七華
(さて…どうするかな。どんな絵にするつもりなのかは楽しみだが)
「菖蒲」
「はい?」
名前を呼ぶと手を止めて、顔を上げて答える。
「作業は止めなくていい。しゃべっていたら集中できないか?」
「いいえ、大丈夫ですよ」
そう言って菖蒲は再びデッサンに戻った。
「せっかくだから話をしよう。今さらだが、歳はいくつだ?」
今までは洋画を教えてばかりで個人的な話はしたことなかった。
「21ですよ。遠藤様こそおいくつですか?」
「21か…じゃあそろそろ下の教育を任されるようになるな。菖蒲からみたら俺はいくつに見えるんだ?」
意地悪く笑って尋ねると菖蒲は困ったような顔をした。
「俺は旦那じゃないから持ち上げなくていいからな。当てたらなにかご褒美をやるよ」
「ご褒美ですか?本当にあてちゃいますよ」
そう言って菖蒲は俺をじっくりと見た。
「今さら見たって変わらないぞ?
それにモデルの事は最初によく観察をして雰囲気をつかんでおくものだ」
「改めて見たくなったんですよ。
うーん…藤里様が32歳でいらっしゃるのでそれ以上ですよね…」
器用にデッサンを続けながらも真剣に悩んでいるようだ。
「そんなお歳には見えないんですけどね。遠藤様も藤里様も」
「いや…藤里はそろそろやばいぞ?仕事もしないで毎晩酒を飲みながら将棋ばっかりしてるからな。
メタボリック予備軍だぞ」
もともとの線が細い藤里だから今はまだ大丈夫だが、そろそろそうもいかなくなるだろう。
「えー!!それは考えたくないです…でも遠藤様も藤里様と同じ生活に見えますよ?」
「おいおい…俺は毎日紅伽楼にいるわけじゃないぞ?ちゃんと仕事もしてるし、ジムに通ったりもしてる」
菖蒲からみたら俺と藤里は確かに同じように見えるだろう。
「ちょっと話がずれたな…で、いくつだと思う?」
「そうですね…30、うーん…34歳?」
本当にわからないように首を傾げながら菖蒲が答えた。
すると遠藤は盛大に笑い始めた。
「あははっ…菖蒲はまだまだ見る目がないな。旦那に騙されないように気をつけたほうがいいぞ?」
あんまり笑ってしまったので菖蒲はむっとしたかと思ったが、予想に反して驚いた顔をして手も止まっていた。
「どうした?そんなに驚いた顔をして」
すると菖蒲は怪訝な顔をして言った。
「真面目に考えて出した答えだったのですが…そんなに笑われると言うことは検討違いって事でしょう?
いったい本当はおいくつなんですか?」
「44だよ。藤里より一回り上だ」
すると少しの間を開けて菖蒲が大きな声を出した。
「えー!!!!ほ…本当ですか?」
「嘘をつくわけないだろ?菖蒲の倍以上にもなる。
…手を動かせ。いつまでたっても終わらないぞ」
そう言うと菖蒲ははっとしてまたデッサンに取りかかった。
しかし随分と動揺しているようだ。
(そんなに驚かれるとは思わなかったな…話題には気をつけないと)
そんな菖蒲の様子を見て俺は思った。
その後は俺は菖蒲の集めた画集をみて過ごし、菖蒲の部屋を出た。
夕陽が鮮やかに中庭を照らしている。
ふとその光景を描きたくなり、俺はスケッチブックを持ち出した。
菖蒲に刺激を受けたのか開門まで集中してスケッチをした。
門が開くと楼のなかはまた排他的で艶やかな空気が濃くなった。