となっている右翼で自軍をなんとかまとめていた。


(殿は! 本陣は!)

周囲を叱咤しながら酒井忠次は本陣を顧みる。

そこには、幕が倒され、多くの旗本たちが次々になぎ倒されている光景が広がっていた。

「なんたることだ!」

叫んでみるが、状況は悪い。

敵は執拗に信雄様の部隊を叩いている。なんとか連携を取って押し返したいところだが、いかんせん押し込まれすぎている。

左翼は五分の戦いをしている。そして右翼は押し込まれている。

(このままではまずい)

酒井忠次は押されている織田信雄を見て、決断をした。

「本陣へと退け!」

鋭く叫ぶと真っ先に馬を駆って本陣へと駆け出した。

このまま戦っても乱戦状態が続くだけである。その間に自らの主君が討ち取られる可能性がある。

これ以上、織田信雄に構ってはいられなかった。幸い、敵は信雄軍に集中的に攻撃を加えている。

今なら戦場を離脱し、迂回して本陣へと駆けつけることが出来る。

(信雄様も、側面からの援護がなくなれば壊走しよう。運が良ければ逃げ切れる)

酒井忠次は駆けた。主君の元へと。


可児才蔵と本多忠勝の一騎打ちは続いている。

来国俊と蜻蛉切は幾度となく空中でぶつかり合い、火花を散らしている。

その周囲では忠勝の部下と七本槍を中心とする突入部隊が激戦を展開していた。

本多忠勝という、一種の怪物を可児才蔵が抑えている。この機に家康の首を取らんと、血気に逸る若武者達が家康の周囲を守る者に槍を合わせていた。


敵大将に肉薄し、まさにその首を取れるところまで来ている七本槍達。

主君を守るため、命賭けで奮戦する忠勝の部下と家康旗本勢。


一進一退の攻防だが、勢いは攻め込んだ秀次勢にあった。

ここまでは、おおむね秀次勢の思惑通り戦が進んでいる。敵本陣に斬り込んでいるのだ。いやが応にも士気は上がる。

このまま押せば、家康の首は取れる。

七本槍を初めとした突入部隊が更なる攻勢を掛けたとき、新たな馬蹄が鳴り響いた。

酒井忠次の部隊が到着したのだ。

「忠次か!」

一言叫んだ家康は、即座に決断した。酒井隊と本多隊、それに旗本を纏めて陣を退くことを。

酒井忠次が本陣へと駆けつけた、それは右翼部隊が薄くなったことを意味する。ここで本陣から突入部隊を押し返したとて、その間に右翼が破られれば瞬く間に本陣は瓦解する。

難しくとも、この戦力で壊乱せずに退くしかない。

家康は周囲を見渡し、その時を図ることに集中した。


一方、戦いを見ていた総大将、秀次は右翼から一部の部隊が本陣へと駆け戻るのを見ていた。

すぐさま、秀次は叫んだ。


「退き鐘を鳴らせ!」


その命により、一斉に鐘が鳴らされる。全軍に退却を命じる鐘である。

一見、新たな部隊が本陣へと救援に現れたのをみて、総大将である秀次が何かを感じ取ったと思われたが、実際は秀次の精神が限界だっただけである。

(これ以上は無理! なんか新しい部隊が本陣に出現したし! もう十分やっただろ! 徳川家康とこれ以上戦っても勝てる気がしねぇ! 俺が死ぬ!)

相手は史実にて天下を取った男である。


「退けぇぇぇ!」

秀次は心の底から絶叫した。


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