マッチ売りの少女のお父さん
むかし、あるところにひとりのマッチ職人がすんでいました。彼は、朝から晩まで木を削ったり、燃える薬を塗ったりして、せっせとマッチをつくっていました。
できあがったマッチは、いつも彼の奥さんが街に売りにでかけていました。奥さんは、とてもかわいらしいひとで、また売り物の質もよかったので、街のひとたちはよろこんで、マッチを買っていってくれました。
マッチ職人と奥さんのあいだには、ふたりの子供がいました。元気な長女と、気の弱い次女です。両親が働いているあいだ、この子たちの面倒は、やさしいおばあちゃんが見ていました。
おばあちゃんは、孫のふたりともが大好きでしたが、とくにかわいがっていたのは次女のほうでした。長女は外で遊ぶのが好きでしたが、次女は外にでるよりも、おばあちゃんの教えてくれるおとぎ話を聞くのが好きだったからです。お話をせがまれると、おばあちゃんはにこにこと笑って、次女にお星さまの物語などを聞かせてあげるのでした。
ざんねんながら、一家はあまり裕福ではありませんでした。がんばって作っても、がんばって売っても、マッチだけではたいしたお金にならなかったからです。それでも、毎日の食べ物に困るほどではなく、家族みんなで、神さまに感謝してくらしていました。
ところが、そんな貧しいながらもしあわせな一家に、悲しい不幸がまいおりてきました。
おばあちゃんが、はやりの病にかかり、亡くなってしまったのです。そして、看病をしながらマッチを売っていた奥さんも、病気で寝こんでしまったのでした。
不幸中のさいわいというべきか、奥さんの病気はそこまで重いものではありませんでした。それでも、街にいくことはできそうもありません。しかたがないので、マッチ職人のお父さんは、ふたりの娘に、交代でマッチを売りにいくよう命じました。ひとりが街に出ているあいだに、もうひとりにお母さんの看病をさせるためでした。
一日めは、長女がマッチを売りにいきました。元気のいい長女は、ハキハキと道をいくお客さんに声をかけ、お世辞をいって気分をよくさせ、日が落ちるまでに全部のマッチを売ることができました。お父さんは、長女を『よくやったぞ』とほめてあげました。
二日めは、次女がマッチを売りにでかけました。しかし、気の弱い次女は、どうやってお客さんに声をかければいいのかわかりません。まごまごしているうちに日が落ちてしまい、とぼとぼと家に帰ってきました。
マッチを一本も売っていないと聞いて、お父さんはおどろいて次女をしかりつけました。
「なんてことだ、この役立たずめ! おまえは一日ずっと、なまけて遊んでいたのか?」
次女はお父さんの剣幕を怖がって、ただ震えるばかり。そこに、見かねた奥さんが割ってはいりました。
「あなた、この子は仕事もしないでなまけるような子じゃないわ」
長女も、次女の味方をしていいました。
「そうだよ、お父さん。この子は気が弱いから、きっとお客さんに声をかけるのが怖かったんだよ」
ふたりからそういわれて、お父さんはそれもそうかなと思い、次はちゃんと売ってくるのだぞといって、次女を許してあげました。
なのに、そのつぎも、次女はマッチを売ることができませんでした。日がな一日、通行人の姿をながめては、道をうろうろするばかりだったのです。こんども一本も売っていないと聞いて、ついにお父さんは腹を立て、平手で次女のお尻を思いきりぶちました。次女はごめんなさい、ごめんなさいといって泣き出してしまいました。
そのご、すぐに奥さんと長女がとりなしてきたので、いちおうは許してあげましたが、そのままで済ますことはできませんでした。一家は、マッチを売ってお金にかえることで、生活をしているのです。奥さんが病気のいま、気が弱いからといって、次女にだけなにもさせないでおくわけにはいきません。
「すこし、ちいさいと思って甘やかしすぎていたのかもしれない」
お父さんはひとりそうつぶやくと、これからは次女に厳しくせっすることにしました。マッチを三束以上売らないと家に入れない、五束以上売らないと夕食抜き、十束以上売らないとお尻をぶつと決めたのです。
それでも、長女のほうは一日に二十束以上を売ることができていたので、まだまだこれでも甘いとお父さんは思っていました。
つぎの次女の番のときは、こんどはがんばって二束のマッチを売ってくることができました。けれど、三束以上売らないと、家には入れてあげられない約束です。お父さんは娘をかわいそうに思いましたが、心を鬼にして次女を戸の外に出しました。それから、ベッドで寝ている奥さんにいいました。
「すまんが、やすむまえに、あの子をこっそり家に入れてやるよう長女に伝えておいてくれないか。俺の言いつけというのは内緒で」
「そんなの、自分でいえばいいじゃない」
「男がいちどいったことを、簡単にひっこめられるか。それに、俺からそんなことをいったら、せっかく厳しくした意味がなくなってしまう」
さらにそのつぎの番のときには、次女はマッチ四束を売ってきました。五束以上売らないと夕食抜きの約束なので、お父さんは、次女に食べないで見ているようにいいました。それから、自分は疲れたから早く寝るといって布団にはいり、そのあいだに次女がこっそり食事をとれるようにしました。
そういうことをなんどもくりかえして、次女はなんとかマッチを七束か八束は売ってこれるようになりましたが、それ以上はどうしても売れませんでした。気が弱く、知らないひとに話しかけるのが苦手な次女は、マッチを売りこむときの声も小さく、態度もおどおどしていたからです。そんな売りかたでは、品物の質まで悪く見えてしまい、お客さんからは、しめっていてよく燃えないマッチなのではと思われてしまったのでした。
いつしか、季節は冬になっていました。
そのころには、奥さんの病気もだいぶよくなっていましたが、大事をとって、あたたかくなるまでは街にはいかないことに決めていました。その年は、おばあちゃんのお葬式と、奥さんの病気の薬代でお金をつかってしまったうえに、マッチの売れ行きもかんばしくなかったので、たくわえがたらず、一家はクリスマスも年末もなく働いていました。
今日はおおみそか。次女が街にマッチを売りに行く番です。お父さんが『今日こそは、きちんと十束以上売ってこい。でないと、新年も休まずに働かなければならないんだからな!』と強い口調でいうと、次女はびくりと体をふるわせ、あわてて外に飛び出していきました。出るときに、自分の靴とお母さんの靴をまちがえてしまいましたが、だれもそのことに気づくひとはいませんでした。
「ねえ、お父さん。あの子、ちょっと遅いんじゃない?」
長女がそう言ったのは、すっかり日が落ちたあとでした。
「たしかにそうだな。出がけにちょっと脅かしすぎたか。たぶん十束を売ることができないでいるんだろう。どれ、むかえにいってやるとするか。おまえたちは、しっかり留守番をしていなさい。長女は、あたたかい豆のスープの用意をしておくように」
そういい残して、お父さんは家をあとにしました。
外は寒く、雪がふっていました。風も強く、耳にごうごうと音が響いています。しかも、歩いていくうちに天気はだんだんと悪くなり、しまいには吹雪のようになってしまいました。
娘の身を案じて、さきをいそいでいると、お父さんは信じられないものを目にしました。なんと、街へとつづく道がふさがっているのです。雪でよくわかりませんが、どうやらおおきな木が倒れているようです。それに、事故でも起こしたのか、壊れた馬車の残骸もあり、そういったものが入り混じって、道はとても通れるような状態ではありませんでした。
お父さんは、途方にくれてしまいました。この道が通れないとなると、迂回して脇の森に入らなければなりません。しかし、明るい時間ならともかく、こんなに暗い時間に森にはいるのは、あまりにも危険です。道に迷うかもしれません。野犬の群れに襲われることだってありえます。
結局、お父さんは一時間ほどあたりをうろついたあげく、そのまま家に帰ることしかできませんでした。家につくころには、体中雪まみれで雪だるまのようになっていました。
「あなた、どうしたの? あの子は?」
「道がふさがっていて、街にいけないんだ。ちくしょう、おまけにこの雪ときている!」
話を聞いて、奥さんも長女も顔が真っ青になりました。それから、みんなで次女の無事を神さまに祈りました。おおみそかでしたが、ごはんも食べずに一心に祈りました。
だれか、親切なひとが次女を助けてくれますように。教会につれていってさえくれれば、夜の寒さだってしのげるのです。
お祈りをしながら、お父さんは自分がまちがっていたのではないかとも考えていました。たとえば、マッチを売るのを十束以上ではなく七束以上で許してあげればよかったかもしれない。それ以前に、たとえば、慣れるまで長女と次女をいっしょに行動させればよかったかもしれない。
どうせ、奥さんが元気なときほどにマッチを売ることはできないのだから、そこは割り切って、もっと次女が仕事を覚えやすいようにしてあげればよかったのかもしれない。そうすれば、こんなひどい寒さの日に、あの子が外に取り残されるようなことにはならなかったかもしれない。
お祈りをするのに疲れたのか、いつしか長女が、つづいて奥さんが寝息をたてはじめました。お父さんはふたりをベッドに運んだだけで、自分は眠りませんでした。明るくなるまで、ただひたすら神さまに次女の無事をお願いしつづけました。
翌朝、日が昇るとすぐに、お父さんは森をとおって街にむかいました。途中、なんどかひとが数人あつまって話をしているところを見かけましたが、気にしないようにしました。もし、道で行き倒れているかわいそうな女の子の噂をしていたらと思うと、怖くてたまらなかったからです。
まっすぐに街の教会にむかい、道に迷った子供を保護していないかたずねました。次女の姿の特徴などを話すと、教会の牧師さまは、悲しげに首をよこにふりました。
なんだ、いないのか。なら、だれか親切なひとがどこかの家に泊めてくれているかもしれない。よし、すぐに探しに行こう。そう思って駆け出そうとしたお父さんの肩を、牧師さまがつかみました。そして、こちらに来るようにとうながしました。牧師さまのそのお言葉を聞いて、お父さんは自分の足が石になったような気持ちになりました。
案内されたのは、亡くなったひとの遺体を一時的に安置する場所でした。そして、何人かの寒さで凍えてしまったひとたちのなきがらのなかに、お父さんはすぐに見つけたいと思っていて、けれど、けっしてこの場にはいてほしくないと願っているひとの姿を見つけてしまいました。
お父さんの次女。厳しくせっすることはあっても、けっしてないがしろにしていたわけではなかった大切な娘が、静かに目をとじて、簡素な寝台によこたわっていたのです。
なにか楽しい夢でも見ているかのようにほほえみをうかべていて、すぐにも目を開けておおきなあくびをしそうなその娘は、しかし、すでに神さまのみもとに旅立ったあとだったのでした。
しばしのあいだ呆然として、娘の顔を眺めていたお父さんは、やがて震える手で次女のつめたい体を抱き寄せました。そうして、すこしでも自分の体温をわけてあげようとしているかのように、自分の体をすりつけました。そんなことをしても無駄だとはわかっていましたが、せずにはいられなかったのです。
しらないうちに、お父さんの両目から涙があふれだしてきました。いつまでも、いつまでも、お父さんはかわいいわが子を抱きしめて、泣いていたのでした。